教育支援環境とIT

 

専修大学における情報教育とその支援環境

1.はじめに

 専修大学は、明治13年において「邦語による法律・経済」教育を行う目的で夜間2年制の専修学校(「経済科」と「法律科」を併置)を東京においてスタートさせたことにはじまります。専門学校令により明治37年に専門学校に、大学令により大正12年には専修大学となり、経済学部と法学部が設置されました。昭和28年には川島正次郎氏が理事長に就任しました。現在、専修大学は、経済学部、法学部、経営学部、商学部、文学部、ネットワーク情報学部の6学部よりなります。情報系学部であるネットワーク情報学部は、長い歴史を持つ経営学部情報管理学科が改組転換により、平成13年度に設置された新学部です。専修大学キャンパスは、東京都千代田区神田神保町と神奈川県川崎市生田に置かれています。平成17年5月時点で学部学生数19,807名、大学院生数385名、教員数は専任386名、兼任596名です。学校法人専修大学には姉妹校としては、石巻専修大学と専修大学北海道短期大学があり、それぞれの学部学生数は2,266名、581名となっている。近年においては、「社会知性(ソシオインテリジェンス)の開発」を21世紀の中核理念にして教育や経営を展開しています。


2.専修大学におけるIT環境

 専修大学は私立の文系大学としてはかなり早くから情報教育へ取り組んでいる大学の一です。当時、最新の情報教育を目指し、昭和36年度には代表的な国産・中型の高性能コンピュータであるOKITAC5090を導入し、昭和37年度にはそれを利用した情報教育を一つの重要な柱とする経営学部が設置されました。昭和47年度には経営学部に情報管理学科が設置され、本格的な情報教育がスタートしました。
 このコンピュータは奇跡的に現存しています。専修大学9号館4階の情報科学センター受付の前に、「小型蒸気機関車のごとき」物体が展示してあります(冒頭カラーページ参照)。OKITAC5090はラインプリンタ、カードリーダ、磁気テープなどの端末機器との接続に力を入れた、沖電気が誇る中型高性能機でした。OKITAC5090は、IBM機に対応可能な数少ない高性能中型コンピュータであり、国産機では初のコアメモリを採用していました。当時、東京大学、京都大学、電気通信大学などいくつかの主要大学と、オリンパス光学、日本光学、キャノン等の企業がこのコンピュータを導入していただけでした。
 このような事情もあり、専修大学はその後も情報教育を熱心に展開してきた大学と言えます。昔の教員の話を聞くと、当時の情報管理学科には優れた学生が多かったと言われます。
 現在の専修大学の情報教育は、システムとしては情報科学センターが担っており、表1のようなシステムを構成しています。

表1 専修大学情報科学センターのコンピュータ・ネットワークシステムの概要
コンピュータ
端末パソコンは液晶17インチ一体型で総数約1,317台。
ネットワーク上で各種サービス提供をするサーバは79台で、電子メール、データ管理用サーバ等の高性能専用機の導入。
休日・夜間における遊休クライアントPCを用いた大規模科学技術計算用のグリッドコンピューティング機能。
VPNによるクライアントの遠隔利用機能
(利用者の半数が学生)
ネットワーク
無線LANの本格的導入(133エリア)
高速伝送速度の基幹LANにより建物間、神田生田間を接続。
障害時におけるサービス停止を防止するためのネットワークを二重化。
メール・サービスの充実、ファイアウォール用不正アクセス防御専用機によるセキュリティ強化
教育支援機能
Hiplus, IT’s class等のe-Learningシステム環境
ビデオオンデマンドやライブ配信システム可能な環境
生田校舎一神田校舎間の遠隔講義実験システムの導入
ポータルシステムの導入


3.電子教材化の取り組み

 電子教材化の取り組みについては、残念ながら大学全体としてはまだ本格的な体制は存在しません。筆者自身がその間接的理由の一つと考えることは、ノートパソコン導入を大規模に行っていないことです。本学ではかつて学生へのノートパソコン導入に関していろいろな検討はなされたものの、結論的には否定的であったこともあげられるでしょう。費用、故障とメインテナンス上の問題、運搬の問題などが主な問題でした。無線LANや情報コンセントの設置など学内環境に大きな問題点があるわけではありません。
 教材の電子化は、なかなか難しい問題です。コスト、労力や、著作権の問題もありますが、教材そのものを第三者に提供できるまで完成度の高いものにすることが容易でないことによるといってよいでしょう。製作したコンテンツに対する教員個人の自信の問題もあるかもしれません。ほとんどすべての教員は自分が開発した教材を外部に公開するほど自信を持っているわけではありません。また多くの場合、各教員の個々の授業は、その教員の独自の背景知識やものの考え方によって行われる大変複雑な作業であり、一つの教材を複数の教員で共有したり、学内学外を問わず公開し、共有するのは容易ではありません。例えば情報リテラシー教育のコンテンツでも、その内容は教員によって大きく異なります。このような中でコンテンツの本格的な開発、配布あるいは共有は容易ではありません。
 もちろん専修大学でも教材電子化の事例は多々あります。例えば、情報科学センターで展開している情報処理応用、情報処理基礎は4学部統一の情報リテラシーの授業であり、統一した教科書を持ち、その電子コンテンツを教員間で共有しています。経営学部では多展開しているコンピュータ概論の教科書と説明用資料を担当教員間で共有していますし、ネットワーク情報学部の1年次の情報リテラシー演習では、PhotoshopやDreamWeaverの使用法、Excelによるデータ解析やSASの使用法、アンケートの方法などの毎回の詳細な教材を学内のネットにアップロードし、それにしたがって、割合高度な情報リテラシーの授業を行うようになっています。このコンテンツは学生も自由に利用できます。
 しかし総じて言えば、本学における教材電子化の取り組みは教員個人レベルで行われています。教員個人が必要に応じ電子化教材を作成し、それを授業で説明に使い、あるいはそれを学生に配布するなどの方法をとっています。つまり、共有化された電子化教材は限定的です。またシラバスの電子化もまだ実施されていません。これはおそらく、学内のポータルシステムの整備が終了した段階で行われることになると思われますが、それは講義一般の教材電子化へ影響を与えるでしょう。

4.ITを利用した学生サービス

 大学への学生サービスばかりでなく、大学における教育や事務処理を効率化するためには、情報の共有あるいはコミュニケーションがますます重要になります。専修大学ではその一環として、平成17年11月からポータルシステムを導入しました。このシステムは、第2フェーズの平成18年5月、第3フェーズの平成19年4月の3段階のプロセスを経て、完成される予定です。その内容は、事務部門、教員、学生間の情報共有・伝言・掲示板機能だけでなく、教員によるレポートの問題提示、学生によるレポートの提出、個人のスケジュール管理などにも利用可能です。現時点では完成していませんが、電子会議システム、各種の申請受付なども行うことが可能です。統合アカウントやシングルサインオンも利用できるようになります。
 このシステムは、学内端末の他、学内133ヶ所に設置された無線LANアクセスポイント、および自宅など学外からのインターネットを通じ利用することができます。一部の機能については、携帯電話からもそのサービスを利用することが可能です。また、50インチの大型プラズマディスプレイを玄関ホールやアトリウム、学生ホールなどに設置しています。


5.ITを活用した教育

 専修大学は、冒頭に紹介した状況もあり、伝統的にITを活用した教育に熱心です。授業でIT’s class、Hiplusを利用したレポートの出題やレポートの回収は日常的です。ネットワーク情報学部では、独自のサーバの上にグループウェア「サイボウズ」を設置しています。これは様々な形で利用されていますが、その典型的な利用例は「プロジェクト1」と呼ばれる共同作業型演習です。これは、学生あるいは教員が提案したテーマで、学生が5−15人(人気のあるプロジェクトではもっと多い場合もある)でプロジェクトを作り、基本的に学生主導で運営を行い、その成果を12月の学内発表会で盛大に発表します。学内の他、企業人や高校生にも参加を呼びかけています。2月には一部の学生がこの成果を利用して、自主的に学外で一般の人々も参加可能な発表展示会を行います。学外の発表展示会は「コウサ展」(交差の意味)とよばれ、平成17年度は日本科学未来館で行われ、400人もの多数の参加者がありました。このプロジェクトの最大の特徴は学生がほとんど自主的に運営することですが、それがうまくいく最大の理由は、学生間のコミュニケーションにあります。各プロジェクトにはリーダーを設け、そのリーダーも会合を持ち発表会などの運営を行いますが、サイボウズによる密度の高いコミュニケーションによって、学生による自立的な運営が支えられていると言ってよいでしょう。次ページに平成17年度の22テーマを例として列挙します(担当教員名は省略)。このうち、飯田周作助教授指導の「鉄腕UML☆ロボコン」プロジェクト(以下「ロボコン」)の風景をカラーページに掲げました。これは三次元空間内で移動する物体(飛行船その他等)を、UMLを活用しながら制御するプログラムを作る作業です。このプロジェクトは昨年度に情報処理学会ソフトウェア工学部会主催のコンテストに参加し入賞しています。

 プロジェクト例(平成17年度)
3DCGの世界に親しむ
鉄腕UML☆ロボコン
e-ラーニングサイトの構築
SeNETech − パソコン自作情報サイト −
株式
地域文化に基づく韓国語学習プログラム
3E(Everywhere Everytime and Easy)Musicサーチ
−音楽コンテンツの次世代検索手法 −
XOOPSって何?− 愛されるグループウェア −
情報コンテンツとマルチメディア
人間と情報化社会について考える
フラクタルを用いたコンピュータグラフィックス
Photonication place− 写真の価値と出会う場所 −
Pocket Information− カードから見る街のかたち −
経営シミュレーションゲームの製作
Smoodia − 情報に触れるデザイン −
音楽コンテンツマネージメント
バリアフリーサイト制作マニュアル
情報による意志の選択
はにわにわとり− 会話するコンピュータ −
小規模企業の総合映像コンテンツビジネスのあり方
魚とつくる仮想空間
コンテンツデザインとラジオデザイン

6.今後の課題

 ここ10−20年間を振り返ると、教育支援環境としてのITは目まぐるしい発展の時代でした。我々教員は常に夢と要望、時には不満を持ちつつ様々な授業を行ってきましたが、それが次々に実現していった時代でもありました。しかし現時点で、筆者の少し「古い頭」で考える範囲ですが、夢や要望のかなりの部分は実現しているとも言えます。文系大学における授業の範囲で考えれば、大学のIT環境に対して必要なことはかなり満たされているといってもよいでしょう。もちろん特別な授業や演習を望んでいる教員、あるいはITに関心を持つ専門家であればまだまだ無限の要望や夢はあるかもしれませんが、普通の授業の範囲では、効果対費用を考慮すれば、教育IT環境に関して大きく望むものはなくなりつつあります。次は教材の電子化が大きなテーマかもしれませんが、前に述べたようにコンテンツの開発は、多大な費用、著作権、内容への自信、第三者の必要性などいろいろな問題があります。これについては、現実的な視点からきちんと議論をしておく必要があります。
 また、少子化の中で多くの大学はより魅力的な教育を展開しようとしていますが、その一環として、IT教育分野でも独自性のあるきめ細やかな教育が行われようとしています。筆者が属すネットワーク情報学部のような学部ではその必要性が特に高くなり、その授業の典型的例は前述の「ロボコン」です。そのように考えると、文系大学でも、教室や情報システムに関する通常のIT環境の他に、スタジオ、特別なマルチメディア室、実習室、展示室、作業室などのような多様な教育環境が必要になってきます。

参考文献
[1] ニュース専修2005年11月5日号.
[2] 平成16年度専修大学年報.
[3] 森・坂本・佐藤・中村・能見・伊藤:座談会「本学の情報処理教育の変遷−黎明期から成熟期まで」.センターインフォメーション,専修大学情報科学センター,2002.2.
文責: 専修大学
ネットワーク情報学部長 齋藤 雄志


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】