特集 教育改善のための教育・学習支援


個別指導予約システムによる学習支援と教育改善〜工学院大学〜


榎本 淳一(工学院大学学習支援センター所長)


1.はじめに

 工学院大学は、東京都新宿区と八王子市にキャンパスを持つ工科系の私立大学である。創立は1887(明治20)年の工手学校の設立に遡り、私学で最も古い工学教育機関として知られる。1949(昭和24)年の学制改革に合わせて大学となり、その後長らく工学部のみの単科大学であったが、2006(平成18)年4月に情報学部とグローバルエンジニアリング学部を新設し、複数学部化した。附設されている大学院・専門学校・高校・中学を合わせると約8,500人の学生・生徒が学んでいる。
 近年、少子化の進行により大学進学者数が減少しているが、なかでも工科系志望の学生が激減している。「ゆとり教育」・入試の多様化等の影響もあって、工科系の多くの大学では、入学者の基礎学力や学習意欲の低下という問題に直面している。工学院大学では、こうした状況に対応するため、2005年度から学習支援センター(写真1)を開設し、学生の基礎学力の向上と授業の改善を図っている。この小文では、学習支援センターの組織・活動の概要と、そこで使用している教育・学習支援システムについて紹介することにしたい。

写真1 学習支援センター


2.学習支援センターの組織と活動

 学習支援センター(以下、「センター」と略称する)は新宿・八王子の両キャンパスにそれぞれ設置されており、16名の専属の講師が配置されている。センターは学部から独立しているが、主に数学・物理・化学・英語という基礎科目を指導していることから、共通課程(教養課程)教員と密に連絡を取り合う必要があるため、センターの所長は共通課程主任教授が兼務し、共通課程の数学・物理・化学・英語担当の専任教員各1名がセンターの各科目を統括することになっている。また、センターの運営方針や予算・人事等重要事項については、各学部・学科系列から選出された委員で構成する学習支援センター運営委員会で審議し、全学的な連携を図っている。
 センターの主要な活動としては、(1)基礎講座、(2)個別指導、(3)e-Learning教材の作成、(4)指導記録のデータ整理・分析とその報告等がある(ちなみに、今年度から、入学前教育にも関与することになった)。以下、順次、その内容を簡単に説明したい。

(1)基礎講座
 当初は、補習授業を用意していたのだが、単なる高校の授業の焼き直しでは、大学生としての自尊心を傷つけ、やる気を損なうということで、学生に受講を勧めやすい名称・内容を工夫したものである。大学初年次の必修科目と高校時に修得しておくべきであった学科内容とを連関させ、単位の取得に役立つような内容にしてある。各科目ともに学期毎に10回前後の授業を行っている。

(2)個別指導
 学生個々の質問・相談に応じるものであり、平たく言えば「家庭教師」的な役割を果たしている。学期中は、曜日によっても多少異なるが、月〜土の11:00〜19:00(八王子キャンパス)ないし12:00〜22:00(新宿キャンパス)の時間帯に受け付けている。ちなみに、新宿キャンパスの受付時間が遅いのは第2部(夜間部)の学生をも対象としているからである。

(3)e-Learning教材の作成
 遠距離通学やアルバイトをしているため、センターを利用したくても、その時間的余裕のない学生が少なくないということで、e-Learning教材の作成・提供を行っている。自宅でも通学途上でもネット環境があれば、自習できるということで各科目ともに整備している。現在、利用可能なのは物理1科目であるが、2007年度からは4科目ともに教材を提供できる見通しである。

(4)指導記録のデータ整理・分析とその報告
 センターでは利用者がどのような指導を受けたかという記録をとっている。個々の学生の指導記録を保管・整理しておくことは、継続的に無駄なくスムーズに教育指導を行う上で必須である。また、こうした個別の指導記録を集積することにより、教育上の問題点を検出することもできる。多くの学生の共通する学習上のつまづきの箇所・理由を明らかにすれば、教育改善のための重要なデータとなる。センターでは、月報と年報という形でこうしたデータを整理・分析し、情報提供を行っている。
 2005年度にセンターを利用した学生は、延べ5,871人に上る。2005年12月に第1部1年生全員を対象にアンケートを行ったところ、利用者の8割以上がセンターを利用することで授業や実験の理解に役立ったと答えている。2006年度は前年よりも大幅に利用者を増やしており、センターは学生の学習支援に十分貢献していると考えている。


3.個別指導予約システム

 上に述べたセンターの主要な活動の中に個別指導があるが、個別指導を円滑に行うために、2006年10月より個別指導予約システムを導入した。授業がなくなる4時限終了後やレポート課題が出された後、試験直前の時期など学生が個別指導に殺到する時期・時間帯というものがあり、16名のスタッフでは十分に対応できない場合もある。そこで、個別指導を受けたい時に確実に受けることができるようにするために、パソコンや携帯電話からあらかじめ個別指導の予約状況を確認して、希望する日時を予約できるというシステムを作ることにした。当初は、センター単独のシステムとして構築する予定であったが、ちょうど学園全体でポータルシステムを作るという計画が進行していたので、その中の一つの機能として組み込む形で作られることになった。
 個別指導予約システムは、学園ポータルシステムにログインして、「個人面談予約」メニューから利用することができる。具体的な利用の流れや機能については、図1を参照していただきたい。

図1 「個別指導予約システム」利用の流れと機能

 この個別指導予約システムには、上記の予約機能以外に、個別指導記録の蓄積・管理機能が付いている。予約一覧画面の「指導開始」ボタンをクリックすると、個別指導記録入力画面が起動し、そこに指導記録を入力できる仕組みになっている。予約していない学生の場合も予約一覧画面から同様に入力画面を起動でき、すべての指導学生の記録を電子化し、データベースとして蓄積できるようになっている。蓄積された指導記録は、学籍番号・指導科目・指導教員・指導日やキーワードなどで検索し、必要な記録画面を呼び出せるようになっている。この機能を利用することによって、個々の学生を綿密に指導することが可能となり、また膨大な指導データを分析し、教育改善に役立つ情報を得ることもできると期待している。当システムはまだ稼動し始めたばかりであり、その効果については今後しっかり検証していきたいと考えている。


4.おわりに

 特定の科目の特定の範囲で分からなくなっている学生が多いというデータを得た場合、その科目の教え方や内容・レベルを再検討しなければならないことに気付くだろう。特定の教員が担当する授業を受けている学生ばかり相談に来ているというデータを得た場合、その教員の教える技量の向上を図る必要性を知ることになるだろう。教育改善を行うためには、まず何が問題なのかを明らかにする必要がある。そうした教育改善を行うための情報を、学習支援活動を通して集め、大学全体で共有できる体制を作りたいと考えている。この小文では、その初歩的な試みを紹介したに過ぎない。


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