人材育成のための授業紹介:コミュニケーション関係学


ネットワーク上でのコミュニケーショントレーニング
〜NetMeeting使用によるグループワークと表現力の開発事例〜


飯塚 順一(湘北短期大学総合ビジネス学科准教授)


1.はじめに

 現代社会における多様なコミュニケーションの存在は、その利便性の向上とは裏腹に、状況によっては私達を混乱させ、本来、それをコントロールすべき人間が無意識のうちに動かされているという事態をも引き起こします。特に、学生を教育する立場にある私達は、そうした社会の現状を常に意識の中に置き、教育に反映させていくことが重要な課題であると言えるでしょう。
  私は、短期大学でコミュニケーション論のゼミナールを持っていますが、ゼミでの概念中心になりがちな授業とは対照的な、ネットワークを活用した演習形式の授業も担当していますので、その授業事例を紹介することとなりました。


2.授業目的について

 湘北短期大学総合ビジネス学科では、2年次後期に「ネットワークコミュニケーション演習」という科目を開講しています。この科目は、本学田口由美子准教授と大日方俊彦非常勤講師より引き継ぐ形で、私の専門領域であるコミュニケーション教育の要素をさらに盛り込んだプログラムになっています。現代社会において、頻繁に交わされるネットワーク上でのコミュニケーションに対して、その効果的な活用と言語表現能力、そして望ましいコミュニケーション手法の習得を目指しています。
  特に私が重視していることは、グループで取り組み、メンバー間のディスカションに多くの時間を費やして成果を上げることです。情報系授業で起こりがちな、グループメンバーがスタート時点から役割分担してしまい、最後の仕上げの段階で寄せ集めて、グループ成果としてしまうことを避ける必要があるからです。社会に出てから、チームの業務を進めていくことを想定すると、こうしたグループワークの経験は必須のものといっても良いでしょう。
  そして、この授業の特徴の一つでもあるのですが、ネットワークコミュニケーションといっても、そこで行われるディスカションは、ネットワーク上でのものと、直接の対面で行うものの両方を指しています。また、グループ成果については、メンバー全員によるプレゼンテーションも実施しますので、そのような表現能力も求められることになります。


3.NetMeetingを通じて行うコミュニケーション教育

  「ネットワークコミュニケーション演習」の授業は、MicrosoftのNetMeetingを使用します(図1)。このアプリケーションは、決して新しいものではありませんが、既に述べたような成果を上げるためには大変有効に活用できるソフトです。このNetMeetingを使用しながら、指定されたテーマについて、5名のグループでディスカションを重ねていきます。5名グループは、いつも一緒にいる仲間同士という組み合わせを避けるべく、自由に着席させた後、番号付けをしていき、グループメンバーを決定します。また、5名であれば、1〜2名の欠席者が出てもとりあえず対処できます。

図1 NetMeetingの画面
図1 NetMeetingの画面

 さて、Netmeetingにおいては、「チャット」と「ホワイトボード」の二つの機能があり(図2)、これらを使用しながらディスカッションを進めていきますが、具体的な進行方法は、次のとおりです。1)各グループともグループリーダーがネットワーク上で「会議」を主催する(ディスカッションの体制を整える)。2)「チャット」および「ホワイトボード」機能を駆使しながらグループメンバー全員でディスカッションを行う。3)ディスカッションの内容を保存する。4)プレゼンテーションの準備を行う。5)PowerPoint使用によるプレゼンテーションを行う。そして提示されるテーマについて、この1)から5)を3回繰り返し、それぞれにテーマに基づいたプレゼンテーションを実施することになります。

図2 「チャット」「ホワイトボード」機能の画面
図2 「チャット」「ホワイトボード」機能の画面

 昨年度に実施した授業の流れは次の通りです。

1. オリエンテーション(授業進行及びパソコン利用環境について)
2. グループディスカッションの方法について
3. テーマ1:湘北短大をより良くするために
4. テーマに基づいたディスカッション1
5.        〃            2
6. プレゼンテーション
7. テーマ2:現代社会を考える
8. テーマに基づいたディスカッション1
9.        〃            2
10. プレゼンテーション
11. テーマ3:世界のリーダーとしての日本
12. テーマに基づいたディスカッション1
13.        〃            2
14. プレゼンテーション
15. まとめ

 第1〜2回の授業は、授業内容と進行方法、さらにグループディスカッションについては時間をかけて十分に説明し、この授業の目的が学生に確実に伝わるようにしています。私の担当する授業によっては、その目的を最後に示す場合もありますが、この授業においては、授業運営に支障が出ないよう、初めの段階で十分な理解を促しています。
  次に挙げるのは、「チャット」におけるディスカッションのスタート間もない時点での一例ですが、この例では、グループ1においては、5名全員が問題意識を持ちながら、これから十分に深めていく可能性を示しています(図3)。私の専門分野であるコミュニケーション論の視点でみると、このグループでは、スタート段階から、情報共有の度合いを示す「コンテクスト」を変化させている点が評価できます。相手の表情や声、しぐさなどが皆無な状況下で、しかもきちんとしたディスカションに相応しい言語表現のみで正確に伝えることは学生にとってはかなりハードな状態となります。この例では、各学生とも、具体例とともにメンバー全員が誤解しない言語で表現しています。日常は、いわゆる日本人的なハイ・コンテクスト状態(情報共有の度合いが高く、表情や声のトーンで意味を読み取る)にある学生達ですが、ここでは、欧米人的なロー・コンテクスト状態(情報共有の度合いが低く、明確な表現で伝える)に変化しなければならないわけです。開始早々の段階では、グループによって、内容および進行状況にかなりの差が生じることがあります。グループにより、各学生が問題点に僅かに触れる程度しかできず、ディスカッションが組み立てられない場合も若干見受けられますが、私は学生から特に質問が出ない限り、この段階では注意を促すことはしません。これは、最初のテーマでのディスカッションを終えて、プレゼンテーションが行われる際に、グループにおけるディスカッションの深さが問われるからです。問題点や解決方法について、深く話し合われたグループは、成果や今後の課題まで、明確に示されますが、そうでないグループは、プレゼンテーションの準備段階でつまずくことになります。学生には、自分のグループの状況をプレゼンテーションの場で認識させ、次にどのように生かしていくかを自覚させます。つまり、プレゼンテーション内容をグループ間で相互に確認することにより、次のテーマのディスカッションに向けてフィードバックができる仕組みです。

グループ1
テーマ:現代社会を考える
  〜前略〜
A: 食品の偽装は、そもそもどうして起こるのでしょうか。偽装に関わる人は、その後に起こる様々な事態を想定できるはずですよね。
E: やはり、そこには「人が見ていなければ、いい加減なことをしてもよい」といったような、別の言い方をすれば、「外見ばかりを必要以上に気にする」「表面上の丁寧さ」というような、日本人的な?ものを感じます。
B: 偽装は、食品だけでなく、その他の多くのものにも可能性があるわけですね。でも、よく考えてみると、ビジネスとしては、完全に偽装をなくすことはできるのでしょうか。よく“厳選した素材を使って”とか“なめらかな風味”などと書いてあっても、私達は100%信じたりしないし、大袈裟に書いてあっても、それが当たり前のように感じています。
D: ということは、偽装は、日本の社会全体に蔓延っているかもしれないということですね。少し前には、マンションとか、牛乳とかいろいろありましたしね。あと、洋菓子も。でも、これだけ騒がれるのは、マンションのように非常に危険性のある場合や、今回のような日本を代表する老舗であったり、子供の夢を壊すようなケースです。
C: 一般の消費者が厳しくチェックする機能を確立しなければならないし、私達もつい他人事に考えたり、誰かが対応してくれるというように思ってしまうことも、偽装を引き起こす原因になっているはずです。
  〜後略〜
図3 「チャット」の一例


 また、こうしたネットワーク上でのディスカッションが、通常の教室で行われる対面によるグループワークと大きく異なるのは、各グループとも「チャット」によるディスカッションのやりとりをすべて記録としてそのまま保存し、印刷したものを授業終了後に教員に提出するという方法をとっている点です。教員は全グループの記録をチェックし、個人の平常得点として評価に反映させます。プライベートでチャットでやりとりする場合とは、意識を切り替えて取り組む必要があります。また、通常で行うグループワークでは、参加しているふりをしながら、さりげなく逃れる学生が出てきたりしますが、すべてのやりとりが記録され、評価につながるとなると、逃れるわけにはいきません。
  一方で、前述したように、対面によるグループワークもこの授業では含めています。グループでのディスカッションの成果をプレゼンテーションする際に、その準備段階ではグループごとに集合し、対面してプレゼンテーションに向けての対策を行います。しかし、この段階では、各自が十分にディスカッションを経た後であるため、スムースなグループワークが展開されることになります。
  また、「チャット」でのディスカッション内容のみでなく、ここでは例を挙げていませんが、「ホワイトボード」の使用状況も保存させて、評価に加えます。ホワイトボードの場合には、描いた学生を特定できないので、グループ点をして採点し、個人評価に相当させます。ディスカッションに基づいた図やイラスト等が的確に描かれている場合と、開始段階では、いたずら書きに近いようなケースも見受けられますが、この点も、プレゼンテーションが義務付けられていることで、2回目のテーマでのディスカッション以降、自ずと改善されることになります。


4.成果と今後の課題について

 グループメンバー全員の「チャット」機能によるやりとりがすべて記録され、評価につながることで、正確かつ誰にでも理解しやすい表現が不可欠となり、学生の文章表現に対する意識が向上したことがまず挙げられます。関連して、時事問題に関する知識を得ようとする姿勢が学生の中に醸成されてくることも大きな成果と言えるでしょう。就職活動における面接に備える場合とは別に、グループメンバーとのディスカッションのために、新聞やWeb、あるいはテレビの報道番組等をチェックし、知識とともに言語能力をも向上させる学生も多数出てきます。
  一方で、課題としては、各テーマごとのディスカッションについて、プレゼンテーションを行うわけですが、そのスキルの細かな修正等までは指導が行き届かない点が挙げられます。私の勤務する短大では、1年次より、プレゼンテーションに関する授業が行われていますので、今回、取り上げている授業を受ける学生のほとんどがプレゼンテーションの基本をマスターしていますが、短大の2年次後期の総仕上げ的な時期で、さらなるプレゼンテーションの指導もできれば実施したいところです。
  カリキュラム編成についても、改善の余地が多分にありますので、今後も、学生はもちろん、広く社会の長期的なニーズに応えることのできる教育をさらに推進していきたいと思います。



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