人材育成のための授業紹介 ● 土木工学

講義科目への予復習システム導入とICT教育の位置づけ


北詰 恵一(関西大学環境都市工学部准教授)


1.はじめに

 大学教育へのe-Learning導入は、既に多くの事例蓄積を持ち、また、そこから得られる教訓や可能性についても多く紹介されるようになりました[1]。関西大学は、平成16年度から3年間に及ぶ現代GP「進化するe-Learningの展開〜授業と学習の統合的支援および教授法と学習コンテンツの共有化〜」においてこの問題に取り組み[2]、そこから始めた「教えと学びのショーケース」[3]という活動を現在も続けて、大きな効果を上げています。ショーケースは、教育実践の知識と経験の公開および授業回数ごとに構成したコンテンツの整理と公開を目的とするものです。これらの活動の中で、基本的なICTツールを提供しているのが、CEAS(Web-Based Coordinated Education Activation System)です。これは、対面型の集合教育を主な対象として、教員と学生の授業と学習に関する諸活動を統合的に支援することを目的としたオープンソースのシステムであります。
 ここでは、都市システム工学科に所属し、土木工学分野の教育内容のうち地域・都市計画学を教えている経験から、CEASを使った教育の実践例の経緯を紹介したいと思います[4]


2.CEASを利用したICT土木教育

(1)教育内容
 ここで事例として紹介するのは、都市計画学、地域計画学の授業です。紹介段階では2年生配当の選択科目で、約100名の学生に対して、それぞれ春学期、秋学期に行う講義です。工学の授業でありながら、数学や科学的な内容というよりも、社会を捉える考え方や計画の進め方などの社会科学的な内容になります。また、この科目が、一連の土木計画学の授業の最初のものとなり、少なくとも春学期の都市計画学の授業は、学生にとって初めての本格的な専門科目になります。したがって、最初に、都市や地域に対する問題意識を投げかけ、それらについて考えてもらった後、関連する知識や考え方を教える手順になります。

(2)CEASの活用方法
 CEASは、図1に示すように、授業資料などのコンテンツを毎回の「授業」に割付ける画面(授業実施画面)を中心にシステムが作られており、コンテンツの作成・登録・割付の作業の流れが分かりやすいという特徴があります。これは、学生側から見ても、同様に授業の流れがわかりやすいことを意味します。私は、この特徴を活かして、毎回の授業に予習と復習の仕組みを加え、これを1セットにして学生に提供する方法を採用しました。

図1 CEASにおける授業実施画面の例
 まず、予習用として、講義に用いるパワーポイント資料からキーワードのみを削除したファイルを作成し、「書込み型事前配布資料」としてアップロードしておきます。このファイルはpdfファイルで提供し、容量の大きい写真や図を避けた比較的軽いファイルになるように調整してあります。学生は、大学構内や自宅を含め、どこからでもダウンロード可能なようになっています。ほとんどの学生が、これを授業に持ち込んできます。
図2 書込み型事前配布資料の例

 図2の例は、都市の交通機関にはトリップ距離と利用者密度によってそれぞれ役割分担があることを教えるものですが、都市交通機関に役割分担があるという内容は学生の予習のために残し、現在問題になっている新交通システムや路線バスなどの公共交通について、その位置づけを考えてもらうようにしてあります。
 次に、復習用として、CEASの選択式テストシステムを活用して、講義の重要な内容に即した各5問からなる「選択式復習テスト」を作成しています。これを、講義終了後すみやかにアップロードし、学生がいつでも挑戦できるようにしています。この結果は、当初は、あくまで復習用として成績に反映しませんでしたが、必ずしもアクセス数が多くなかったことから、2年目以降、締め切りを1週間後に設定した上で、成績に反映するようにしました。図3に示すように、内容は非常に簡単なものですが、毎回の講義の中心となる項目を選んでいます。

図3 選択式復習テストの例

(3)学内の支援環境
 全学的には、コンテンツ作成補助のためのTA、CEAS実例報告会の実施などの支援環境がありますが、個人的には、むしろ、CEAS管理者の適切で迅速な対応による支援が大きいと思っています。履修登録者の入力は講義当初から行われますし、何かトラブルが発生したときや非常に細かい個々の特別な取り扱いが発生したときにも、柔軟に対応してくれます。もともと非常に扱いやすいシンプルなシステムですが、管理者による人的支援も優れています。

(4)教育効果
 少し古いですが、図4は、関西大学が実施する「学生による授業評価」の結果の一部です[4]

図4 CEASによる予習・復習の効果

 このICT教育を導入する前後比較からわかることは、もともと意識の高い学生は、ICTを活用した支援ツールの有無に拘わらず予復習を行っており、むしろ少し意識が高い程度の中間層の学生が予復習を行うことに対して効果があるというものです。また、このシステム導入前後の定期試験における復習問題と類似した問題の正解率は、受ける学生が異なり問題も違いますのであくまで参考値ですが、約3ポイント上昇しています。ただ、教員としては、講義のときに、多くの学生がノートをとることに忙殺されず、私の目を見ながら話を聞いてくれることの効果の方が大きいと思っています。この授業は、都市や地域に関わる問題について学生に考えてもらうことを目的としています。そのような意味では、講義への集中度が高まることに大きな意義を見出しています。


3.まとめ

 CEASを用いたICT教育は、学生にも評判が良く、少しずつですが教育効果も上げていますので、これからも続けていきたいと思っています。特に、限られた学生にだけしか効果が及ばないのではなく、比較的多数の学生層に影響を与えられるICTの仕組みは、有効だと思っています。
 しかし、懸念も残っています。まず、私が採用した方法は、「人の話を聞き要点をまとめる」という従来から重要とされるノート技術の育成につながりません。講義では、パワーポイントで示されている内容以外にも多くの話をしており、それをノートしてくれればよいのですが、そのような学生は少数で、多くの学生は穴埋めするだけで満足しているようです。もちろん、定期試験でパワーポイントに示した以外の内容を問うようにしていますが、必ずしも成績が良いわけではありません。
 私なりに考えているのは、「ICTを使ってすべてを行おうとしない」ということです。図5は、私が意識している教育内容とその分担です。私学教育では、特に多くの学生を教育しなければなりません。ICT教育は、その中で多くの学生の個々人にメッセージが届く有効な手段ですが、決して、教育内容すべてをサポートするのに有効なのではありません。まず、4年間(あるいは6年間)全体の授業設計を行い、その中で、ICT教育の特徴を生かした部分について有効にそれを用いる、ということを意識すべきであると考えています。上記のノートをとる力も、別の場面で訓練することを考えています。

図5 教育内容とICT教育の分担

 ICTを使った教育実践を数年続けてまいりましたが、現在でも試行錯誤しています。日本および世界では、多くの事例蓄積や技術開発が飛躍的に進んでおり、個々の教員がそのすべてを知り、実践に活かすことは難しいかもしれません。だからこそ、自身の教育の全体系をしっかりと構築し、その中で、ICT教育が担うのに適切なところにのみ導入することが肝要なのだと思っています。

 

参考文献および関連URL
[1] 吉田文・田口真奈編著:模索されるeラーニング事例と調査データにみる大学の未来.東信堂,2005.
[2] 関西大学現代GP推進担当者会議:平成18年度(最終年度)関西大学現代GP成果報告書 進化するe-Learningの展開〜授業と学習の統合的支援および教授法と学習コンテンツの共有化.2007.
http://www.kansai-u.ac.jp/gp2004/pdf/houkokuH18/0_hajime_mokuji_18.pdf
[3] 関西大学教えと学びのショーケース
http://www.sc.kansai-u.ac.jp/index.html
[4] 北詰恵一:通常教室講義の予復習に対するe-Learning導入の試み.教育システム情報学会第29回全国大会講演論文集,pp.337-338,2004.


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