人材育成のための授業紹介 ● 栄養学

栄養学分野における講義収録システムによる教材作成とコンテンツの活用


松浦 寿喜(武庫川女子大学生活環境学部教授)


1.はじめに

 平成14年、栄養士、管理栄養士養成カリキュラムの大幅な改正が行われました。なかでも大きな変更点は、従来に比べより実践的な内容の講義および実習が増加したことです。大学における教育、研究は、基礎的な内容に終始することが多く、現場から長く離れている教員あるいは現場の経験のない教員にとって今回の改正は自己の専門分野を見直さざるを得ないほどの大きなものでした。また、管理栄養士国家試験の受験を目指す既卒者にとっても、学生時代に学習した内容に加え、従来のカリキュラムにない新しい内容を独自に学習しなければならないことから、大きな不安材料となっています。
 著者は、栄養士、管理栄養士カリキュラム改正に伴う新しい内容の講義を収録し、インターネットを通して配信することで、既卒者の管理栄養士国家試験の受験に貢献するとともに、在校生の予習、復習などの学習に役立つコンテンツの作成を試みました。


2.講義収録システムを用いた教材の作成

 講義の収録は、パナソニックSSマーケティング(株)が開発した講義録オーサリングシステムを用いて行いました。すなわち、ミニDVカメラレコーダー(パナソニック社製、AG-DVX100)、ワイヤレスマイクロホン(パナソニック社製、WX-TB840)、ワイヤレス受信機(パナソニック社製、WX-RJ700)により、教員の講義映像および音声を収録し、講義録オーサリングシステム(パナソニック社製)で編集しました。パワーポイントを使用する講義については、教員用パーソナルコンピュータに表示される画像を動画として保存し、教員の講義映像と連動して配信することにしました。OHCを使用する講義に関しても同様に、OHC画像を動画として保存し、講義映像と連動して配信することにしました。
 配信するコンテンツは、SMIL形式で外部ASP配信サーバに保存しました。「SMIL(スマイル)」とは、W3C(World Wide Web Consortium)のXMLに準拠したタグ言語で、これを使用することで音声、動画、静止画、テキストなどのマルチメディアデータを組み合わせたプレゼンテーションを作成することができます。
 SMILは、HTMLと同様にテキスト形式で記述できるため、プレゼンテーションのレイアウトを自由に表現できるとともに、時間設定、制御のタイミング等が正確にコントロールできるという特徴を持っています(図1)。
 コンテンツのストリーミング配信は、ASPサービスを利用して行いました。ASP方式を利用する最大の理由は、トータルコストの削減であり、サーバ機器、高速回線およびソフトウエアの導入コストがかからず、安定したストリーミング配信が可能となります。

図1 SMILファイル

 次に、配信する講義については、新しい栄養士・管理栄養士養成施設カリキュラムに対応する科目の中から、専任教員によって開講されている科目を選択しました(表1)。

表1 栄養士・管理栄養士養成施設カリキュラム

 平成20年12月現在、収録を終了し、配信を開始している科目は、専門基礎分野から「解剖生理学」、「解剖生理学II」、「生化学」、「生化学I」、「食品機能学」、「食品衛生学」、「調理科学」、「食品学総論」、「食品加工学」、「調理学」、専門分野から「基礎栄養学」、「公衆栄養学」、「給食経営管理論I」、「応用栄養学III」の14科目です。
 これら14科目については、学科ホームページからアクセスして視聴できるようにしました(図2)。

図2 ストリーミング配信を実施している科目

 講義コンテンツは、図3に示したように動画表示エリア、インデックス表示エリア、教材表示エリアおよびテキスト表示エリアからなっています。テキスト表示エリアには、講義項目および担当者名を配置し、動画表示エリアには、講義の様子を撮影した動画を配置し、遠く離れた教室や自宅でも臨場感あふれる講義を受講できるようにしました。教材表示エリアには、教員が作成したパワーポイント画像、エクセルやワードなどで作成した書類、OHC書類等を比較的大きく提示し、講義の進行に伴って自動的に表示できるように設定しました。インデックスエリアには、講義の小項目ごとのインデックスを作成し、これをクリックすることで希望の時間帯に移動できるようにしました。

図3 講義コンテンツのイメージ


3.電子教材の作成

 講義収録した14科目のうち講義資料を電子化している「食品衛生学」の資料を紹介します。

図4 講義資料ホームページ

 講義で使用する資料やパワーポイントは、PDFファイルにし、授業前に講義資料用Webサイトに掲載しました。受講生は、パスワードで認証して講義資料用Webサイトにアクセスし、必要な資料をPDFファイル形式でダウンロードできるようにしました。

図5 講義資料例


4.今後の課題

(1)対面授業の重要性とオンライン講義コンテンツの利用法
 大学教育の基本は、教員と学生が対面する教室での授業です。教室での授業では、教員と学生の双方向の授業が行われており、学生の理解度を確認しながら授業が進行しています。一方、オンラインで提供される講義コンテンツは、使い方によっては教員からの一方通行の「教える」授業となってしまうため、学生の学習意欲を損なうことにもなってしまいます。したがって、対面授業では学生の考えを引き出し、自ら学ばせることを重視した「学ぶ」授業を展開し、講義コンテンツは対面授業に必要な予備知識を学生に自主的に準備させ、問題点や疑問点を明確にさせるために利用するといった認識が学生にも教員にも必要になってきます。

(2)教材電子化のための支援体制
 電子教材の開発が容易に進まない原因の一つとして、支援体制の不足があげられます。講義収録および教材開発にかかる費用は比較的膨大であり、1科目あたり数百万円にのぼります。また、収録にあたる人的な問題および設備の問題についても解決すべき多くの問題があります。

(3)教材の電子化
 既に一部の講義科目においては実施されつつありますが、講義コンテンツに準じた教科書、講義ノート、質疑応答集、練習問題、補習用教材などの電子化が必要と思われます。特に、食品衛生学、公衆衛生学など変化の著しい科目では、紙媒体の教科書では改訂が追いつかず、常に新しい内容のプリントを作成し、配布しているのが現状です。教科書を電子化することで、常に最新の情報を掲載できるとともに、リンク機能を持たせることで講義コンテンツと同時に利用でき、必要な参考書類を即座に取り出せるなど、紙媒体の教科書にはない新しい機能を持たせることができます。
 一方、電子教材をWeb上に公開するにあたり、著作権の問題は重要な課題であります。現在は、各教員が各個人の責任において電子教材を作成し、公開していますが、現状の取り組みでは不十分であることは明白です。専門のスタッフの配置など十分な対応が必要と考えられます。

(4)電子教科書の開発と保護
 電子教科書は、事務効率の面でも、学生の利便性の面でも大きなメリットがあります。しかし、受講生以外への教材の流出や複製、印刷など電子化したことによるデメリットも存在します。教材の流出や無断配布を回避するための方法として、Data KeyServerを利用したアクセス制限があります。これは、教材をPDF化して出力し、Data KeyServerでPDFにアクセス権を設定しておきます。このPDFファイルをアクセス権のない第三者が開封する場合、アクセス権限をData KeyServerに問い合わせるためファイルを開封できません。このようなシステムを利用することにより、受講生のみ講義資料を閲覧することができるようになり、無断複製を回避できるものと考えています。


5.まとめ

 著者は、栄養士、管理栄養士カリキュラム改正に伴う新しい内容の講義を収録し、インターネットを通して配信することで、既卒者の管理栄養士国家試験の受験に貢献するとともに、在校生の予習、復習などの学習に役立つコンテンツの作成を試みました。
 平成20年12月現在、収録を終了し、ASPサービスによるストリーミング配信を開始している科目は、専門基礎分野の10科目、専門分野の4科目の合計14科目となりました。
 講義資料等の電子化は、既に一部の科目において実施していますが、著作権の問題や無断複製の問題など解決すべき点が残されています。
 以上のことより、講義コンテンツのストリーミング配信をはじめ、各種教材の電子化には専門のスタッフの配置など人的支援が不可欠であると考えられます。


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