教育・学習支援への取り組み

教育イノベーションに向けて
〜上智大学における教育改善・支援の取組み〜


1.はじめに

 上智大学におけるファカルティ・ディベロップメント(FD)活動の歴史は浅く、現状において必ずしも十全とはいい難いところがあります。正式な立上げは、2006年9月、学則および自己点検・評価委員会規程を受け、「ファカルティ・ディベロップメント委員会」(以下では、「FD委員会」という)が設置されたことによっており、活動それ自体も委員会運営の域を出るものではないからです。その限りで、本学のFD活動を紹介する意義は乏しいように思われますが、自省と他戒の意味を込めつつ、その輪郭を述べることにします。


2.本学の概況

 本学は、イエズス会を設立母体として、1913年に創設されました。当時は専門学校令によるものでしたが、1928年の大学令による改組を経て、1948年、2学部(文、経済)7学科(哲、ドイツ文、英文、史、新聞および経済、商)を擁する新制大学として新たに発足しました。その後、1957年に法学部(法律学科)、翌58年に外国語学部(英語、ドイツ語、フランス語、イスパニア語、ロシア語の5学科)および神学部(神学科)、1962年に理工学部(機械工、電気・電子工、物理・化の4学科)、そして、1987年に比較文化学部(比較文化、日本語・日本文化の2学科)と、学部の開設が続きました。
 この間、文学部については、1952年に教育学科、1959年に国文学科、1966年にフランス文学科および社会学科、1976年に心理学科および社会福祉学科が増設された後、2005年、4学科(教育・社会・心理・社福)が発展的に分離して、総合人間科学部となりました。また、外国語学部については、1964年にポルトガル語学科、法学部については、1980年に国際関係法学科、1997年に地球環境法学科が増設されたほか、2006年には、比較文化学部が国際教養学部(国際教養学科)として改組され、さらに、理工学部については、1965年に数学科が増設された後、2008年に大幅な改組が試みられ、物質生命理工、機能創造理工、情報理工の3学科編制となりました。
 こうして、学部については、8学部27学科(学部・学科再編の関係で、既に募集を停止したものを除く)、収容定員8,663名を数えるに至りましたが、大学院についても、1951年に修士課程、1955年に博士課程(いずれも当時の名称)が開設され、現在では、10研究科23専攻、収容定員1,810名に及んでいます(定員は2009年4月時点のもの)。その中には、2004年、法学研究科に増設された法曹養成専攻(いわゆる法科大学院)、翌2005年、独立研究科として設置された地球環境学研究科(いわゆる地球環境大学院)、さらに、翌2006年、外国語学研究科の一部発展的改組により開設されたグローバル・スタディーズ研究科が含まれています。


3.本学の基本理念

 先に触れたように、本学における建学の精神ないし教育の理念を語るにあたっては、イエズス会の存在を抜きにすることはできません。1549年、日本にキリスト教を伝えたイエズス会神父、フランシスコ・ザビエルは、日本滞在の日々の中で、かつて自身が学んだパリ大学に思いを馳せ、日本の都(首都)に大学を設立することを願い、それを要望する書簡をローマ教皇に送りました。ヨーロッパ(西洋)と日本(東洋)の間の文化的・宗教的・思想的な交流を行うというザビエルの夢は、それから約360年を経た1908年、国籍も専門分野も異にする3人のイエズス会士が来日し、カトリック大学としての「上智大学」を設立することによって結実します。その意味では、本学の国際性の淵源は、ザビエルの夢、さらには、その夢のために来日し教鞭を執った数多くのイエズス会神父にあったといってよいでしょう。
 もともとイエズス会学校における教育は、キリスト教精神に根ざして、一人ひとりを大切にすること、人格的な陶冶を図ること、真の価値が見極められるような判断能力を培うこと、相互理解のもとで奉仕する精神を涵養することなどを目的にしています。本学もまた、そのような教育の理念に依拠しているのであって、“ Men and Women for Others, with Others (他者のため、他者とともに生きる)”なる言葉は、そのあり様をよく表しています。本学が標榜する少人数教育も、実にこのような精神から発しているのです。


4.FD活動の実際

(1)運営体制
 本学の場合、全学的なFD活動の運営は、いわゆる委員会方式によって行われています。すなわち、冒頭で触れたFD委員会が、FD活動にかかる企画立案、実施計画の立案、評価等の事項を審議するとともに、各年度におけるFD活動の推進機能をも担うところとなっています。同委員会は、学部選出委員(各学部から1名)、大学院委員会選出委員(2名)、職責上の委員および学長委嘱の委員(若干名)からなり、月に1回のペースで会議を開催することとされています。委員長は職責上の委員たる学務担当副学長が務めますが、実際の委員会運営はそれ以外の委員のなかから学長が任命する副委員長に委ねられています。また、事務局は学事局学事センター内に置かれ、ほぼ専従的な職員が1名、配置されています。全学のFD活動費は「学事センター(FD推進)」を予算単位とし、事務局において執行されることになりますが、学部・研究科のFD活動にかかる予算申請もFD委員会において取りまとめを行っています。
 もちろん、学部・研究科にあっても、当該学部・研究科におけるFD活動を実効あらしめるような組織が立ち上げられ、教員研修会や講演会等の開催、授業アンケートの実施など、それなりに工夫しつつ固有のFD活動が実施されています。しかしながら、全学の持続的なFD活動を実行するにあたっては、学部・研究科単位のFD活動をサポートし、情報交換の場を提供し、さらには、全体的な調整・推進役となるような組織が必要不可欠です。本学では、それをFD委員会に期待し、現にその役割が遂行されているといってよいでしょう。ここでは、FD委員会が中心となって実施されているFD活動について、いくらか紹介することにします。

(2)FD活動
 FD委員会では、より積極的かつ機能的な委員会活動が行われるよう、年度毎に2ないし3のワーキング・グループ(WG)が組織されます。WGには個別のテーマが設定されており、全学的なFDプログラムを企画・実施したり、授業(評価)アンケートを実施・検討したり、あるいは、当該年度の特別な検討課題に取り組んだりすることになります。各委員は、これらのうちの少なくとも一つに振り分けられるため、WGにおける検討作業に参画することが求められます。言うまでもなく、各WGの進捗状況はFD委員会に報告され、そこで承認を得られたものがFD委員会企画として実施されるに至ります。ちなみに、本年度の場合、最後者のWGとして、「FDセンター(仮称)」設置計画を検討するものが設けられました。
 FDプログラムについては、WGにおける企画段階から、様々なアイデアを出し、工夫を凝らしつつ、年間の計画を立てるようにしています。内容的なバリエーションをもたせるべく、学内の他の機関と連携したり、協力を仰いだりすることも少なくありません。企画自体がマンネリズムに陥ったり、テーマないし領域に偏りがあったりしては、FD活動に対する一般教員の関心を惹くことも、認識を深めさせることも難しいからです。今のところ、プログラム全体を、

1) 講演会・フォーラム形式の大規模企画(春学期・秋学期にそれぞれ1回)
2) ミニ講演会もしくはワークショップ形式の小規模企画(各学期に2回程度)

の二つに分けて構成しています。
 本年度を例に挙げていえば、1)としては、「成績評価」と「FDの展望」なるテーマのもと外部講師を招いて実施しました。また、2)としては、コンピュータ・ルームを利用した「パワーポイントの活用法」(ワークショップ)、カトリック・センターとの共催による「イエズス会の教育」(ミニ講演会)、全学共通教育委員会(従前の一般教養科目に相当する「全学共通科目」について審議するための全学的な委員会)との共催による「全学共通科目の新しいカリキュラム」(ミニ・シンポジウム)、外部講師(医師)を招いた「学生の精神衛生問題への対応」(ミニ講演会)といったテーマが並んでいます。
 また、本学では、FD委員会が全学の新任教員研修会を企画・実施しており、例年、7月初旬に、ほぼ半日かけて行っています(懇親会も含めると、6時間近くに及ぶ)。そのプログラムについては、新任教員研修会にふさわしいテーマを設定した上で、学内外の講師を選び、その講演を踏まえつつグループ・ディスカッションや意見交換会を行うよう組んでいます。本年度は、「魅力ある授業」、「キャンパス・ハラスメント」をテーマに取り上げ(いずれも外部講師)、後者については、FDプログラムの一つとして、一般教職員にも公開することになりました。
 授業アンケートについては、FD委員会が全学的な組織であることから、学部・学科の専門科目については当該学部に委ね(ほぼ2年毎のペースで実施)、もっぱら全学部にまたがる授業科目を対象としています。昨年度は「全学共通科目」、本年度は一般外国語科目が対象となりました。従来はアンケート用紙を用いて実施していましたが、本年度は、後述の教学支援システムLoyolaのアンケート機能(PCもしくは携帯電話からのアクセスが可能)を利用して行い、結果として回答率は下がりました(約30%)。しかしながら、授業アンケートそのものについては、学生による授業の「評価」というよりも授業の「改善」に結びつけるためのものと位置づけるべきであって、その意味では、回答率の低さもやむを得ないと考えています。
 FD委員会はまた、学内外で実施、展開されているFD活動の情報提供もしくは交換の場となっています。例えば、学部・研究科単位で実施されているFD活動については、FD委員会の会議の席で適宜、報告されるとともに、年度末には、全学部・研究科における年間の実施状況報告書が提出されることになります。この報告書は、FD委員会事務局が各学部・研究科に回答(アンケート形式によるもの)を依頼し、その調査結果を取りまとめたものですが、これによって全学的なFD活動が把握できると同時に、各学部・研究科にあっては、次年度のFD活動を企画立案する上で有益な参考資料ともなっています。


5.教育支援の取組み

 FD委員会が主体となって実施するFD活動以外にも、教育支援に資する目的で取り組んでいる事業があります。例えば、大人数授業、コンピュータ・ルームやCALL教室を利用する授業、実験・実習系の授業などに、多数のTAを配置したり、教学支援システムとして、学内の掲示板スタイル、「講義要項」等の便覧配布に代えて、Loyolaなる名称のWebシステムを構築したりしています。Loyolaによって、シラバス、成績評価基準、テキスト等の講義概要、休講・補講の案内等、授業に関わる情報が提供される一方で、教員にとっては受講者名簿の取出しや成績の入力、学生にとっては履修登録などが行えるようになっています。
 また、新規事業として、「教育イノベーション・プログラム」が立ち上げられました。同プログラムは、本学ならではの教育を推進したり、教育内容や方法の改善・向上によって教育の質を高めたりするなど、教育の活性化、発展に寄与するためのもので、2009年度予算から「教育活性化重点経費」として組まれています。実際の運用は、教育内容・方法にかかる教育重点項目を例示して学内公募を行い、学長をはじめとする審査委員会の審査を経て採択されたものが、最長3年で実施されることになります(2009年度は13件、予算規模で約1,200万円が執行される予定)。


6.将来に向けた課題

 本学のFD活動における最大の課題は、FD委員会方式からの脱却という点に尽きます。委員会方式による限り、FD活動に継続性、専門性が欠けることは否めず、また、現実の実施体制を担うことに困難さが伴うからです。このため、先に触れた「FDセンター(仮称)」設置計画WGにおいて検討を重ねてきましたが、そこで取りまとめたところによれば、FD活動のみに特化するのではなく、授業支援、学習支援、教育効果の調査・分析、教育設備・IT環境整備などを担う「教育支援センター(仮称)」の設置が提言されています。他大学での実情をも参考にしながら、FD活動にとってどのような組織のあり方が望ましいのか、知恵を絞らざるを得ません。
 また、恒常的に抱える悩みの一つが、FD活動に対する学部・学科もしくは研究科・専攻、さらには、個々の教員の受止め方・考え方にあります。さすがに近時は、ほぼすべての学部・研究科において、FDの意義が認識され、それ相応の活動が試みられていますが、大学としての方針をどこまで周知させ、その標準化をどのように図っていくべきか、検討に迫られています。加えて、FDプログラムの企画内容については、先に述べたように、手を替え品を替えているにもかかわらず、現状では、教員の参加率は低く、顔触れもさして変わりません。すべての教員に対して、ある程度の出席を義務づけるべきか、苦慮しているところです。
 さらに、授業アンケートの実施に見られるように、今やFD活動の第2フェーズ(曲がり角?)に突入している感があります。従来の「アリバイ証明」的な実施にとどまらず、全教員の理解を得つつ、それをどのように活用していくのか、受講者数の少ない科目(語学科目、演習科目、大学院科目等)の授業改善をどのように行っていくのか、新たな取組みが求められているように思われます(本学でも、カリキュラムに関するアンケート、意見交換会など、独自の工夫が見受けられつつある)。


7.おわりに

 世は並べて、FD流行りです。口さがない同僚は、明治期の民法典編纂論争になぞらえ、「FD出でて、学問(大学)滅ぶ」などと、口にする向きもあります。なるほど、百年一日のごとき教育活動は、決して誉められたものではありません。まして昨今のように、社会も時代も大きく変転し、知の体系、学問の成り立ちそのものが変化しようとする状況にあって、古色蒼然たる内容の講義が漫然となされていては、受講する学生もかなわないでしょう。しかしながら、学問研究の場、知の伝達の場としての大学が世の荒波に押し流されるようなことになってはいけません。真理を探究し、学術を極める上で欠かすことのできない営為は、おのずから一般社会の流儀・作法と異なる要素を内包しているはずです。変えるべきことと、変えてはならないことの分別が、今こそ求められているに違いありません。

文責:上智大学学務担当副学長
法学部教授 矢島 基美


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