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ITと大学教育
IT and the Academic Experience

 本稿はEDUCAUSEの許可を受けて、ECAR((EDUCAUSE Center for Applied Research)が2004年度から毎年発刊する「ITと大学教育」調査報告書の一部を翻訳したものである。本調査は2008年春に実施され、4年制大学90校および2年制教育機関8校に在籍する27,317の学生の数量的分析と、教育機関4校・75名を抽出して5,877の自由記述による質的分析を行った成果に基づいている。

(原文)http://net.educause.edu/ir/library/pdf/ERS0808/RS/ERS0808w.pdf

「気をつけろ、もし授業の代わりにテクノロジーを使い始めたら、教室から逃げ出そう!」
−ある物理学専攻の学部生


主たる調査結果

  1. 回答者の大半(59.3%)は授業での適切なIT活用を受け入れている。また、男子学生のほうが女子学生よりも授業でのIT利用を好む傾向がある。
  2. 学期を問わず、上級生は授業で、表計算、プレゼンテーションおよびグラフィックス・ソフトウェアをよく使用し、1年生はソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)を多用、コミュニティ・カレッジの学生は比較的ITを利用していないことが分かった。学生の専攻によって、どのテクノロジーを利用するかが違ってくる。
  3. 大学が学生に対してオンラインのみの授業を最低1科目必修とした場合、「賛成」と答えたのは僅か23.0%で、他の22.6%は「反対」、23.4%は「絶対反対」となった。
  4. 回答者の1/2は、自分で制御が可能なシミュレーションやビデオ・ゲームなどを使った学習を好み、回答者の1/3 は、「Webサイトへのコンテンツ投稿や、ポッドキャスト(podcasts)、Webキャスト(webcasts)を使った学習を好む」と回答している。
  5. 2007年からコース・マネジメント・システム(CMS)を使用した経験のある回答者は増加して、2008年には82.3%となった。69.5%はCMSの使用について肯定的であり、否定的な意見は僅か5.3%に過ぎない。
  6. 授業の課題を行うため、大学が常時学内にITサービスを「提供している」と回答したのは僅か半数の49.8%で、33.4%が「どちらとも言えない」、16.8%が「提供されていない」と回答した。
  7. 回答者のうち、44.4%は「ほとんどの教員が効果的にITを授業に利用している」と答え、また、約1/3の回答者は、「ほとんどの教員が学生に対して適切なIT教育を行っているか、学生のITスキルを理解している」と答えた。
  8. 大半の回答者(62.3%)は、講義の教材がオンラインで入手できる場合は授業を「欠席しない」としているが、17%は「欠席する」と回答した。
  9. 学習に対する取り組み、学習の向上、学習の利便性、そして実社会への準備など、ITの利用がもたらす様々な成果の中で、利便性を選んだ学生が最も多かった。また、ITの成果を望む学生は、授業にもっと頻繁にITを使いたいと考えており、また、早い段階でITを使用して、CMSや教員がITを活用する授業に積極的に関わった経験がある。

 ハーバード大学院教育学科のクリス・ディード(Chris Dede)は次のように述べている。「教員は主として、従来の授業方法の一部を自動化するか、コミュニケーションや体験を少しずつ広げる手段としてITの発達を利用してきた。しかし、次々と発展進歩しているテクノロジーは、実は、我々が共同に考え、また学ぶ場を提供してくれている、ようやくその第一歩を踏み始めたのに過ぎないのである」。学生達が授業で使う、テクノロジーに関する今回の2008年度データは、クリス・ディードの指摘と符合する。今や学部生の多くは、授業活動において実社会で広く使われているテクノロジーや授業に特化したITツールを使っている。しかし、私生活ではWeb2.0準拠のテクノロジーをすぐ取り入れている学生たちでも、大学の授業活動ではそれらを使おうとしない。ブログ、ウィキ、グラフィック、ビデオ・オーディオ作成ソフト、ポッドキャスト、Webキャスト、マルチユーザー・ゲーム、バーチャル・ワールドをはじめとする多くのテクノロジーは、依然として学業の場ではなく、学生の私的生活の中でしか使われていないのが現状である。

 同時に、ほとんどの学生は、授業でITを多用することを希望していない。彼らは、CMSやその他のITがもたらす利便性を歓迎してはいるが、教員やクラスメートとの直接的なやりとりを重視している。講義用の教材がオンライン上で入手できても、大半の学生は授業を欠席しないといっている。それほど多くはないが、学生はITが学習向上に役立つであろうと思っている。ITの利便性や学習向上を期待するが故に、学生は、必要なときいつでも大学のITサービスを利用できるのは当たり前だと思っているが、授業で必要なときにいつも大学のITサービスを利用できると回答したのは学生の半数だけであり、彼らの要望が十分満たされているわけではない。

 2008年度の本調査では、以下の項目について大学教育とITに関する所見をさらに詳しく検討している。


授業で使用されるITの評価

 毎年、ECARは学生に対し、授業でどの程度ITを利用するのが好ましいかについて、「まったくITを使用する必要ない」から「ITのみを使用」まで5段階評価で調査をしている。当初、ECARは、インターネットやコンピュータとともに成長した現在の大学生は、授業や授業活動を支援するテクノロジーを大幅に取り入れた授業を好むと考えていた。しかしこれは事実ではなかった。過去3年間のいずれの調査でも、55〜60%の学生は、授業では「適度に使用する」と回答している。2008年度の調査でも、回答者の59.3%がやはり、授業での「適度の使用」と答えている(図5-1参照)。20名中約1名は両極端で、「まったくITを使用する必要ない」(1.9%)「ITのみ使用」(3.6%)と回答した。

図5-1 授業で使用されるITに対する学生の評価(対象:27,168名)

 驚いたことは、テクノロジーが毎年発展しているにもかかわらず、授業でITを「適度」に使用したいという学生の意見に変化がないことである。使用可能なテクノロジーの種類や数は増え、学生が好んで使うテクノロジーも変化し、テクノロジーが使われる度合いもはるかに高くなった。このことは、学生たちが4年前に考えていた「IT」と今日の「IT」は違っているはずである。さらに、学生が多様化すれば、ITに関する考え方も変わるはずである。例えば、ネットワーク・サービスやインターネットにアクセス可能な携帯電話など、水の中の魚のように、日常生活の中で朝から晩までテクノロジーを使っている学生にとって、テクノロジーはもはやITとは考えてもいないだろう。このように、激しく変化する技術環境やITに対する多様な認識にもかかわらず、回答者は、相変わらず授業での「適度の使用」と答えている。つまり、学生がITをどう理解しているかは別にして、教室での対面授業を含む学習活動や、教員・クラスメートとの人間関係のバランスをうまく保ちながら、その中でテクノロジーが使われる学習環境が最も好ましい、と多くの学生が考えているということである。

 前年度の調査と同じであるが、男子学生の33.7%が、授業でITを多く利用したい、またはITのみの授業と望んでいるのに対し、女子学生は19.8%にとどまった。この比率は、年齢、取得単位数(学年分類)、専攻、科目等履修生(学位取得を目指している学生も含む)や全日制の学生、寮生や通学生などの違いによって統計上の差がでることは、ほとんどなかった。今年の調査で初めて明らかになった興味深い点は、年齢がなんら意味を持つものではないということである。前年までの調査では、下級生ほど授業でのテクノロジー活用に対して消極的であり、上級生ほど積極的であった。2007年では、その差は僅かで、年齢による違いが要因ではなくなる傾向にあると予測された。2008年度のデータではその傾向が確認され、授業でのIT利用に対する評価はすべての年齢層でほぼ一致していると言える。それは、テクノロジーがあらゆる年齢層の生活に、密接に溶けこみつつあると考えられる。

 授業で「適度」にITを使用したいという傾向は、全学生に行った自由記述式の質問及び特別に抽出した学生双方の意見に見られた。学生たちは、対面式の授業が大変重要であると考えている。ある学生は、「対面式の講義や質問のやりとりができる授業に取って代るものは何もない。ありえない。コンピュータがいくら高価であろうが、ビデオがいくら高画質であろうが、プレゼンテーション・ソフトがいかに素晴らしいものであろうが、関係ありません。」と回答している。この点は、ロトウスキー(Lotkowski)、ロビンズ(Robbins)、ノウツ(Noeth)らの研究でも支持されている。彼らは、学生が学業を継続して学位を修めることに影響を与える要因について400以上のサンプルを調査した。その結果、学生の成功を高めるには、大学が様々な形で学生との関わりを強めることに関係しており、それが基本的なコミュニケーション・スキルに自信と能力を与えるとしている。つまり、教員や学友と直接向き合う時間こそが、学生の気持ちを学際的な雰囲気に溶け込ませて相乗効果を生み出し、結果として学業達成に貢献するというのである。さらに、過去のECAR研究データは、教員のIT利用について学生が必ずしも賛成であるというわけではなく、このことが、授業で「適度」にITを使用したいという傾向に結びついているのかもしれない。


調査実施学期中に使われたテクノロジー

 2008年度のECAR調査(2008年2月15日から4月7日まで)では、期間中にどのようなテクノロジーが授業の一環としてよく使われたのかを示している。表5-1では、表計算ソフト、プレゼンテーション・ソフト、大学図書館のWebサイトの3種類のソフトが多く使われたことを示している。Web上の莫大な量の情報を考えれば、全回答者の2/3(67.7%)が、調査実施学期中に自校図書館のWebサイトにアクセスしたことは注目に値する。驚いたことに、専攻が異なっても利用したテクノロジーにさほどの大差はなかった。工学専攻を省く他の専攻学生の67%〜77%が、調査実施学期中に図書館のWebサイトを利用したことを示し、工学専攻の学生は55.5%でやや少なかった。

表5-1 調査期間中に使用されたテクノロジー(学年分類別)
  上級生
(11,629名)
1年生
(8,924名)
コミュニティカレッジ
学生(3,317名)
全学生
(27,317名)
多くの学生が使用したテクノロジー
大学図書館のWebサイト 70.8% 69.5% 53.2% 67.7%
プレゼンテーション・ソフト 73.1% 58.9% 41.8% 63.5%
表計算ソフト 50.9% 38.8% 26.0% 43.3%
それ以外学生が使用したテクノロジー
ウィキ 19.3% 21.1% 14.9% 19.3%
SNS 15.4% 21.0% 11.3% 16.6%
グラフィック・ソフト 16.5% 10.7% 10.5% 13.5%
インスタント・メッセージ 12.8% 16.5% 8.8% 13.4%
プログラム言語 10.6% 9.7% 5.3% 9.8%
専門分野のソフトウエア  10.5% 8.5% 5.1% 9.3%
ブログ 7.9% 7.5% 5.4% 7.4%
Eポートフォリオ 8.1% 3.9% 3.0% 5.9%
ポッドキャスト 4.2% 4.8% 1.5% 4.2%
ビデオ作成ソフト 4.7% 3.6% 2.0% 3.9%
オーディオ作成ソフト 3.4% 3.4% 2.1% 3.2%
Webキャスト 2.9% 2.1% 2.6% 2.7%
バーチャル・ワールド 1.0% 0.9% 1.6% 1.0%

 調査期間中の授業では、4年制大学の上級生は1年生や短大生に比べてプレゼンテーション・ソフト、表計算ソフト、グラフィックソフトの使用頻度がより高かった。このような使用頻度の差は、上級生の専門科目が少人数で専門課程であり、これら基本アプリケーションソフトをより多用することを反映したものである。コミュニティ・カレッジでのIT利用は、リストに記載されているITのほとんどで低かった。

 調査実施学期中に使われたテクノロジーは、学習のみで使用されるというよりも、学校、仕事、余暇などを含めた、全般的な活動に使われることが非常に多く、特に興味深いのは、全般的な活動でよく使われるポッドキャスト(29.1%)やWebキャスト(25.0%)に対し、一般的に、学習ではそれぞれ4.2%、2.7%となり、あまり使われないということが分かった。一方、ある大学ではポッドキャストやWebキャストが授業で活発に使われているところもある。コッピン州立大学の学生は、全員授業でWebキャストを使用して学習に効果があったと喜んでいる。

 前年度同様、2008年度もオーディオ、ビデオともポッドキャストに対する評価はとてもよく、学生達は、欠席した授業や教材の学習ツールとして有用であったと認めている。代表的な意見として、「認知心理学の授業でのポッドキャストの活用はすばらしかった。ノートに書き取れなかった箇所を調べたり、理解できなかった講義をもう一度聴くことができたり、試験勉強がとても楽になった。授業中大急ぎでノートをとる代わりに、授業にもっと集中するようにもなった」とある。

 同じことがオーディオ/ビデオ作成ソフトにも言える。回答者の1/3が日常生活で使っていると答えている一方で、調査期間中、授業でこれらを使用したのは4%にも満たない。つまり、学生はこの種のテクノロジーを学んで使用はするが、それは必ずしも正規の授業目的のためではなく、事実、2007年度のECAR調査では、2/3の学生が個人的な興味からオーディオ/ビデオ作成ソフトを覚えたと述べている。

 調査データによると、学生の8.8%はすでにオンラインの仮想世界(virtual worlds)を使った経験を持ち、調査期間中の授業で使用したのは1.0%であった。このようなオンライン学習環境は、未だ始まったばかりの段階ではあるが、ECARは今後の調査でその進展を追跡していく予定である。セカンドライフ(Second Life)の作成者であるリンデン研究所(Linden Lab)によると、現時点では少なくとも米国70大学が、大学の授業でセカンドライフを活用する試みに取り組んでいるという。また、最近のECAR研究報告では、高等教育の教授=学習過程での活用例を取り上げている。例えば、ヴァッサー・カレッジでは、学習体験の強化を目的にヴァッサー城を作り、システィナ礼拝堂を再現した。

 教育という観点から、ブログに関しては評価が分かれた。否定的な意見としては、「クラス討議の代わりにブログを使いたくはない、クラスのブログに個人的な情報を掲載することに疑問を感じる、教員が不自然で必要でないときでもブログを強要していると感じた」などをあげている。一方、賛成の学生は、「自分の意見を述べやすくなった。授業で十分議論できなかった問題をオンライン上ではもっと議論をつくすことができる」など、授業でのブログの利点を語っている。


学生の専攻とIT

 学生のIT経験に関する質的データ分析によると、学生の専攻によって必要となるテクノロジーが異なるため、学生の専攻がどのような種類のテクノロジーを身につけるかを決める大きな要因となっている。表5-2は、今学期中の授業で、どのテクノロジーが使われたかに関する量的データであるが、この表からも、専攻によってテクノロジーの利用が異なることがわかる。この結果は過去数年間の調査とほぼ一致しており、学習課程のどの時点でITを導入するのがいいか、注意深く見極めることが学生のスキルのレベルに影響を与える。

表5-2 調査期間中に使用されたテクノロジー(専攻別)
  人数 パーセント
大学図書館のWebサイト
工学 1,401 55.5%
全他分野 12,547 72.8%
表計算ソフト
工学 1,837 72.8%
商業 2,827 64.8%
物理 743 56.1%
生命 2,372 47.8%
全他分野 3,405 31.1%
グラフィック・ソフト
美術 636 33.3%
工学 521 20.6%
全他分野 2,108 10.7%
ビデオ作成ソフト
美術 186 9.7%
全他分野 760 3.4%
オーディオ作成ソフト
美術 247 12.9%
全他分野 587 2.5%
プログラム言語
工学 1,097 43.5%
物理 320 24.2%
全他分野 986 4.9%
専門分野のソフトウエア
工学 1,009 40.0%
物理 331 25.0%
全他分野 1,045 6.6%
Eポートフォリオ
教育 616 22.4%
全他分野 975 4.6%
注)標準以外の専攻分野(それ以外、未定と回答)は省略

 概して、工学専攻の学生は表計算ソフトを最もよく使用しており、またプログラミング言語や彼らの工学教育に欠かせないテクノロジーを組み合わせて使っている。経営専攻の学生は、ビジネスには欠かせない表計算ソフトの使用が第二位である。美術専攻の学生はグラフィックス、ビデオ・オーディオ作成ソフトを、他の専攻の学生よりも多用していることが分かる。

 教育専攻の学生は、主にEポートフォリオ(E-portfolios)を継続して使用している。このEポートフォリオは、教員志望の学生が、自分が履修した教職必須科目や資格の状況について、学校区域の学校運営管理者に連絡するために頻繁に使用している。また、Eポートフォリオが、職業資格を必要とする職業に関して、他の専攻分野でも採用されるであろうという憶測もあるが、現時点ではそのようになっていない。ECARが最初にこの質問をした2006年以降、教育や他の専攻分野でEポートフォリオの使用が著しく増えたという事実はない。


教科書とIT

 記述式回答において、学生はオンラインによる授業のリーディング教材や教科書の問題を取り上げ、その賛否の割合はほぼ同数であった。すべてではないが、議論の大半は費用に関するものであり、次のような論点が明らかになった。
●IT機能を備えた教科書
 ある学生は、マルチメディアによる内容理解は役立つと考えている。「教科書からリンクしたWebサイトはとても楽しいし、さらに勉強したいと思う手助けとなっている。私のGPA(Grade Point Average)は4.0ですが、このようなサイトのおかげで好成績を獲得し、維持できている」、というのは代表的な意見である。また、余計にかかる費用についての反対意見もある。たとえば、ある学生は、「IT機能つきの本はとても高価である。IT機能がついているために、解剖学の教科書は2冊で240ドルもする」と言っている。
●オンラインの読み物や電子書籍のコスト削減
 多くの学生は教科書の費用に敏感である。ある学生は、「オンライン上にアップされた読み物は、ばかげた値段の高い教科書に比べてありがたいことに無料で、しかもどこからでもアクセスできるのが素晴らしい」と評価している。またある学生は、「ITで最もよく使うのはオンラインの教科書だ。教科書は高すぎる。特にお金がない学生がそれを買わざるを得ないことを考えるとね」と言っている。
●画面に向き合う時間が長い
 「コンピュータの前に座って30ページものテキストとにらめっこするのは好きではないし、印刷するのも骨が折れる。1ページ10セントだと高くつく。私はオンラインで物を読むのが好きではない、というのも一日の大半をコンピュータの前で過ごしているので、家に帰ってまでそんなもので本を読みたくない」とは代表的な意見である。
●教科書依存の軽減
 ある学生は、「私はグーグルで、物理学・化学の重要な概念を10倍も効率よく教えているオンライン授業を開講している大学を見つけました。時折、指定の教科書よりこのサイトで概念を理解しています」といい、また別の学生は、「今学期は教科書を購入していませんが、なくて困ってはいません」と述べた。


オンライン授業

 多くのオンライン授業を選択している学生と、そうではない学生とでは考え方に違いがあるのか?この問いに対して、学生には、すべてオンラインのみの授業を履修しているかどうかをたずねた。結果は、わずか2.8%の回答者がオンラインの授業を履修しており、11.9%の回答者は、オンラインと対面式を取り混ぜた授業を履修していた。

 オンライン授業を履修しているか否かに最も影響する要因は、回答者が科目等履修生か全日制の学生であるかによる(図5-2参照)。全オンラインの授業を履修していた全日制学生はほぼ皆無であったのに対して、科目等履修の学生は、10名に1名以上が全オンラインの授業を受講していた。年長の学生は、科目等履修・全日制に関わらず、全オンライン授業を好む傾向にあった。本調査実施学期中、30歳以上の回答者の約1/3(30.6%)が全オンライン授業を1科目以上履修しているが、18〜19歳では8.0%に過ぎず、20〜24歳では13.6%であった。これは、年長の学生や科目等履修生の多くが、家族や仕事に対する負担が大きく、オンライン授業が受講しやすいことを重視していることと考えられる。

 事実、科目等履修生や年長の学生のような、従来の大学生ではない学生が、オンライン授業履修増加の原動力となっている。2007年に出版された、5年間のオンライン学習の増加に関する研究で、スローン・コンソーシアム(Sloan Consortium)は次のようなことを見出している。「2002年〜2006年の間、科目等履修生や年長学生が多いコミュニティ・カレッジでは、オンライン科目等履修生の伸び率が最も高く、彼らが全オンライン科目等履修生の半分以上を占めていた。一方、学士授与の4年制大学では、オンライン授業の履修者がもっとも低く、伸び率も最低であった。」同様に、本調査実施学期中、ECARのデータでも、準学士授与の短期大学の回答者のうち20%が少なくとも1教科のオンライン授業を履修しており、6.9%の4年制大学とは対照的である。スローン・コンソーシアムは、この傾向が続くと予想している。

図5-2 科目等履修生・全日制学生によるオンライン授業履修者数(対象:26,963名)

 オンライン授業に関する質問には多くの学生が意見を述べた。オンライン授業が好きな学生は、当然ながら、共通してその利便性やオンラインであるが故に履修が可能な科目であると回答している。その多くは年長の学生や科目等履修の学生の意見である。学生の中には、オンライン授業の利点である、「他の学生や教員とオンラインで頻繁にメール交換ができる」という意見を述べるものもあった。その一人は、「私は便利なオンライン授業が気に入っています。教室で思いつきの意見を述べるより、熟考した意見をオンライン投稿できるのではないかと思います。さらに、学期中継続して議論を深めることも可能です」と述べている。

 一方、学生がオンライン授業を好むといっても、記述回答では否定的な意見が大半である。自由記述回答では、以下のような問題提議があった。
●オンラインでは、学習上大切な対面でのやりとりができない
 当然、これは多くの学生の共通した問題で、代表的な意見として、「人による教育や人とのやりとりに勝るものはないと思います。授業中の議論や討論でより深い理解を得ることができ、表情やしぐさ、言葉使いなど、すべてが学習や理解につながるのです」と述べている。
●オンライン授業は簡単にごまかすことができる
 ある学生は、「オンライン学習は不正を勧めているのも同然です。私の知り合いは、自分が仕事中、代わりに夫に授業を受けてもらっています」と言っている。
●技術的な問題がある
 ネットワークやソフトウェアの性能、エラーが起こりやすい手順などのトラブルのため、オンラインでの試験や課題提出に困難をきたす場合がある。ある学生によると、「授業の最後の週や大勢の学生が使用しているときにサーバがダウンするといらいらします。また、オンライン上での試験中にキーを打ち間違えるとか、ミスを犯す可能性が高い」といっている。
●オンライン授業は課題が多く自律的な自習を求める
 ある学生は、「オンライン授業は教室で受ける授業よりも負担が遙かに大きい。したがって便利さで得たプラス面はすべて帳消しです」と述べている。

 大半の意見は、テクノロジーを授業に持ち込むとき、利便性と創造的な教育バランスよく行い教室での体験も大切にしたいということで、授業で「適度」にITを使用したいという、我々が先に述べた調査結果に符合する。

 多くの大学は学生のオンライン学習体験を重要視しており、必修科目として検討している。そこでECAR調査では、「在籍するあなたの学校がオンラインのみの科目を最低1科目必修とした場合、自分にとって利益があるか」という質問に関する賛否を問うた。図5-3は、この考えに対して反対という結果となり、回答者の23.0%のみが賛成を示している。では、オンライン授業を一つ以上積極的に履修している学生達は賛成なのであろうか?データでは確かに、43.9%が必修化に賛成と答えているが、半数以上は賛成とは回答していないことがわかった。反対の原因は、前述した質的データから、オンライン授業に対して全般的に熱意が欠如していること、および大学がオンライン授業を必修化することに対する異議の2点が考えられる。ある学生は、「私は、多くのオンライン授業を履修し、その経験からすれば賛成です。しかし、強制すべきだとは思いません。選択の自由を制限しますし、オンライン授業で全員がうまく学べるわけではないからです」と述べている。

図5-3 学校がオンラインのみの授業を最低1科目必修とした場合(対象:27,110名)


テクノロジーを使って学生はどのように学習したいのか

 授業でITを使用している教育者は、学生たちが、学習のツールとしてテクノロジーをどのようにとらえているか理解したいと思っている。この問題に関する情報を集めるため、ECARは当時ハーバード大学院教育学科の博士課程に在籍していたエドワード・ディータール(Edward Dieterle)に助力を仰いだ。2007年、彼は4問からなる一連の質問を作り(図5-4参照)、2008年、ECARがさらにポッドキャストとWebキャストを作成したり聴いたりしながら学習をすることについての質問を追加した。

図5-4 テクノロジーを使って学生はどのように学習したいのか

 インターネット検索による学習が一般的になり、大半の回答者(80.2%)はそれを好むと答えた。そして、学生がもっとも頻繁に話題にし、かつ調査の中でも言及されたのはウィキペディアであった。ウィキペディアは、情報源としては不安定で信頼性がなく、学習の助けになることもあるが、教員は引用対象としてウィキペディアの使用を認めないという代物である。学生の中には、「ウィキペディアのようなサイトやサービス及びインターネットは全般的にひどいし、学術的領域ではいかなる状況下でも使用すべきではない」と強固に批判するものもいる。一方、他の学生は、「私が選択している授業では教科書がなく、ウィキペディアは、探している記事を見つける格好の場所となっている」と記述している。

 2007年と同じく、約半数の回答者は、ビデオ・ゲームやシミュレーションゲームなど、自分で制御できるプログラムを使って学習することを好んでいる(女子学生より男子学生の比率が高い)。この大多数の回答者が、学習でゲームを使うことに賛成であるという結果は、ノースダコタ大学のリチャード・ヴァン・エック(Richard Van Eck)によるデジタルゲームに基づく学習(DGBL: Digital Game-Based Learning)の評価と一致している。彼は、長年のDGBL研究によって、学習ツールとしてゲームを利用することは今や多くの人々が関心を持っていると主張し、理由として三つの要因(DGBL提唱者による継続的な成果の提示、ゲーム人気の高まり、そしてDGBLがネット世代に適合していること)を挙げている。ネット世代は常に多様な情報を求め、帰納的推論を好み、コンテンツに対して何度となく素早い反応を好み、同時に優れた視覚リテラシー技能を身につけている。

 興味深いのは、50.9%の回答者が、テクノロジー群の二つや三つだけを使って学習したいと答えており、大多数がテクノロジーの一つを選択的に選ぶということである。5種類すべてのテクノロジーを使って学びたいとする回答者はわずか8.7%と比較的少なく、テクノロジー群のどれも使いたくないとする回答者も9.4%と少ない。さらに、多くの回答者は、学習という状況下で5種類のテクノロジーを使った経験がない可能性があるため、6.6%から25.8%という広い範囲で、5種類のテクノロジー群を使う学習が好きかどうかは分からないとしているのは当然であろう。

 ECARデータでは、学生が学習に使いたいと選んだテクノロジー群と、彼らが生活で使用しているテクノロジー群が一致している。

 テクノロジーを早くから使い始めた回答者ほど、学習に使われるテクノロジーに対する熱意が高い(図5-5参照)。早くからテクノロジーを理解し、積極的に使う学生の少なくとも半分かそれ以上は、テクノロジー群のいずれかを使って学習することを好んでいる。そして、早くからテクノロジーを使い始めた学生とそうでない学生との差は、図にある新しいテクノロジーほど大きくなっている。

図5-5 テクノロジーを使って学生はどのように学習したいのか(使用始めた時期)


コース・マネジメント・システム(CMS)

 2005年及び2006年のECAR報告書によると、全回答者のうち72%はCMSを使った授業を受講したことがある。その後、2007年にはその比率が82%に上がった。他のEDUCAUSE及び大学コンピュータ化プロジェクト(The Campus Computing Project)の報告書は、2007 年ECAR報告書を裏付ける結果となった。2008年度ECARの報告書では、CMSの利用は82.3%となり、CMSの使用頻度は去年と同じであることを示している。大学に長くいる上級生は、新入生より多くCMSを使っており、コミュニティカッレジの学生がもっともCMSを使用していないと報告されている(図5-6参照)。

図5-6 過去CMSを使用した経験のある学生(学年分類別)
図5-7 CMS使用に賛成・反対(対象21,598名)

 大半の回答者は、CMSの使用に対し、その使用経験から賛成(57.8%)、大いに賛成(11.7%)と回答している(図 5-7参照)。5.3%はCMS使用を否定的にとらえており、実数としては20名に1名にあたるが、一方で、きわめて多くの学生がCMSを使用し、同時に使用頻度が非常に高いことを十分考慮に入れておく必要がある。CMS使用に賛成の回答者は、高い技術力を持っていることが明らかになっている。彼らは、授業にもっとITを使うことを希望し、早い段階からテクノロジーを身につけ、CMSを頻繁に使い、自分達のCMSスキルに自信がある。この結果は、カーネギー(カーネギー教育振興財団の分類法)による大学の種別・登録学生数・私立と公立といった大学の構成の違いや、性別・年齢・専攻など学生の違い、また過去3年に亘るECARの調査、それぞれの違いを超えて全領域で一致した傾向を示している。

 CMSはまさしく学生がCMSをどう捉えているかという問題で、自由記述の1/6はほぼCMSに関する意見であった。賛否はほぼ同数で、肯定的な意見としては、成績を確認したり、投稿課題や文献を入手したりできる利便さを述べている。反対の大半はCMSの信頼性の問題に集中しており、ユーザフレンドリーでないこと、教師が使い慣れていないこと、インストラクターによって使い方が異なることを指摘するものもあった。ある学生は、「CMSは大変便利なので、大学はすべての教授にこの技術を使わせるか、少なくとも成績を掲示させるくらいには使用すべきだ。宿題、メモ、事例、サンプルテスト等を閲覧できるということは素晴らしい。学生にとってはオフィスアワーよりも柔軟性があり、学業のレベルを維持するために大変便利だ」と言っている。EDUCAUSE 2007年度の基本データ報告(Core Data Service)では、多くの学生が同じ感想を持っていることを示唆していた。ほとんどの大学では教師がCMSを部分的に取り入れ、CMSをほぼ、あるいは全授業に取り入れている大学は30%弱である。学生は、ある特定のCMSに対しては、他のCMSより肯定的(もしくは否定的)な意見を述べており、学生の視点からみてCMSシステムと使用方法の違いがあることがわかる。


授業課題に必要なITサービス

 2007年には、回答者のかなり多くが、ネットワークの中断、CMSの使用不能、ファイルのアップロード・ダウンロードの問題など、大学のITサービス・アクセスの問題を論じている。そこで、2008年度の調査では、学生に対して、「授業課題をしなければならないとき、大学のITサービスはいつでも利用できるか」という質問に対する賛否をたずねた。今回は、授業課題に特化して質問しており、娯楽や研究の場合の利用は尋ねていない。無論、目標は全学生が利用できている、と答えることだが、現実は図5-8に示されているように、わずか半数(49.8%)が利用できていると答えているに過ぎない。平均値は3.39であった。

図5-8 大学のITサービスはいつでも利用できるか(対象:26,947名)

 その結果、1/3(33.4%)はどちらでもないと回答し、残り16.8%は実際利用できないと回答している。そこで、当然ながら、ITサービスが全体にわたってそうなのか、一部の大学に偏っているのかを考えなくてはならない。大半の大学(81.6%)では、40%から59%の学生が、授業課題に大学のITサービスを利用していると回答している(図5-9参照)。ただ1校だけ、ITサービスを利用に関して70%以上の学生評価を受けていたが、ほとんどの大学は利用率が50%前後であるということで、明らかに、学生の視点からすると改善の余地があるといえる。

図5-9 授業課題に対してITサービスはいつでも利用できるか(大学側:98大学)

 表5-3では、CMS経験者は授業課題にITサービスの利用を大変気にしていることが分かる。ITサービスが利用できているとする学生のうち、78.3%はCMSを積極的に使用する学生達であり、ITサービスが利用できていないとする学生は、わずか54.3%であった。自由記述式でのCMSに関する意見では、ITサービス利用の可能性について言及しているものが多いことを合わせて考えると、この結果は驚くべきことではない。

表5-3 CMS利用者から見て、授業課題に対するITサービスはいつでも利用できるか
CMS体験者 人数 平均値 標準偏差値
全くできない 234 2.78 1.298
できない 910 2.87 1.108
いずれでもない 5,391 3.16 0.949
できる 12,340 3.49 0.896
いつでもできる 2,484 3.85 0.963
注)5段階尺度  1=全くできない  2=できない
   3=いずれでもない  4=できる
   5=いつでもできる  

 学生の意見から次のようなことが分かる。つまり、学生達は、授業課題に関してだけでなく、娯楽に関しても、ネットワークが信頼でき、使いやすく、そして速度が十分に早いことを期待している。オンラインゲームプレイヤーが、ネットワーク帯域幅やゲーム利用をブロックすることへの苦情を言うように、学生達は、ビデオ再生が遅すぎて鑑賞に堪えないことや、ロードに時間がかかりすぎること、もしくはビデオストリームが途切れることに不満があると言っている。

 また、以前の調査結果同様、キャンパスでの無線使用の範囲に対する期待は高い。非常に多くの学生は、もっと広い範囲での無線アクセスを希望し、既存の無線の信頼性と速度向上をあげていた。学生は、例えば「キャンパスのある場所では、インターネットに接続する無線シグナルが取れず、いらいらする。教授が講義している時、オンライン上にあるものを参照したり調べたりしたいのだ」と言っている。


資料がオンラインにあると学生が授業に来ないか

 キャンパスCMSや他の場を通じて、シラバス、読み物、サンプルテスト、ディスカッションボード、ポッドキャスト、講義ノート、パワーポイントプレゼンテーション等、授業のための資料がますますオンラインで入手可能になっている。実際、2007年度の調査では、CMSにアクセス可能な回答者の大半はオンラインでシラバス(97.7%)や、文献その他のテキスト教材資料へのリンク(96.5%)を使用したと報告されていた。学生達は、この種のテクノロジーはとても便利であると言うが、一方で対面授業での対話を重視している。本調査では、授業の資料が簡単にオンラインで入手できることによる授業出席への影響をたずねた。つまり、「学生は授業に出席しなくてもいいと思ったか?」という質問で、図5-10では、ほとんどの学生が「出席する」と言っている。平均値は2.26(5段階評価:1=強く反対、5=強く賛成する)で、ほぼ2/3の回答者(62.3%)は、オンラインで入手できるからといって授業に出席しないことはないと回答している。しかしながら、約1/6は、オンラインで授業資料が入手できれば、授業に出席しないと言っている。

 自由記述式で、学生が授業に出席しない問題について意見をきいた。教師は、教材をオンラインに掲載することを望み、教師が授業に付加価値を加えなければ学生は授業に出ない傾向がある。ある学生は次のように述べている。「講義がITで効果的になればITを利用した授業は素晴らしいと思う。教授がWebサイトに掲載している教材を繰り返し使用するようなら、学生は授業に出ませんよ。教授がオンライン教材をうまく活用して使用するなら、学生はできるだけ授業に参加します」

図5-10 授業資料がオンラインで入手できると授業は出席しないか(対象:27,016名)


授業における教師のIT活用

 2007年度のECAR調査では、「全体的に、教師は授業でITをうまく使っているか」を聞いた。おおよそ教師は半分以上の学生からよい評価を得ているが、13%以上の学生はよい評価を与えなかった。2008年度調査の質問は、教師によるIT使用の問題点に関して、2007年度の聞き取り調査や自由記述による意見を基に修正した。学生の考えに関するより詳細なデータを得るために、評価尺度を「ほとんどいない、数名いる、約半数、多い、ほぼ全員」と変更して、1)ITを効果的に使用したか、2)学生に対して適切なITの訓練をしたか、3)学生のITスキルを理解しているか、について尋ねた(図5-11参照)。

 結果として、半分をやや下回る学生は、教師の「多い」「ほぼ全員」が授業でのIT利用に関して、「うまく使っている」と回答している。これら質問に対する回答分布は、驚くほど学生の属性や大学のタイプに関わらず一致している。

 回答者の大半は、教師が授業で効果的にITを活用していると答え、44.4%は、教師の「多い」「ほぼ全員」がITを効果的に使用していると答えた。IT訓練に関する新たな質問に関しては、学生はあまり評価していない。十分な訓練や学生のITスキルを理解しているか、との質問に、僅か1/3が教師の「多い」「ほぼ全員」が理解していると評価し、「数名いる」、「ほとんどいない」と答えたのは回答者のほぼ半分にあたる。教師は、特によく使われるソフトに関しては、使用方法に関する自己訓練が必要で、それは教師がそのテクノロジーをよりよく使えるようになるためだけではなく、学生の手助けができるために必要であるという意見を、多くの学生が述べている。そうした意見の一つとして、「教師はIT訓練(エクセル・パワーポイント、Desire2Learn等)を受けて、その知識を学生に伝えるべきである。そうすることによって、教室での学習がもっと効果的になる」というものがある。これは、ある4年生が、「教員は、そこにあるのだからテクノロジーを使うべきだ。消えてなくなるわけではない。教員が避ければ避けるほど、使うのが一層難しくなる」ということと一致する。

図5-11 教師による授業でのIT活用

 多くの年長者は、彼らが若い学生と比較してテクノロジーのスキルに欠けており、教師は年長の学生のことを考えてくれていないと打ち明けた。ある年長の学生は、「多くの教授はITを授業で使いたがっているが、年長の学生やITに慣れていない学生のサポートをまったくしない。教授はいつもITサポート・コールセンターに責任をなすりつける。コールセンターは彼らがやれることしかせず、そもそも教授の授業内容であり、そのためにITを利用することにしたのだから、教授がサポートすることが望ましい」と言った。

 教師のIT利用に関して、学生の考え方が異なる要因は何か。授業でテクノロジーを使うことを望む学生は、テクノロジーを頻繁に使い、技術があり、教師の授業でのIT使用について肯定的な意見を示している。このことはCMSの使用に関してもいえる。CMSを体験した回答者の51.6%は、教師の「多く」及び「ほぼ全員」がITを効果的に使用していると回答し、CMSをあまり使用しなかった回答者は、わずか27.6%であった。この調査結果は、教員と学生のために高品質で使い勝手のいいCMSを保証し改善する大学や業者には、高い見返りがあるということを確証するものである。

 直接的間接的に、教員のIT使用に関する意見は、自由記述の調査回答の大部分を占めている。記述内容やテーマは、2007年度調査の質的データ及び2007年度報告で詳細に報告された内容と一致している。


学生の成功に寄与するIT成果

 大学教育にとって最も素晴らしい瞬間は、ITへの多額な投資が学生の成功にプラスの影響を及ぼしたことが顕著に証明されたときである。しかしながら、今日、何十年もの研究と議論を経ても、何が学生を成功に導くかをすべて解き明かすには、例えそれがIT要因でなくても、未解決課題のままである。学生の成功に関する高等教育の知見を深めるため、全米高等教育連携機構NPEC(National Postsecondary Education Cooperative)は、学生の成功に関する3カ年調査を行った。2007年5月、プロジェクトの成果発表シンポジウムの概略報告書の中で、「学生の成功」は、学生を大学に入学させて学位や資格を取得させることである、ときわめて簡易に定義されている。そして報告書によれば、「学生の成功」とは、多くの側面を一つにまとめた総称であり、学生が教育課程という長い道のりを経て大学に入学した結果、獲得する知識や技能の質と内容や、学習への取組みや満足度といった体験の成果であると述べている。

 学生の成功に関する問題は大変重要であるため、ECARは授業におけるITの影響に関して四つの「成果に関する項目」を作成し、学生の賛否を聞いた。これらの項目は、NPECが主導した重要な成果から引用し、学生の成功に関する重要な側面を述べている。これら成果に関する項目については以下に示した通りである。

●学習への関与
 長い時間をかけた学習への取組みは、学生の成功に結びつき深く関係している。ECARは、学生に対して、「私はIT利用の授業にいつも積極的に関わったか」に関する質問の賛否を尋ねた。 
●利便性
 授業活動へのサポートが学習に結びついていることが知られている。ECARは、「ITを使うと授業活動に便利であるか」と学生の賛否を聞いた。
●学習
 ECARは、学生による全般的な自己評価を含め、「授業でのIT利用は学習の向上につながったか」という質問に、学生の賛否を尋ねた。
●職業への準備
 2007年度調査において、多くの学生は、卒業後仕事に就く前に準備とITに精通していたいという意見を述べていた。ECARは、「私が授業で使用したITは、卒業までには職場で使える十分な準備となったか」という質問に対して、学生の意見を聞いた。

 恐らく、学生が成功したかどうかを測る最も明確な尺度はGPAであろう。このためECARは、今までの累積成果であるGPAの自己報告を求め、GPAが他の調査データとどのように関係しているのかを検討した。例えば、インターネット、表計算、ビデオ・音声作成ソフト、統合ゲーム学習ツール等の最近のテクノロジーは、GPAを上げることに関係しているのか?ダウンロードした音楽やビデオ、ゲーム、SNS等、大学の学習に支障をきたすと言われるものはGPAに悪影響を及ぼすのか?ECARのデータは、GPAと相関すると言われる年齢や性別等を統計上に統制した後、それ以外の要因はGPAにさほど大きく相関していないことを示していた。


授業に対するITの効果に関する学生の考え−概観

 図5-12は、学生の学習への関与、学習の向上、利便性、職業への準備についてECARが行ったITの効果に関する回答の分布を示している。利便性が明らかに一番である。賛成意見の65.5%は反対・中立の回答を合わせた数(34.4%)よりもはるかに多い。これは驚くべきことではない。それは、過去の量的・質的データでも、学生は、授業でIT利用のもっともいい点は利便性にあると言っている。ある学生は、「便利だからこそ簡単に学べる」と言っている。

図5-12 授業でのIT利用に関する学生の意見

 おそらく最も重要なことは、授業でのIT活用が、実際学習の向上につながっていると学生が認識しているかどうかである。データでは、半数弱の45.7%が学習向上に役立っていることを示している。学生は、学習向上に関してITを引き合いに出して、「ITは大いに私の学習経験を高めた」、あるいは、「生物学の授業で、もしコンピュータがなかったら分からなかったと思う。細胞を目で見ることができた」といった意見を述べている。しかし、学習上のIT利点に関する代表的な意見は、ITが役に立つことを自覚した上で、教室での学習が重要であり、ITは効果的に使われるべきであるという指摘である。「効果的に利用すれば、ITは学習経験を高めることができ、時には、学生の学習向上の動機づけにもなる。しかしITは、指導や学習に役立つ多くの道具の一つにすぎず、唯一の道具ではない」というのが、共通した考えである。

 一方で、6名に1名以上の学生(15.1%)は、授業でのIT活用が学習向上に役立つことに対して否定的な意見を述べている。彼らの意見は、すべての学生が幸福なデジタル人間であるという考え方と矛盾している。明らかにこのグループに属すると思われる22歳のある学生は、次のような意見を述べている。「私は、ITの利用を必要としない。学習過程でITをまったく使用しない授業のほうが、多くを学び、良い成績を取り、参加できた。私はパワーポイントよりも黒板に書いた講義をノートに書くほうがいいし、オンラインクイズやオンラインの学習活動をするよりテキストを読むほうが好きである。」

 先行年度(2005年〜2007年)の調査では、学習に関する学生の回答はより肯定的なものであったことは特筆すべきである。前年度、回答者の60%以上が、「授業でのIT利用が学習を促進させた」と言っていたが、比べて今年度は45.7%となった。逆に、前年度は10%弱の回答者が「学習の促進に役立たなかった」と言い、今年度は少し増えて15.1%が「学習の促進に役立たなかった」と回答した。ECARはこの変化に対して想定される理由を注意深く検討した。一つの要因としては、2008年度の調査手法そのものにあるかもしれない。今回、調査の質問を簡素化して他の質問と順序を変え、他の質問と一貫性を持たせるために過去時制から現在時制の表現に変えた。2008年度の調査では、これらの違いが回答者の答えに大きな影響を与えた可能性がある。他に考えられることは、少なくともある部分、IT利用が学習を促進していないという現実の傾向をあらわしている可能性だ。ITが日常生活に浸透していくにつれて、学生はITを授業課題との関連において考え方を変えていっているのかもしれない。2008年度の変化は興味深く、おそらく非常に重要であるが、この調査結果から適切な解釈を見つけることはまだできていない。ECARはさらに洞察を得るため、2009年度の質的・量的データを注意深く検討する必要があるだろう。

 約半数の回答者(48.0%)は、授業で使用したITのおかげで、卒業の時、将来の仕事で役立つ準備が十分できたと回答し、1/3(37%)は、「どちらでもない」と回答している。「どちらでもない」と回答した多くは、仕事の現場に馴染みがないことも考えられる。大学は、仕事や将来の仕事への準備に関して職場で必要とされるITを授業で教えるべきだ、と自由記述では述べている。これは、まだ大学入学以前の学生でも同様で、2007年度の「将来の主張プロジェクト」(Project Tomorrow Speak Up)の高校生に対する調査でも、21世紀で成功するために最も必要な能力は優れたテクノロジーの技能であると考えていることが明らかになっている。

 学生は、汎用的に使われるソフトウェアと自分の専攻に特化したソフトウェアそれぞれに関心がある。ある学生は、「フォーチュン誌上位500社の数社のインターンシップに参加したが、会社は、エクセルやパワーポイントなどのソフトウェアに関して、我々に十分な知識があるものだと思っている。私は、このような知識なしでは絶対に成功しないと思う」と言っている。コンピュータ・サイエンス専攻の学生は、「私の専攻である応用数学とコンピュータ・サイエンスにとって、現場でよく使われる役立つ能力を身につけることが自分のためになるわけです。例えば、単なるプログラミングを行うのではなく、研究室で多方面から幅広くリナックスを学んだり使用したりすることです。」と回答している。特定の学生達に聞いた中で、多くの学生はインターンシップの必要性を指摘し、例えば、「専攻が生物学の場合、生物学の知識は学ぶがテクノロジーは学ばない。もしインターンシップという機会がなかったならば、必要なテクノロジーを学ぶことはなかったと思う」とも言っている。

 四つの「成果に関する項目」のうち、学習への関与に関するITの貢献に関しては賛成が一番少ない。他の「成果に関する項目」に対する回答と同様、反対の回答を除くと、回答は典型的な正規分布の曲線を描いている。ほぼ1/3(31.8%)は賛成であり、大多数は「どちらでもない」か、反対であった。後述するように、学生の学習への関与に関するITの影響は、授業でIT利用を希望する学生の志向性に深く関連し、授業でITをもっと利用したいと考える学生は、ITを利用する授業にしっかり取り組んでいることを示している。
 すでに、学生のIT利用やITスキルは学生の専攻によって異なることを報告した。表5-4では、授業に与えるIT効果に関する学生の意識も、学生の専攻によって違うことが示されている。全体的には専攻による違いは小さいし、回答の仕方も他の四つの「成果に関する項目」と類似している。商業や工学専攻の学生は、他分野専攻の学生と比較して学業でのITの価値をやや肯定的に捉えている。たとえば、商業専攻の学生の56%が、授業でのIT利用は学習効果が上がるとし、逆に人文系専攻の学生は35.1%となっている。表5-2に戻ると、商業や工学専攻の学生は、彼らの専攻授業科目に使われる表計算やプログラミング言語といったITを多く利用しているということである。対照的に、社会科学および人文系専攻の学生は、CMSようにITを補助的機能として利用し、専攻の授業科目では対面式の討論を中心的に考えている。

 授業に及ぼすITの効果に関して、ECARの「成果に関する項目」への回答は、性別、年齢、学年分類別、GPA、科目等履修と全日履修の登録の違い、寮生か通学生の違い、カーネギー分類法、大学のサイズ、私立と公立の別といった属性要因に関係なく同じであった。

表5-4 授業に及ぼすIT効果に関する学生の考え方(専攻別)
専攻 人数 IT利用の授業に
積極的に参加する
IT利用で学習の
向上がある
IT利用で学習活動が
便利になる
IT利用で職業への
準備が十分できる
商業 4,288 3.31 3.54 3.90 3.57
工学 2,498 3.29 3.48 3.83 3.57
物理(数学含む) 1,311 3.11 3.37 3.75 3.36
教育(体育含む) 2,701 3.01 3.26 3.63 3.36
生命(農業・保健衛生含む) 4,886 3.00 3.31 3.69 3.33
芸術 1,887 2.92 3.20 3.62 3.29
社会科学 4,039 2.92 3.23 3.69 3.26
人文科学 2,179 2.78 3.10 3.57 3.14
全学生 26,894 3.07 3.34 3.72 3.39
注)5段階尺度 1=全くない 2=ない 3=いずれでもない 4=ある 5=絶対にある
注)標準以外の専攻分野(それ以外、未定と回答)も含む

 それでは、ITが授業に及ぼす効果に関して、何が重要になってくるのか。ECARデータは、以下の要因が四つの「成果に関する項目」に大変深く関係していることを示している。


授業でのIT利用を好むこと、身につけたテクノロジーの応用、そしてその成果

 授業へのIT効果について、「成果に関する項目」のすべてにもっとも関連しているのは、回答者が授業でのITをどの程度好んで使いたいと思っているかである(図5−13参照)。授業でITを使いたい回答者は、授業課題でもITを使いたいと思っている。「学習」に関して、授業で一部のITを使うか、まったく使わないとする回答者のうち、ITが学習効果を上げると回答しているは、わずか15%である。それとは対照的に、ITを大いに利用するか、すべてITで授業したいと思う回答者では、そのうち74.4%はITが学習効果を上げると回答している。これらの相関関係は非常に強く、大学は、学生のITに対する幅広い好感度を十分認識して意思決定に取り入れていくことが重要である。その方法としては、いくつかの大学が行っているように、どの授業がITを利用するかを事前に学生に周知して、学生がそれを科目等履修の選択肢として考えるようにすることである。

 ここには示されてはいないが、回答者が自ら身につけたテクノロジーを応用する場合も同様である。早い時期にテクノロジーを身につけている回答者は、授業や学習上でのITの効果について賛成する傾向がある。このことから、授業でのIT効果については、学生が既に習得しているテクノロジーの活用とIT活用の授業を好むこととは高い相関関係があると考えられる。


教師のIT利用、学生のCMS経験とその成果

 教師の能力と学生の学習との関係に関する研究は、直感的には、教師が効果的な教育を行うと学生の学力が向上することであろう。したがって、教師がITを使って効果的に教育を行えば、教師の巧みなIT利用と、授業でのIT効果を学生達は喜んで受け入れるだろう。調査データはこの考えを裏付けている。(図5-14参照)教師がITを効果的に使用しているかについて、「ある程度」、「非常に」と答えている回答者のうち56.6%は授業でのIT利用は学習を向上させると言い、「あまりそうではない」、「まったくそうではない」という回答者の中では、そのうち34%のみ、ITは学習を向上させると回答している。

図5-13 授業でIT利用に関する学生の意見(ITへの好感度)

 授業へのIT効果に関するECARの調査では、CMSの利用体験も大きな影響要因である。CMS利用に全般的に賛成である回答者の多くは、授業でのIT利用が、学習、便利性、学生の授業への関与を向上させると回答している。もう一つ興味深いことに、授業課題に大学のITサービスがいつでも利用できると答えた学生は、ECARの「成果に関する項目」に賛成する傾向が強いということである。エラー対処に優れたITサービス環境が利便性を高めて学習にいい影響を与える、というのはある意味当然である。

 最後に、すでに議論してきたいくつかの要因ほど強くはないが、さらに二つの要因が授業での効果的なIT利用に関係している。調査の中に出てきたテクノロジーには、自分で制御が出来るプログラムやウエブ、ブログ、ウィキなどへの投稿、ポッドキャストやWebキャストの作成や視聴、電子メール、IM(Instant Message)、文字メッセージなどテキストベースの対話などがあるが、つまり、「ITスキルが高く」、「これらテクノロジーを使った学習が好きな」回答者は、授業でのIT利点をより肯定的に捉えている。

図5-14 授業でIT利用に関する学生の意見(教師の効果的なIT活用)

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