特集 連携で学生を創る

青山学院大学の初年次教育と高大接続

長谷川 信(青山学院大学副学長)


1.はじめに

 「初年次教育と高大接続」というテーマについて、青山学院大学がこの間取り組んできた内容について報告します。初年次教育と高大接続というテーマが、大学全入時代を迎える中で、大学にとって、重要な課題になってきたことは言うまでもありません。接続教育の必要性は入試の難易度が低下し、推薦入試が多様化する中で浮上して来ました。ただし、接続教育の在り方は、それぞれの大学の条件によって様々ではないか、と思われます。ここでは、青山学院大学の初年次教育と接続教育の試みについて実態を整理し、今後の接続教育の方向性を考える手掛かりにしていきたいと思います。


2.教育環境

 まず、本学の教育環境を紹介しておきます。本学は9学部・研究科と3専門職大学院をもち、相模原キャンパスと青山キャンパスの2キャンパスにそれぞれ1万人程度の学生、院生がいます。相模原キャンパスは、理工学部と社会情報学部の1〜4年生、文学部、教育人間科学部、法学部、経済学部、経営学部、国際政治経済学部の1、2年生、総合文化政策学部の1年生の教育課程を置いています。青山キャンパスには、人文社会系6学部の3、4年生と総合文化政策学部の2〜4年生の教育課程が配置されています。相模原キャンパスは、毎年4,000名を越える全学部の新入生を迎え入れ、初年次教育を行う役割を果たしています。


3.初年次教育

(1)青山スタンダード科目のコンセプト
 2003年4月に本学は厚木キャンパス・世田谷キャンパスから相模原キャンパスへの移転を行い、同時に「青山スタンダード科目」という名称で、体系的、統一的な全学共通教育システムが誕生しました。それに先立って、従来からの一般教育の体制を再検討して、長時間の議論を経て新しい教養教育のシステムが生まれました。
 青山スタンダード科目は、青山学院大学を卒業すると、「一定水準の技能・能力」、「一定範囲の知識・教養」を備えているという社会的な評価を受けることを到達目標とする全学共通教育システムです。この青山スタンダード科目のコンセプトは、昨今の学士力の保証という考え方に通じる発想であったと評価できます。青山スタンダード科目は三つの構成要素、科目群からなっています。それは、初年次教育としてのコア科目とフレッシャーズセミナー、およびアドバンス科目としてのテーマ別科目です。
 1年生を対象とするコア科目群は、キリスト教理解、人間理解、社会理解、自然理解、歴史理解という五つの領域から構成される教養コア科目、および言葉の技能、身体の技能、情報の技能という三つの領域から構成される技能コア科目からなっています。さらに、1年生を対象としたフレッシャーズセミナーが置かれ、コア科目と相互補完関係にあります。

(2)フレッシャーズセミナー
 フレッシャーズセミナーは、20人を上限とする少人数教育であり、学生は所属学部と関係なく、文系、理系を超えてそれぞれの興味に合ったテーマのゼミを選択することができます。また、先生たちは、自分の専門分野とは少し離れたテーマ、違ったレベルでの課題設定を行って、学部を問わないゼミの運営を行っています。フレッシャーズセミナー によって、学生は大学生活に必要な基本的な思考能力、コミュニケーション能力などを身につけ、異なった学問分野の発想、手法を学ぶ機会を得ることができます。
 先生によって運営は様々で、インターネット情報を利用するゼミもあれば、ディベートを中心としたゼミもあります。一つの例として、読書をテーマにしたゼミがあります。これは、学生に不足している本、読書とのふれあいをテーマにしており、毎回の読書をめぐる学生間のディベートや有名な作家のお話など用意されており、学生の興味をひきつけながら、能動的な学生のかかわりを引き出そうとしています。フレッシャーズセミナーは、接続教育、初年次教育の一環として重要な役割を果たしています。

(3)技能コア科目
 「一定水準の技能」を身につけるための技能コア科目の中に情報スキルIがあります。 情報スキルIでは、入学時のオリエンテーション期間に、IT講習会を設定してすべての1年生を対象に、基本的な必要事項について説明を行います。 その後は、各自の時間割に応じて空き時間に公開パソコン教室で自学自習する方式です。公開パソコン教室は常時使用可能であり、ITA(情報ティーチングアシスタント)のサポートを受けながら、課題を練習し、履修順序に応じてスキルチェックを受けます。公開パソコン教室を常時確保するという設備上の負担はあるものの、多くの教員が情報リテラシを教えるという非効率は解消され、全学の1年生がスタンダードなパソコン、ネットワークの技能をもてるようになりました。

(4)教養コア科目
 「一定範囲の知識・教養」を身につけるための教養コア科目についてみると、講義形態としては総合講義が特徴の一つです。総合講義の授業運営は、3人の先生が同時に3教室を使用して講義を行い、それぞれ異なった学問分野の視点から共通のテーマについて講義を行います。たとえば、「毒と薬」というテーマの講義では、生物学者、化学者の視点から、自然科学系の教員が最新の話題を盛り込み講義します。また、弁護士でもある社会科学系の教員が、法律の視点から薬物と犯罪について講義します。様々な現代的なテーマを多面的に理解する能力を身につけ、さらに問題解決の能力を開発することが総合講義の狙いです。総合講義は、複数の教員がスケジュールを調整し、事前の教員間の打ち合わせが必要になりますが、総合的なものの見方、考え方ができるような人間形成という青山スタンダード科目の目標には欠かせない講義形態です。
 このように一定水準の技能と一定範囲の知識・教養を身につけながら、2年生以降はテーマ別科目を履修することによって、さらに問題発見能力、分析能力、表現能力、問題解決能力をもつ人間形成を目指すことになります。
 以上みてきた青山スタンダード科目は、26単位または24単位の修得が義務付けられ、授業運営面では、全学のすべての教員が青山スタンダード科目を担当することになっています。また、青山スタンダード教育機構が設置され、すべての領域の代表者などが参加して、青山スタンダード科目の運営を行っています。

(5)初年次教育の課題
 青山スタンダード科目は、3年ごとの見直しを行いながら、当初のコンセプトを追求してきました。一定水準の技能、一定範囲の知識・教養という質保証の面に関しては、一定水準の技能はコンセンサスを得やすいし、学生も目標が見えやすいのですが、一定範囲の知識・教養については目標が見えにくい面があります。また、現時点から省みると、初年次教育、接続教育という視点から、講義の内容等を検討する必要が出てきました。そこで、2009年度から試行的にウエルカムレクチャーという領域横断的な学問入門講座的な講義を開始しました。これは、数学、法学、経済学、歴史学という4名の担当者が、それぞれの学問とその意義などについて語る内容で、新入生が大学の講義になじみやすいように、また異なった専門分野を理解しやすいように設定されたものです。今後は、スチューデントスキル科目、キャリアディベロップメント系科目などの整備も検討したいと考えています。


4.高大接続教育の事例

(1)学問入門講座(対象:青山学院高等部)
 これは、同一キャンパスという地の利を生かして、土曜日に授業を設定し、高校1〜3年生が希望して受講します。大学は40講座程度に講師を派遣し、大学の教室を使用して講義を行います。講義のテーマは、マーケティング戦略入門、国際金融入門など様々ですが、基本的には、高校生の興味に合うように、様々に工夫した内容で授業が実施されています。アンケートには受講者の70%近くが役に立つと回答しており、3年生の内部進学の志望決定には重要な役割を果たしているようです。1年生は高校の授業にはない面白さを発見することもあります。

(2)e-Learning等による接続教育(対象:推薦入学者)
 これは、推薦入学後の期間が長いので、何らかの学習、動機づけができないか、という視点から出発しました。内容的には第1に、e-Learningによる英語の自学習があります。教材は英検CATをもちいて、実施期間は内部進学者2月〜3月、推薦入学者11月〜翌年3月で行われ、学習支援のためにメンタを配置しています。メンタは前年度受講者から募集し、メンタ育成講座に参加したうえで、自己紹介メッセージの送付、学習状況の調査、定期的メッセージ送付などを行います。また、学部学科別に推薦図書の紹介とそのレポートを課すことも行われています。今後は、入学後教育との関連性を視野に入れて、入学生の学習へのインセンティブを考慮した設計が必要になるでしょう。

(3)模擬授業(対象:提携校、地域の高校)
 出張授業については、高校からの依頼に基づき従来から適宜実施しています。また今年から、「青学へ行こう」と称して模擬授業の募集を高校に対して行っています。大学における模擬授業は、大学の情報をいかに発信していくかという面で重要ですし、実際の授業を見学したいという高校からの希望も聞きます。今後どのような形態が最適なのか検討する必要があります。

(4)コンテスト等の企画
 これは、外部団体のご協力を得て実施しています。今年からビジネスゲームコンテストを開催し、推薦入学が決まった高校生から大学院生までが参加して、米国旅行を目指して各チームが奮闘しました。また、日米高校生交流のつどいでは、世界の高校生が合宿生活を送り、大学生のアシスタントが協力するという国際交流の場が実現しています。このような多様性を持った高大連携を今後も続けたいと思います。

(5)各学部による接続教育
 学部別の新入生オリエンテーションキャンプは、グループ別のディスカッション、コンテスト等によって新入生、上級生の一体感を醸成し、勉学の動機づけに効果的です。また、入学時を中心に数学の補習授業が理工学部、社会情報学部、経済学部で行われています。担任制を導入した新設学部もあり、今後の成果が注目されます。学部教育において初年次教育、接続教育が課題になるとともに、今後は全学共通教育との関係が課題になってくるでしょう。

 以上のように、本学は初年次教育、接続教育について様々な取り組みを行ってきました。今後は、本学の教育理念のもとで初年次教育、接続教育を学士課程教育の中で位置づけていくことになります。その際、入学生の意識に基づいて、客観的なデータに基づいて方向性を考える必要があります。最近、一部の学部を対象に調査を開始し、学習状況、進路への意識などを分析していく予定です。
 本学は、2012年4月に、人文社会系学部の1、2年生が相模原キャンパスから青山キャンパスに移行し、両キャンパスにおける4年一貫教育が実現します。これに向けて、青山スタンダード科目の見直しを開始したところです。今後は、第1に、初年次教育の目標設定、到達水準をより明確にして、学士課程教育の中で位置づけること、第2に、接続教育と初年次教育の連続性を担保するために、接続教育の成果が入学後に役立つことを入学生が自覚できる仕組みをつくること、第3に、基盤能力としての教養教育の充実をはかること、そして第4に、入学生の意識に根ざした改革を目指したいと考えています。



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