特集 質保証と学生カルテを考える

学生カルテを利用した個別指導の効果
〜広島女学院大学〜

1.「学生カルテ」の導入について

(1)経緯
 広島女学院大学では、2004年度カリキュラム改定により、キリスト教主義に基づいた人間教育という建学の精神に立ち返るべく、新たな「リベラルアーツ」を構築することとしました。大学としての導入教育を行う必要があるとの観点から、これまでの「インダクション科目」を配置し、2年次までの教育に一貫性をもたせました。専門科目を段階的に理解させるため、科目と単位制限を設けて、次のステップに上がっていく方式をとることとしました。初年次教育、教養教育、専門教育の体系化を図り、本学の独自性を追求し、地域社会に貢献する人材育成を目標にしています。特に初年次教育として開講している「基礎セミナーI」の担当者は、チュータ(高校での担任に酷似)も兼ねており、新入生が大学生活に適応できるように様々な相談にのっているのが現状でした。特に学習面の相談のみでなく、履修届けの書き方、時間割の作成方法、また通学の悩みや友人ができない悩みなどを訴えてくる学生に対応していました。本学の教育方針として初年次教育では少人数制による指導が採用されています。特に1、2年生の退学者数を減らすためにも、必修科目の欠席が3回以上となった学生には、早期の対応が必要であり、チュータがそれらをとりまとめ本人へ出席を促すよう連絡をしてきました。しかし、学生への対応状況および経過についての情報は、学科内でメール報告している程度で、組織的な学生対応の履歴管理ができていないのが現状でした。そのため、自分の担当科目において欠席の多い学生が他の科目ではどのような出席率なのか、また個別指導がどのようになっているかについて継時的に把握できませんでした。
 そこで2008年度から、広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科からの提案で、学科内で新入生のすべてを生活デザイン・情報学科全教員が把握できるように、個別指導した情報をデータベース化する「学生カルテ」システムを試作し、チュータの対応などの学生情報や経過報告の共有による指導体制を試みました。
 学科での試作段階では、学生の全体把握が可能であり、学生の個別連絡にも便利であるという高い評価をいただきました。さらに女子大であるため相談の多い、友人関係の悩みや苦情などの個別対応についても、細かく記載ができ、それらを時系列として一覧することができるため、学生の経年変化を見極めながら個別指導していくことが可能となりました。翌年2009年度には、広島女学院大学基礎基準(HJU基礎基準)として「社会性」や「学びの基礎」の自己評価をWebアンケートで実施したことを含め、さらにその担当事務部門として学長室の開設を行い、「学生カルテ」システムを全学教員で活用していくこととなりました。

(2)システム構成
 学生用データベースはSQL Serverを用いて作成しました。必要最小限の情報を登録し、チュータ教員による面接の気づきや教員からの追記情報はすべてWebベースで入力して記録することとしました(図1)。セキュリティーおよび個人情報保護の関係で、教員の入力と閲覧はすべて学内専用としました。サーバ2台のうち1台は外部にも公開しており、学生の「HJU基礎基準」の自己評価を集計するため、学外のアクセスや携帯電話のアクセスにも対応可能としましたが、セキュリティーの関係上、データそのものは学内専用サーバのデータベースに書き込みを行うこととしています。

図1 学生カルテシステム構成
図1 学生カルテシステム構成

2.「学生カルテ」の内容

 学生データをデータベース化するため、まず基本的な学生情報として必要な項目(学生番号、所属、氏名、生年月日、ふりがな、入学年月日、現住所、出身高校、連絡先電話番号、メールアドレス、入試形態、保証人氏名、電話番号、連絡先住所、異動区分、異動日)のみ学生課からデータをオフラインで取得し(教務課、学生課の基盤システムはオフコンで管理されているため、現在の「学生カルテ」には直接接続することができません。そのためオフラインでデータをやり取りしています)、データベースに読み込ませました。これら必要な項目のみ取得することで、不必要な個人情報が教員に提供されるのを防止しています。
 本学においてはチュータが、前期・後期の最初に面接を行うこととなっています。一人5分から10分程度の面接を行い、個別に履修指導などを行っていました。学生面接の気づきをWeb入力した「学生カルテ」情報は、全学科のすべての教員に対して学籍番号、氏名一覧による検索で閲覧することを可能としました。各自の担当する科目において、欠席した学生について、学生カルテを検索し、面接などの気づき、連絡先などの情報を閲覧可能なため、迅速なチュータへの連絡や学生への対応が可能となりました。また自由記述については、すべての教員による追記を可能としたため、チュータだけでなく、それぞれの科目担当者の気づきも入力することが可能です。2008年度試作したものは、Web上に必要最小限の個人情報を記載し、自由記述と休学・退学情報など、入力されている学生基本情報の一覧が表示・閲覧できるシステムでした(図2)。2009年度では、出身高校一覧ごとに検索する機能も追加され、教員が高校訪問する際には、在学生の一覧と「HJU基礎基準」の評価を高校へ報告することもできるようにしています。

図2 学生カルテシステム 学生情報
図2 学生カルテシステム 学生情報

3.「学生カルテ」で見えること

 2009年度からは、「HJU基礎基準」として「社会性」および「学びの基礎」の評価基準を年度初めに学生に提示し、半期に一度自己評価と教員(チュータ教員)評価を実施し学習成果を検討することを試みました。これらの評価結果も2009年度には追加機能として、カルテ上から一覧表示可能としました(図3)。チュータの面接結果や各科目担当教員の気づきなどを閲覧できるため、特に自由記述欄には学生の面接記録や長期欠席の記録、生活状況なども記載されることが多く、「学生カルテ」を閲覧することで長期欠席傾向を発見し、欠席理由などの情報を、必要なときにすぐに閲覧することが可能なシステムとして利用されています。

図3 学生カルテシステム HJU基礎基準表示
図3 学生カルテシステム HJU基礎基準表示

 2008年度の試作では、教員が学生を把握することを目的として作成したデータベースであったため、教員のみ限定でアクセスを許可していました。2009年度からは「HJU基礎基準」の入力やチュータ業務に関する記入の有無、休学・退学など異動情報の入力といった事務的なサポートを学長室で行うこととしたため、事務系からのアクセスも個人を限定して許可しました。そのため、各事務組織との連携も必要となってきていますが、学生課、キャリアセンター、教務課など実際の学生データを扱っている事務組織との連携は実質行われていないのが現状です。しかし、各学部の事務室では、個別に学生と対応する際などの学生指導の連絡に活用でき、大変便利であるとの評価を得ています。
 「学生カルテ」を利用した学生指導においては、注意が必要な学生を多くの教員の気づきから早期に発見することが可能となりました。特に、チュータの所見だけでなく、各科目担当教員からの所見を記入することで、チュータ教員だけでは目の届かない様々な履修科目の出欠状況や学生の様子を多面的に把握することが可能となりました。さらに、自己評価と教員評価の年次経過を見ていくことで、学生の成長をみることが可能となると思われます。本学においては、4年生終了時に、学生の「HJU基礎基準」がすべて最高点になるように教職員が指導していくことを目標としています。
 昨年度の学生自己評価と教員評価を項目別に見ると、「社会性」の項目では学生自己評価と教員評価に差はありませんが、「学びの基礎」においては、学生評価が低くなっていることが認められました(図4、5)。「社会性」においては、1年から4年へ学年があがる中で、自己評価は上昇しており、教員評価も1年から2年においては学生評価と同じ評価を示しました。3、4年においては、教員評価が高く、学生評価は学年で上昇はしていますが、教員評価より低い値を示しました。

図4 学習の基礎平均 学生と教員の学年別比較
図4 学習の基礎平均 学生と教員の学年別比較
 
図5 社会性の平均 学生と教員の学年別比較
図5 社会性の平均 学生と教員の学年別比較

 このように「学生カルテ」を利用した学生指導を実施した結果、「社会性」については、特に1、2年生のチュータが学生をよく把握していることが示されました。ただし、「学びの基礎」においては、学生の自己評価が常に低い結果となりました。3、4年生は就職活動において、自己に厳しい「社会性」を求めているための低い得点であると思われます。さらに学習面においては、学生に自信をつけさせる指導が必要であることが示されました。

4.「学生カルテ」自由記述の問題点

 当初、学科で試作していた際に教員の自由記述入力部分に「病歴」「通院報告」「保護者の経済状況」などについて詳しく記載した教員がありました。セキュリティーには気をつけていましたが、あまりに個人的な情報であったため、これらの記述については全教員が閲覧する必要があるのかについて学科会議でも問題となりました。その結果、自由記述については、「進級について」「異動について」「学生の進路について」など成績関連の記載は行うこととしましたが、「病歴」「通院」などの心身的な個人情報については、直接的な表現の記載を控えることとなりました。

5.「学生カルテ」の今後

 「学生カルテ」の利用により、チュータ教員は面接時の学生指導にきめ細かく対応が可能であり、退学・休学など特別に対応が必要な学生の発見を早期に行うことができるようになりました。これらの個別指導を現在は教員主導で行っています。
 今後は、どこまでの学生情報を記載して指導に利用していくのか、また事務組織との連携についての問題が多く含まれています。例えば就職支援については、「取得している資格」、「就職希望先」などを記載することが可能ですが、どの部署が何時どのように入力していくのか、修正はどのようにするのかについて具体的な検討が必要です。また、「HJU基礎基準」の評価は、「学生カルテ」で教職員のみ閲覧可能となっています。学生の自己評価や教員評価を学生にフィードバックすることの必要性と効果についても検討が必要であり、学生ポートフォリオへの接続が必要になると思われます。そのためには教務部門との連携も必要となり、事務部門全体のシステムとの接続や連携について、今後どのように行うのか、大学全体としての検討が必要です。そのためにも、全教職員の協力体制が必要になると思われます。
 最後に、「学生カルテ」を利用することにより、セミナー担当の教員が学生一人ひとりの学習状況を把握し、学びの指導体制を確立することができます。学生の学習状況の共有手段として、この「学生カルテ」はやがて効果を発揮するものと期待しています。

文責: 広島女学院大学
生活科学部生活デザイン・情報学科准教授
中田美喜子
非常勤 記谷 康之

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