人材育成のための授業紹介●社会情報学

社会情報学における人材育成
〜卒業研究「ICTとまちづくり」の実践〜

今田 寛典(広島文化学園大学社会情報学部社会情報学科教授)

1.はじめに

 本学は、社会情報学部、看護学部、学芸学部の3学部および短期大学から構成されています。いずれの学部、短期大学ともICTは教育研究の大きな柱の一つです。
 さて、本論では、本学の社会情報学部社会情報学科の教育研究とICTについて紹介をします。そもそも、社会情報学は、高度情報社会が抱える多様な問題に立ち向かう新しい学問分野です。
 本学社会情報学科は、複雑に関係し合う政治、経済、社会、環境などの社会現象の背後にある因果関係を解明するため、既存の学問成果を取り入れ、さらに情報科学の手法を用いて学際的・文理融合の教育研究を目指しています。情報に対する適切な判断・処理・理解、問題解決能力を習得し、さらに情報収集・発信のための、また、科学的根拠に基づいて第三者を説得できるコミュニケーション能力を身につけた人材を育成します。

2.高度情報社会における本学科の社会情報教育

 表1は本学社会情報学科のカリキュラム構成と情報系科目群の具体的な科目名を示しています。学生は自分の専門性を考えながら、科目群を組み合わせて学習します。それは、経営であったり、まちづくりであったりします。このような社会情報学を学ぶ学生にとって自分の専門に関わらず、情報処理能力は重要です。このため、ICTは社会情報学教育の大きな柱です。
 まず、入学と同時に高度情報社会におけるICTについて事例を中心に授業(社会情報論)を展開します。
 さらに、情報教育の達成度を把握できるものとして、学生にITパスポートと社会調査士の資格取得を奨励しています。特に、ITパスポート資格は社会情報学科学生全員受験全員合格を目指し、1年生と2年生の教育に力を入れています。また、情報社会において様々な社会情報の分析とそれを理解する能力を養うため社会調査に関わる科目群を開講しています。結果として社会調査士資格取得に結びつくよう教育します。
 そして、3年次の専門基礎ゼミ、4年次の卒業研究へと進みます。学生は、卒業研究で本学の建学の精神である「究理実践」を実践することになります。真理を探求し、その真理を実践します。さらに、実践を通して真理を探究します。より完成度の高い理論と知識を目指します。
 このように卒業研究は、学生が真理を探究してその真理を実際に適用する、適用結果について考察する、さらに真理を高めようとする教育に最適と考えます。以下の章では、著者が関わった卒業研究を通した人材育成の一事例を紹介します。

3.ICTとまちづくり関する教育研究の実践

(1)研究のテーマ
 テーマとして『ICTと福祉のまちづくり』を取りあげました。これからの高度情報・高齢社会を担っていく学生には適したテーマと考えます。
 高度情報社会の中、地方の行政は問題を多く抱えています。特に、高齢者の問題は深刻です。地方では高齢化率が50%を超える地域も多く、社会的共同生活が困難な限界集落となっています。さらに、平成の大合併によって、これまで比較的狭い範囲での行政で済んでいたものが、広い範囲に分散して居住する高齢者を少人数で対応しなければならない状況になりました。このような社会状況の中で、ICTによる行政が期待されています。

表1 カリキュラム構成と情報系の科目

(2)研究の進め方
 卒業研究は毎週2時間の報告会を基本にして進めています。学生は、1週間の成果、課題、今後の予定等の報告をします。
 紹介する卒業研究に関しては、まず、ICTと福祉のまちづくりの実態と問題点の把握を行いました。次に、ICTを導入した際の効果計測法について勉強を進めます。そして、その計測法の適用性を確かめ、課題を明らかにします。
 なお、この研究は、大学院生、学部生、教員のチームで実施しました。
 実態調査については、インターネットによる情報収集と、小数の行政に対するヒヤリングを行いました。効果計測は、地域住民の評価に基づくことを基本としましたので、地域住民を対象にICT導入に対する社会調査を行いました。

(3)ICTによる福祉のまちづくり事例調査
 学生達は、富山市八尾町と広島県神石高原町のICTと福祉のまちづくりについて調査をしました。両町とも在宅健康管理システムを導入しています。
 高齢者世帯に血圧と心電図の測定ができる端末を設置し、測定されたデータはインターネットを通して町内の診療所のコンピュータに送信されます。保健師がデータを管理し、異常が見つかればすぐに対応する仕組みです。

図1 在宅健康管理システムの仕組み(学生が入手したパンフより)
図1 在宅健康管理システムの仕組み(学生が入手したパンフより)
 
図2 テレビ電話システムのデモ(学生の撮影)
図2 テレビ電話システムのデモ(学生の撮影)
 
図3 遠隔医療システムの中核病院(八尾町・学生撮影)
図3 遠隔医療システムの中核病院(八尾町・学生撮影)

 さらに、八尾町はテレビ電話の視覚的効果を活用した遠隔医療システムも導入しています。高齢者世帯と町内の総合病院や医院および町の保健センターとをインターネットで結んだテレビ電話により医療相談や指導を行うものです。また、在宅看護の支援にも用いられています。

(4)ICTと福祉のまちづくり政策の価値計測
 ICTによる福祉のまちづくりには多額のコストがかかります。財政の厳しい地方行政にとって、ICTによる福祉政策の価値があるのでしょうか。この価値を知ることは、これからのICTによる福祉政策の実現性に影響を及ぼすと考えます。
 地域住民がコストを負担してでもICTを導入するだけの価値があると考えるのかを貨幣単位で評価します。このため、社会調査を実施しました。

1)社会調査

 ICTによる福祉政策として、在宅健康管理システムとテレビ電話を併用した遠隔医療システムを取り上げました。これらの福祉政策の効果を、仮想評価法(Contingent Valuation Method:CVM)を適用して政策効果を計測します。この調査の準備にはかなり長い期間を要しました。
 効果計測のため、WTP(Willingness to Pay)による評価計測ができるような調査票を設計することとしました。
 調査は、広島県神石高原町の在宅健康管理システムを設置していない世帯を対象に郵送によって行ないました。調査内容は、在宅健康管理システムと遠隔医療システムのそれぞれの運営管理費用を負担できる額について聞くものです。

2)神石高原町におけるWTPの推定

 WTPの推定にはSASを用いました。本学科には統計解析の環境は整備されています。
 在宅健康管理システムのWTPは1303円/月/世帯、テレビ電話システムのWTPは2303円/月/世帯と推定されました。
 この金額を、他地域で行われた在宅健康管理システムの価値評価と比較すると、他地域のWTPはおよそ1,000〜3,000円/月(今田、2004)の範囲であり、妥当な価値評価でした。
 なお、推定されたWTPは世帯あたりの金額ですので、システム導入未世帯全数を乗じて集計価値を求めます。その結果、在宅健康管理システム価値は1,728万円/年、テレビ電話システムのそれは4,027万円/年と計算されました。住民はいずれもICT導入の価値を高く評価しています。

4.おわりに

 学生はこの卒業研究を通してICTとまちづくりについて多くの経験ができたと考えます。
 最後に、この大学院生との共同研究に参加した学生の一人は、現在まちづくりのコンサルタント会社で活躍していることを付記します。

参考文献
今田寛典: コンピュータ通信ネットワークによる高齢者福祉政策の効果計測法に関する研究.
平成14・15年度科学研究費補助金研究成果報告書, 2004.

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