教育・学習支援への取り組み

名城大学の情報教育・学習支援への取り組み
〜薬学部におけるICT支援によるPBL教育について〜

1.名城大学の紹介

(1)沿革
 名城大学は1926年に開設した名古屋高等理工科講習所を前身とし、以降、持続的に教育研究内容と環境の充実を図り、1949年4月に名城大学を開学しました。そして、2010年4月現在、8学部10研究科を設置し、天白、八事、可児の三つのキャンパスで約16,000名の学生が学ぶ文理融合型総合大学として教育研究諸活動を展開しています。

(2)立学の精神と学校法人名城大学の基本戦略
 名城大学の普遍的理念は「穏健中正で実行力に富み、国家、社会の信頼に値する人材を育成する」という立学の精神で表現されています。現在、この立学の精神の実現に向けて、教育・研究の「総合化」、「高度化」、「国際化」の三つのキーワードを掲げ、2005年度を起点に2015年度までの10年間に実現すべき姿を学校法人名城大学の基本戦略「Meijo Strategy-2015(通称:MS-15)」として策定し、全学的に共有した目標の下で、社会から高く評価される大学づくりを推進しています。
 MS-15では、1)人材の確保と育成、2)教育の充実、3)研究の充実、4)学生支援体制の充実、5)卒業生および父母との連携強化、6)産学官連携の推進、7)地域貢献、8)経営改革の八つの戦略ドメインを設定し、その下で学部・研究科・センター・部署が策定した戦略計画の進捗状況を把握・検証しながら、「名城育ちの達人を社会に送り出す」というミッション・ステートメントの実現に向けて日々、教育の質向上を図る取り組みを実践しています。


2.名城大学のICT教育推進体制

 名城大学の各学部では、学部の特徴に合わせてICT支援の教育プログラムが始まっています。法学部ではインターネットを利用した入学前教育・教育支援システム、理工学部ではJABEEコースに対応にする教員の負担を軽減し、学生指導を支援する学習状況・授業評価Webシステムや、学生の自立した学習スタイルをサポートするナビゲーションシステムなど開発・利用しています。薬学部では、6年制移行に伴い、ICT支援によるProblem-based learning(PBL)教育を実施しています。
 ICT教育プログラムの進め方にあたって、協議会の下にワーキンググループを設置し、大学全体の方向性を平成21年度の前期に検討しました。今春のシステム更改において、その方向性に基づき、ネットワーク機器、SSOの認証機構など設備基盤を整備しました。現在、継続のワーキンググループで、ICT教育システムの基本となる学生データなど個人データの扱いに関わるセキュリティポリシー、運用体制を大学協議会の下に教員、職員からなるワーキンググループを設置し、平成22年度中に整備する計画で進めています。

3.ICTを活用した薬学教育改革への取り組み

 薬学部では、「地域医療に貢献できるプロフェッショナルな薬剤師の養成」をビジョンに、その具現化に向けた人材養成目的を「薬学の確かな知識・技能とともに、生命の尊さを知り、豊かな人間性と倫理観をもち、人々の健康と福祉の向上に貢献できる人材の養成」と定義して、様々な特色ある教育研究を持続的に展開しています。具体的な事例としては、特色ある大学教育支援プログラム「医学教育との連携による臨床薬剤師教育」(平成16年度選定)、社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム「臨床医学の素養をもつ薬学生育成プログラム」(平成18年度選定)、がんプロフェッショナル養成プラン(共同申請:名古屋大学)「臓器横断的がん診療を担う人材養成プラン」(平成19年度選定)、戦略的大学連携支援事業(共同申請:名古屋市立大学)「6年制薬学教育を主軸とする薬系・医系・看護系大学による広域総合教育連携」(平成20年度選定)の各種Good Practice事業の選定を受け、専門職人材の育成を旨とした先駆的な薬学教育を実践しています。
 これらの取り組みを背景として、平成18年に新たな6年制カリキュラムが開始されることを機に、薬学部では新たなカリキュラム改革を行いました。

(1)ICT支援による薬学型PBL「薬物治療学」
 平成18年度に薬学部は、薬剤師に対する社会のニーズに応えるため、4年制から6年制に移行しました。これまでの4年制薬学教育においては、縦割りのカリキュラムが主体で、各科目の連携はほとんどありませんでした。社会が求める薬剤師職能を発揮するためには、縦割りの知識だけではなく、それらを統合し、患者に適用できる問題解決能力が必要となります。問題解決能力の育成は、従来の講義型のみの教育では難しく、PBL形式の学習形態が有用と言われています。しかし、薬学部は、学生数が多く、教員が少ないため、医学部で導入された形式のPBLでは運用面で無理があり、学習面の習得状況でも問題があると予測されました。そこで、できるだけ効果的に効率よくPBL学習を推進するために、種々のICTを利用した支援を行い、独特の「薬学型のPBL」を構築し、実施しています。

(2)薬学型PBL「薬物治療学」の全体像
 薬学型PBL「薬物治療学」は薬学部6年制4年次前期の火曜日から金曜日までの4日間を使った統合型科目(半期12単位、必須科目)です。4日間は、この科目のみしか開講されていないので、学生は、どっぷりPBL学習に専念することができます。1週間に1疾患1症例を学習する(1モジュール)PBL形式で、3モジュールを1クールとして4クール(12モジュール)実施しました。PBLのメインのスモールグループディスカッション(SGD)は、1グループ8名で行いました。一般的なPBLには、グループにチュータ一人が必要です。薬学型PBLでは、グループごとのチュータは導入せず、コアタイムの出席確認のみで学習者主導のグループワークとした点が大きな特徴的です。このチュータを置く代わりに各種ICTを利用しました。次ページの図1は、薬学型PBL「薬物治療学」の1週間の時間割を示します。

図1 薬学型PBLの流れ
図1 薬学型PBLの流れ

(3)ICT支援によるPBL学習

1)効果的なグループワークのためのICT支援

ア)フォーマットとファイルサーバーの利用

PBLは毎週火曜日午後のコアタイム1から始まります。これまでのPBLの実施経験から、学習者の知識レベルが低い場合、PBLの成果が「調べた内容の発表」、すなわち学習者の問題解決のみで、症例の問題解決に至らないことを経験していました。そこで、コアタイム1では学習者の知識不足をラーニングイシュー(LI)として挙げさせ、調査、情報共有を行わせました。翌日のコアタイム2では、症例の問題点を一つずつ吟味できるフォーマット「プロブレム識別シート」を用意し、グループ毎にチェックさせ、患者の抱える問題点をディスカッションしLIとして挙げさせました。LIはフォーマット「コアタイムワークシート」に記入し、大学共用のファイルサーバーへ提出させます。担当教員は、提出された各グループのLIの内容を確認し、SGDの方向性にずれや不足がないかを確認します。その上で、実際の各SGDを回り必要事項をアドバイスしました。金曜日のケースカンファレンスでは、グループワークで識別した症例の問題点について調査内容を共有した上で、現状を評価し、薬物治療のゴールを設定して介入方法を提案する「ファーマシューティカルケアプラン」(以後、ケアプラン)をフォーマットに従って作成させました。ケアプランと発表用プロダクトはファイルサーバーに提出させ、翌週火曜日のケースプレゼンテーションで発表させました。このようにグループワークの手順を種々のフォーマットを利用して明示し、ファイルサーバーに提出させたものを担当教員が確認、指導することで、学習者の学習行程がほぼ統一され、グループ毎のチュータを必要としないPBLが実現可能となりました。

イ)クラスレビューシステムの構築

薬物治療においては、多数の薬剤からその患者の状態に最も適する薬剤を選択する能力が求められます。そこで、代表的な治療薬の物性、薬理作用、体内動態、使用上の注意、副作用、薬価などを協同作業で入力する医薬品レビューシステムを構築しました。図2は、システム画面の一部で、薬剤の情報が入力されています。パラメータでソートし、症例にあわせた薬剤の比較検討を行うことができます。1グループに1薬剤を割り当て、25グループで協同入力、共同利用としました。

図2 クラスレビューシステム(一部)
図2 クラスレビューシステム(一部)

2)効果的な自己学習を進めるためのICT支援

ア)EduClick®を用いたプレテストの実施

EduClick®は、クリッカーを利用して、画面に提示した問題に解答させるシステムです。症例提示前に、学習目標に沿ったプレテストをEduClick®を用いて行い、学習目標を認識させました。EduClick®の利用は、ゲーム感覚も手伝い、最初の興味を引き出す効果は大きかったと思われます。

イ)e-ポートフォリオの構築

学習内容を記録し、学習目標毎に自己評価を行うe-ポートフォリオシステムを構築しました。ポートフォリオシステムに自己評価と症例の評価を組み込み、振り返り学習の機会を提供しました。自己評価結果は、全体の平均と比較してレーダーチャートで閲覧できるようにし、自己啓発をうながしました(図3)。

図3 e-ポートフォリオシステム(一部)
図3 e-ポートフォリオシステム(一部)

3)薬学型PBL「薬物治療学」の評価
 全クール終了時点で、学習者に行ったアンケート調査(回収率93.5%、186)では、グループワークは、94.1%の学習者が効果的であったと答えました。プロブレム識別シートやケアプランなどのフォーマットの評価はいずれも80〜90%の学習者が効果的であったと答えています。また、87.2%が積極的にグループワークに参加したと答えました。「薬物治療を一言で表すと」という問いに「学べば学ぶほど、自分が何も知らなかったことに気づく、気づけば気づくほどまた学びたくなる」という答えが印象的であり、薬学型PBL「薬物治療学」の効果は高かったと考えています。本取り組みは、平成21年度の全国大学IT活用教育方法研究発表会で優秀賞を受賞しました。詳細は、論文[1]としてまとめましたのでご覧下さい。
 今年度はさらにPBL全体をシステム化し、PBL支援システムとして本格運用を行う予定です。

参考文献および関連URL
[1] 大津史子他: 問題解決能力育成を目指した薬学型PBLと支援システム. IT活用教育方法研究, 12巻1号, pp.6-10, 2009.
http://www.juce.jp/archives/ronbun_2009/02.pdf

文責: 名城大学
情報センター長、理工学部教授 高橋 友一
薬学部准教授 大津 史子
経営本部総合政策部 難波 輝吉

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