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EDUCAUSE 2009に見る情報教育のビジョン

中嶋 航一(帝塚山大学経済学部教授)
堀 真寿美(TIES教材開発室)

1.EDUCAUSE 2009の概要

 EDUCAUSEとは、ITの知的活用を通して高等教育を進歩させることを使命に活動しているアメリカの非営利団体である。アメリカのほとんどの大学(2,200以上)が加盟しており、250社を超える企業会員と17,000人以上のアクティブな教職員メンバーがおり、日本の(社)私立大学情報教育協会も海外の高等教育機関として会員となっている[1]。EDUCAUSEの事業は多岐に亘るが、その主な取り組みとして教職員のFD・SD活動支援、戦略的な政策提言、教育・学習に関する新たな取り組みの振興、オンライン情報サービス、出版事業(学会誌はEDUCAUSE review)、多様な共同研究コミュニティの支援、リーダーシップと革新的な成果に対する顕彰などを行っている。
 上記事業に関する最大の国際会議が年1回開催されるEDUCUASE CONFERENCEであり、本報告書は2009年11月3日から6日にコロラド州デンバーのコンベンションセンターで開催された会議(以下、EDUCAUSE2009)に関して報告するものである[2]
 EDUCAUSE2009のテーマは「THE BEST THINKING IN HIGHER ED IT」(高等教育における情報技術の最良の考え方)というもので、表1にあるように八つのサブテーマで構成されている。各サブテーマは、Community Showcase(ポスターセッション)、Lightning Round Session(複数の発表者による共通テーマのプレゼン)、Track Session(通常のセミナー)、Online Conference(オンラインのライブセミナー)、Others(基調講演や総会、会議前のセミナー)に分かれている。これらのセッションに加えて、300近い企業展示、小グループによる討論会、会議終了後のパーティやエンターテイメントなどがあり、たいへん有意義なイベントになっている。
 EDUCUASE CONFERENCEの会議参加費は990ドルもするが、従来は9月前後で売り切れるほど盛況である。ただし2008年より深刻化した金融危機の影響で、今回の会議の参加者は4,000人弱と例年に比べ半減し、その分、オンラインによる参加者(2,000人以上)が増加した。
 さて、表1のように発表数をまとめると、他の公的な教育機関とは異なるEDUCAUSEという団体の特徴が顕著に現れる。即ち、大学関係者のリーダーシップや大学の経営管理のサブテーマであるLeadership and Managementにおける発表数(採択数)が全体の中で二番目に多い点である(注1)。この理由は、EDUCAUSEがITを有効に活用できる教育界のリーダーの養成と大学の戦略的経営を重要視しており、その専門家のリソースを使って高等教育のITに関する法律や政策に関して政治的な影響力を行使している団体だからである。

表1 EDUCAUSE2009のセッション構成
表1 EDUCAUSE2009のセッション構成

 EDUCAUSEが持つこのような政策的な方向性を裏付けるように、今年の基調講演では、IT時代における著作権の考え方に大きな影響を与えている権威者であり、Creative Commonsの提唱者として有名なLarry Lessigハーバード大学教授が、「It Is About Time - Getting Our Values Around Copyright Right」というテーマで講演された[3]。その内容は教育界における著作権の「ビジネスモデル」が、出版・音楽・映画等の業界が企業利益を確保するために厳しい著作権保護をかけているモデルとは異なることを主張した刺激的な講演であった[4]
 また、今回は11月3日に日本人の参加者が集まって、Diana Oblinger会長(写真1)やEDUCAUSE執行部のメンバーと会議を行った。その議題の一つに、参加した国公立大学の関係者が日本でもEDUCAUSEのような組織を作る準備をしており、EDUCAUSEのコミュニティの運営方針や企業会員の役割等について質疑応答が行われた。

写真1 Diana Oblinger会長
写真1 Diana Oblinger会長

2.EDUCAUSE 2009での発表

 本節では、我々の発表に関する報告をする。今回の会議で我々は、1)Learning on the Move Lightning Roundで「Learning in Japan for Frontline eTeachers」のテーマでプレゼン、2)ポスターセッション、3)On-lineセミナーの三つを行った。
 1)のセッションは、モバイルラーニング関連の発表者二人(当初は三人の予定が一人欠席)が50分のセッション時間で発表し、会場の参加者と質疑応答を行なったものである(写真2と写真3)。参加者は200人近くあり、iPhoneやBlackberryなどのスマートフォン革命がアメリカで起こっていることもあって、大学関係者のモバイルラーニングに対する関心の高さが参加者数に反映されていた。また、我々の事例の一つとしてeラーニングとデジタルペン・携帯電話を組み合わせた教育手法を紹介したが、教育現場におけるデジタルペンの利用方法がわかりやすいということもあり、デジタルペンに対する関心も非常に高かった。

写真2  Lightning Roundの様子1
写真2  Lightning Roundの様子1
 
写真3  Lightning Roundの様子2
写真3  Lightning Roundの様子2

 2)は従来のポスターセッションで、我々が以前に参加した2007年の会議と同様、広い会場で1時間あまりの時間帯に何百人という訪問者の相手をした(写真4)。

写真4 ポスターセッションの様子
写真4 ポスターセッションの様子

 今年のポスターセッションでは、新たに開発したTIESの多様な機能の紹介やiPhoneを使った授業ビデオの配信デモ、教員の関心の高いデジタルペンのデモなどを行って、大勢の訪問者を集めることができた。ただ一人の方に説明をしているときに他の訪問者の対応ができないのが、このような大きなポスターセッションの運営の課題と反省点である。
 3)は、デンバーの会議に参加できなかったアメリカや海外のEDUCAUSE会員の先生方に、アドビのライブシステムを使って配信したものである。
 11月6日の朝8時から始めたオンラインセッションでは、他にSecond Lifeのテーマの発表者とePortfolioをテーマにした発表者がおり、数百人のオンライン参加者が聞いていたようである。最初、アドビのシステムがうまく機能せず戸惑ったが、TIESのライブシステムに慣れていたので発表に専念することができた。各発表者(三人)の発表が終了した後、参加者とオンラインチャットで質疑応答を行った[5]
 なお、ライブシステムを利用する時に問題となる音声の切断を避けるために、ライブ配信を行う部屋で支援スタッフ達は、通常の固定の電話回線を使って音声の確保をしていた(写真5)。TIESのライブシステムの場合も、音声の安定的な確保が課題であったので、電話との併用は良いアイディアだと思った。

写真5 オンライン配信の現場の状況
写真5 オンライン配信の現場の状況

3.EDUCAUSE 2009のまとめ

 自分の発表以外の時間は、多くのセミナーや写真6のような企業関係者のブースを見学し、最新のITに関する概念やトレンド、技術革新について情報収集を行った。

写真6 企業展示の様子
写真6 企業展示の様子

 企業のパートナーシップについて、EDUCAUSEは企業と高等教育機関の接点の役割を担っており、企業のメリットとしてEDUCAUSEに参加している大学のCIO(Chief Information Officer大学の最高情報責任者)や情報担当副学長に会場で直接アプローチすることができる利点を提供している。その一方、大学関係者はEDUCAUSEを通じて、IT企業と様々な関係を持つ機会を享受している。
 そのためEDUCAUSEの会員企業は世界を代表するIT企業に加えて、新技術、新商品を開発したばかりのベンチャー企業なども多く展示ブースを出しており、金融危機の影響を感じさせない熱気にあふれたものであった。
 しかし今回、我々が最も期待したモバイルラーニングに関するハードウェアやソフトウェアに関する展示はほとんど見るべき物がなかったのは残念であった。これは、アメリカの大学におけるモバイルラーニングがこれからの分野であるとともに、アメリカのインターネット(無線だけでなく有線も)のインフラの整備がモバイル機器の拡大に追いついていないことも影響している(注2)。ただし、世界のスマートフォン市場(ハードウェアよりむしろアプリの増加)を席巻しているのはアップルのiPhoneやResearch In MotionのBlack Berryであり、今年はアップルからiPadが発売されることなどを考えると、モバイル機器を活用した革新的な教育手法やアプリの出現が来年のEDUCAUSEの主要なテーマの一つになると思われる。
 次にEDUCAUSEの楽しみの一つに、毎晩のように個人や企業関係者が主催する夜のパーティがある。今回もいくつかのパーティに参加したが、個人的なネットワークを形成するのに大変有効であると思う。写真7はEDUCAUSEに初参加された名古屋学院大学の児島完二先生と一緒に、TIESとつきあいのあるTechSmithの関係者のパーティに出席し撮影した写真である。

写真7 夜のパーティの様子
写真7 夜のパーティの様子

 最後に、EDUCAUSE2010はカリフォルニアのアナハイムで10月12〜15日に開催される[6]。また、EDUCAUSE 2011は10月18〜21日にペンシルバニアのフィラデルフィア、EDUCAUSE 2012は11月6〜9日、今回と同じデンバーで開催されることになっている。日本の教員にとって、この時期は大学講義があるため長期の海外出張は難しいが、アメリカの教員やIT企業の活動を肌で感じることができる素晴らしい国際会議として推薦したい。また例年、発表者の募集は1月に締め切られ採択率も厳しいが、多くの日本人の教職員の参加と発表も期待したい。

(1) 実際、Teaching and Learningのサブテーマ関連の発表数とLeadership and Managementがほぼ同じであることに驚かされるし、多くのセッションがオンラインでも提供されていることは、EDUCAUSEがいかにITを理解した大学執行部・経営者の養成を重視しているかを示している数値である。
(2) ただしデンバーの市街や空港などでは無料のWiFiサービスが提供されており、インフラの整備さえ追いつけば、アメリカのモバイルラーニングは爆発的に拡大すると思われる。日本の行政府関係者も、もっとITのトレンドに対して注意を払うべきだと思う。
 
参考文献および関連URL
[1] 中嶋航一, 堀真寿美: EDUCAUSE2007に見るアメリカのeラーニングの現状. 大学教育と情報, (社)私立大学情報教育協会, Vol.16 No.3(通巻120号), pp.6-9, 2008.
[2] http://www.educause.edu/Resources/Browse/EDUCAUSE09/35198
[3] http://en.wikipedia.org/wiki/Lawrence_Lessig
[4] http://www.educause.edu/EDUCAUSE+Review/EDUCAUSEReviewMagazineVolume45/GettingOurValuesaroundCopyrigh/202337
[5] http://educause2009.ning.com/
[6] http://net.educause.edu/e10


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