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ホライゾン・リポート 2009年度版 The Horizon Report 2009 Edition

 本稿は、産業・教育界の200人以上に及ぶ専門家が6年の歳月をかけ、出版物や最新の研究・実践を踏まえながら今後5年間、教育・学習・研究・創作活動など教育界に大きな影響をもたらす可能性のある新たなテクノロジーを分析した、米国ニュー・メディア・コンソーシアムの年次報告書である。2009年度版では、1)1年未満、2)2年〜3年、3)4年〜5年と3期に分けて注目すべきテクノロジーを取り上げており、本号では第3期である「4年〜5年」を取り上げて報告する。

(原 文)http://net.educause.edu/ir/library/pdf/CSD5612.pdf
(第1期)http://www.juce.jp/LINK/journal/1001/06_01.html
(第2期)http://www.juce.jp/LINK/journal/1002/09_01.html

セマンティック・アウェア・アプリケーション
(意味を認識するアプリケーション)

4〜5年で普及の可能性

 セマンティックWeb(意味を認識するWeb)には、オンライン上のデータは検索できても、それに伴う意味についての検索はできないという考え方が背景にある。コンピュータでは、キーワード検索は可能であるが、キーワードが使われている文脈の意味を理解するのは不得手である。例えば、“turkey”という語を検索すると、伝統料理のレシピー、鳥に関する情報、あるいは国に関する情報が恐らく表示されるだろう。つまり、検索エンジンはキーワードのみしか拾い出せず、その語がどのような意味で使われているかを区別することができないのである。同時に、「現在の世界の指導者で、60歳以下の人は何人いるか」といった質問に答えるのに必要な情報は検索エンジンで容易に表示されるが、残念ながら多ページに分散され、必要な情報すら特定できない状態になる。検索エンジンは、その答えのなにがしかを含むページのリンクを表示はするが、情報から意味を引き出して質問の答えを取りまとめることはできないのである。セマンティック・アウェア・アプリケーションとは、莫大な時間とエネルギーが必要な検索システムに代わって、インターネット上の情報に意味や語義を持たせて関連付け、目的とする内容を検索するために考案されたツールなのである。

概観

 ティム・バーナーズ−リー卿(Sir Tim Berners-Lee)が最初に提唱したセマンティックWeb構想とは、出来事や事物の間には見かけ上、無関係に見える概念や個別のものでも、実は関係があることを示すことによって、結果的に難解な問題の解決に役立てることができるというものである。つまり、従来の方法では、関係があることに気づくまでに、多くの人々の労力と歳月を費やすが、セマンティック・アウェア・アプリケーションを利用すれば、多方面からの関係性を明示することができるということである。

 現在、Webの意味能力を開発する二つの理論的方法がある。一つ目はボトムアップ方式で、実効性に問題はあるが、文脈に関する情報を含むメタデータ(付属情報)をすべてのコンテントに付加する、つまり必要とする概念の階層にタグを付けることを想定している。二つ目はトップダウン方式で、それよりはるかに成功が見込めると思われるが、特別なメタデータなしでも同じ種類の情報を特定することのできる、自然言語検索の性能を向上させることに焦点があてられている。

 今日利用が可能なセマンティック・アウェア・アプリケーションは、そのほとんどが、検索や発見、知的社会的関係の構築、もしくは広告に役立てる目的で作られている。例えば、トルー・ナレッジ(TrueKnowledge)、ハキア(Hakia)、パワー・セット(Powerset)、セマンティファインド(SemantiFind)などは、より正確な検索結果を提供するように設計されたツールである。セマンティファインドが採用しているボトムアップ方式では、コンテンツに付加したメタデータのタグを読み取る。ハキアが採用しているトップダウン方式では、意味アルゴリズムや語彙を使っている。ヤフーは、独自のオープンサーチ(open search)技術によるプラットフォームでサーチ・マンキー(SearchMonkey)というアプリケーションを公開している。それを使うと、開発者は映画や人々に関して修正したコンテンツを分類し、自分で必要な情報を表示する独自のアプリケーションを作成することなどができる。

 TrueKnowledge(http://trueknowledge.com
 Hakia(http://www.hakia.com
 Powerset(http://www.powerset.com
 SemantiFind(http://www.semantifind.com
 SearchMonkey(http://developer.yahoo.com/searchmonkey

 概念や人々を関係付けるツールも市場に出まわり始めている。カライス(Calais)は、簡単にブログやWebサイト、他のWebコンテンツで、意味上は同じ機能同士を統合するアプリケーション・ツールキットである。例えば、カライスのタガルー(Tagaroo)は、ワードプレス(WordPress、オープンソースのブログ/CMSプラットフォーム)の機能拡張ソフトで、制作者が作成しているブログサイトに関係するタグやフリッカー(Flickr、写真を共有するコミュニティサイト)の画像を表示してくれる。ゼマンタ(Zemanta)も同様、ブログ制作者のためのツールである。カライスのもう一つのツールであるセマンティックプロキシ(SemanticProxy)は、コンテンツ製作者が自分で行う必要がなく、自分のWebサイトに対して、セマンティック・アウェア・アプリケーションで解読可能な意味メタデータのタグを自動的に作成してくれる。カライスには公開されているアプリケーション・プログラム・インターフェース(API)があるので、開発者は独自のセマンティック・アウェア・アプリケーションを作成することができる。旅行者向けのソーシャル・セマンティック・アウェア・アプリケーションであるトリップ・イット(TripIt)は、旅のプランを組み立て、役立つ関連情報を作成してくれる。例えば、トリップ・イットの利用者は、航空便、ホテル、レンタカー、イベントのチケットなど、旅行斡旋業者からの確認メールを転送するだけよい。そうすると、トリップ・イットがメールの中の情報を、その意味文脈に従って解釈・編纂し、旅程表を自動的に作成するのである。

 Calais(http://www.opencalais.com
 Zemanta(http://www.zemanta.com
 TripIt(http://www.tripit.com

 広告会社もまた、セマンティック・アウェア・アプリケーションの使用を模索している。ダッパー社(Dapper)のマッシュアップ・アド(Dapper MashupAds)のようなツールは、利用者が調べているページから情報を引き出し、そのコンテンツに合った関連記事の広告を作る。例えば、もしあなたがオーランド行きの航空便を調べているなら、マッシュアップ・アドはオーランドのホテルに関する関連広告を見せてくれる。家を買い求めようというのであれば、その広告は特定の地域の同じような不動産の住宅ローン利率の実例を教えてくれる。ブーラー(BooRah)は、Web上のレストラン評価情報をくまなく引き出し、評価内容を分析して、レストランの好評・不評のランキングをつけるツールである。また、ブーラーの詳細ページ上にあるリンクや広告などのお薦め情報は、すべてレストランがある地域に限定されている。

 Dapper MashupAds(http://www.dapper.net/mashupads/
 BooRah(http://boorah.com

 上記のように、セマンティック・アウェア・アプリケーションは内容や文脈から意味を自動的に推論する。これらのアプリケーションは、存在するけれどもWeb上の情報の文脈の中に埋もれているため、既存の検索アルゴリズムでは可視化できない関連付けを発見することが期待されている。セマンティック・アウェア・アプリケーションは未だ初期段階で、上記のアプリケーションの多くは公表時にはベータ版であり、エラーやコンテンツが誤って特定される場合も珍しくはない。しかしながら、この領域ではかなり研究が進んでおり、将来において目覚ましい進歩を遂げると期待されている。

教育、学習、研究、創造表現との関連

 教育に特化したセマンティック・アウェア・アプリケーションの事例は、ほんの少ししかない。現在までのところ、セマンティック・ウェア・アプリケーションの開発は、ほとんどが情報に文脈を付与する過程を自動化するツール、あるいは意味による語彙検索には適合しないコンテンツを処理するツールの作成が中心で、末端ユーザー用のアプリケーションは、未だ開発初期の段階である。教育用セマンティック・アウェア・アプリケーションの可能性を例証するアプリケーションとしては、トゥワイン(Twine)という、特定の関心事をテーマとして組織されているソーシャルネットワークがある。例えば会員は、「生命の進化」のような特定のテーマをめぐるトゥワインに入会し、その会の中で情報源を追加したり、同じ話題に関心をもっている人たちと連携したりすることができる。トゥワインは情報に含まれる場所、人々、組織など提供された情報そのものを元にして分類する。トゥワインは教育のみに焦点をあてているわけではないが、教育上の話題に関する数多くのトゥワインサイトがある。

 Twine(http://twine.com)(このサイトは終了している。)

 今や次々とWebコンテンツが増産されることから、情報の検索や発見に役立つセマンティック・アウェア・アプリケーションは、その質の向上が研究に影響を与えると言える。意味から検索するツールが次々に開発されるにつれて、必要な情報が一覧のページに数多く表示されるようになるのが当たり前となり、その結果、目的情報を探すのにページを次々にクリックすることによる時間の浪費をなくすことになる。また、意味による検索は、目的とする情報に対して関連性のない情報を減らし、自然言語によるクエリ(情報の検索要求)を支援できるので、研究者にとっては大変役に立つのである。

 2008年版『ホライゾンレポート』では、ソーシャル・オペレーティング・システムのツールを紹介したが、セマンティック・アウェア・アプリケーションは、一見関係のないものを関係付けるという興味深い手法で、データに埋もれて見えない情報を組み合わせて提示する可能性を秘めている。相互に関係する概念やアイディアを目に見える形で表示できるセマンティック・アウェア・ツールは徐々に出始めている。その一つが、従来のグラフや地図上にデータを図示するだけではなく、概念上リンクする情報があることを例示するWebサービスソフト集(mashup)である。例を挙げると、ワールド・マッパー(WorldMapper)というソフトは、データに含まれる内容を視覚的に変化させて表示する地図を作成できる。総人口を表示する世界地図上で、視覚的に人口の多い国々(中国やインド)を大きく表示し、人口の比較的少ない国々は小さく表示する。

 WorldMapper(http://www.worldmapper.org/

 今や、多くの会社や教育機関が意味上で関連付ける研究を行っている。例えば、イリノイ大学にあるアーバナー・シャンペーン校(Urbana-Champaign)のマルチモーダル情報検索総合研究所(MIAS)は、データを自動的に文脈化したり、自然言語による検索や、ほとんど似通った写真の記述に基づいて写真の文脈情報を組み立てるといった、テーマの先行プロジェクトを研究・展開している。

 各分野のセマンティック・アウェア・アプリケーションには、以下のようなものがある。

■研究

 スペインにあるサンタンダル・マルチェリート・ボーティン財団(The Fundacion Marcelino Botin in Santander)では、文献目録、先史時代の発掘、産業遺産など、幅広い情報の関連性を見い出し、データを組み合わせるセマンティック・アウェア・アプリケーションを用いて、カンタブリア地方の文化遺産情報に関する研究ポータルを構築しようとしている。

■展示品のタグ付け

 オーストラリアのシドニーにあるパワーハウス・サイエンス・デザイン博物館(The Powerhouse Museum of Science and Design)では、オープン・カライス(Open Calais)を使い、オンラインで展示している作品に文脈タグを付けている。展示している6万6千以上の作品にタグを付ける作業は、手仕事では不可能であるが、オープン・カライスを使えば、作品の記載情報から重要なタグを選別し、展示の案内や検索を簡単にできる。

■法律

 バルセロナ自治大学には、新任の裁判官が過去の事例に関する情報をベースに、複雑な法的問題を解決するという支援システムの先行プロジェクトがある。スペイン裁判制度総評議会のために開発されたそのシステムは、新米の裁判官が、経験豊かな裁判官に参考意見を求めるような問題に対して解決策を示唆する文脈情報を用いているが、それによって法的な手続きが迅速化するだろう。

セマンティックWeb・アプリケーションの導入例

 以下にセマンティック・アウェア・アプリケーションサイト関連のリンク先を挙げる。

クリーヴランド・クリニック(Cleveland Clinic)
http://www.w3.org/2001/sw/sweo/public/UseCases/ClevelandClinic/
 クリーヴランド・クリニックでは将来の患者ケア改善のため、セマンティックWebの概念を利用して患者のデータを検索している。
 
セマンティック・メディアウィキ(Semantic Mediawiki)
  http://www.semantic-mediawiki.org/wiki/Semantic_MediaWiki
 セマンティック・メディアウィキは、ウィキペディアを利用したメディアウィキの拡張版で、編集者が簡単に意味検索可能になる「ヒント」を記事に挿入することができる。
 
セマンティックUMW(Semantic UMW)
  http://semantic.umwblogs.org/about/
 メアリーワシントン大学では、学内コミュニティ向けのブログ作成プラットフォームを管理するだけでなく、コンテンツの作成・検索、コミュニティの調査や人物の発見の足掛かりとなる意味ポータルを試験的に実施している。例えば、リンク・フレンド(Link Friends)では、似たようなリンクを作成している人たちの交友を推薦している。
 
セマンティファインド(SemantiFind)
  http://www.semantifind.com
 セマンティファインドは、グーグルの検索バーで機能するWebブラウザの機能拡張ソフトである。利用者が検索バーにキーワードを打ち込むとドロップダウンメニューが表示され、希望するキーワードの意味が選択できる。グーグルが表示する検索結果をよりよいものにするためのもので、ドロップダウンメニューは、利用者の検索データに基づいて表示される。
 
ショック・ミー(SIOC.Me)
  http://www.sioc.me
 ショック・ミー(shock me=私に衝撃を与えて)は、閲覧者がアイルランドの掲示板(Webフォーラム)サイトを3D環境でブラウジングできる意味可視化(semantic visualization)ツールである。概念などのデータ群は意味論的に関連付けられている。

推薦資料

 セマンティックWebやセマンティックアウェア・アプリケーションについてもっと知りたい人向けには、以下の記事や情報源を推薦する。

セマンティックWeb入門
http://www.youtube.com/watch?v=OGg8A2zfWKg
 (Manu Sporny, YouTube, 2007年12月)
 セマンティックWebの考え方を簡単な用語で説明してくれる6分のビデオ。
 
転換点に立って:セマンティックWeb産業についての包括的展望
  http://davidjprovost.typepad.com/my_weblog/2008/09/report---on-the.html
 (David Provost, Semantic Business, 2008年9月30日)
 セマンティックアウェア・アプリケーションやセマンティックWebに関する産業の現状についての著者報告をブログで公表。
 
教育におけるセマンティックWeb
  http://connect.educause.edu/Library/EDUCAUSE+Quarterly/TheSemanticWebinEducation/47675
 (Jason Ohler, EDUCAUSE Quarterly, Vol. 31, No. 4, 2008年)
 教育分野におけるセマンティックWebの考え方を紹介し、セマンティックWeb・アプリケーションを教育や学習に用いるための方法を提案。
 
セマンティックWeb:キラーアプリケーションとはなにか(Semantic Web: What is the Killer App?)
  http://www.readwriteweb.com/archives/semantic_web_what_is_the_killer_app.php
 (Alex Iskold, ReadWriteWeb, 2008年1月)
 セマンティックWebが主流になるために何が必要か。魅力的で爆発的に普及を促進するキラーアプリケーションについて。
 
ヤフーはセマンティックWebを採用するか?インターネットの迅速な成果に期待する
  http://www.techcrunch.com/2008/03/13/yahoo-embraces-the-semantic-web-expect-the-web-to-organize-itself-in-a-hurry/
 (Michael Arrington, TechCrunch, 2008年3月13日)
 優れた検索改良のために、Web・コンテンツに意味タグを利用し、公開のサーチ・プラットフォームを拡充するヤフーの発表に関する記事。
 
デリシャス:セマンティックアウェア・アプリケーション
  http://delicious.com/tag/hz09+semanticweb
 (Horizon Advisory Board and friendsからのタグ付け、2008年)
 本稿に記載されているものも含め、セマンティックWebアプリケーションの話題と『ホライゾンレポート』(今季号)についてのさらなる情報はこのリンクから。追加の情報源をデリシャスに登録するときは、“hz09”及び“semanticweb”とタグ付けすれば済む。

スマート・オブジェクト(Smart Objects)

4〜5年で普及の可能性

 スマート・オブジェクトは仮想の世界と現実の世界を結びつける。スマート・オブジェクトは、それ自身がどこでどのようにして作られたのか、役割は何か、誰が所有して所有者はそれをどのように利用するのか、それ以外に似かよったものは存在するのか、それ自身、つまり、さらにその周囲の状況に関しても認識をしている。スマート・オブジェクトは、それ自身の正確な位置関係と現在の状態(満タンか空っぽか、新しいのか劣化しているのか、最近使用されたのかそうでないか)について報告する能力があり、かつモノに対して多くの情報を埋め込む技術は数多くあるので、結果的に物理的なモノと数多くの文脈情報が関連付けられる。Webページの内容を単に表示するだけではなく、現実の世界に実存する場所や記述内容、文脈を明らかにしてくれるWeb検索であると考えればよい。スマート・オブジェクトを開発、調査、利用する技術はまだ主流にはなっていないが、近年の識別技術(identification technology)の急速な進歩によって、近い将来日常で利用できることを示唆する、いくつかの現実的な興味深いプリケーションが存在する。

概観

 簡単に言えば、スマート・オブジェクトは、そのモノ自身に関する情報を識別することができる物理的なモノであるといえる。スマート・オブジェクトには、それを支える数多くの技術がある。例えば、個体識別タグ(電波による個体識別のタグ:RFID=radio-frequency identification)や、二次元コード(QR=quick response)、そしてスマートカード(smartcard)は最もよく知られている事例である。モノに情報を付加するといったことは、かなり以前から使われ、売り場での販売、パスポートの追跡調査、在庫管理、身元確認、そしてそれに類するアプリケーションとして利用されてきた。個体識別タグとスマートカードは、特定の情報について認識することができる。例えば、ある利用者の預金口座では利用できる金額はどのくらいのか、消費者の購入に応じて小売店はどの程度商品を補充するのか、図書館ではどの本が貸し出し中で、利用者は誰か、また利用者が貸し出し期限を過ぎているかなどを認識する。二次元コードは、カメラ機能を持つ多くの携帯機器で読み取ることができ、二次元コードでタグ付けされたものに関する豊富な情報を呼び出すことができる。小型の家庭用電機器具に埋め込まれているスマート・チップ(smart chip)は、器具自体の設置場所を識別し、同時に情報サイトにアクセスすることができる。例えば、あなたがコーヒーを注いでいる間に(その場所にあなたがいることは分かっているので)、コーヒーポットはあなたに天気の情報を教えてくれるといった具合である。

 スマート・オブジェクトが興味深いのは、物理的な世界と情報の世界を結びつける点である。スマート・オブジェクトはデジタルな方法でモノを管理し、そのモノが消滅するまで継続して、内容・評価・使い方・保証・使用ガイド・写真、そして他のモノとの関連など、考えられる限りのあらゆる文脈情報をモノに付加することができるのである。今までは、一般ユーザーがスマート・オブジェクトにタグ付けしたり、読み込んだりすることは困難であったが、今日では、メーカー側が使い勝手のよいシステムを提供するようになったことで、スマート・オブジェクトのタグ付け、読み取り、プログラミングが簡単になりつつある。

 ティキタグ(Tikitag)やバイオレッツ・ミラー(Violet’s Mir:ror)のような製品は、比較的安価なUSBタグ・リーダーや見栄えのよい貼り付け式のタグを提供している。同時に、使い勝手のいいAPIを供給することで、誰でも簡単にコンピュータで読み取り、操作を実行するためのタグのプログラミングができるようになった。このようなシステムでは、例えば、本や収集品など個人の持ち物を記録する、読み取りと同時に曲を演奏する、子供が自分のお気に入りのおもちゃの読み取りをしたときゲームが始まるといった、単純操作のワンステップ・インターフェースを作成することができる。これらスマート・オブジェクトである単純なアプリケーションは、日常生活で最も早く使用され、高額な費用をかけられず、技術的な専門知識もない素人でも使い始めることができるという意味で重要である。スマート・オブジェクトに関するその他の最新アプリケーションには、無線による図書館資料の無線位置検知や、遺失物の検索、在庫管理といったものがある。

 Tikitag: http://www.tikitag.com
 Violet's Mirror: http://www.violet.net

 スマート・オブジェクトは、他のオブジェクトを感知して通信したり、状況を報告・更新したりすることもできる。例えば、ピレリ社(Pirelli)のサイバー・タイヤ(Cyber Tyre)は、車体のタイヤにセンサーを組み込んでおり、タイヤの空気圧や車の動作をモニタリングして、その情報を車の電子モニタリングシステムに表示することで性能を改善している。

 スマート・オブジェクト技術の将来ビジョンは、物理的なモノとデジタル情報が見た目には区別されず、モノ同士が内部で相互につながっている世界である。このビジョンは、”モノのインターネット”と呼ばれ、これを利用したアプリケーションは、ちょうどインターネット検索エンジンでWeb上のコンテンツを探し出すのと同様、モノの世界でユーザーが品物を探し出すことである。参考資料、家庭用品、スポーツ用品など、人が実際必要とするモノはすべて、コンピュータや携帯機器の検索ツールを利用して見つけ出すことができるであろう。さらに、購入者がモノを眺めているとき、商品の評価、代替品や関連商品の提案、商品が使用されている様子をビデオで表示、さらに家の裏のガレージに置きっぱなしにして忘れられている類似の商品がなかったかどうかまで知らせてくれる。

教授・学習・研究・創造表現との関連

 スマート・オブジェクトは産業界では何年間も使われてきたが、末端ユーザー市場には参入したばかりである。従って、大学で利用されているスマート・オブジェクトの事例はとても少なく、現在スマート・オブジェクトをどのように開発・検証し、最終的にどのように利用するべきであるかに関する重要な研究が行われているところである。

 図書館はスマート・オブジェクトを応用する上で格好の対象であり、実際に多くの図書館ではスマート・オブジェクトが利用されている。スマート・タグは貸し出し資料を追跡・管理する情報収集の手段として既に確立されており、いくつかの図書館では、スマート・オブジェクトのさらなる利用について実験が行われている。例えば、イリノイ工科大学芸術工科学部が立ち上げたシンカリング・スペース(Thinkering Space)と呼ばれるプロジェクトでは、モノと仮想上の内容をつなげることで、本のようなモノに、手動で追加した文脈情報や自動検索した文脈情報の注釈をつけることができるシステムを作成している。その情報はモノに関連付けられ、そのモノが読み取られたとき、いつでも表示されるのである。

 Thinkering Space: http://www.id.iit.edu/ThinkeringSpaces/

 セマペディア(Semapedia)というプロジェクトは、スマート・オブジェクトが何らかの方法で教育に役立つ可能性を示唆している。セマペディアは二次元コードを用いて、タグ付けされたモノとウィキペディアのオンライン情報を結びつけることを目的とした共同研究である。ユーザーは携帯電話で読込み可能なモノのハイパーリンクを作成し、印刷して現実世界のモノや場所に貼り付ける。セマペディアには地図があり、その地図にはタグ付けされたモノの位置が表示されている。

 Semapedia: http://semapedia.org

 人間に対しても、モノと同様、簡単にタグ付けが可能である。いくつかの機関では、個人にスマート・オブジェクトを携帯させ、身につけることの利点と欠点について実験や調査を行っている。2008年度のハッカー地球会議=最後の希望(The 2008 Hackers on Planet Earth conference =the Last HOPE)では、参加者に個体識別タグを配布し、3日間の会議中の参加者の行動を読み取り機で追跡した。これは参加者のメタ・データプロジェクト(The Attendee Meta-Data Project)として知られており、共通の興味を通じて会議参加者の親睦を図ることや、参加者にセッションへの参加を勧めること、そしてこの種のイベントでよくあるロビーでの交流を支援するために行われた。

The Attendee Meta-Data Project:http://amd.hope.net

 各学問分野のスマート・オブジェクトに関するアプリケーションの例としては以下のようなものがある。

■考古学

 多くの学問分野において、スマート・オブジェクトを情報ネットワークに接続する方法は役に立つであろう。例えば、ある学生や研究者が遺跡の発掘作業から得られたモノを分析することを考えてみよう。それぞれのモノのラベルにタグをつけて、カメラ付き携帯のモバイル機器でこれを読み取れば、他の発掘物の写真や発掘場所のビデオ、地図、発掘場所に関連する他のメディア情報が即座に提示される。

■保健

 アーカンサス大学(University of Arkansas)の研究者と学生は、セカンド・ライフ(Second Life)上にある仮想世界で病院環境をシミュレーションするシステムを構築した。そこでは、患者、病院スタッフ、病院の備品、位置にタグを付けて追跡を行い、その実用化と社会的影響を検証することが可能である。
 (http://www.rfidjournal.com/article/articleview/4326/2/1/

■腫瘍学

 パデュー大学(Purdue University)において、研究者達は腫瘍に注入する極めて小さなスマート・オブジェクトを開発した。その装置は、いったん腫瘍内に入れられると埋め込まれた場所の放射線量を報告し、治療期間中の腫瘍の正確な位置を指し示すことが可能である。
 (http://www.sciencedaily.com/releases/2008/04/080408120106.htm

スマート・オブジェクトの導入例

 以下のリンクはスマート・オブジェクトの応用例である。

アルドゥイーノ(Arduino)
http://www.arduino.cc/
 アルドゥイーノは、オープンソースの電子技術で、プロトタイプのプラットフォームである。これを使うと、ユーザーは周囲の環境を感知して反応することが可能なモノを開発することができる。開発者は小さな回路基板を組み立てるか購入して、アルドゥイーノのソフトウェアを使ってそれらの基板をカスタマイズする。
 
在宅での健康管理プラットフォーム(Home-Based Health Platform)
  http://www.harris.cise.ufl.edu/projects_nih.htm
 フロリダ大学の研究者たちは、危険な状態にある病人や高齢者をモニタリングする一手段として、彼らが家に入るときに発する生体信号を計測し、その情報を家族や医者に知らせる環境管理システムを開発している。
 
iPhoneの教育利用:授業での二次元コード活用
  http://olliebray.typepad.com/olliebraycom/2008/11/iphone-in-education-using-qr-code-in-the-classroom.html
 (Ollie Bray、OllieBray.com, 2008年11月24日.)
 著者は二次元コードを活用して、学生に課題を伝える方法を説明・実演している。
 
ワシントン大学チームの研究:個体識別タグのチップを使った将来像
  http://seattletimes.nwsource.com/html/businesstechnology/2004316708_rfid31.html
 (Kristi Heim, The Seattle Times, 2008年3月31日)
 ワシントン大学の研究者たちは、彼ら自身に個体識別タグを取り付け、社会生活での動きを追跡することで、その肯定面と否定面に関する研究を行っている。

推薦資料

 以下の論文や資料はスマート・オブジェクトについてさらに知りたい人にお勧めである。

何でも、どこでも、いつでもインターネット
http://edition.cnn.com/2008/TECH/11/02/digitalbiz.rfid/
 (Cherise Fong, CNN.com/technology DigitalBiz, 2008年11月.)
 この記事は、“モノのインターネット”に関する紹介で、スマート・オブジェクト技術の事例を紹介している。
 
モノのインターネット構築に向けて(The Net Shapes Up to Get Physical)
  http://www.guardian.co.uk/technology/2008/oct/16/internet-of-things-ipv6
 (Sean Dodson, Guardian.co.uk, 2008年10月.)
 この記事は、“モノのインターネット”に関する紹介で、関連技術についても論じている。また、ネットワーク接続されたスマート・オブジェクトに関して可能なアプリケーションを考察している。
 
シンカリング・スペースの図書館利用(Thinkering Spaces in Libraries)
  http://theshiftedlibrarian.com/archives/2008/06/17/thinkering-spaces-in-libraries.html
 (Jenny Levine, The Shifted Librarian, 2008年6月17日.)
 この投稿とそれに続く二つの投稿は、この投稿者によるシンカリング・スペース(ThinkeringSpace)を使った図書館利用の実践である。
 
地球を取り巻くブロブジェクト(Blobjects)構想
  http://boingboing.net/images/blobjects.htm
 (Bruce Sterling, SIGGRAPH 2004, 2004年8月.)
 シグ・グラフ2004(SIGGRAPH 2004)でのブルース・スターリングの講演。モノの設計・開発・利用、末端ユーザーの評価・アイデア・改善、モノの位置情報など、情報と結びつくスマート・オブジェクトを紹介している。
 
デリシャス:スマート・オブジェクト
  http://delicious.com/tag/hz09+smartobject
 (ホライズンの諮問機関と支持者によるタグ付け,2008年)
 記載されているものも含め、ホライゾン・レポートについてのさらなる情報はこのリンクから。追加の情報源をブック・マーク検索のデリシャスに登録するときは、“hz09”及び“スマート・オブジェクト”とタグを付ければよい。

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