人材育成のための授業紹介●観光学

東海大学観光学部におけるICTを用いた人材育成

松本 亮三(東海大学観光学部長)

1.はじめに

 東海大学は、2008年4月に、全学学生を対象として「観光学副専攻」を開設し、その2年後、2010年4月に観光学部を設置しました。専任教員15名、収容定員800名の観光学科1学科だけで構成される小さな学部です。
 日本で、観光学教育、つまり観光産業に携わる人材教育の必要性がクローズアップされてきたのは、近年わが国の観光政策が明確にされ、活性化してきたことに関連しています。つまり、2003年に訪日外国人旅行者の増加を目指して「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)が始まり、2006年末に「観光立国推進基本法」が成立、2007年に「観光立国推進基本計画」が閣議決定され、2008年には国土交通省の外局として観光庁が誕生するという一連の流れに沿って、多くの大学が観光学関連学部・学科を新設してきたのです。
 東海大学は、従来から「科学技術創造立国」の国是に呼応して工学教育に力を注いできましたが、国外への技術流出が相次ぐ中で、わが国の二つ目の基幹産業としての成長が期待される、観光分野の人材育成にも積極的に参入していくこととしたのです。

2.東海大学観光学部観光学科のカリキュラム

 観光という現象は、単に旅行・運輸・宿泊だけではなく、人間生活のあらゆる側面に関わっているため、観光学の全体は、様々な学問をシームレスに繋いだところに成り立っていると考えなければなりません。観光学とは総合的かつ学際的でなければならず、本学では、それらを以下の四つの科目群として提示しています。

(1)観光文化科目群

 観光に関する人間行動の特徴、観光資源の開発・保全・活用に関わる社会文化的な基本事項を習得し、その基礎と応用を学ぶことに力点をおきます。

(2)サービス・マネジメント科目群

 観光・サービス産業の経営に必要なマーケティング、マネジメント、アカウンティング、ファイナンスの基本を学び、広くサービス産業に関する諸事象の理解を通して、その活用能力を鍛錬します。

(3)レジャー・レクリエーション科目群

 観光の基本はレジャーの活用にあることを重視し、レジャーを通して豊かな生を営むために必要な基本的事項と自然や文化施設を活用して行われるレジャー・レクリエーションの基本的戦略を学び、その活用能力を鍛錬し、新たな観光の可能性に目を開かせることを目的としています。

(4)地域デザイン科目群

 観光のみならず生活全般に不可欠な、都市や景観のあり方とそのデザインについての基礎知識と技術、行政施策、関連法に関する素養を蓄積させるとともに、観光活性化の主たる戦略が住環境およびそれを取り囲む自然環境の整備にあることを理解させ、地域活性化への応用について学習します。
 本学観光学部では、このように区分された科目群の一つあるいは複数を学生の興味と将来の進路に応じて学ばせることとしていますが、全学生にとって必要な科目については専門基礎科目として別の枠組みを作っており、その中に、また、上記の四つの科目群等からなる展開科目の中に、ICTについて学び、また、それを利用する科目を置いて、学部・学科全体として、ICTを重視している状況です。

図 東海大学観光学部観光学科の教育スキーム

3.観光とICT

 ICTの利活用は、観光の振興に欠かせません。政府は、「観光推進立国基本法」や「観光立国推進基本計画」において、観光に関する統計の整備を行うことを重点課題の一つとしています。このように、将来を適確に見通した観光振興計画を立てるためには、国内外の旅行者の宿泊や消費の動向等を調査し、綿密に分析する必要があります。また、基本計画で拡充整備が謳われているように、観光の利便性を図るために、インターネットを活用した地図情報、宿泊施設情報等の提供や、文化遺産オンラインの充実、交通機関のICカードの相互利用の推進、駐車場の位置と満空状態をリアルタイムでドライバーに提供するシステム、などの施策も考えなければなりません。
 この他、観光者の関心の多様化に対応した、いわゆるニューツーリズム、つまり、地域の特性を生かした、テーマ志向型、滞在型、体験型、交流型等の観光を促進するためには、各地域から、地域資源や特産物・風物に関するオンライン情報を積極的に発信することが重要です。現在、多くの観光客の出発地である大都市の旅行代理店が企画する、発地型観光に加えて、到着地が観光計画や旅行商品を提供する着地型観光が成長しつつあります。観光客と各地域を結ぶツールはインターネットであり、従来の旅行代理店の予約・斡旋業務は変革を迫られている状況です。これに加えて、アイフォンやスマートフォンを活用して、観光者の現在地から観光地へ至るアクセス方法や、その他、観光者の志向に即した多様な情報をリアルタイムで提供する地域観光情報システムの構築も考えられています。
 このような地域観光の新機軸を推進するためには、地域(まち)づくりや景観形成に取り組むことが必要であり、GIS(地理情報システム)を用いた地域・地形情報の地図化、CADを用いた景観設計や建造物のデザイン設計、合成写真やCG動画による、これらの計画の検討など、現代の情報通信技術は、観光振興のあらゆる側面で有効に利用されなければなりません。

4.観光学科の授業科目とICTの活用

 本学の観光学部観光学科は、既に述べたように本年4月に設置されたばかりであり、まだわずかの授業科目しか開講されていません。これから述べることの多くは未実施ですが、早晩実施されるものです。本学科の授業科目とICT利活用の関わりをまとめると、下記のようになります。なお前掲(2)、(3)の授業科目は、学部シニア段階で東京の代々木校舎で開講されるため、PC教室等は2012年度の開始に向けて現在整備中です。

(1)ICTの基礎教育

 ICTと観光の関わりは既に述べましたが、観光学教育においては、アンケート調査等の社会調査によるデータ収集、データベースの構築、データの解析などを、統計学の基礎知識を学びながら実習することが求められ、また、その結果や他のデータに基づいた観光振興計画の策定、プレゼンテーション・スキルについても学ばなければなりません。本学科では、大学共通の開講単位制限のため、特別の科目を設定する余裕がありませんでしたが、これらは、「情報リテラシー」、「観光学実習」、1年次を通して行われる「ファーストイヤー・セミナー」、2年次の「プレセミナー」、等で繰り返し訓練することとしています。

(2)コンテンツビジネスに関する教育

 観光情報は送り手と受け手双方のニーズを満たすように、かつエンターテイメント性を十分にもった魅力ある形で配信されることで効果をもちます。さらに言えば、ビジネス一般についても、その成功はソフト面全般にわたるコンテンツの訴求力の成否にかかっていると考えられます。社会的な要請と実際を学び、学生が将来、コンテンツのクリエータとしてよりもプロデューサとして活躍できるように、本学科の専門基礎科目には「コンテンツビジネス論」、「コンテンツビジネス演習」という科目が置かれています。演習においては、産業界各界の実例を学ぶとともに、実際に、CG等基本的表現スキルの基礎を学ぶことも予定しています。さらに、「情報社会と知的財産」という科目を設け、インターネット社会での知的財産の創造・保護・活用と、それに対する責任についても学習します。

(3)地域デザイン科目群の教育

 現代の観光はICTと切り離しては考えられない状況にあります。そのため、展開科目として設定した四つの科目群すべてがICTと関わりをもっており、それぞれの授業科目でそれにふさわしい教育が行われるのはもちろんですが、高度な情報通信技術の教育は、主として地域デザイン科目群において行われます。
 例えば、「空間情報処理」の授業では、PCを利用して、地図情報に関する基礎的な知識と活用方法を学ばせます。高等学校で教育課程の弾力化、すなわち必履修単位の削減が行われるようになって久しく、そのため十分な地理教育を受けずに大学に入学する学生が多くなってきました。等高線の入った地形図を読み、実際の地形を思い描くことのできる学生は少数であり、また旅行経験も少なく、観光資源・施設に関する地理的関心が乏しくなったように思われます。住環境・自然環境の整備に基づく地域活性化を目的とする地域デザイン科目群の学習をする第一歩は、空間把握能力を学生に身につけさせることにあります。地形データ(メッシュ標高データ)を用いて地形を立体的に描画することのできる、カシミールなどのソフトウェアを使って、学生に等高線や地形を描画させ、その結果と実際の地形を見比べることによって、等高線入りの地図から立体的なイメージを想像する訓練を行うことにしています。さらに、GISのデータを活用して、土地利用計画等のゾーニングやオーバーレイによる地域分析手法の基礎も併せて学習させることになります。
 「ランドスケープ論」と「シビックデザイン論」では、景観設計とまちづくりの基本要件や理論とその実例を学びますが、これらの科目と「空間情報処理」で学んだことは、主に「ランドスケープデザイン演習」で、またフィールドで行う「観光学実習」において応用的な展開を測ることにしています。「ランドスケープデザイン演習」では、様々な場面でPCが活用されます。Photoshopなどの画像処理ソフトを用いれば、写真上に写っている電柱や電線などの不調和要素を消去したり、色彩を変更したり、花などの景観向上要素を追加したりと、様々なシミュレーションが可能となります。新たな景観イメージを机上で作らせ、その画像を現場に持参して、その可能性を考察させます。また、CADソフトを用いることによって、建物や橋梁、あるいは樹木など、景観の中で相応しい形状や配置を検討させることができます。さらに、リアルタイムVRシミュレーションソフト(UC-Win/Road)を用いて、景観のCG動画像を作成させて、プレゼンテーションを行わせることも計画していますが、実際の観光体験とヴァーチャルリアリティーが本当は異なることも併せて学習させなければならないと考えています。

5.おわりに

 東海大学観光学部は、まだ産声をあげたばかりですが、以上のような教育を通じて、学生に現代社会が要請するICT活用技術を習得させ、観光・サービス業界で創造的な活動ができる人材を輩出できるよう、努力を続けていく所存であることをお伝えしたいと思います。


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