教育・学習支援への取り組み

教育デザイン研究室によるコンテンツ開発を通じた教育支援
〜日本福祉大学〜

1.はじめに

 本学は名古屋市中心部から名鉄電車で約1時間南下した知多半島に位置しています。「ふくしの総合大学」として、通学課程の6学部9学科、および通信教育部が一体となって、教育と研究の対象を「いのち(健康・医療)」、「くらし(福祉・経済)」、「いきがい(教育・発達)」の3領域に展開し、現代社会における「広がるふくし」に対応した人材育成に取り組んでいます。また、大学院研究科は主に夜間開講、通信教育を中心として三つの修士課程と一つの博士課程を擁し、「福祉社会開発学」という新たな学問領域の形成にも踏み出しています。2010年5月1日現在の学生数は、学士課程として通学課程5,267名、通信課程6,958名、大学院修士課程・博士課程合わせて310名であり、総計12,535名の中規模私立大学です。
 本学は1953年に開設した中部社会事業短期大学を母体とし、1957年に我が国初の4年制社会福祉学部を開設することにより、日本福祉大学としてその歴史の幕を開けました。創設者の建学の精神から生まれた教育標語「万人の福祉のために真実と慈愛と献身を」を掲げ、この教育標語で求められる力を現代社会で必要とされる力に置き換えて、「真実」=「見据える力」、「慈愛」=「共感する力」、「献身」=「関わる力」とし、これら三つの力の基礎となる「伝える力」を加えた「四つの力」を日本福祉大学の学生、教職員すべてが身につけるべき標準的な力「日本福祉大学スタンダード」として位置付けています。

2.GPを活用した教育改革の取り組み

 本学の教育改革は2003年度以降の文部科学省の大学教育改革プログラム(GP)を最大限に活用して進められています。本学ではこれまで学士課程教育を対象とするGPを13本獲得してきました。本学で獲得したGPにはいくつかの内容的な共通点・特徴があります。一つは「地域連携・協働」、二つ目は「学生・教職協働の学びあい」、三つ目は「ICTを活用した教育」です。本稿ではその中から特に「ICTを活用した教育」に焦点を当て、その内容と支援体制について紹介します。

3.本学におけるe-Learningの取り組み概要

(1)LMS

 本学におけるe-Learningの取り組みは、2001年度の通信教育部の開設を契機とし、現在に至っています。通信教育部では開設当初から独自のLMS「NFUオンライン」上で学習コンテンツの提供、学習支援、学生生活支援、単位認定試験を行ってきました。一方、通学課程では2003年度よりLMSとしてBlackboardを導入し、授業支援・学習支援を行ってきました。2008年度からは、それまでの通信教育部のノウハウを活かしつつ、通学課程・通信課程共通の学習プラットフォームとなるLMS「nfu.jp」の運用を開始しました。また、通学課程、通信教育課程において、2005年度より、オンデマンドによる授業配信を開始しました。現在は、対面授業を全く行わない「オンデマンド完結型授業」と対面講義に一部オンデマンド授業を含む「ブレンデッド型オンデマンド授業」を開講しています。

(2)完結型オンデマンド授業

 本学が「完結型オンデマンド授業」を展開した目的は、1)多人数講義を解消し、フィールドスタディなどの実践的な少人数教育の機会を確保すること、2)社会福祉士、特別支援学校教諭免許など、資格関係科目の履修機会を拡大すること、3)通信教育部の学習形態を、テキスト・CD-ROMによる学習から、より対面講義に近いオンデマンド授業に移行することの3点でした。その後オンデマンド授業は年々拡大し、2010年度は「オンデマンド完結型講義」は通信教育部で36科目、通学課程で27科目開講しています。総履修者数は44,156名に上り、本学における一つの授業形態として確立しています(図1)。

図1 完結型オンデマンド授業の開講科目数

(3)ブレンデッド型オンデマンド授業

 完結型オンデマンド授業がe-Learningのみで単位認定を行うのに対し、授業の一部をe-Learningで実施するものを本学では「ブレンデッド型オンデマンド授業」と定義しています。「ブレンデッド型オンデマンド授業」の代表的コンテンツとして「科目ガイダンス」があります。「科目ガイダンス」は各講義科目のオンラインシラバスと導入講義で構成されています。科目担当教員の動画映像により、教員の自己紹介、学習目標、講義の流れ、成績評価方法、テキストの紹介などを行います(図2)。導入講義部分は短いもので10分程度、長いもので45分程度の講義を撮影します。1回分の授業相当の学習時間が確保されるような構成で作られたものは、半期2単位科目の場合、15回の授業のうちの1回分にあてることもできます。2007年度は専任教員が各1科目の科目ガイダンスを開発し、2008年度から運用を開始しました。2009年度以降は専任教員の全講義科目の科目ガイダンスを配信しています。講義形式(スタジオ、研究室、図書館、インタビュー、学外ロケ)などは、各担当教員の希望を極力取り入れた形で作成することで、全教員からの協力を得ることができています。

図2 オンデマンド授業イメージ

4.教育デザイン研究室による教育支援

(1) 教育デザイン研究室の設置経緯と支援内容

 拡大するオンデマンド授業コンテンツの開発と運用を通じて、ICTを活用した魅力的な教育方法の提案を行い、教育改革支援を行っているのが「教育デザイン研究室」です。教育デザイン研究室は2007年に、メディア教育センターを改組した形で設立されました。教育デザイン研究室では、ICTを活用したFDの支援、ICT活用基準の明確化と研修の企画・実施なども併せて行っています。教育デザイン研究室は全学教育開発機構長(学長補佐)のもとに置かれ、研究員、学習指導講師、インストラクショナルデザイナ、教材作成支援者、アシスタントデザイナで構成されます(図3)。

図3 教育デザイン研究室の体制

 各スタッフの業務内容は以下の通りです。

1)研究員は、ICTを活用した教育の中で「いかに学生のやる気を引き出すか」などについて各種調査・実験を行い、その結果の分析を行います。

2)学習指導講師は、開講している授業について、LMS上での学生からの質問への一次対応、オンデマンド授業やICT活用についての学習相談・技術支援などを行います。

3)インストラクショナルデザイナ(統括者)は、プロジェクトマネージャーとして各学部の教育計画担当者と調整し、コンテンツの開発と運用を統括します。他のインストラクショナルデザイナは、ICTを活用した授業における教育効果を高めるための教材設計を支援します。科目担当教員と協議しながらコンテンツの設計、評価、開講状況の分析と教員へのフィードバックを行います。

4)教材作成支援者は講義企画書をもとに、アシスタントデザイナを指導しながら、教員やインストラクショナルデザイナとともに教材の開発を行います。科目の開講後は教員、学習指導講師からのヘルプデスクとして支援、データ提供などを行います。また映像の撮影・編集も行います。

5)アシスタントデザイナは、教材作成支援者の指示を受け、スライド作成、字幕付けのための文字起こし、イラスト作成、オーサリングなどを行います。常勤のデザイナの他40名近くの学生のデザイナも登録しており、授業の空き時間などを利用して作業を行っています。

(2) 開発環境

 教育デザイン研究室のコンテンツ開発業務については、インストラクショナルデザイナ、教材開発支援者、アシスタントデザイナが行う業務を、本学が100%出資して設立した株式会社に業務を委託しています。
 教育デザイン研究室は情報処理演習室と同じ建物の中にあり、二つの撮影スタジオの他、コンテンツ開発室、編集室、ミーティングルームなどがあります(図4)。

図4 開発環境

(3)コンテンツ開発プロセス

 オンデマンドコンテンツの開発から運用は、以下のようなステップで行います。

1)事前準備

 まず第1ステップとして、科目担当教員と教育デザイン研究室担当者の間で、今後の開発の流れと撮影日時等のスケジュール調整について打ち合せを行います。次に教員は、講義テーマおよび講や章の構成、撮影形式の要望などを講義企画書の書式に沿って作成します。教育デザイン研究室では教員の要望を汲み取り、蓄積されたノウハウやアイディアをもとに企画・支援をします。次の段階で具体的に教材作成を行います。教員はオンデマンド講義のための資料作成、講義プレゼン用のスライドデータ(PowerPoint、Wordなど)を作成します。教育デザイン研究室ではスライドデータのブラッシュアップ、著作権処理の代行等、教材作成支援を行います。

2)撮影収録

 スタジオ撮影、外部ロケ、対談など、予め教員と教育デザイン研究室で打ち合わせた内容に基づき、教員の要望に合わせた撮影収録の準備が行われます。教員は事前に準備したPowerPointスライドや講義資料をもとにそれぞれ授業を行い、専門の撮影スタッフが各教員の要望に応じた方法で撮影収録を行います。

3)編集

 教員は小テスト、最終テストなどの問題を作成します。教育デザイン研究室では収録した映像の編集作業及び配信コンテンツの制作を、映像編集→テロップ用文字起こし(字幕付け)→写真画像等の著作権処理→スライドの作成→テスト問題の作成支援、教材と講義映像の同期→オーサリング(コンテンツの統合)のステップで行います。本学では聴覚障害を持った学生が多く在籍するため、すべての授業コンテンツにおいて字幕付けは必須のものとなっているのが特徴です。この字幕は聴覚障害者のみならず、健常学生にとっても内容理解には役立っています。オーサリングを終えたコンテンツは科目担当教員と教育デザイン研究室の双方で確認をします。教員から修正の指示があることもあれば、デザイン研究室から教員に修正をお願いする場合もあります。

4)授業開講

 確認されたコンテンツは本学のLMSである「nfu.jp」にて配信します。教員はLMS上で受講学生の受講状況を常に確認し、講義内容に関する学生からの質疑に対応します。また講義に関する追加資料があればLMS上にアップロードし、ディスカッション課題の提示なども行います。教育デザイン研究室では授業運営の補助を随時行います。学習指導講師が学生からの質疑の一次対応を行うとともに、LMS上でのディスカッションの運営補助も行います。また、ICT推進室では科目担当教員に対し、PC操作、LMSの操作、各種ハードウエアに関する技術的な支援を随時行います。

5)評価

 教員は、LMS上の受講履歴や小テスト、最終テスト結果をもとに成績評価を行います。教育デザイン研究室では、授業評価アンケート結果や科目担当教員に対するアンケート結果をもとに、次年度に向けた改善点を洗い出し、次年度の開発に活かします。

5.まとめと今後の課題

 本学では科目ガイダンスを開発する中で、すべての専任教員が何らかの形でオンデマンドコンテンツ(ブレンデッド型オンデマンド授業)の開発に関わることになりました。そのため、それまではICTを日常的に活用して授業を行う教員以外は足を踏み入れることはなかった情報処理演習室や教育デザイン研究室にすべての教員が足を運ぶことになり、教育デザイン研究室の施設設備、スタッフの存在を全教員が認知できるようになりました。また、オンデマンド授業の作成過程についての教員へのアンケートによれば、「作成したコンテンツは評価できる内容だったか?」と問いに対し、評価できる(36%)、やや評価できる(34%)となっており、7割の教員からは一定の評価を得ています。また、「教育デザイン研究室の支援・対応は適切だったか?」の問いに対しては、とても適切(47%)、概ね適切(43%)と9割の教員からその支援体制について評価を得ています。一方で、コンテンツ開発にかかわる負担については、非常に負担(8%)、少し負担(37%)となっており、さらに改善の余地を残しています。
 以上のようにオンデマンドコンテンツ、特に科目ガイダンスの開発を通してe-Learningに対する教員の受け止め方に共通の基盤ができたことは大きな成果であると認識しています。これまで食わず嫌いでe-Learningに反対していた教員も、自身の体験をもとにメリット、デメリットについて前向きに議論ができるようになりました。授業コンテンツがオープンになることにより、自身の授業の学習到達目標を常に意識することになり、毎回の対面授業の改善にも繋がった事例も出ています。
 オンデマンド授業の配信を開始してから6年が経過する中で、今後は科目担当教員の負荷軽減および開発コストの削減をさらに追求する必要があります。また、これまでの教育デザイン研究室のノウハウを活かし、今後は、地域社会へ向けたコンテンツ、教員免許更新講習用のコンテンツ、入学前学習コンテンツなど、正課外のコンテンツ開発や収益性のあるコンテンツ開発へも拡大していく必要があると認識しています。

文責: 日本福祉大学
大学事務局長 斎藤真左樹

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