大学教職員の職能開発

教育改革FD/ICT理事長・学長等会議開かれる


 去る、平成22年8月3日(火)早稲田大学大隈祈念講堂小講堂を会場に94大学9短期大学より170名の理事長、学長、役員、副学長、学部長等が参加して開催。今年度は、「社会的・職業的自立に向けたキャリア形成教育を考える」として教養教育と専門教育の融合を模索する場とした。
 まず、向殿会長(明治大学)より「大学教育での学びが社会的・職業的な場で十分に発揮されていない。学びの動機付け、主体的な学習態度を養う教育が実施されてこなかったきらいがある。人材育成に対する大学の社会的責任の大きさを確認する中で、社会的・職業的自立に向けた大学教育のあり方について理解を深めたい。」と開催趣旨の説明があり、次いで、会場校を代表して、早稲田大学白井総長より「日本の国の人材育成というのは大変厳しい状況に置かれている。学生が自分が何ができるか、自分の能力をどういう範囲で活かすことができるのか、実体験も含めて自分に合う仕事を見つけてマッチングをとるプロセスは絶対に必要。一般社会と協力して、実体験しながら学ぶという総合的な人材育成の仕組みが必要ではないか」との挨拶があった。


1.講演

「文部科学省中央教育審議会でのキャリア形成教育についての検討状況」

 榎本 剛氏(文部科学省高等教育政策室企画官)より、まず、「社会的・職業的自立に関する指導等」の設置基準改正について、次のような説明があった。

1) 設置基準の42条の2で「社会的・職業的自立をはかるために必要な能力を培うための体制」として23年4月1日から改正することになった。
(社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を培うための体制)
第42条の2 大学は,当該大学及び学部等の教育上の目的に応じ,学生が卒業後自らの資質を向上させ,社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を,教育課程の実施及び厚生補導を通じて培うことができるよう,大学内の組織間の有機的な連携を図り,適切な体制を整えるものとする。
(短期大学設置基準にも同様の規定)(平成23年4月1日から施行)

 職業指導教育、キャリア教育と報道されているが、特別の教育を意味するものではなく、これまでの中央教育審議会などの議論のつながりと理解している。基準改正の背景は、学校教育法83条の大学は専門の学芸を教授、研究と繋がって、知的にも道徳的にも応用的にもその能力を展開させていく大学の目的、理念として内包されている。平成17年の中央教育審議会の将来像答申では、学部、学科の組織中心から、学位を与える課程中心の考え方に再整理された。20年の学士答申では、学位授与の方針や教育研究上の目的を明確化し、その実行と達成に向けて教育活動を展開していくとした。大学教育の在り方も進学率の変化と同時に考えていく必要があり、学位、教育課程、学位プログラムを整備していくのがこの頃の課題であった。
2) 過去の設置基準改正では、設置基準2条の2で、人材養成目的の公表を制度化し、学部や学科、課程レベルで具体的に教育研究目標を具体的に公表することで、大学での教育を社会や学生に約束・提示するようにした。また、25条の2で、授業の方法や内容、年間授業計画、成績評価基準、卒業認定基準の明示を義務化した。大学に入れば何が勉強できて、卒業する時には何が身に付くのかが分からない。教育課程の体系性を考えていくことにした。また、25条の3では、教育内容の改善のための組織的な研修(FD)の実施を義務化した。基本となるインフラ、枠組みについて提言している。
3) 22年1月の「中長期的な大学教育の在り方に関する第三次報告」の中で、大学の自主性や自律性、多様性を前提としながら、学生の自立指導に取り組んでいくことが大事で、新しいことを始めるよりも大学教育の活動の視点をとらえ直し、工夫してみようとしている。個々の授業科目のシラバスを統合した体系的な教育課程の編成を通じて、社会的・職業的自立に関する指導等のあり方を明らかにし、学生に対してその内容を明示していく。その方法は、個別の授業として行う場合も否定はしないが、教育課程の一部としてふさわしいものか、各大学で判断いただきたい。例えば、キャリアセンターで正課外の活動として行っていた事柄を何も吟味もなく、単位にするという話ではない。
4) 実施体制として、大学内の組織間の有機的な連携と体制整備が必要とした。一般的にはキャリア担当の方々と教員の方々とのコミュケーションが弱いと言われている中で、全学的に連携し、一緒に考えていくことが重要とした。キャリアに関する授業の開設を義務とするものではない。就活対策に特化しているわけでもない。大学の方針として、こういう取り組みが一番有効であるということをぜひ議論していただくことを期待した上での制度改正である。
5) 以上の取り組みは大学だけではできないとう話がある。基礎的な学力という点で課題があるとか、企業の側に課題があるとか。それでも大学の側は、では何ができるのかということに関して考えていかないといけない。大学も国内のことだけで考えている場合ではない。教育の内容、質の保証も国際的に考えていかないといけない。企業の活動が国際的になっていく中では、日本の教育そのものももっと国際化していかなければいけない。大学によって一律に国際化という話でもないが、卒業していく学生は少なからず国際的な環境の中にいることになるという中で、どういうふうに教育を考えたらいいか。成績評価に関してまだ工夫する点がある。 
 以上のような観点を踏まえて考えていく中で、学生に力をつけていくということを考えていかなければいけない。
6) 続いて、「教育情報の公表の促進」に関する法令の整備について、次のような説明があった。学校教育法、大学設置基準の中で、教育研究活動に関する情報を社会に公表するとしている。また、自己点検・評価の結果や授業の方法・内容、成績評価基準等の学生への明示も規定し、多くの大学では情報の公表を進めているが、一部の大学では、大学の強みや特色をわかりやすく公表していくという姿勢が十分でないとの指摘がある。
 22年2月から6月までの大学分科会の第四次報告では、公的な質保証システム整備の一環として、大学の教育状況が明らかとなる仕組みが必要として、公表が望まれる教育情報について、「公的な教育機関として公表が求められる情報」と「教育力の向上の観点から公表が求められる情報」については、学校教育法施行規則の改正を行い、23年度から施行することになった。とりわけ、教育課程を通じて習得が期待される知識・能力の体系については、努力義務化するようにした。教育を通じて卒業する時に、どのような知識やスキルが身についているかを明らかにするというのは、容易ではないと思う。分野ごとにいろいろな工夫や努力が期待されるところであると思うので、努力義務としてみた。
  公的な教育機関として公表が求められる情報
(ア) 教育研究上の基本組織に関する情報
(イ) 教員組織及び教員数並びに教員の保有学位、業績に関する情報
(ウ) 学生に関する情報(入学者に関する受入方針、入学者 数、収容定員、在学者数、卒業者数、卒業後の進路〈進学者数、就職者数、主な就職分野等〉)
※「入学者数」「在学者数」「卒業者数」「進学者数」「就職者数」は「学校基本調査」の最新値に準じて整理。なお、働き方が多様となっている状況において、起業や資格取得準備等を行う者等を 各大学の判断で公表することも考えられる。
(エ) 教育課程に関する情報
(オ) 学修の成果に係る評価及び卒業の認定に当たっての基 準に関する情報
(カ) 学習環境に関する情報
(キ) 学生納付金に関する情報
(ク) 学生支援と奨学金に関する情報
  教育力の向上の観点から公表が求められる情報
(ア) 学部・学科・課程,研究科・専攻ごとの教育研究上の目的
(イ) 教育課程を通じて修得が期待される知識・能力の体系
・どのようなカリキュラムに基づいて、どのような知識・能力を身に付けることができるのか
(ウ) 学修の成果に係る評価や卒業の認定に当たっての基準
上記の(ア)と(ウ)は、上記の「公的な教育機関として公表が求められる情報」の性質を併せ持ち、既に法令に位置づけられており、の内容とともに規定することが適当。
  大学教育の国際競争力の向上の観点から求められる情報
  (各大学が自らの方針に基づき発信する情報を定める際の参考に活用されることが期待される。これらは英語を含む外国語で発信することが想定される。)
(ア) 教育活動の規模や内容等
  (学生に関する基本的な情報)
  教員当たり学生数(フルタイムとパートタイム教員)
  各授業の平均学生在籍数
  卒業率(修業年限期間及び修業年限期間以降に卒業する学生 の割合)
  退学者の状況(他大学等に転学した者がいる場合は、その内 訳を表記するなど大学・分野等の特性を踏まえた説明や理由を付す。)
  卒業後の進路状況(就職先や進学先、資格取得の状況等)
  学位授与数
  (明確な方針に基づく教育課程とその水準)
  修得すべき知識・能力の明確化と、それを体系的に修得できる教育課程
  計画的な履修方針に基づいた授業科目名や、その体系(いわゆるナンバリング)とシラバス(学内の関連する学問分野で共通化)
  インターンシップの機会や交換留学,海外研修等の提供状況
  単位認定,学位認定,成績評価の基準(大学として統一方針)
  上記に基づく学修成果を明示するのにふさわしい学位と専攻分野の名称
  (外国人教員数)
  (研究成果の生産性や水準)
  (教育外部資金の獲得状況)
(イ) 教育の国際連携
(ウ) 大学の戦略
(エ) 留学生への対応
(オ) 外部評価等の実施状況
7) 諸外国では国レベルでインターネット上に各大学の学生数、中退や就職状況、大学院の状況など公表している。いろいろな団体の活動もこれから考えられると思う。外国では中間団体がある。国でもなければ個々の大学でもない中間的な団体がいろいろ活動をしている。日本まだそういった点が弱い。個々の大学が連携していきながら、一緒にやっていくような取り組みがもっとあっていいのではないか。教育情報について仮に国で大学の情報を全部集め公表しなくとも、地域や分野別コンソーシアム、あるいは私情協かもしれない。個々の大学が自分の取り組みを公表していきながら、大学を横断した連携の中で情報を公表する取り組みも進んでいくことを今後の期待として書いてある。
8) 社会的・職業的自立に関する指導は,制度的には抽象的なことだけ書いてある。どうしていくのかというのは各大学の判断。個別の授業を行う方法、普通のカリキュラムの中にそういったことを念頭に置く方法など多様で、教育課程の中、正課活動外、さまざまな活動を通じて、学生の卒業後の自立に向けて教育を実施していることが要請されている。各大学がすでに汗をかいて努力しているのであるということを、教育情報の公表によって示していかないといけない。制度改正は極めて緩やかで、具体的なことは多くを各大学の取り組みに期待している。地道な活動をしていくということが、社会からの大学に対する信任をコンスタントにしていくのではないかと思う。
【意見・質疑】
[意見]
社会的および職業的自立を図るために必要な人材育成は、学生自身が何ができるか、どこまでやればできるかということが分かるよう、教育の中で作っていくことができると感じた。
[回答]
  何かをすることが義務化されるのではなく、大学の中で自分たちは何のために教育しているのか、いろいろな考えや議論を学内で活発にされるといいと期待している。
 
[質疑]
  社会的・職業的自立に対する取り組みの説明を「キャリアガイダンス」としているが、設置基準改正の趣旨を間違えないで伝えることになるのか、それとも「社会的・職業的自立」と言い換えたほうがよいのか。
[回答]
  個別の授業としてのアプローチ、個別でなく全体の中で対応しているなどがある。新しいことを付加するというよりも、大学教育を社会的・職業的自立への対応とういう視点で見直してみると検討の余地があるのではないか。法令レベルの話と各大学で何をするのか分けていただき、キャリア教育をすると言ってもよいし、職業指導するといってもよいわけであるが、その実現に教育や学生指導の工夫が出てくるので、そこを期待したい。就業力の予算で公募をしているが、大学全体が取り組む制度改正と補助金による就業力の事業とは少し違う。


2.講演

「社会的・職業的自立を育む大学の教養教育について」

 「社会に通用する学びが十分でないという指摘がある。学びが定着する、身に付くようにするにはどうすればよいのか。専門的な知識を培う専門教育と社会への関与を通じて気づきを与える教養教育の融合、人格の陶治教育が必要」として、テーマ設定の理由紹介の後、藤田栄典氏(日本学術会議教養教育・共通教育検討分科会委員長、立教大学教授)より次のような説明があった。

1) 2年半ほど日本学術会議で取り組んできたこの問題について、日本の展望委員会知の創造分科会の「提言−21世紀の教養と教養教育」と大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会の報告書(学士課程の教養教育)について、私の意見を加味して報告する。
2) まず、「現代社会の構造変容と大学教育の課題」について確認したい。第一に、新しい社会ヴィジョンの再構築が求められている。ICT化・グローバル化の進行と知識基盤社会の進展が進む中で、雇用・教育訓練・福祉・税財政システムの再編、持続可能な国民経済・地域経済の再構築・再活性化をどのように進めていくのか。第二に、不透明性の時代における教育の課題として、生活様式・価値観の多様化、刺激・誘因の増大、意味基盤・インセンティブ基盤が崩れてきている。そういう中で若者たちが努力し、将来に向けて自己を磨き、あるいは職業的能力や何かを身に付けろと言って努力させなければいけないので、難しい課題を大学教育は抱えている。第三に、境界解体的な変化で、ICT化やグローバル化、少子高齢化・生涯学習社会化により、当たり前とみなしてきたライフスタイル、世界観などが崩れて、再編されていくという変化が進んでいる。「当たり前」の時代から、生き方を個人が模索し確立していかなければいけない時代に入ってきている。そういう中でアイデンティティ、職業、将来展望や誇り、汎用性・柔軟性の高い能力・対応力を大学教育は身に付けさせなければいけない。OECDもジェネリックスキルと呼び、中教審等でも指摘し、課題になっている。
3) 次に、「現代社会の課題として、問い直される知と教養の在り方」を確認したい。社会ヴィジョンの再構築を具体化する知や教養の在り方が改めて課題になっている。その背景として、科学技術の成果と派生する新たな問題の二面性を確認し、それを克服していく必要性がある。デジタル情報社会の進展で知識の生産・流通の基盤が大きく変容してきており、教養や大学教育に知の細分化と教養知の危機が広まっている。ある種の合理性は非常に追求するが、局所的・部分的でトータルには合理的でもなく、全体的・構造的な思考が低下する傾向にある。学生のレポートは非常に手際よく書いてくるけれども、中身は構造的でも全体的でもなければ、深く踏み込んで考えたというタイプのレポート、創作物が少なくなっている。情報によって繋がるネットワークが増大しているが、社会一般に拡大するものではなく局所化が進んでおり、知の公共性が期待できない。
  グローバル化時代の特徴と課題として、地球規模の課題と自国社会との問題解決という複雑な状況を克服しながら協調、協力していかなければいけない。とりわけ知識・技術・資格・教育のグローバル・スタンダード化を進めなければいけない。また、課題達成に向けての多様な取り組みに個々人が、自発的にさまざまな仕方で参加し、協働にしていくということが市民社会の重要な課題になっている。それには公共性の担い手としての市民の育成が不可欠であり、市民的教養の中身として、知性・智恵、実践的な能力を学生に育んでいくことが重要である。
4) 「教養の意味と教養教育の展開」として理念としての教養がさまざまな社会での変化が進む中で没落してきた。大学における教養教育は、教養知を学生たちに親しませ、教養主義に学生をいざなうことだ。アメリカの大学 では教養教育の課題として、市民形成と専門的・職能的な教育の両方に開かれた教育ととらえることが重要。それに対して日本の大学に導入された一般教育と教養教育は、市民を育成するという理念や教養教育が専門教育を含めて曖昧化され、軽視されてきた。その一方で1960年代以降、専門教育と適用型の実用教育を拡充すべきだという産業界の圧力等も強まっていく中で、教養教育というものの形骸化が起ってきた。
5) 以上のことを踏まえて、知の教養の再構築に向けて、これからの教養教育の課題は「市民性」の形成、市民的教養の形成が重要。特に日本語の運用能力、英語教育の充実、異文化理解のための外国語教育が問われてくる。一方でメディアリテラシーの教育も重要。
  専門教育では、特に教養教育としての専門教育として、専門分野の内容を専門外の人にも分かるように説明できること、専門分野の社会的・公共的意義について考え理解できること、専門分野の限界を理解し相対化できる。ことの要件を教養教育としての専門教育は備えることが重要であろう。参加型学習の充実と社交空間としてのキャンパスライフの充実も、市民性、社会的・職業的に自立を高める上でも重要である。
6) 「社会的・職業的自立を育む教養教育」について、汎用性・柔軟性の高い能力・対応力の形成が要請される。一つは、権威や差別や偏見に拘束されない自由な精神・知性と勇気を育むこと。二つは、豊かな教養として学問知・技法知・実践知と市民的教養が必要。
汎用性・柔軟性の高い能力・対応力の形成
7) キャリア形成教育では、参加型学習の拡充、体験学習の拡充、社会問題や地域興し、NPO活動などのプロジェクト学習の導入が効果的と思われる。また、キャリア形成のポートフォリオなどキャリア・ガイダンスの充実の他に、自信と夢と誇りを育む教育・キャンパスライフの充実を重視することが必要ではないか。自信というのは積極性や参加やチャレンジの源泉、夢はチャレンジや創意工夫や努力の源泉、誇りは克己心や倫理観や責任感の源泉で、これらを含めたキャリア形成教育が望まれる。
【質疑応答】
[質問]
境界解体的変化の中に、大学の教員集団それ自体がそうした危機にあるのではないかと常に感じている。教員に共通理解を図ろうと努力するが、各大学の構成員一人ひとりにどのような形で一般化できるか、各担当科目というレベルの中でどのように出していったらよいのか。
[回答]
  教養教育について、コンセプトや理念として紹介したが、教材の扱い方でも可能だし、何か特別なプログラムを体験学習とか、プロジェクト学習のように地域興し、町興しでプロジェクトを組んで総合的な学びを展開していることも一つの方法である。また、アメリカの大学やヨーロッパの大学で今非常に広がりつつあるのが、ラーニングコモンズという、学生の学習を支援し、あるいは自発的な学習も含めて活性化をする。教養の理念として掲げられたものを具体化する方法というのはいろいろあると思う。大学で組織的にも、個々の教員にも努力してもらうということが重要ではないかと思う。


3.全体討議

「キャリア形成教育を含む大学教育の工夫改善を考える」

 向殿政男座長(明治大学)より、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指すための大学教育の工夫改善を考えるため、大学として教員全体に人材育成の問題意識をどのように働きかけ、教育体制の理解を得るのか、問題点を整理したい。また、本質的な学びを気づかせる教養教育と専門的な能力を養う専門分野の教育との統合が不可欠で、どのように教育プログラムでの工夫が必要となるか、問題を探求したいとの全体討議の視点について発議した上で、一つの事例として「教育課程全体を通じたキャリア志向の取り組み」について東京女学館大学の取り組みを紹介するとして、加藤千恵氏(国際教養学部教授)より、次のような事例発表があった。

【課題提起】

「教育課程全体を通じたキャリア志向の取り組み」

1) 東京女学館大学は収容定員480名、教員20名の小規模大学で、2002年に開学して9年目となる。現在3コース制をとっており、カリキュラムは一つだが教員による履修指導によってコースの特色を出している。
国際社会で活躍できる女性を育てるという教育目標のもと、リベラルアーツ教育、リーダーシップ教育を取り入れており、9割の授業で20人以下の対話型授業を行っている。入学時点でアドバイザー教員1人をつて、4年間に亘り履修指導や学生生活支援をしていく仕組みで、学生がアドバイザー教員を変更することができるようにもなっている。
2) 自らのキャリアを切り開いていくことができるように社会人として必要な基礎力を身につけることを目的として、2008年度学生支援GP(新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム)に選定され、『10の底力』プログラムに取り組んでいる。
 10の能力を設定するにあたっては、開学当初の教員による議論の中で、学生に身に付けてほしいリーダーシップスキルとして挙げられていた15のスキルから、教員が授業方法を工夫しながら伸ばすことができるものを選んだ。以前は、リーダーシップスキルを高めるワークショップやリーダーシップキャンプを実施していたが、意欲のある学生以外はほとんど参加しない。そこで全員が参加する授業で、社会で必要とされる基礎力を高めていこうということにした。すべての授業を使った取り組みであるため、専門科目も基礎科目も、また非常勤講師の担当科目も全て本プログラムの対象となる。「10の底力」はどのような仕事に就くにしても必要な力であると学生に説明している。
1)コミュニケーション能力

相手の意見や気持ちを理解できる。理解するために上手に質問したり、自分と異なる意見をもつ人に自分の考えを表現できる。

2)プレゼンテーション能力

自分の見解を図版や画像を用いて的確に要約したプレゼンテーションができる。第二言語によるプレゼンテーションを行える。

3)ディスカッション能力

相手の主張や論点を理解し自分の意見を適切に説明できる。十分な知識をもってディスカッションを円滑に進行できる。

4)国際感覚・多文化理解能力

外国に対する地理的・歴史的知識、実情や文化に対する情報収集力がある。文化の多様性を理解する柔軟な思考をもつ。

5)外国語運用能力

外国語を読む、聴く、話す、書く能力。基礎的な文法を理解し活用できる。TOEFL、TOEICなど各種外国語能力試験で成績を上げる。

6)調査能力

調査の基礎知識および調査方法の基本を習得している。統計学を理解し、量的なデータ解析方法を用いて報告書を作成できる。

7)IT能力

コンピュータをセットアップでき、ワード、エクセルなどが使いこなせる。ホームページの作成、管理ができる。

8)クリティカル思考

じっくり観察し、いろいろな原因を探ることができる。物事を多面的にとらえ、情報を収集し、客観的に判断して結論を出すことができる。

9)コンセプチュアルスキル(問題発見・提案・実行力)

課題を分析し問題を発見することができる。また、解決方法を見出せる。行動計画を立て実行に移すことができる。

10)自己理解能力

失敗したとき、不満や怒りを感じたとき、自分と向き合うことができる。自分の長所と短所を知っている。

授業で身につく『10の底力』
3) 本学のカリキュラム構成は、コミュニケーション科目、基礎科目、ライフデザイン科目、研究法科目、専門科目、課題研究科目となっており、専門科目と課題研究科目以外は1年生から4年生までどの学年でも履修できる。授業の進め方については、例えば、専門科目「国際時事問題」を担当する場合、グループワークを取り入れ課題を与えて発表させることもできるし、学外でヒアリングなどの調査をさせることも可能。英文の文献を使うことで外国語運用能力を高めることもできる。同一の授業科目でも、教員ごとに様々な工夫が見られている。シラバスを作成する際、先生方には10個の力のうち二つを選び、その力が伸びるように授業をしていただくようお願いしている。
4) 学生は学びたい分野、伸ばしたい力を考えながら授業を選択するので、「オーダーメイドのキャリア教育」と呼んでいる。15回の授業が行われ、最後の授業で学生は自己評価を行う。自分の能力が伸びたかどうかを、2点(非常に身についた)、1点(やや身についた)、0点(変わらない)で評価する。教員も学生一人ひとりについて採点し、それがレーダーチャートの形になって学生に手渡される。学生はそれを参考に次の授業計画を立てる。そのときに相談にのるのがアドバイザー教員とキャリアカウンセラーである。学生一人ひとりの伸ばしたい力は同じではないため、自分が進みたい方向と伸ばしたい力が一致しているかどうかをキャリアカウンセラーがアドバイスする仕組みになっている。
『10の底力』プログラムの流れ
5) 「授業案内」には、担当教員ごとにどの力が伸ばせるかを明記したマッピング表を掲載している。例えば「マーケティング論」は2人の教員が担当しているが、選んでいる力が違う。学生は伸ばしたい力を考えながら授業を選ぶことができるし、教員もどの力を伸ばすように授業を進めるかを考えながら授業を設計していくことになる。また「10の底力」ごとに授業科目の検索ができるシステムをWeb上においている。
6) レーダーチャートは、入学してから1セメスターごとに一つグラフができるので、4年間で8本になる。入学から卒業までに本学で伸びた力を「卒業成長値」として学生に提示している。また、レーダーチャートを見てふり返りを行うようにアドバイザー教員が指導しており、その記録を蓄積していく予定である。教員による学生評価は、成績とは連動させていない。成績と同じように扱うと、やる気を失ったり、自信をなくしてしまうことがある。自分の進む方向や自分はこういう力が伸びているのかということを実感し自信をつけてもらうようなプログラムを目指している。
10の底力 マッピング表
7) 授業を工夫しながら進めていくにあたって 非常に重要なのがFDで、学生のコミュニケーション能力を高めるための工夫、プレゼンテーション能力を高めるためのPowerPoint活用法、ディスカッション能力を高めるための工夫など体験を含めた研修を行っている。
  「10の底力」を考えながら履修をしたかという学生アンケートでは、まだ5割は考えていなかった。「10の底力」が伸びるように授業が行われていたかについては、7割くらいが「そう思う」であった。卒業後にどのような力が必要かという卒業生対象アンケートでは、コミュニケーション能力、コンセプチュアルスキル(問題発見・提案・実行力)が多く挙げられたが、コンセプチュアルスキルは授業であまり伸びていなかった。授業で伸ばすのが難しいとすれば、別の方法を検討していく必要がある。
卒業成長値を高める「10の底力」 自己採点表
『10の底力』レーダーチャート(入学から卒業までの成長値)
8) プログラムを進めるにあたっては、学内の推進体制の構築が極めて重要。キャリア形成教育を効果的に行うためには、学生だけでなく教員もモチベーションを維持できる仕組みが必要である。そのためにも、教員が自分の授業で伸ばしていく力を選べることが重要だ。「10の底力マッピング表」を見ると、選ばれている力に偏りがあるが、それでもよい。教員にも得手不得手がある。教員が自主的に選んだ力を授業で伸ばすような仕組みを大切にしたい。プレゼンテーション能力が伸びたかどうかの判定は、教員側から見た評価と学生の自己評価と異なる面がある。事前に学生の能力を数値化した上で教員が成長値を判定する必要があるのではないかなど議論になったが、複雑なモデルにすると継続が難しくなる。シンプルで、皆が取り組めて、やる気が持てるようなプログラムが構築できればと思う。
【質疑応答】
[質問1]
教員のモチベーションでの苦労は。
[回答]
  教員にとっては重荷の部分もあると思うし、より忙しくなる部分もあると思うが、本学の場合教員数が少なく全員の顔が見えるので協力的であり、その点は幸いしている。
   
[質問2]
  ある伸ばしたい能力は大勢が取るけれども、ある能力はとらないというアンバランスが出てくることについて。
[回答]
  学生は学びたい分野も考えて選択するので、伸ばしたい力に殺到するということは起こっていない。
   
[質問3]
  このプログラムで一番重要なのは、学生と教員、教員と教員、学生と学生の対話というふうに思う。対話が難しい学生も最近増えていると思うがどうか。対処はどうしているのか。
[回答]
  アドバイザー教員が一人ずつついているので、なるべく話をするようにしている。例えば、履修登録のときにアドバイザー教員がサインをしないと履修登録ができない仕組みになっているため、その時点で必ず学生に会う。また、1年生からキャリアカウンセラーのところに行くように何度も促し、面談をしている。そういった中で心配な学生がいた場合は、キャリアカウンセラーや教員から心理カウンセラーに繋いでケアをしている。しかし十分な体制はできていないので、今後の課題と考えている。


【課題提起】

「分野別教育に求められる情報活用能力と教育体制」

 井端正臣氏(本協会事務局長)より本協会での研究成果について次のような報告があった。

1) 専門教育と教養教育の統合の一つの事例として、情報活用能力の教育が考えられる。情報は、あらゆる活動の要素として機能しており、情報の取り扱いを誤ると個人はもとより、組織、社会、世界へ大きなリスクをもたらす。反面、利便性、迅速性、同時性などの多くのメリットを提供する。それ故に、あらゆる分野の教育で情報とのかかわりを意識しないことはなく、情報の適切な取り扱いを学習することが避けて通れなくなってきた。
2) 情報教育は、これまでコンピュータの操作、ソフトの活用など基礎的な情報リテラシーの習得に比重が置かれてきたが、今後は本質的な学びを目指す学士力の構成要素として機能する情報活用教育が要請されてくる。分野固有の学びを進めていく中で、情報の取り扱いを体験を通して身に付け、社会で適切かつ適正に情報行動が発揮できるよう専門分野の教育に相応しい情報活用教育が不可欠となってきた。そこで、本協会では、21年度にとりまとめた分野別学士力を踏まえ、学士力の構成要素である情報活用能力のガイドラインをとりまとめた。
3) 主な能力としては、一つは、インターネットによる情報の収集能力として、情報の真正性を識別・選別することができる力、二つは、社会秩序に配慮した情報の収集・加工・表現・発信等の能力で、社会秩序に照らして自分の内心に働きかけ、内的統制をかけられる倫理力が必要。三つは、データベース化など情報の整理・分析手法を身に付けた上で、ソフトの結果を鵜呑みにせず批判的に吟味できる力、四つは、コミュニケーションを効果的に形成・構築する能力で、社会への発信、意見交流するために最適な情報通信技術の技能を身につけていることが要請されている。
4) 例えば、法律学の教育では、ICTを活用して、収集した知識情報の特性と信頼性を吟味し、整理・分析する。情報の特性と情報源の信頼度を識別する方法を教え、具体的な法律情報について複数の情報源を比較させて、その信頼性を検証させる教育が必要ではないか。機械工学の教育では、モデル化・解析・シミュレーションに情報処理技術を利用できる。得られた結果について批判的に見ることができる。CAD/CAE等の情報技術を使って設計を行うことができる教育が特徴的。栄養学の教育では、ICTを活用して、地球レベルでの「食」をテーマとした交流を行うことができる。情報通信技術を活用して世界で食文化の議論ができるような教育が特徴的。歯学教育では、特に情報の取り扱いを社会秩序に照らして適正に行えるとして、情報の無断使用・盗用について事例をもとに解説し、内心に働きかけて加害防止・被害防止できるようにさせる。また、電子カルテの取り扱いや個人情報保護の重要性を認識し、実践を通じて個人情報管理ができるようにする教育が特徴的。
5) 情報の取り扱いに関する教育の中で、特に大事なのは情報の倫理で、他人に迷惑をかけないような情報の活用を自らの心に自問自答しながら、内的規制できるよう教育する。高度情報化社会の中の心の教育を大学教育の中で訴えている。人格陶冶の教育が日本の高等教育で多くないことに鑑み、情報というテーマで本能と理性の問題を考えさせる教育を提案している。そういう意味で、教養教育と専門教育の統合をしていかない限り実現できないのではないか。
6) 情報倫理教育の課題として、専門的に教育する教員が極めて少ない。また、教育の重要性について教員の理解が得られておらず、情報の取り扱いに関する授業が教育課程で十分に確保されていない。FDの中で取り上げていただくよう大学ガバナンスでの対応を期待したい。また、多くの知見を集める中での教育が望ましく、大学連携、産学連携による教育クラウドのようなものを作り、共有しながら教育が発展することを期待する。

【討議:キャリア形成教育を含む大学教育の工夫改善を考える】

 以下に討議の概要を紹介する。

[司会]
キャリア教育を教育課程の中に適切に位置付ける上での問題として小人数以外の方法は。
[東京女学館]
  小人数でなければできないということはない。グループワークを取り入れるなど多様な工夫が必要。人数が理想ではあるが、それができない場合でも創意工夫できる。いずれにしてもトップのリーダシップが必要。
[司会]
  キャリア教育と教養教育を結びつける具体的なアイディアを伺いたい。
[学術会議]
  学生自身が何に興味をもっているかということを、履修登録などアドバイザー制度を活用して絶えず自問自答させていくことが非常に重要。
   
[意見]
  社会を知らない学生が1年生に入ってくるので、学生と教員との会話を含めた情報教育をどう実装したらよいのか。
[回答1]
  情報の取り扱いは一つ間違えると、人 を傷つけたり、社会を転覆させたり、大きな問題を引き起こす。本質的な学びをする中で、情報とどう向き合うかということを、在学中に授業の折々に取り上げていただき、教員と学生、学生同士が対話をする中で意識付けすることが必要と考えている。情報の取り扱いの教育を専門教育の中でも取り上げていただくことを問題提起している。
[回答2]
  学生は実は社会をよく知らない。そういう中で上から押さえる教育ではなく、教員が情報の取り扱いを念頭に入れて、それぞれの授業の中で教えていく必要がある。情報活用能力の教育は学士力の一つとして掲げられており、教養教育や専門教育の中でどのように取り扱って行くべきか。また、キャリア教育とどのように関連づけるか、今後の課題として考えていただきたい。
   
[司会]
  キャリア教育のやり方は自由であり、どう自分の教育の中で位置付けるかということではないか。問題提起のように全員で協力しながら教育していく方法もあるし、他の方法として、専門科目の中で将来の人生設計や主体的にものを考える動機づけを織り込むなどの方法もあるのではないか。大学の教育は知識でものを覚えるというだけでなくて、人格の陶冶が最終目標だと思う。そのためにはこのキャリア教育という見方は確かに重要だと思うが、あまり頑なに考える問題ではなさそうだと思える。キャリアを考える動機づけになっているのか。
[東京女学館]
  まだ成果はそれほどはっきりしていない。少なくとも、開学時に比べ、身につける力は10個と明確に学生に分かるようになったという点では非常に良かったと思う。「10の 底力」の中にIT能力というのが入っているが、情報系の授業だけでなく、すべての分野に関わることからいろいろな分野の科目で実施している。情報社会であるため日常生活に本当に入り込んでいて、子育てにも生かされている。大学では、ITを基礎的な力として、どの分野においてもきちんと身につける時代になってきている。それがあるからこそ、大学卒業後の生活をより充実させていく底力になっているのではないか、非常に重要なことだと思っている。
   
【総括】
  向殿会長より、大学教育の目的の一つは人格形成と標榜されているが、授業として実施している例は、そう多いとは思えない。本協会は情報をテーマに、倫理とか社会正義の関連の問題提起をしたが、社会人にとってやはり必要だというふうに考えている。ぜひ、大学教育の中で積極的に情報教育のガイドラインを取り上げていただくようお願いをしたい。


4.関連情報の提供

 「産学連携人材ニーズ育成交流会の実験経過と今後の取り組み」は、Vol.19.No.1の54回通常総会に紹介、「教育研究を支える情報セキュリティの点検評価」は、Vol.19.No.2に紹介してあるので割愛する。
 「教育の情報化投資の実態と教育効果の評価」では、ICTの学習支援や授業支援での使用は平均で4割、授業科目での使用は3割、教育学習支援では2割、FD支援では0となっており、情報化投資の効果について、大学として真摯に見直す必要がある。情報環境の整備は進んでいるが、教育現場への活用は十分普及していない。FDを通じて教育改善の手段として理解の普及が期待される。

大学規模別 教育研究部門の情報投資額
表 大学規模別 教育研究部門の情報投資額

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】