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モバイル・ラーニング:背景と展望
Mobile Learning:Context and Prospects

本稿は、EDUCAUSEの許可を受けて本協会の事業普及委員会翻訳分科会で翻訳したものです。

原文  http://net.educause.edu/ir/library/pdf/ELI3022.pdf

はじめに

 2010年3月3日から2日間、EDUCAUSEの「学習に関する最先端IT研究会」(Learning Initiative Community) は、モバイル・ラーニングに関する集中会議を行い、基調講演、プロジェクト報告、討論を通じて、モバイル・ラーニングの現状と未来への展望を議論した。本報告書はその集大成であり、会議の中で取り上げた主たる考え方や議題、概念とともに、配布資料、録音記録、記録文書も収録した。これは、教育・学習に携わる私たちにとって、モバイルテクノロジーを高等教育における指導・学習に活用するための重要な示唆となる。
 モバイルテクノロジーという用語は幅広い意味があるため、私たちは、各種の携帯端末を三つのタイプに区分した。最初のタイプは、高機能携帯用端末(highly mobile device) で、音声通信とショート・メッセージ・サービス(SMS) サービスに特化したフィーチャー・フォンと呼ばれる端末やスマートフォン、小型ムービーカメラ(Flip camera) など、ポケットに入る携帯電話サイズのものである。二つ目のタイプは、携帯型端末(Very mobile device) で、スレート(タブレット型端末)、パッド、ネットブック型の端末が含まれる。三つ目のタイプは、ノートパソコンのような大型の端末で、既存の携帯端末(category mobile device)として区分させる。これは一見無用な分類かもしれないが、各端末がいかに持ち運びに便利であるかの度合いによって学習の最も効果的な利用方法がきまる。例えば、スマートフォンはノートパソコンに比べて圧倒的に携帯しやすく、この持ち運びの利便性が、時には欠かすことができないが、また、時には厄介なものとなってしまうこともある。

完全に置き換わるのか、それとも一部となるのか

 会議では、常にある基本的な疑問が話題となった。それは、モバイルテクノロジーが、高等教育の学びにとって代わるのか、それとも、学びの一部を担うのか、という問題である。産業界の専門家たちはiPadの革命的な機能を自慢げに説明したが、会議に参加していたほぼ全員が、モバイルテクノロジーが現在利用しているノートパソコンやデスクトップパソコンにとって代わるとは考えていない。モバイルテクノロジーは、確実に、そして急速に、学習の一部を担いつつある。それゆえに、どのテクノロジーを選ぶか、いずれ大きな変革が起きるだろう。それは当然ながら、どのテクノロジーを主として使用するかということになる。
 例年の、学部学生のIT使用に関する ECAR研究報告書によれば、ここ数年間、デスクトップ所有からノートパソコン所有への移行を示してきたが、デスクトップの所有者が完全に消えたわけではない。携帯端末がさらに強化されて機能がよくなれば、デスクトップ市場を縮小させることは疑う余地がない。現時点では、携帯端末がノートパソコン所有に影響を及ぼすかどうかは不明確である。今まではそのどれを所有するかの問題であった。費用や部品の供給などバックアップの面から考えて、多くの学生や教員はデスクトップかノートパソコンのいずれかを所有した。携帯端末は安価なため、単純に考えても両方を所有することは自明のことである。そして、教員や学生のコンピュータの使用方法が変わるであろう。

モバイルテクノロジーの拡大

 ノートパソコンやデスクトップはなくならないが、モバイルテクノロジーはコンピュータ業界の興味の中心となった。グーグル社の最高経営責任者であるエリック・シュミット(Eric Schmidt)氏は、政策の第一は携帯端末であると述べている。つまり、開発目標は携帯端末を最優先にということである。発展途上国では、携帯電話のネットワークが確立されているが、IPネットワークは確立されていないため、携帯端末が最初のインターネット接続となる傾向にある。つまり、ネットブックやノートパソコンなど、移動性の高い従来のコンピュータが、多様化して新たな改良の道を進んでいくはずである。中には、ネットブックがさらに軽くなったノートパソコンの影響で徐々に減っていき、最後には、携帯端末の新しい形としてタブレット型、パッド型となるであろうと予測した人もいる。今後2年間の間に、モバイルテクノロジーを活用した、多様で多くの革命的な変化を目にすることになるのは確実である。

包括か、あるいは情報が流れる経路を開くか?

 広範囲にわたるモバイルテクノロジーの導入は、喜ぶべきことか、それとも悲しむべきことか。2010年を予測した2009年後半のブログ投稿には、相反する意見では、スマートフォンが教室に「浸透する」と予測された。これについては、ある発表者の例え話がある。中国にある二つの異なる立場の村が、どのようにして春の雪溶水の流出の問題に取り組んだかという話だ。ある村は、ダムを建設することで雪解けを防いで水を貯める方法を選択し、もう一方の村は、水は流れるものであるとして、村に水の流れに従った水路を建設して被害を防いだ。どちらの村が正しい判断を下したのかを決めることはできない。もし、水量が適度であれば、ダム建設は適切で賢明な方法であるが、もし水量が膨大であれば、水路を作って流す方が懸命であろう。

 会議では、モバイルテクノロジーの勢いはとてつもなく膨大な量の水に相当するということが明らかになった。ほとんどの参加者が、モバイルテクノロジーを教室から閉め出すことは不可能であることに賛成した。したがって、モバイルテクノロジーの活用に際して最善の方法は、建設的な方向へ導くための水路を作ることになったのである。

 これらの水路を作る最初の一歩は、ハードルを低くすることである。ある発表者が、携帯端末支援学習(mobile-assisted learning)導入についての考えを紹介した。それは、最初は一人の教員が小規模かつ規則的に始めるというものである。もう一人の発表者は、iPhoneのレンタルプログラムというもので、学習時に携帯端末が簡単に使える環境を作るというアイデアである。さらに、他の発表者からは、モバイルテクノロジーを使ってカリキュラムを配信するという、最初の方法としては、コンテンツ配信が最も簡単であるという提案があった。

参考文献

●「学習革命は足下で起きている」(A Revolution in Learning Is Taking Place in Our Hands)、Judy Brown, Mobile Learning Strategic Analyst, Academic Advanced Distributed Learning Co-Lab
(PowerPointと録音)

http://www.educause.edu/Resources/ARevolutioninLearningIsTakingP/200399

●高等教育での学習用携帯端末?必ず可能性がある (Mobile Devices in Higher Ed...for Learning? You Bet)、 Nabeel Ahmad, Learning Developer, IBM Learning, Columbia University
(PowerPointと録音)

http://www.educause.edu/Resources/MobileDevicesinHigherEdforLear/200504

●教室での携帯端末の未来を予測する (Anticipating the Future of Mobile Devices in the Classroom)、Malcolm Brown and Veronica Diaz
(ポッドキャスト)

http://www.educause.edu/eli/futuremobile

携帯端末:誰がどのような端末を持つのか

 2009年度版「ITと大学教育」 (http://www.educause.edu/Resources/TheECARStudy of UndergraduateStu/187215)では、モバイルテクノロジー分野での使用実績と端末所有に関する調査結果を報告している。報告によると、半数以上の51.2%が、インターネット利用可能な携帯端末を所有しており、11.8%は翌年購入する計画があった。ほぼ3分の1の回答者が個人所有の端末から毎日インターネットにアクセスし、4分の3以上は、データサービス費用が使用を妨げる理由の一つとなっていると回答している。これらのデータは、コミュニティカレッジの学生と対照的である。会議でのある発表者は、彼が所属するコミュニティカレッジの学生のうち、スマートフォンを所有しているのは2%弱で、他はほぼ全員が通信機能を主体としたフィーチャー・フォン(携帯電話など)を所持していると報告した。 この相容れないデータは、重要な問題点を浮き彫りにしている。つまり、異なる学生が、それぞれ異なる性能を持つ携帯端末を所有していることは、端末に付随する諸機能に対応したそれぞれの教育方法を開発する必要性があることを意味するのである。

 会議の参加者の中には、スマートフォンをあきらめ、代わりに中間に位置する端末で、携帯電話より少し大きいが、電話の機能を全て兼ね備えた端末(特に音声通信サービスのSkypeが利用可能)を使用している人達がいた。ネットブックやiPadに見られるが、多くの端末がこの種の区分に当てはまるように開発されている。使用する場所にもよるが、SkypeなどIP電話サービスや無線アクセスは、現在の電話通信の需要を満たしており、さらに望ましい機能が増えてくるだろう。これは、iPadが電話となることであり、電話以上の機能を持つことを示唆している。この「中間」にあたる製品市場は、電話などの同期する音声コミュニケーションの動向から、テキストなど非同期のコミュニケーションの動向に支えられていると言える。もしかしたら、私たちが直面する将来縮小していく市場は、ノートパソコン市場ではなく携帯電話市場なのかもしれない。

 モバイルテクノロジーが急速に進化しているために、一つの技術のみに固執した分野が、すぐに時代遅れになってしまう恐れがある。ネットブックに関しても、その大成功にも関わらず、既に終焉を予測している業界アナリストもいる。つまり、IT活用のカリキュラムを作成する初期段階で、その流れの先を慎重に見越しておく必要があるということである。そして、教育や学習のために開発されたアプリケーション、ファイル、その他のリソースの寿命を最大限に保障するためには、標準となるIT規格をベースにしてカリキュラムを作成することが重要である。

 携帯端末を所有する形態は様々である。これは明白な点であるが、高等教育においてモバイルテクノロジーと技術革新を考えるとき、所有形態の多様さを考慮すべきである。ネットワーク技術とモバイルテクノロジーをどのように融合するかは、学生のタイプにより違ってくるが、一つの方法がすべての学生に適用することはない。この事実を確かめるには、フルタイムで働いている社会人学生と、学内の寮に住んでいる大学生を比較すればよい。学内の寮生活をしている大学生は、まとまった多くの時間を勉強に費やすことができるのに対して、社会人学生は、少ない時間でさっさと勉強する時間しかない。短大生、医学部の学生、ビジネススクールの学生、インターンシップの学生も、それぞれ異なる学習リズム、パターン、習慣がある。そのことが、どのテクノロジーを持ってどう使うかを決める。社会人学生と短大生のように学習の場に通学している人は、携帯やデスクトップパソコンの組み合わせを選ぶであろうが、学内の寮に住む大学生は、電話とノートパソコンの組み合わせを選ぶだろう。

 どのテクノロジーを所有するかは、無線のインターネットの信頼性とデータプランの費用が明らかに影響している。これに関して、一つは、教員や学生が好んで所有するネットワーク機器の種類が多様であること、もう一つは、ネットブック・ノートパソコン・デスクトップパソコンと違い、スマートフォンは毎月の通信コストがかかるため、どのテクノロジーを所有すべきか迷うからである。
 概して、端末の所有はデジタル・デバイド(digital divide) の問題である。それは、学生がスマートフォンを所有しているかいないかの問題であり、その主たる原因には、携帯情報端末のデータプラン費用がある。使い勝手のよい端末を持っているからといって、全員が無限のデータ容量やメッセージ交信のプランに加入しているわけではない。つまり、全員が携帯情報端末を持っているからといって誰もが大量のメールを送受信できる、ということを前提にカリキュラムを組むことはできないのである。追加料金が発生する可能性もある。同様に、携帯情報端末での動画アクセスも、彼らのプランでは許容範囲を超える可能性もある。重要なのは、端末の所有の有無、データプラン、携帯端末の機能と学習パターンで勝手な想定をしないということである。この件に関して、大学は、十分時間をかけて学生の個々の傾向を調査し、学生がディジタル端末機器をどのように使い分け使用しているかを理解することである。

参考文献 (PowerPointと録音)

●高等教育での学習用携帯端末?必ず可能性がある (Mobile Devices in Higher Ed...for Learning? You Bet)、 Nabeel Ahmad, Learning Developer, IBM Learning, Columbia University

http://www.educause.edu/Resources/MobileDevicesinHigherEdforLear/200504

M-Learningを実現するための教員と学生の役割−キャンパスでの学生の役割

 モバイルアプリケーションは未だ開発初期段階であるが、会議では、学生が大きな役割を果たし、二つの主要なアプリケーション開発の取り組み(スタンフォード大学とフロリダ大学)に注目した。これらは大学の財産となり、大学の情報基盤の一部となったアプリケーションで、成功すると、他大学でもこのアプリケーションで基盤を構築することが可能にある。開発に参加することで、学生が関わりあいながらキャンパスの基盤作りに貢献するいい機会となる。

 会議の討論では、この学生参加のチャンスが、ともすればすぐに消えてしまう可能性があることが指摘された。過去、新しいコンピュータテクノロジーが利用可能になったとき、学生はパイオニアの役割を果たした。実例として、ダートマス大学におけるタイム・シェアリングの先駆的役割がある。これは ジョン・ケメニー教授(Prof. John Kemeny) の指導で行われたが、学生に負うところが大きかった。しかし、一旦その技術が大学の基盤となると、やがてダートマス大学の中央IT管理組織に移行された。 同じことが大学での携帯アプリケーションの開発でも起こりうる。 学生の先駆的役割で始まるが、大学のWebサイトのように一旦大学のインフラの一部になると、開発は、専門のスタッフに社外移譲されるのである。

午前9時30分、土曜日の電話

 ある発表者(教授)は、土曜日の午前9時30分、彼が、学生からかけてきたSkypeをどのように楽しんでいたかを説明した。無論、彼の友人たちが同じように楽しんだがどうかは別である。これは重要なことを考える引き金になる。携帯端末はいつでもどこでも使えるので、教員と学生の交流の機会が増える。ひとたび学生が教員の携帯電話番号を知れば、学生はいつでも教員にテキストメッセージを送信できる。学生が大人達から、彼らの世界にあまり侵入して欲しくないのと同様、教員たちも、学生から彼らの都合で時間を問わずに侵入して欲しくないと考えるのは当然のことである。携帯端末による相互交流は教員と学生が事前に約束をする手続きが必要で、ちょうどそれは対面式の授業中、ノートパソコンと携帯電話をどのように使用したらよいか話し合いが必要なことと同じである。雑談の中ある人がいっている。「学生の自由な裁量が増えると、それは教員の脅威となる」。

教員の仕事が増える

 会議で取り上げられたもう一つの議題は、モバイルテクノロジーが教員の仕事を増やす可能性を秘めていることである。教員は、曲芸師のように仕事量が増えており、授業内容や授業設計、授業のWebサイトや教室での技術利用など、多岐にわたったテクノロジーを使わなくてはならない。モバイルテクノロジーはさらに複雑で準備も必要となり、携帯情報端末に対応するように授業内容を再登録しなければならない。つまり、授業のある段階で、モバイルテクノロジーを使用する場合には、携帯端末の各アプリケーションの設定や動作チェックなど、より入念な事前準備が必要となる。今後2年間は、モバイルテクノロジーを使った先駆的な教員への人的支援が不可欠であろう。

学生の考え方(思考様式)を変える

 多くの場合、新しいテクノロジーの導入に対して教職員は反対してきた。しかし、二日間の会議でわかったのは、学生側も必ずしも、授業中にモバイル技術を十分に活用する準備ができているとは言えないということだった。「音楽を聴くのは学生の才能で、その他にも才能がある、とは考えない方がいい」というのが一つの見方である。モバイルテクノロジーは、学生の得意分野かもしれないが、授業や宿題でモバイルテクノロジーを効果的に使うには、相応の専門知識がいるのである。さらに会議では、大半の学生はその専門知識がないことが明らかになった。モバイルテクノロジーを利用する全てのプログラムにおいて、この点を考慮しなくてはならない。

参考文献 (PowerPointと録音)

●スマートフォンの中のキャンパス、そしてモバイル教育の未来(Your Campus on a Smartphone, and the Future of Mobile Education)、Aaron Wasserman, Student, Class of 2010, Stanford University

http://www.educause.edu/Resources/YourCampusonaSmartphoneandtheF/200400.

●モカ:もはやチョコレートというのは過去の事 (MOCA: It’s Not Just Chocolate Anymore)、 Shan Evans, Assistant Dean for Information Technology, University of Texas at Austin

http://www.educause.edu/Resources/MOCAItsNotJustChocolateAnymore/200423

●学生のiPhone アプリケーション開発と大学のIT:今日までの経過 (Student iPhone App. Development and Institutional IT: The Story So Far)、 Douglas Johnson, Assistant Director for Learning Services, University of Florida

http://www.educause.edu/Resources/StudentiPhoneAppDevelopmentand/200425

●超簡単。簡単に使えるポータブル・デジタル・カムコーダーは、世界を広げ、新しい教育方法学を授業に持ち込む (It’s Flipping Easy! How Easy-to-Use Portable Digital Camcorders Bring the Larger World and New Pedagogies into the Classroom)、Samantha Earp, Director, Academic Services, Duke University

http://www.educause.edu/Resources/ItsFlippingEasyHowEasytoUsePor/200422

●労力がかからず効果的なモバイル開発:iUIでモバイルのWebサイトをデザインする (Low-Effort, High-Impact Mobile Development: Designing a Mobile Website with iUI)、 Chad Hoeffel, Reference Librarian for Emerging Technologies, University of North Carolina at Chapel Hill

http://www.educause.edu/Resources/LowEffortHighImpactMobileDevel/200424

●モバイル端末導入の負荷を減らす (Lowering the Barriers to Mobile Device Adoption)、Daniel J. Bracken, Associate Director_FaCIT, とMichael Reuter, Director of Technology Operations, CEHS, Central Michigan University

http://www.educause.edu/Resources/LoweringtheBarrierstoMobileDev/200402

●方略分析: 一般的なコミュニティカレッジでmLearning を効果的に利用する (Strategic Analysis: A Typical Community College Wondering How to Take Advantage of mLearning)、Gary Marrer, Faculty, Glendale Community College

http://www.educause.edu/Resources/StrategicAnalysisATypicalCommu/200503

●モバイルを利用したコラボレーション:教室の再定義 (Mobile Collaboration: Redefining the Classroom)、Kyle Dickson, Director, Digital Media Center, and William Rankin, Associate Professor and Director of Educational Innovation, Abilene Christian University

http://www.educause.edu/Resources/MobileCollaborationRedefiningt/200517

●モバイル学習の評価 (Assessment of Mobile Learning)、Gary Marrer, Faculty, Glendale Community College

http://www.educause.edu/Resources/AssessmentofMobileLearning/200508

●携帯端末世代における学生の学習への関与 (Student Engagement in the Age of Mobile Devices)、 Peyton Jobe, Instructor of Spanish and Member, Technology Advisory Committee

http://www.educause.edu/Resources/StudentEngagementintheAgeofMob/200506

支援問題:M-Learning移行の支援策

 教員というのは、学習の革新に抵抗するものだと思いがちであるが、学習方法は学生にも抵抗感があるのである。ネット世代の学生は、技術に精通して、テクノロジを使ったどんなプロジェクトも熱心に取り組むという技術信仰は、往々にして固定観念であることがある。実際のところ、学生も人であり、他分野のグループと同様、正規曲線のように苦手な人もいれば得意な人もいる。最初のうちは一部の学生が、モバイルテクノロジーがもたらす革新や変化に抵抗するであろうと予想するのが現実的だ。その使い方が難しく、テクノロジが学習支援にすぐ役に立たない場合は特にそうである。革新的なカリキュラムを始める場合は、まず、新しい教育方法に対して、それが正しい教育方法であることを、学生に常に教えることが重要である。革新的なことを始める場合のエバレット・ロジャーズ(Everett Rogers) の五つの条件(相対的優位性、互換性、複雑性、検証性、観察性)がここでも適用される。

http://en.wikipedia.org/wiki/Diffusion_of_innovations

 今日使われているスマートフォンのアプリケーションの多くは教授や学習のために設計されたものではない。しかし、大学バス路線の実況表示など、学生が日常的に使うモバイル・アプリケーションやテクノロジに直接触れることには大きな価値がある。このような学生の体験が、モバイルテクノロジーの実験的な使用を受け入れやすくしている。さらに重要なことは、モバイルテクノロジーによる学習経験を支援・促進・強化する教育方法に対しても学生に興味をもたせることである。

 モバイルテクノロジーの採用には労力と全学的な参加が必要である。また、採用しても、全員が喜んで参加するということではない。全員参加のためには支援と支持が必要である。モバイルテクノロジーを先駆的に導入したセントラル・ミシガン大学(Central Michigan University) のケースは大変印象的である。彼らは学生の入室時に学生に即対応できるよう教室の外に支援スタッフを配置し、1対1で顔を合わせて、テクノロジを使った授業に参加できるサポートをした。まさしく、革新的なことを始める場合のエバレット・ロジャーズ(Everett Rogers) の五つの条件を満足させるものである。

 モバイル学習やその他の新領域において、革新は危険をはらみ、障害に満ちあふれている。しかし、これは前進を阻む理由とはならない。成功は、大学の様々なグループ間の協力がどの程度密接に実行されるかによる。特に大切なことは、交通サービス、募集活動、社会活動、入学選抜、新入生採用などの諸機関がモバイルテクノロジーの推進に積極的であれば、学生は初期段階でモバイルテクノロジーに接することになり、やがて学習環境においてもモバイルテクノロジー利用に無理なく関心を示すようになる。いずれにせよ、現時点で、教室の内外に使用可能なモバイル学習アプリケーションがあることは貴重なことである。

参考文献(PowerPointと録音)

●個別学習の可能性 (Enabling Personalized Learning)、 John Shannon, Associate Professor of Legal Studies, Dean of the Stillman School, and Vice President for University Affairs at Seton Hall University

http://www.educause.edu/Resources/EnablingPersonalizedLearning/200401

●モバイル端末導入の負荷を減らす (Lowering the Barriers to Mobile Device Adoption)、 Daniel J. Bracken, Associate Director_FaCIT, and Michael Reuter, Director of Technology Operations, CEHS, Central Michigan University

http://www.educause.edu/Resources/LoweringtheBarrierstoMobileDev/200402

●モバイルを利用したコラボレーション:教室の再定義 (Mobile Collaboration: Redefining the Classroom)、 Kyle Dickson, Director, Digital Media Center, and William Rankin, Associate Professor and Director of Educational Innovation, Abilene Christian University

http://www.educause.edu/Resources/MobileCollaborationRedefiningt/200517

●デジタル玩具を学習の友にする:学生をやる気にさせるためにモバイル端末を使う (Transforming Digital Toys into Study Buddies: Using Mobile Devices to Engage Students)、Berlin Fang, Associate Director, North Institute, Oklahoma Christian University

http://www.educause.edu/Resources/TransformingDigitalToysintoStu/200505

使用形態:誰が何を使って何をするか

 高機能携帯端末は、ノートパソコンやネットブックの代わりとなる。会議では、そのような分類の端末は、その使用形態がノートパソコンやネットブックとは非常に異なることを明らかにした。例えば、コンテンツへのアクセスについて言えば、iPodタッチで長編映画を見ることなど、ノートパソコンと同様であるが、コンテンツを再生する方法はかなり違ってくる。肝心なことは、高機能携帯端末が、その機能を最も発揮できる場合にどのように使われているかを正確に知ることである。そして、その特性を十分生かしたアプリケーションを開発し学習に応用するということである。会議では、高機能携帯端末は小型のノートパソコンではないことが明らかになった。

スマートフォンとフィーチャー・フォンの違い

 手持ちサイズの端末で必要なことは、スマートフォンとフィーチャー・フォンの区別である。モバイル端末用のオペレーティング・システム(アンドロイド、Windows 7モバイル、またはiPhone OS)を搭載したスマートフォンは、インターネットのファイルを閲覧でき、電話通信やテキスト・メッセージの送受信が可能である。また、アプリケーションを動かすこともできる。それは電話通信ができる一種の小型ネットブックのようなものである。一方、フィーチャー・フォンは電話通信や、SMSのテキスト・メッセージなど、スマートフォンの機能の一部のみが可能で、もちろん、iPodタッチのように、両者の間に位置するような端末はあるが、それ以外はほとんど使えない。つまり、教員や学生にとって、何が使えて何が使えないのかという、学習上の可能性を理解するためにこのような区別が必要なのである。

フィーチャー・フォンの機能を生かす

 スマートフォンだけに注目することは簡単だ。ある基調講演者が、電話とSMSテキスト・メッセージ機能という比較的単純なフィーチャー・フォンが役に立つ事例を述べた。多くの学校の緊急通知システムはSMS機能を基本としており、この理由からだけでも、フィーチャー・フォンは多くの学校で利用される可能性がある。緊急通知システム開発のノウハウから、カリキュラム開発に応用可能な点はないだろうか。それは、単にテクノロジに関することだけではなく、SMSを使ってもっとも効果的に運用することでもある。大半の学生は、SMS機能を持つ携帯を所持している。ところが、最新のECAR「ITと大学教育」調査によれば、データ・プランを使うスマートフォンの所持者50%に過ぎず、このうちの一部の学生はインターネット接続にそのプランを使っていないことが分かっている。つまり、SMSの機能をうまく使って、カリキュラムを設計する場合にSMSを利用する可能性があるということである。

使用している時間の問題

 最新のECAR「ITと大学教育」調査によれば、学生がスマートフォンでインターネットにアクセスするのは、大部分が短時間であることが分かる。ニュース、更新情報、メッセージなどに関して、比較的短時間でチェックを行っている。これは、ノートパソコンやデスクトップを使って当然行われる接続時間より短く、これは理屈にかなうものである。それは、学生や教員が移動中であれば、手短なチェックは想像できる。また、高機能携帯端末の不便なキーボードを使って、期末レポートのように長文をタイプしているとは想像しがたい。接続時間が短いという問題は、高機能携帯端末を使ってカリキュラムや授業活動を行うときに考慮すべき点である。接続が短いということは、ノートパソコンの機能をそのまま携帯端末に移植するのではなく、携帯端末のテクノロジに固有の教育方法や学習環境を考えなければならないということである。

小さな画面は必ずしも不利ではない

 我々は、高機能携帯端末の小さなスクリーンを制約の一つとして捉えがちで、確かにこの点は的を射ている。しかし、ある基調講演者が、小さなスクリーンが有利に働く事例について語った。それは、学生の履修登録に関するアプリケーション設計である。ノートパソコンやデスクトップで使われている機能の標準的なWebインターフェイスは、複雑で混乱を引き起こしやすかった。多すぎる選択肢が使いにくさを生じていたのである。これらの機能をそのままモバイル端末に移すときは、登録システムのインターフェイスを徹底して見直し、不可欠のものとそうでないものとを切り離す作業が必要となる。その結果、モバイル端末のインターフェイスはより簡潔で使いやすくなる。機能が多すぎて使いにくい点は、他の議論の中でも度々指摘された。

自分の個人ファイルにアクセスできる

 教員と学生が所有して使用しているモバイル端末間の交信をすべて管理することは不可能なので、代わりに、これら端末を学生の個人的な学習環境にアクセスできるように絞ることが大切であろう。これは、機器端末、アプリケーション、コンテンツを問わず使える環境となる。具体的には、学生が履修する科目に必要な教材とアプリケーションのことである。アップル社のモバイル・ミー(MobileMe) サービスはこの事例で、ある端末に一つの交信が入ると、その追加された内容が他のすべての端末に広がるというもので、複数の交信が一台の端末に行われるのではなく、自分の個人的な学習環境に交信が行われるのである。この場合、ユーザーは、利用可能な端末ならば、どこからでもアクセスと更新が可能になる。大切なことは、多くの端末やアプリケーションに対してアクセスできることである。学習の観点からは、学生が自分の学習環境にアクセスできることが、学習という場でのモバイルテクノロジーの有用性を示す鍵となる。

 その事例として、会議では、アビリーンキリスト教大学 (ACU: Abilene Christian University) の講演者達が、学生が自らの個人的学習環境の主要なところにアクセスできるようになることの重要性を強調した。ACUには、学生が自分のファイルを格納できる場所を提供するネットワーク・ファイル・サービスがあり、iPhone向けに提供するサービスの増加に伴い、学生が自分のモバイル端末で自分のファイルにアクセスできるようにしてきた。これにより、モバイル端末は個人の環境の中に統合して組み込まれる。カリキュラム上でモバイル端末が成功するかどうかは、端末が、個人的学習環境の中でどれぐらいうまく使われているかにかかっていると言える。

 高機能携帯端末から個人的学習環境へアクセスできる可能性は、ネットワーク接続やクラウドを基本としたサービスを提供するアプリケーション・プログラミング・インターフェイス、つまりAPIにある。ACUは、APIを使って電話用インターフェイスを中央サービスに連結するという方法で、スマートフォンに諸サービスを提供してきたのである。

一方的なコンテンツの押しつけは不十分

 ユーザーは、手持ちの携帯端末で最新のニュースやお知らせを受信できる。また、いつでもどこでも、ポッドキャストを聴いたり、講義を再生したりすることもできる。しかし、コンテンツを高機能携帯端末に届けることは大切だが、それだけでは十分でない。ある参加者は、「学生は主体的関わりを求めている」といった。主体的関わりを避けて、コンテンツの一方的な利用を促進しても意味がない。政治と戦争に関するクラウゼビッツ(Clausewitz) の有名な言葉で言い換えると、学生の主体的な関わりがなくては、単に別のやり方で、単純に教育の機械的な伝達モデル(一方通行)を継続しているだけにすぎない。

補完的な学生のチーム作り

 会議では、モバイル格差の問題が何度も浮上した。ごく一部の学生しか授業で使用する携帯端末を持っていないとき、どのようなカリキュラムを設計するのか。学習のシナリオ段階で考え出されたのは、お互い協力し合う学生のグループを作って実施するという方法である。一つのプロジェクトを達成するためには、多くの課題と役割を遂行しなければならないが、そのすべてが最新の高機能携帯端末のようなテクノロジを必要とする訳ではない。

 この考えは、ある学習シナリオを検討している段階で生まれた。シナリオでは、社会学の講師が学生のグループに指示して、近くの住宅地を訪問し、差し押さえ物件の影響に関する調査と記録を課した。この課題を解決するために、学生グループ全員が携帯端末を持つ必要はない。課題が、インタビューによるオーディオ録音、住宅地の写真撮影、ビデオによる近隣の収録にまで及んだとしても、高機能携帯端末はチームに一台あれば十分である。学生たちのプロジェクトには多くの課題と役割があるが、全員が専用端末を必要とする訳ではないのである。

マッシュアップのようなアプリケーションを作る

 過去数年の間に、生成プログラムサイトを利用して、Web上にマッシュアップ(mashup:Webサイトが公開している機能を組み合わせて新しいサービスを提供すること) やミニ・アプリケーションが作れるようになった。これらのサイトでは、グラフィカル・インターフェイスを用いて、手早く簡単なマッシュアップ・アプリケーションを作ることができる。プログラミングが不要なので、コンピュータを持っている人なら誰でもこのサービスを使うことができる。会議でも、この種のアプリケーション生成プログラムサイトが、携帯端末でもやがて利用できるになるだろうという議論があった。このようなサイトはカリキュラム作成に大変役に立つ。それは、学生が作業する上で、手順やアプリケーションの補強ができるからで、それが実現可能となったときには、常に注目しておくべき重要なこととなる。

参考文献(PowerPointと録音)

●スマートフォンの中のキャンパス、そしてモバイル教育の未来(Your Campus on a Smartphone, and the Future of Mobile Education)、 Aaron Wasserman, Student, Class of 2010, Stanford University

http://www.educause.edu/Resources/YourCampusonaSmartphoneandtheF/200400

●緊急連絡 (Beyond Emergency Notification)、 Alan K. Livingston, Director of Research, Development, and Planning, Weber State University

http://www.educause.edu/Resources/BeyondEmergencyNotification/200426

●モカ:もはやチョコレートというのは過去の事 (MOCA: It’s Not Just Chocolate Anymore)、 Shan Evans, Assistant Dean for Information Technology, University of Texas at Austin

http://www.educause.edu/Resources/MOCAItsNotJustChocolateAnymore/200423

●学生のiPhone アプリケーション開発と大学のIT:今日までの経過 (Student iPhone App. Development and Institutional IT: The Story So Far)、Douglas Johnson, Assistant Director for Learning Services, University of Florida

http://www.educause.edu/Resources/StudentiPhoneAppDevelopmentand/200425

●個別学習の可能性 (Enabling Personalized Learning)、 John Shannon, Associate Professor of Legal Studies, Dean of the Stillman School, and Vice President for University Affairs at Seton Hall University.

http://www.educause.edu/Resources/EnablingPersonalizedLearning/200401

●高等教育での学習用携帯端末?必ず可能性がある (Mobile Devices in Higher Ed...for Learning? You Bet)、 Nabeel Ahmad, Learning Developer, IBM Learning, Columbia University

http://www.educause.edu/Resources/MobileDevicesinHigherEdforLear/200504

フォーカスセッション全般に関する参考文献

 ELIによる会議では、議論されたテーマに関して多くの成果が生まれた。コンテンツには、議論と質疑応答、テーマ別の学習シナリオ、ポッドキャスト、講演者の録音記録、文献が多く含まれている。2010年秋期のモバイル・ラーニングに関しては、以下のサイトに投稿されている。

http://www.educause.edu/eli/events

 また、以下のサイトには、基調講演、本会議、プロジェクトごとの口頭発表を含む、全講演者の音声録音の包括的なリストが挙げてある。わかりやすくするために、コンテンツは「モバイルテクノロジーを使った教育と学習に関する」と、「最新のモバイル技術」の二つのカテゴリーに分けている。

http://net.educause.edu/Proceedings/1024403


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