人材育成のための授業紹介●リベラルアーツ

教養教育と人材育成
〜国際教養大学の事例〜

中嶋 嶺雄(公立大学法人国際教養大学 理事長・学長)

1.はじめに

 大学生にとっての集大成は、より良い就職先を見つけることにあるのでしょうか。何のために大学で学ぶのか。学生が大学に求めるものが「就職」という二文字に集約されすぎてはいないかという懸念が拭い去れません。
 大学の果たすべき役割の一つが、卒業後に社会に出て活躍できる能力や社会人としての基礎力を学生に身に付けさせることにあるのは確かです。人材を育成していく場ではありますが、「就職」というゴールを掲げてそれに向かうために大学が「就職予備校化」していては、大学本来の存在意義が失われるでしょう。グローバル化が急速に進む21世紀は、これまで以上に教養が重視される「知的基盤社会(knowledge based society)」の時代だと思いますが、それに逆行するかのごとく日本の高等教育、特に大学では外国語教育はもとより社会のあらゆる領域に及ぶべき幅広い教養教育が蔑ろにされてきている事実があります。本来学生が大学で何を学ぶべきなのか、そして大学は学生に何を学ばせるべきか。その答えは教養教育だと私は思っています。その教養教育が学生にもたらす能力や基礎力とは何なのか、本学の取り組みを例に紹介したいと思います。

2.国際教養とは

 国境を越えて多面的な交流が進むグローバル化の時代には、多様な価値観や世界観を互いに認め合い、諸問題の解決に努めながら、それぞれが未来を切り拓いていく力が求められます。国際教養大学では、伝統的な教養教育を発展させた「国際教養(International Liberal Arts)」こそが、未来に通じる教学理念だと考えています。特定の専門分野の深い知識を身に付ける専門教育とは異なり、国際教養教育の目的は、

1)学びや経験を通した知識と理解の広がり

2)問題解決のためのスキル

3)新たな探究心や創造的な思考力の修得

を通じて、状況に応じて適切な判断が下せる多角的な視点を身に付けさせることにあります。また、「国際共通語」である英語はもとより、異文化理解の精神を踏まえた外国語のコミュニケーション能力が不可欠であることから、明日の社会を担うリーダーとなるべく本学の学生には母語、英語、そしてもう一つもしくは複数の外国語を学ぶよう「複言語主義」を提唱しています。こうした21世紀の知的基盤社会にふさわしい学識と道義、および発信力を私たちは「国際教養」と定義づけています。

3.本学の教育目標

 本学における国際教養教育は、リベラルアーツを探求する伝統的な理念と方法に基づいていますが、それはグローバル化の社会にあってリーダーたらんとする学生の教育に必要な諸要素を織り込んで完成するものです。図1に示すように、伝統的にして革新的な諸要素が含まれています。それは二つに区分された形になっていて、縦軸には多様なリベラルアーツの探求方法を、横軸には基本的な教育目標を配置しています。

図1 AIUにおける国際教養教育
図1 AIUにおける国際教養教育

 探求方法の中で最も重要なのは「批判的思考」でしょう。主要な指針は外部の権威による情報やマスメディアなどの意見の無批判な受け入れを避けることです。他人のどのような言辞にも疑問を抱き、人が表明する意見なるものの奥に潜んでいる仮定を探るべきです。自分自身の意見にさえ、同様に批判的であるべきなのです。真に自分の知識や経験で証明されているだろうか、はたまたただ単に、考え方の癖や好みの結果であるのかもしれない、と。
 グローバリゼーションがもたらす危険性の一つは、文化の均一化です。文化の多様性は、人間の未来にとって自然環境の生物的な多様性と同様に重要です。一方で、人間の集団と社会の文化的アイデンティティを保持する権利を確かなものにすれば、テロリズムに対する支援を減ずることにもつながるでしょう。他方で、世界の多くの地域においてもっとも豊かな発展をした時代は、多文化的な相互作用の産物であったことを歴史から学ぶことができます。文化の多様性を支持するために、教育の主要な目標の一つとして、自己の文化的アイデンティティと異文化対応能力への理解および多様な文化の創造的な達成への尊重が含まれていることが重要であり、これによって「国際教養」に対する教育目標のリストが完成するのです。

4.4年間の学びの流れ

 具体的にここでは大学にとってもっとも大切なカリキュラムを、本学ではどのような流れで編成しているかのチャートで紹介します。
 以前、『ニューズウィーク国際版』の編集長であったF・ザカリア氏が、日本が安保理の常任理事会に入れない理由を指摘した論考に、私は衝撃を受けると同時に同感せざるを得ませんでした。日本の国連分担金は世界第二位で、英・仏・露・中の合計額よりも多いにもかかわらず安保理の常任理事国になれない理由を氏は次のように説明しています。「日本の外交官は官僚的で国際政治上の外交戦略に欠ける上、英語によるコミュニケーション能力が劣り、国際場裡で積極的に日本の戦略・戦術を行使できないからだ。」世界と伍してグローバル化社会を生きていくには、まず第一に役立たず旧態依然の文法至上主義の英語教育から脱却し、英語教育の発想と方法を根本から変えていかなければなりません。

図2 4年間の学びの流れ
図2 4年間の学びの流れ

(1)英語集中プログラム(EAP:English for Academic Purposes)

 「国際的に活躍できる人材の育成」という教学理念達成のため、英語による卓越したコミュニケーション能力と豊かな教養を身に付けた実践力のある人材を育成し、国際社会と地域社会に貢献することを目指しています。よって、徹底した少人数教育とし(1クラス15名程度)、授業はすべて英語で行っています。「英語を学ぶ」のではなく「英語で学ぶ」大学であるため、入学後には「英語集中プログラム(EAP)」においてAcademic Englishの運用能力を徹底的に身につけさせます。
 入学時の学生の英語運用能力は一様ではありません。そのためEAPでは効率よく学べるようTOEFL(PBT)を用いたプレースメントテストを行い、その結果によって、学生たちを三つのレベルの能力別クラスに編成し、個々の学生の力に合った学習によって効率よく能力を伸ばしていきます。初級(EAP1)はTOEFLのスコアが460点までの学生対象、中級(EAP2)は460〜480点の学生対象、上級(EAP3)は480点以上の学生が対象となっています。EAPを修了するにはTOEFLで500点以上を取ることを義務としています。

(2)基盤教育(BE:Basic Education)

 EAP修了後、「基盤教育(BE)」に移ります。本学の教養教育の核心であるBEは文字通り教養の基礎です。すべての授業が英語で行われていることの他、本学の大きな特徴は、幅広い教養科目が開講されている点にあります。社会学、政治学、心理学などから芸術論(音楽と演奏、音楽史など)、美術史などの芸術科目、教養数学、実験を伴う生物・化学・物理、統計学、代数学などの理数科目、さらには体育、茶道、華道、書道まで幅広い学問分野を用意しています。本学では人口学(Demography)や安全保障(Security)の授業など従来の日本の大学にはない重要な科目も開学時から導入しています。授業の一部を紹介しますと、以下の通りです。
 人口学:世界人口の分布と構造をグローバル、ローカル双方の視点で考察しながら、人口の動態、理論、問題とその解決方法、政策についてアメリカ、日本、そして中国の事例を取り上げて学習します。
 環境科学:環境科学の基礎を生態学・社会科学の切り口で学びます。また、人間活動による環境への影響とそれら問題群に対処するために何が必要か、そして持続可能な資源利用はどうあるべきかも学習します。
 日本の伝統芸能:雅楽、舞楽、能、狂言、文楽、歌舞伎、祭りなどの日本の伝統芸能のほか、現代日本の芸能のトレンドについても紹介します。フィールドトリップとして実際に伝統芸能を鑑賞する機会もあります。

 本学で学ぶ学生たちはこれらの多様な分野から学問の基礎を幅広く学習し、知識や教養を深め、広く見聞を持つことによって個々の知的土台を築き上げていくことになります。同時に、多様な学問を通じて、物事を多角的な視点で観察・検証し、論理的に考える力を養います。この知的土台を構築することは、現代において急速に変わりゆく地域社会や国際社会のいかなる状況下でも、柔軟に対応でいる能力と豊かな人格を培う上で極めて重要になるのです。

(3)専門教養教育

 BEを修了後、「専門教養教育」へ進みます。これは一般教養に対する専門教育ではなく、あくまで国際教養の一環と位置づけ、他の大学でいうところの専門教育課程とは意味合いが違うことを明記しておきます。本学では専門教養教育は「グローバル・ビジネス課程」と「グローバル・スタディズ課程」に2課程があります。
 今、世界では総合的に物事を俯瞰できる力が求められている一方で、日本では高校を卒業したての若者が文系や理系ですぐに分けられ、偏差値によって進学先が絞られる、さらに一度決めた大学や学部学科に入ると卒業後の進路や職業まで決められてしまうような「コンパートメンタリゼーション(小部屋化)」という状態が見られます。しかし、本学ではレイター・スペシャライゼーション(Later Specialization)といって、入学時に学科や専攻を選ぶのではなく、2〜3年次の留学直前に自分の適性や進路を見極めた上で、後から専門を決めることができるシステムにしています。

(4)留学

 異文化体験を通じて培われる国際的な視野とセンスを身につけてもらうため、すべての学生に在学中のいずれかの時期に、1年間の海外留学を義務付けています。本学が提携している36カ国・地域120大学(2011年8月現在)の世界トップクラスの大学で、学生は卒業に必要な単位の4分の1に当たる約30単位の取得を目指します。
 留学するにあたっては、留学先の授業についていけるだけの語学力や基礎的な学力が不可欠であるため、次の必要条件を満たすことを義務付けられています。

○ EAPを修了していること

○ 留学開始の1学期前までにEAP以外で27単位を修得していること

○ 専門基礎科目をすべて履修し終え、GPA(評定成績、後述)が2.50以上であること

○ TOEFL(PBT)で550点以上を取得していること

 本学の特徴の一つに、カリキュラムに互換性があることが挙げられます。国際的な単位互換システムを有効活用できるように、それぞれの科目には国際ルールに沿って国際コードを付しています。国際コードを用いている大学は、日本ではまだ限られていますが、このように国際標準に合わせると本学の学生にとっては留学先での履修科目が選択しやすく、本学で学ぶ留学生にとっては来日前に自分で履修科目を編成できるというメリットがあります。
 なお、留学費用については、国際教養大学に納める授業料(年間53万5,800円)で、留学先大学の授業料が原則免除というシステムになっています。授業料以外に必要な経費(渡航費、海外旅行傷害保証、寮費、食費、教材費など)は自己負担ですが、例えば、年間授業料が200〜300万円もかかるアメリカやカナダなどの大学へも、国際教養大学に納める授業料だけで留学できます。このような制度を保証するために、提携大学との事前折衝には学長以下担当の教職員の精一杯の努力が必要不可欠です。

(5)進級・卒業

 学生の質を担保するため、成績評価は厳密に行われています。開学当初から、本学ではGPA(累計成績評価平均点)制度を採用し、学生の成績は基本的に12段階で評価しています。A+からDは合格、Fは不合格となり、合格した場合は所定の単位が与えられる。A+からFまでの各評価段階にそれぞれ評価点(Grade Point)を付与し、履修した科目の単位数に評価点を掛けた数(換算値)を合計し、単位数の合計で割った数を小数点第3位で四捨五入することによって算出した数値をGPA(Grade Point Average)と呼んでいます。
 この国際標準のGPAで進級や卒業の可否を判断しており、4年間でストレートに卒業する学生の割合は約半数にとどまっています。力をつけた学生だけを卒業させる方針を徹底しているためです。

 以上が、本学の学びの流れです。開学から8年目の比較的歴史の浅い大学ではありますが、ありがたいことに就職内定率や進学率等で本学を評価してくれる数字を多くのマスメディアが積極的に取り上げてくれるようになりました。それは、本学が独自のキャリア教育のカリキュラムを作成して、学生へ特別なトレーニングをしているからでは決してありません。在学中に修得した国際教養、優れたコミュニケーション能力、留学経験などが高く評価され、世界を舞台に業務を展開する企業や団体およびこれから世界に進出を目指す企業などが学生を進んで採用してくれているのです。
 国際教養は極めて新しい概念であり、学問分野として確立している専門領域とはまだ言えない状況にあります。私が考える国際教養教育とは、実利的な学問だけでなく、幅広い分野のアカデミックな授業を提供し、さまざまな分野の教養を備えた人材を育成することであり、それはまた将来の専門性の獲得に向けた意欲を高め、国際社会で活躍できる懐の深い人材を養成することであります。そのゴールを見据えて、どのカリキュラムでどのような大学運営をしていくかを、時代やニーズに合わせて絶えず改革し、実行していく必要があると感じています。


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