巻頭言

グローバル時代の大学とICT

福井 憲彦(学習院大学学長)

 「グローバル人材」の育成は、大学に対する一つの重要な社会的要請となっているが、より一般的に、グローバル化にまつわる発言を見ない日はない。私の研究上の専門領域はヨーロッパ近代史なので、その立場からいえば、地球各地の間の多様な結びつき自体は何も現在に始まったわけではない。しかし地球規模での一体化という点で、やはり現在の状況は、従来とはその様相を大きく変えてきている。とりわけ情報面における変化で、特に決定的に従来と違っているのが技術の急激な発展である。PCの普及から、ハードの小型化は個人単位でのユビキタスな状態をもたらしつつある。そのような予測は前から耳にはしていたが、これほどの速度で現実化するとは、驚異的である。

 国公立とは違って、極めて多様な個性を持っている私立大学も、単に公的な補助金を受けているといった外在的な観点からだけでなく、このグローバル時代において次代を担うに相応しい社会人を育てる責任のある高等教育機関として、公的な社会的性格を本質的に帯びている。学内での教育のみならず、大学にとって社会との多様なつながりは不可欠な一要素である。インターネットの活用は、広報の観点からのみでなく、そのためにも工夫がいる。学習院大学では、PCの配備や情報教育の推進、教室環境の整備、という点では早くから進めてきたが、技術の日進月歩の状況への対応を含めて、今一度、今後をにらんだ適切なICT環境維持体制について、学習院女子大学や男女高等科等を含めて再構築を追求し始めているところである。ICT環境は、これからの大学にとって電気や水道と同様の基本的なインフラである。

 他方、本学の大学院人文科学研究科に、他に先駆けてアーカイブズ学専攻を設置して、既に最初の課程博士学位取得者も出すことができた。歴史的な文書は圧倒的に紙媒体であるが、ICTの発達は、現用文書において既に電子媒体の比重を大きくしている。これらをどのような基準で、いかに選別し保存していくのか、これは、今後の教育機関にとっても情報公開の原則と並んで、基本的課題である。アーカイブズ学の専門を身につけた者が、組織機関や教育の現場でもしっかり位置づけられることが必要である。学習院では大学のみでなく幼稚園からの全体を対象とした学習院アーカイブズを組織して専任職員を配置し、動き始めたところである。

 現在の学生たちは、程度の差はあれ、既に急速に変化した後の情報環境の中で育ってきている。ハードやソフトの変化をキャッチする速度も、彼らの多くは速い。グローバル時代の情報環境を考えれば、大学教育の中で、情報教育として様々なスキルを身につけさせることは、これからも必要不可欠なことである。しかし同時に、他方で、情報そのものの捉え方についての基本的な姿勢を考えさせる、あるいは、そもそも情報の生産と発信、流通と受信、それらの相互関係、といったより社会的、あるいは情報内容によっては政治的でもありうるような諸側面について、彼らに考えるきっかけを用意することが、必要な時代と思われる。多くの若者が、画面の中での情報キャッチを、現実との関わりと誤認したり、あるいは情報は、検索さえすればキャッチできると誤認する可能性もないではない時代だ。氾濫する情報を見分ける鑑識眼を培うことは、スキルとは別の位相にある重要な教育課題であろう。言うまでもなくICTは、情報の発信流通にとって強力な手段であるが、しかし情報はICTによってのみ交換されるわけではない。本学では、情報倫理も重視して学生に理解を促してきたが、科目総称は時代を反映して長らく「情報処理」としていた。今年度からの総合基礎科目の改編に合わせ、科目総称を「情報」とした。処理技術だけでなく、ICTを駆使しつつこれからのグローバル時代を適切に、自立的に生きてゆく総合力を育むことが、グローバル人材育成にとって重要だからである。


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