特集 新しい教育方法の提案〜学び合いの学習

教養・専門科目教育におけるLTD(話し合いによる学習)法と
学習支援ポータルシステムの応用事例

高木 功(創価大学 経済学部教授)

1.はじめに

 自律的、能動的な学習者の育成は、大学教育の重要な目標の一つです。学生と学生が互いに討論する機会の意識的な創出と大学カリキュラムへの効果的編入は、問題意識の涵養、能動的な学習姿勢の喚起、コミュニケーション能力、人間関係形成力の育成に、必須と考えられます。しかし、「討論(話し合い)」をクラスの中で実施することに、特に大規模なクラスにおいては困難を感じる教育スタッフは多いと思います。LTDは、討論のための予習、実施のステップと枠組みが体系化されており、参加する学生はスムースに話し合いのスキルの修得とまた喜びを感じられるよう工夫されています。LTD法は、演習のような少人数クラスにはもちろん、むしろ大規模クラスには非常に有効な協同学習法と評価されます。あわせて学習支援ポータルサイトを併用することによって、さらに効果的となります。
 以下では、一つの事例として創価大学経済学部の講義において、LTD法を活用してきた私の経験について紹介させていただきます。

2.LTDとの出会いと導入の経緯

 LTD(話し合いによる学習)法に出会ったのは、およそ10年前に創価大学の教育・学習活動支援センター(CETL)によるワークショップに参加した時でした。本特集に寄稿されている安永教授(久留米大学)がそのワークショップの講師として招かれていました。当時経済学部は2003年の新カリキュラムの実施を控えており、少数教育、参加型・双方向型授業形態の有効な在り方と導入を模索していたところでした。当時、経済学部のスタッフの多くは、学生のニーズの多様化に伴い、従来のカリキュラムと教育方法について改革が必要であると感じていました。また大学総体としても、単位の実質化のためには予習・復習という各学生個人の個別学習時間を確保することが必要でした。
 このワークショップに学部としてできるだけ多くのスタッフが参加するよう努力しました。FD活動の一つとして、ほぼ9割方の教員がこのLTDのワークショップに参加いたしました。最初はLTDの話を聞いたときは、複雑で、一つの型にはめられるような窮屈さを感じましたが、実際、ワークショップの中で、自己紹介から入り、討論してみると面白く、懸命に共通のテキストに取り組んでいる自分を発見しました。受講生が少人数の基礎演習にはもちろん有効であることが推察されましたが、私はむしろこのLTDを大人数の講義に応用できないかと考えました。150人から200人の大きなクラスの活性化こそ、むしろ深刻な課題であったからです。
 私が担当する専門科目の中には、履修者が150名を超える「開発と貧困の経済学」(2年次以上対象)、「人間主義経済学」(複数の教員が担当し、3年次以上対象)があり、また共通科目の中には「環太平洋地域研究」(複数の教員が担当)があります。特に「開発と貧困の経済学」は経済学部のグローバル経済コース(現在はグローバル経済・歴史コース)の選択必修科目であり、受講学生には一定の学修成果を期待する科目の一つです。しかし、現在も180名を超える履修者を前にする講義はどうしても一方向的な講義形態に依存せざるをえません。いかにして学生から主体的なコミットメントを引き出すか、私にとっては大きな課題でした。冒険でしたが、LTDをこの講義に使ってみることに決めました。するとどうでしょう、講義中には見せたことのない豊かな表情とジェスチャーで相互に意見を交換しているではありませんか。クラスの雰囲気も良くなり、講義もやりやすくなりました。LTDの効果を確信いたしました。以来、なるべくLTDの機会を学期のなかで週一回の講義からなる2単位科目では2回か3回、週2回の科目では3回か4回、LTDを実施することにしています。

3.具体的なLTD実施の手続き

 LTDの具体的な実施ついて説明します。大学の講義は一般的にシラバスの明示が必要であり、シラバスが基本となり進められます。シラバスの中に、LTDを組み入れますが、講義履修者数の規模と講義の性質に応じて、LTDの組み入れ方が異なってきます。
 私の場合、15名前後の専門演習(ゼミナール)では、テキストを決めたら、各章を一週毎に、LTDを実施します。学生には毎週、LTDの予習ステップにしたがってLTDノートを作成し、参加してもらいます。3、4名で一つのグループを作ります。時間は45分間から60分間の過程バージョンでディスカッションを行い、後の20〜30分ほどで、グループで解決しなかった問題について、質問してもらい、回答することによって、教材の重要なポイントの理解を促します。ところで私の専門演習では、チーム(4〜5人の成員)に分け、各チームで話し合ってひとつのテーマを設定し、研究を進める「チーム・プロジェクト」を創案し、最終的にセメスター終了時に論文とプレゼンテーションを課しています。LTDの経験とスキルはこのチーム・プロジェクトの効果的な推進には欠かせないものとなっています。
 規模が大きなクラスではどうでしょうか。専門科目の中でも履修学生が180名を超える「開発と貧困の経済学」では、講義形式が基本となります。この科目は1学期で週2回、合計30回の授業を行います。講義の中に、いかに有効にLTDを組み入れていくかが課題となります。もっとも大事なのはLTDテキスト(討論のためにテキスト、資料)の選定です。事前の講義の中で既に学んだ内容が活用あるいは確認でき、またLTD後の講義の理解や問題意識の喚起につながるようなテキストを選ぶことが望ましいと思われます。論文であれ、雑誌・新聞の記事であれテキストが決まれば、予習やLTDノートの作成の時間が十分とれるようLTD実施の2週間前に知らせるように、また配布するようにします。合わせて、LTDノートの準備に必要なノートの作成過程と討論のステップについて詳細に記された資料(安永 2006参照)を配布し、授業の時間の一部を使って、LTDの意義と予習の仕方を学生に丁寧に説明しておきます。先輩たちのよいノートの例を紹介してあげるのもよいでしょう。

話し合い学習(LTD)予習ノートの作成

Step1
課題を読む
Step2
語彙(ごい)調べ
 
(不確かな単語や用語をリストし、辞書で意味や定義を調べる。)
Step3
著者の中心的主張の把握・理解
 
(著者の中心的・全体的な主張を自分の言葉で書く。)
Step4
テーマ・トピックの選定と理解
 
(主張と関連する話題を見つけ短くまとめる。関連する疑問や感想を書く。)
Step5
教材の発展的理解(知識の適用と関連付け)
 
(他の概念・既習の知識と教材から得た知識との関連性を書き留める。)
Step6
教材から得た知識の人生への適用・意義付け
 
(学んだ知識が自身の現在・過去・未来の生活場面にどう繋がるか、書き留める。)
Step7
著者の主張の評価
 
(読書課題に対する自分の考えと評価を書く。)

 LTDの当日は、話し合いの基本姿勢について確認します。特に、話し合いにおける「グループへの貢献」「積極的傾聴」また「グループのメンバーは公平であること」等を確認します。特に、仲間の話すことを真剣に聴く姿勢こそ、討議を成立させる基本的な要件であることを銘記させます。また「LTD記録紙」(安永、2006所収)を配布しておきます。この記録紙は、話し合いの事前の状態を10点刻みの100点満点で評価する欄とLTDの事後に、話し合いを振り返り、評価する欄があります。また感想、質問等を書き込む欄も設けられています。さらにグループの仲間の話し合いへの貢献度を点数化する欄もあります。通常、この大人数の講義では個人の貢献度の評価欄には記入させませんが、この明記と活用は今後の課題です。
 いよいよグループ化ですが、私の場合はその場で行います。150〜180名の学生を3〜5名からなるグループに分けます。本当は、事前にグループ化も可能であり、グループへのコミットメントを引き出すには、一定の固定メンバーを事前に設定しておくことがよいのかもしれません。この講義で使用する教室は比較的大きく、固定された机と椅子ですが、お互いに等距離で、顔と顔をつき合わせながら話し合いができるよう工夫を促します。実はこの形が話し合いには大事で、一人でも少し距離が離れていたり、顔を背けて、話したり、聞いたりすり状態では、LTDの効果は損なわれてしまいます。結構、固定椅子・机という複数人による討議には不向きな環境においても工夫によっては問題なく話し合いは可能となります。
 教室前方のスクリーンにはLTDの話し合いステップと各ステップへの配分時間を目安として映しておきます。後は各グループに任せて、第1ステップのグループのメンバーの自己紹介を含むウォーミング・アップからスタートです。討論の間は、教員は各グループの様子を見ながら、また討論の内容に耳をそばだてます。
 60分間のLTDのケースの各ステップと時間配分は表に示しておきます。60分間前後の話し合いが終わり、あとの約2〜30分を学生からの質問とその応答に使います。グループの話し合いで解決しなかった問題、新たに生じた疑問等について、事前に配布しておいた「グループ質問用紙」に書いてもらい、これらを収集し、回答します。回答できなかった問題については次回の講義の中で答えるようにしています。

話し合い学習(LTD)Steps 60分version

Step1  あいさつ:ウォーミングアップ
3分
Step2  語彙確認:用語を確認する
7分
Step3  主張把握:著者の主張を自分の言葉でまとめる
10分
Step4  主張に関連した事実・話題の検討
12分
Step5  新知識の整理と意味付け
15分
Step6  批判的吟味:改善点・問題点を挙げる
3分
Step7  振り返り:協力の成果・貢献を肯定的に相互評価する
6分
 
計60分

最終的には、「LTD記録紙」「LTDノート」、そして「グループ質問用紙」が教員の手元に回収されます。評価については、主に「LTDノート」に基づき評価し、返却します。話し合いの評価は、LTD記録紙を見ればある程度は掌握できますが、グループの組み合わせに左右され、また60グループの話し合いのプロセスについて一人の教員が評価することは困難です。したがって、LTDノートを評価し、中間・期末試験や平常点とともに総合的な成績評価の要素とします。

図1 LTD記録紙の記入例
図1 LTD記録紙の記入例

4.LTDの効果と課題

 LTDを活用することによって、
 第1にテキストを読み込むという基本的な学習スキルを鍛えることができます。語句の意味調べ、著者の主張の理解、主張と複数のトピックの関係等、テキストの主張と構成が明らかとなります。LTDのステップにそって予習することで、自ずと読み込む力を修得できるのです。
 第2に予習という個別学習の習慣化に貢献するという点です。話し合いに参加するには、予習が必要です。LTDの事後評価を見ると、予習の充実度によってLTDの成否が決まるといっても過言ではありません。話し合いを振り返る事後評価に高い点数を記入した学生は、やはりしっかり予習をして参加していることがLTD記録紙のデータの分析・整理から明らかになっています。一度でも予習が不十分な状態で参加した学生は、グループの話し合いに貢献できないことに悔しい思いをし、反省し、その次にはしっかり予習をして参加するケースが多いのです。
 第3に自身の認識と知識の更新を意識化して記述するプロセスは、新たな知識の定着のみならず、客観的なテキストの読み込みと批判的思考能力の涵養につながります。
 第4に、テキストから得た知識や著者の主張を、自身の生活や経験に適用する作業を通して、テキストの価値を確かめ、批判的評価が可能となります。
 第5には、そのような個別学習による予習の成果を持ち寄り、複数のグループ・メンバーとの「話し合い」に参加することによって、多様な見方や考え方に接することができ、テキストの理解が深まります。また自身の視野を広げることができます。

写真 LTDを導入した授業の様子
写真 LTDを導入した授業の様子
写真 LTDを導入した授業の様子

 第6に、自身の意見を他の人にいかに分かるように伝えられるか、また人の異なる意見にたいして耳を傾けて聴けるかどうか、いわゆるコミュニケーション力と論理構成力、説得力が鍛えられます。
 第7に、グループが共通の教材を通して、学びと理解を深め、広げられたという達成感と自身の学習が、他の人の学習に貢献したという協同学習の喜びを得ることができるということです。この経験は、さらなる学習への意欲を高めます。最後に、LTDを通して、参加学生に講義の理解に必要な知識、理論を共有させることができるので、授業の円滑な運営と効果的な講義が可能となります。
 課題としては、第1にLTDへの学生の取り組みと成果をいかにして正当に成績評価に反映させうるのかという問題です。LTDそのものは学びの楽しさと喜びを学生にもたらしますが、テキストの学習への取り組みと話し合いへの貢献、姿勢は、LTDノートのでき上がりだけでは、評価できません。その意味では、LTDの成果と個人の貢献度をあらかじめ、取り込んでいるLTDの本来の形式をうまく実現することがその解決法の一つなのかも知れません。第2に、LTD法においては、話し合いのステップについて体系的に整理されていますが、もう少し、簡易な形で、話し合いができるように工夫する必要があるように思われます。学問分野の特性、専門性、クラス規模等、全授業の中でLTDに期待される効果、位置づけ等によって、LTDのステップや実施形態は大いに異なってよいと思われます。その意味で他の協同学習法との併用、またそのLTD法への取り入れが模索され、多様なLTD法の創出が実践的に行われる必要があります。

5.LTDと創価大学学習支援ポータルシステム(PLAS)による効果の確認

 本学では、創価大学学習支援ポータルシステム(PLAS)を既に導入しており、このシステムの多様な機能、例えば、シラバス、レポートボックス、小テスト、授業アンケート、講義連絡、成績評価等の管理機能を活用することによって、LTDを含む講義による成果の確認や改善が可能となっています。私の担当科目では、このPLASを活用してほぼ毎回、授業アンケートをとっています。また、頻繁に授業の前にキーワードを課題としてPLASを通じて課し、調べた課題をPLASのレポートボックスに提出してもらっています。アンケートの内容は同じく、このPLASを講義に活用している同僚の案を借用させてもらっています。講義への共感の強さを問う択一式の問いと理解度の自己評価を問う択一式の問い、そして、感想、質問を記述する記述式の問いの3部構成です。アンケートの集計結果は自動的に更新され、毎回、前回の講義の結果を踏まえてクラスに臨み、重要な質問には回答し、クラスで共有できるようにしています。特に大きなクラス規模ではこのポータルサイトの機能は、学生と教員のコミュニケーションの実現、クラスの成員間の問題意識、知識の共有を可能としてくれます。また常に講義の改善が可能となります。

図2 学習支援ポータルシステム(PLAS)のアンケート画面
図2 学習支援ポータルシステム(PLAS)のアンケート画面

 LTDの成果はこのPLASによるアンケート結果に明らかです。この秋学期に始まった「開発と貧困の経済学」の授業で10月の中旬に第1回目のLTDを実施しました。受講学生のほとんどが初めての体験です。無事終了し、各自Web上でPLASのアンケートに答えてもらいました。「今回のLTDは有意義でしたか」の問いに対して、180人の履修学生の内134人が回答し、最上の「非常に有意義だった」を選んだ学生43%、「まあまあ有意義だった」が37%、この二つ合わせて約8割の学生が「有意義」と認めたことは、期待を超える結果でした。記述欄には例えば、「ひとりひとり視点も考え方違うので、新たな発見が沢山あり、大変刺激的でした。また、知識の関係付けのところでは、私が知らなかった知識を知ることができ勉強になりました」とか、「授業で吸収した内容や、今まで学んだ情報、意見を共有することができ、非常に面白く、そして、ためになりました」、また「自分の意見を言いつつも相手の見解をしっかり聞くことができた。こういう経験は社会に出て役立つと思うのでこれからもこのような機会を作って欲しい」等の感想が寄せられました。

6.結びにかえて

 LTDは、クラスの規模にかかわらず、授業の中にうまく組み入れることによって、学生同士の対話による学び合い、問題意識の涵養と能動的な学習の習慣化を促すことができます。またLTDは大学生、市民として備えておくべき学習スキルと対話スキル、コミュニケーション力、協同の力を養うことを可能とします。特に大人数のクラスでは、多様な学習指導機能を備えた学習支援ポータルサイトとLTDを組み合わせることによって、小規模クラスと同様の成果を望むことも可能となるのです。

参考文献および関連URL [1] 創価大学経済学部 http://keizai.soka.ac.jp/
[2] 創価大学教育活動支援センター: Annual Report 第6号, 2009.
[3] 安永悟: 実践・LTD話し合い学習法. ナカニシヤ出版, 2006.
[4] Rabow,J. et al: William Fawcett Hill's Learning Through Discussion(3rd Edition). 2000.

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