人材育成のための授業紹介●生命科学

生命科学を専門としない学生へのICTを活用した授業運営

佐野 元昭(金沢工業大学 ゲノム生物工学研究所准教授)

1.はじめに

 バイオテクノロジー技術の発展に伴い、生命科学を専門としない分野でも生命科学教育の必要性が高まっています。そこで、専門としない分野の学生にも、限られた時間内で網羅的に生命科学について教える必要に迫られています。また、専門外の学生の興味をひきつけるためにも授業運営に一工夫が必要となり、その解決策の一つがICTを活用した授業運営だと思われます[1]。そこで本稿では、まだまだ部分的なICTの活用ではありますが、ICTを組み込んだ生命科学教育の授業運営について紹介します。併せて、ICTを活用した問題学生のフォローアップの取り組みについてもご紹介します。

2.ICTを活用した授業運営

 私が授業を担当している金沢工業大学バイオ・化学部 応用化学科では、生命科学系の講義科目は「基礎生化学」・「応用生化学」・「応用バイオ工学」の3科目が選択科目として開講され、そのうち2年次に開講される「基礎生化学」・「応用生化学」を担当しています。また実験・演習科目は必修で、2年次に開講される「基礎生化学実験」と、3年次に開講される「応用生化学実験・演習」の合わせて計8回の生命科学系(バイオ系)の実験が組み込まれており、こちらも担当しています。
 「基礎生化学」・「応用生化学」の授業は応用化学科(1学年約80名)の多くの学生が履修しています。応用化学科の学生にとって生命科学は専門分野外となり、高校理科で生物を履修していない学生も多く、馴染みのない単語が多く出てくることからも、まず、学生の興味を引き出すような授業運営が重要となります。そのため、講義科目と実験・演習科目がリンクするように心がけています。授業で聞いた内容を実際に自分の手で行ってみて、生命科学の基礎的内容を直に体験できるようにし、学生が生命科学に少しでも関心を持つように仕向けています。しかしながら、講義で習った内容を実際に実験で体験できるまでに時間的なずれが大きく、学生の興味を十分引き出させている状況ではありません。特に、3年次に行われる遺伝子組み換え実験では、実験そのものは学生の興味を引きつけますが、実験原理と2年次の授業の内容がどうも結びつかないようで、学生は実験をただ楽しんでいるだけのように見受けられます。
 学生の興味を引き出すための次なる手段として、授業内容と関連するタイムリーな話題について触れ、学生に生命科学について興味を持たせようと試みています。2011年度の授業で触れた話題は、新聞紙上を賑わせた病原性大腸菌や生物濃縮などがあります。新聞を読んだだけでは分からない、病原性大腸菌が持つベロ毒素の恐ろしさや、生態系の食物連鎖を経て生体内で濃縮されていく現象について詳細な説明することにより、学生が生命科学に少しでも興味を持つことができたのではないかと思っています。このように授業と関連する話題に触れ、かなり突っ込んだ説明を行うためには、かなりの時間を割かねばなりません。「基礎生化学」・「応用生化学」の両方合わせた講義数は、90分×30回ありコマ数からみるとかなり多いように思われますが、授業内容に有機化学系の一部の内容を含ませており、生命科学の基礎から最先端の内容について、簡単にすべての内容を触れるようなカリキュラム編成を行っている関係上、時間的なゆとりがあるわけではありません。そこで、時間を捻出するためにICTを活用しています。板書に当たる内容を事前に教材として、大学のホームページ(以下、HP)上の「教材配信システム」を利用して配布し、履修する学生には事前にダウンロードして一読してくるように伝えてあります(図1)。この教材配信システムは、授業科目の教材・参考資料となる電子ファイルを教員が登録し、該当する授業科目を履修している学生のみが教材ファイルをダウンロードすることが可能となっているシステムです。

図1 教材配信システムの登録画面

 事前に板書の内容を配布することで、板書に要する時間を減らすことができ、授業運営に余裕を持たせ、その時間を授業と関連する話題の説明に利用しています。また、事前に授業内容を知らせることにより、分かりにくかった部分等について、電子メールにより質問を受け付け、授業ではその部分について、より丁寧に触れるように心がけています。
 最後に、eラーニング中のアニメーションを活用した授業運用により、学生の興味をさらに引き出せないかと努力しています。使用するeラーニングですが、理想を言えば授業とリンクしたものがもっとも良いのですが、eラーニング教材を準備するために必要とされる労力、Web上で稼働させるためのシステムのメンテナンス等を考慮すると、既存で使用できるものを選択するのが現実的だと判断し、科学技術振興事業団から無償で提供されているWebラーニングプラザの中のライフサイエンス[2]を、講義や実験・演習の授業中に活用しています(図2)。講義では、代謝やタンパク質合成の部分のeラーニング教材をまず学生に見せ、その後に個々の反応や役割等について追加説明を行っています。このような授業により、学生は代謝やタンパク質合成の全体像を把握しやすくなると思います。生命科学を専門としない学生達にとって、個々の反応を覚えることはさほど重要ではなく、代謝により生体がどのように維持されているのかといった全体像を理解するのがより重要となります。

図2 Webラーニングプラザのホームページの入口

 現在使用しているeラーニング教材では、生命科学全体の内容を網羅しているわけではありませんが、わかりにくい遺伝子情報の流れや実験原理についても、アニメーションとナレーションにより説明してくれるので、学生の反応は概ね良好です(図3)。また、専門用語の説明や、簡単な自己診断試験もあり、自習用の教材としても利用できます。この教材だけで、生命科学教育を完結することはできませんが、授業の中にうまく組み込めば、学生の理解力の向上や興味を引きつける効果は大きいと考えています。

図3 ライフサイエンス分野の内容

3.ICTを活用した問題学生のフォローアップについて

 どの授業にも共通して言えることですが、授業に出てこなくなった等の問題学生をフォローアップしていくことは、現在の大学での授業運営では必要不可欠な作業となっています。そこで重要となるのが、問題学生の早期発見です。本学では、授業を行う扇が丘キャンパスと、研究を行う八束穂キャンパスが離れており(車で20分程度)、八束穂キャンパスにいる教員が授業以外で履修学生と接する機会はほとんどありません。そこで、ICTを活用した問題学生の早期発見とその対応を行っています。
 まず、出席不良者を見つけ出すシステムについてご紹介します。
 本学HP上で「出席登録システム」というシステムが稼働しています(図4)。履修している学生の出欠状況を科目担当教員が入力することで、学生の出欠状況を他の教員も閲覧することができ、出席に問題のある学生には印がつくというシステムです。このシステムを利用した大学全体の取り組みとして、出席不良者の早期発見と指導を行うため、学期中に複数回、全体の出席状況を分析し個別指導を行っています。欠席が授業数の3割を越えると、自動的に単位を落とすため、そこに至る前に主要科目の欠席状況が2割になった学生に個別指導を行い、修学状況の悪化から休学・退学等へ発展することの予防策としています。
 私が担当する授業では、出席に問題のある学生に担当教員が連絡を入れるようメッセージを、大学のHP上の「学生ポータル」というシステムの「学生個人連絡」に登録することで、該当学生が大学のHP上で教員からのメッセージを受け取れるシステムも活用し、出席に問題のある学生に対応を行っています(図5)。

図4 出席登録システムの登録及び照会画面
図5 学生個人連絡の登録画面

 次に、成績不良者の対応ですが、これも「学生個人連絡」を用いて試験の成績の悪かった学生を呼び出し、面談や電子メールでのやり取りなどを行うように心がけています。面談などを通じて、学生が理解できていない部分を確認し、前述のeラーニング教材のどの部分を学習すればよいかなどのアドバイスを与えています。
 ICTを活用すれば問題学生を簡単に解消できるというわけではありませんが、問題学生のフォローアップにICTは有効な手段になっています。

4.おわりに

 今回ご紹介した内容は、生命科学教育に本格的にICTを組み込んだものではありませんが、生命科学を専門としない学生への授業にeラーニング等を部分的に使用しただけでも、学生の興味を高めるなどの効果は高く、ICTの活用は今後絶対不可欠になってくると思います。
 将来的に、生命科学を専門としない学生を対象に絞った生命科学の教科書や副読本などを作成し、それとリンクしたeラーニング教材等を準備できれば、効果的な生命科学教育が可能となるのではないかと期待しています。また、生命科学分野は、特に進歩の著しい分野であり、教科書で教えていた内容ですら数年後には間違いとなる可能性があり、内容の精査を常に行う必要性に迫られます。教材を揃え、内容の精査を常に行っていくといった膨大な労力がかかる作業を軽減するためにも、複数大学の教員が連携を図り、教材の共有化(シラバスや授業の共有化ではなく)を将来的に視野に入れていくべきだと個人的には思っています。

参考文献および関連URL
[1] 佐野元昭:平成23年度工学教育研究講演会, p.15
[2] http://weblearningplaza.jst.go.jp/

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