人材育成のための授業紹介:情報基礎・情報専門系教育

産学連携実践教育「プロジェクトベース設計演習」における教育改善

稲永 健太郎(九州産業大学情報科学部准教授)

1.PBL系演習の教育的意義

 情報科学・情報工学を専攻とする理工系学部・研究科(以下単に情報系学部と呼ぶ)では、近年システム開発を代表事例としたPBL(Project-Based Learning)の実践事例が見受けられます。IT人材白書2011[1]によれば、調査対象の情報系の教育機関のうちおよそ4割が、プロジェクトベースで情報システム開発を行う科目(いわゆるPBL演習)を必修科目として開講しています。
 情報系学部では、専門内容である情報通信技術の進展が毎年著しく、情報技術者は常に最新の知識・技術を求められるため、従来から専門知識及び技術の習得に重点を置いて教育する傾向が強くなりがちです。一方で、情報技術者は、企業や自治体、各種法人を顧客として業務を遂行する事例が多いため、彼らには実践的(経営的)感覚を身に付けることも要求されます。これらの要求に対応できる情報技術者の育成を課せられた情報系学部において、専門内容に重点が置かれたカリキュラムの下では、実践的感覚を磨くことは容易でなく、PBLは有力な教育手段の一つとして選択されています。また、コミュニケーション能力をはじめとする社会人としての基礎的能力を身に付けさせる(あるいは身に付けるきっかけを与える)場として、PBLは有効であると考えられています[2]

2.「プロジェクトベース設計演習」の位置付け

 九州産業大学情報科学部は、大学で不足する実践的知識を企業からの支援で、合わせて産業界で不足する体系的な基礎知識を大学教員が技術セミナの形式で、育成する技術者像を共有しながら双方の不足を互いに補完し合うという、双方向型の産学連携実践教育[3](以下、単に教育)の仕組みを、地場IT企業とともに構築しました。
 図1に示すように、この教育は、連携企業からインストラクタを大学に迎えて学生を指導する“逆インターンシップ”とも言うべき「プロジェクトベース設計演習」、教員が企業に出向き現役技術者へ情報科学の専門教育を行う「組込み技術者教育」、さらに2006 年度には大学教員向けFD(Faculty Development:大学教員の教育能力開発)プログラム「開発プロジェクト研修」[3]の、計3件の取り組みから構成されています。

図1 双方向型産学連携実践教育

 この教育の主要部である「プロジェクトベース設計演習」(以下、単に演習)は、 2004年に経済産業省の産学協同実践的IT 教育訓練支援事業の支援を受け、産学協同で設計・開発されました。以来、現在(2011年度)まで8年間もの間、継続して実施されている息の長い演習です。この演習は、学部3年次後学期の正規授業(プレ卒業研究の位置付け)として実施され、2010年度からはJABEE(日本技術者教育認定機構)認定プログラム(情報及び情報関連分野)である「情報科学総合コース」の必修科目として採用されています。 このことは、カリキュラムにおけるデザイン(設計)教育の面で、学部がこの演習の重要性を認識していることを意味しています。
 演習の特徴は、連携企業である、地元IT企業の現役技術者の指導で、現実の開発プロジェクトの運営を体験させる実践的な点です。演習で在学中に現実のプロジェクト制を体験することで、受講した学生は実社会における業務の知識が得られ、就職後の業務がどのような内容であるかが理解できるようになります。このことは、この演習が情報技術者に関するキャリア教育の意味合いを含んでいることを意味します。また、演習を受講することにより、その他の授業において、どうしてこの勉強をしているのか、就職してどんなことにつながっていくのか、どんなことを学ぶ必要があるのかなど、授業へのモチベーション向上につながることも期待されています。
 表1にこれまでの実績データ(連携企業数、授業回数、学生数、教員数、外部からの評価および表彰)を示します。

3.「プロジェクトベース設計演習」の内容

 この演習は、講義、開発演習、およびまとめとしての成果発表会と総括から構成されています。講義は、開発演習を始めるにあたり、プロジェクトとはどのようなものか、組込みシステム開発およびWebアプリケーション開発とはどのようなことかを講義します。特に、実業務では品質・納期・コストが重要であること、およびコミュニケーションの重要性を意識付ける内容となっています。

表1 プロジェクトベース設計演習の実施実績
年度   連携
企業数
授業
回数
学生数 教員数  
’04 開発実施 1 8 24 1 経済産業省 産学協同実践的IT教育訓練支援事業『組込みソフトウェア技術者育成実践教育プログラム』
’05 改善実施 2 14 23 1  
’06 指導体制強化 2 14 30 5 経済産業省 産学協同実践的IT教育訓練基盤強化事業『「プロジェクトベース設計演習」FDプログラムの開発』
’07 改善実施 2 14 30 4  
’08 高度化の取組み 2 14 33 4 H20年度九州産業大学教育改善・改革支援事業 『「プロジェクトベース設計演習」における演習テーマの強化改良』
情報処理学会 情報システム教育コンテスト(ISECON)2008 「産学協同実践賞」受賞
’09 演習題材・人的体制の整備 2 14 39 6 情報処理学会 情報システム教育コンテスト(ISECON)2009「サステナブル賞」受賞
’10 改善実施 2 14 39 7  
’11 JABEE認定コース必修化 1 15 53 9 平成23〜26年度九州産業大学教育改善・改革支援事業『産学協同実践教育「プロジェクトベース設計演習」のJABEE認定コース必修科目化に伴う教育基盤強化』
情報処理学会 情報システム教育コンテスト(ISECON)2011 「審査委員特別賞」受賞

 開発演習は、図2に示すような実施体制で行っています。企業インストラクタが“顧客”役および“技術サポート”役として全体のチームの指導に当たり、 班毎には“上司”役に教員および企業インストラクタ、“先輩”役として学生サポータが専任して指導に当たるものとしています。受講生は各班に分かれ、それぞれの班においてPL(プロジェクトリーダー)をはじめ、進捗管理・経費管理・開発リーダー等の各種役割が受講生それぞれに割り当てられます。
 また、二つの班が共同して一つの開発プロジェクトに当たるものとし、毎回の演習時には、班毎の進捗ミーティングによる状況のフォローアップや、議事録の作成、終了時には日報を提出することとなっています。演習題材は、当初組込みシステムとして、LEGO社Mind Storms RCXを使用した自動車おもちゃの開発のみでしたが、2010年度以降、Webアプリケーションとして、開発プロジェクト用日報管理システムの開発が追加されました。

図2 「プロジェクトベース設計演習」実施体制

 成果発表会として、開発演習終了後、班毎にその成果を発表します。この発表会は地域の企業に呼びかけた、情報科学部産学懇談会の見学も兼ね、質疑にはこの参加者も加わります。産学懇談会は、今回の連携企業を含めた地場のIT企業や自治体に出席を求め、学部の授業等につき産業側の意見・評価を教員とともに意見交換し学部授業の改善に役立てる目的で年2回定期的に開催している取り組みです。
 成果報告会直後、総括として、企業インストラクタによる各班の演習結果の評価および班毎に受講学生各自の感想・意見を討議する場を設けています。ここでの意見は次年度の本演習の改良に非常に有益です。

4.支援環境

 前述のように、2010年度以降この演習は、JABEE認定プログラム「情報科学総合コース」の必修科目として採用されています。このことは、この演習を実施する組織的な支援体制が整備されていることも意味しています。学部として組織的な実施・支援体制が整備されたことにより、ある特定の教員あるいは連携企業側のキーマンである人物が、演習実施体制から離れた場合でも、継続的に演習を実施することが可能となっています。実際に、大学側の取りまとめ担当教員はすでに3代目に、連携企業側も2代目に“代替わり”しています。また、連携企業の技術者の演習参加とともに、参加教員数や学生サポータ(いわゆるTA)の増員といった大学側の人的体制を大学の支援の下で充実させています(詳細は表1を参照)。

5.取り組み結果や今後の課題

 これまでの演習実施において、前述した以外にも次に示すような教育改善[4]を行っています。

 これら教育内容の改良の効果を検証するため、2011年度の演習終了直後の受講生に対してアンケート調査を実施しました(N=45,回答率84.9% 回答者数のうちJABEE認定コース学生は25名)。その具体的データの一部を以下にご紹介します。

図3 アンケート結果(産学連携の取り組み)
図4 アンケート結果(開発プロジェクト体験

 図3および図4で示すように、ほぼ全員の受講生がこの演習の趣旨および産学連携の意義を理解してくれていました。JABEE認定コースの必修科目となり、演習の規模が大きくきめ細やかな教育指導が用意でなくなっているにも関わらず、例年と同様の傾向を示していたことは、演習を実施する立場として非常に勇気付けられる結果でした。
 図5では、Q(Quality)C(Cost)D(Delivery)を意識したプロジェクト管理についての理解が、おおむね受講生に浸透していることを示しています。ただ、図4の結果と合わせてみた結果、単に開発プロジェクトの体験をしただけという理解レベルに留まっている受講生が一部存在していたことがうかがえ、今後の演習実施の課題の一つと言えます。

図5 アンケート結果(プロジェクト管理)

謝辞

 九州産業大学情報科学部における「プロジェクトベース設計演習」の実施にご協力いただいている株式会社福岡CSKならびに株式会社テクノ・カルチャー・システムの関係各位に深く感謝の意を表します。また、本報告の一部は、学校法人中村産業学園平成23年度九州産業大学教育改善・改革支援事業「産学協同実践教育「プロジェクトベース設計演習」のJABEE認定コース必修科目化に伴う教育基盤強化」に依っています。

参考文献
[1] IT人材白書2011. 独立行政法人情報処理推進機構.
[2] 稲永健太郎: 大学での情報技術者育成におけるPBLの意義. 日本情報経営学会誌, Vol.32, No.1, pp.47-53, 2011.
[3] 花野井歳弘, 有田五次郎, 澤田直, 牛島和夫, 吉元健次, 牧園幸司: 双方向型産学連携実践教育, 情報処理学会論文誌, Vol.48, No.2, pp.832-845, 2007.
[4] 花野井歳弘, 稲永健太郎, 澤田直, 安武芳紘, 牛島和夫: 産学協同実践教育「プロジェクトベース設計演習」高度化の取り組み. 情報処理学会研究報告, 2009-IS-107,pp.163-170, 2009.

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