人材育成のための授業紹介:情報基礎・情報専門系教育

コンテンツ制作でのICT活用
〜ゼミナールにおける実践〜

高田 哲雄(文教大学情報学部教授)

1.情報専門教育(画像系)分野のゼミナール教育の意義

 文教大学情報学部広報学科は、メディアとコミュニケーションにおける幅広い理解=“頭”、と表現技術=“手”の両面を基礎においています。この前提に立ってゼミナールは専門的な知識と実践力を総合し、学生個人のオリジナリティーを養成します。そして、教員の個性と学生の個性がクロスオーバーすることによって、さらなる新しい可能性を引き出すことができます。筆者は、広報学科において様々なメディアの活用の一環として、主に3DCGの授業を受け持っています。2000年から2012年に至るまで基本的に“個人テーマ”を柱として、学生自身を主体にした表現目標を立て、それに取り組む授業を継続しています。CGを主軸とする専門領域ではICT活用の歴史は古く、むしろICTをめぐる周辺の教育技術において、この5年間で具体的な取り組みの改善を行ってきましたことについて述べたいと思います。

2.“個人テーマ”を重視する教育の課題

 授業は以下のようなシラバス構成を原型にしています。

1個の世界としてのテーマの発見とは?(自身の視点を再発見する)

2実作品紹介(コンセプトと資料研究。モニターで資料提示)

3テーマ検討(サーバー上で資料配布)

4イメージ提出(仮の案の提示する)

5制作におけるICT活用と様々な表現メディアの紹介

6表現メディアの選択

7個人テーマ発表会(発表前にテーマをサーバー上に提出)

8検証と制作企画(企画資料をサーバーに挙げ、相談にはメールも活用)

9メディア制作(制作にはオーサリングツール、CG、サウンド、映像編集ソフト使用)

10中間発表と再検証(発表前に作品をサーバー上に提出)

11最終合評(同上)

12手直し作業

13最終提出(基本はサーバー上に提出し、その後でパッケージ化)

14発表準備(準備プログラムをサーバーに掲載)

15展示発表会(展示情報をWebで発信)

16反省会

 現在の広報学科ゼミナール制は所定の単位を満たした学生が3年次から受講でき、1教員に対し基本15名の定員です。また「ゼミナールI」を修得した学生が同一教員の「卒業研究」を履修できます。
 最初は、学生自身が本当に表現したい世界は何なのかを自問自答します。実はソクラテスがかつて言ったように“汝自身を知れ!”ということが表現世界の中でも最初の出発点になるのだと思います。自身の夢、主張、視覚的イメージ、物語性、嗜好性等を原点としたオリジナルなデジタルコンテンツの制作・研究を目標にします。テーマを自由に選び、それぞれの「個の世界」を展開、構築していくワークです。場合によってはテーマの方向転換も許容しています。そして、成果物を公開発表するという実際の目標も立てておきます。選択するメディアのジャンルは問いませんが、最終的にDVDまたはブルーレイ等にデジタルコンテンツの形で収録し展示、上映します。また、シナリオ制作、空間デザイン、商品デザイン、ファッション・デザイン、パフォーマンス等の場合は映像化、デジタル化して提出することでICTの活用に結び付けています。
 授業は一言で言えばデジタルコンテンツの制作ですが、学生は必ずしも最初からCG作品等に専念する強い動機を持っているわけではありません。そこで、CGだけでなく映像制作全般に亘って取り組むことを許容し、サウンド、アニメ、ゲーム、デザイン、演出やパフォーマンスまで選択の範囲を広げています。しかし、“個人テーマ”といっても、学生自身にとって自らの判断と自らの意志でテーマを発見し、それを目標にするということは“自由”と同時に一種の“戸惑い”でもあり、ほとんどの学生がまるで初めての体験であるかのような反応を示します。それというのも、巨大な“情報社会”の中で情報の受け手として学んできた学生にとって、“自らが発信する立場”を想定することは今までになかったからです。
 そこで、“個人テーマ”を重視する教育におけるこれまでの問題点や障害となる状況を整理してみたいと思います。

(1)学生側の取り組みの問題点

 デジタルコンテンツといっても範囲は広く、学生の意識レベルも様々です。その中で“個人テーマ”に取り組むことは冒険に等しい面もあり、不安要素も伴います。そもそも“個人テーマ”ということの意味や位置づけが分からない場合もあるので、そこから出発しなければなりません。情報メディアにおけるICT活用の視点から特有の問題も発生します。情報量が多いためにかえってまとまらないケースや、メディアの特性が表現テーマに合っていない、などです。また、授業進行の途上においてありがちな問題は、個人の自由選択で始まる“テーマ”なのですが、自分自身の迷いがしばしばネグレクト(放棄)の自由にもつながってしまう点です。

(2)教員側の指導における問題点

 一方で、指導する側の教員にとっても困難な問題は多くあります。例えば、各人の多岐に亘るテーマについて、思考と制作の両面から進行状況を把握しなければなりません。また、コンテンツの表現目的として、エンターテインメントや芸術的感性を伝えることも狙いにあるために、教員側自身の高い審美眼や分析能力が問われると同時に、それを実際に示すための教材を豊富に用意しなければなりません。

3.授業改善の工夫

 前述の問題を改善するために、次のような取り組みを行ってきました。
 一つ目は、“個人テーマ”そのものの強迫観念を取り除くことです。作品課題などにおいて、通常の授業では最終的な作品はもちろんのこと、その途中過程における採点の総合点で評価を行いますが、結果主義ではなく、その途上の努力や熱意も評価の中に積極的に取り入れることにしました。また、最初に設定したテーマを最後まで堅持しろという脅迫観念を取り除くため、途中でのテーマ変更も許可することにしました。つまり、試行錯誤の範囲を広げ、その“迷い”を逆に“確信”へと結びつけるために“失敗”をも許容し、自信を持って堂々と迷える期間を設けたのです。ただし、単純に漂流させるだけではなく、最初に“個人テーマ”を発見するための羅針盤を与えることにしました。それは、私が独自に研究し作成した“創作的要素”という要素マップ(空間的要素、時間的要素、心理的要素、行動的要素)で、これを参照しながら学生自身がぶつかった問題の置かれている位置が確認できるものです。また、各メディアに共通する制作プロセスは最初の段階で説明し、専門領域の特有性においては個人対応で順次指導することにしています。

図1 視聴覚教材の例(立体視説明)

 二つ目は、理論と技術の両面から理解させるために、単に文章や言葉だけで説明するのではなく、画像、音声、ムービーなど視聴覚教材(図1)を最大限に活用し、教員自身の作品やICTによる制作工程を実演して見せるようにしています。
 三つ目は、全員の進行を揃えようとして無理に互いの状況をオープンにすると、逆にストレスを増大させるので、自己診断を個人管理できるカルテ(表1)を個別に作成し、活用しています。

表1 個人テーマの制作カルテ
【説明】アイデア・カードは、本来あなた自身が実現したい企画のテーマを考え、計画レベルにおいて自由な発想を生み出すためのトレーニング・ワークです。もちろん最終的には実成果物(映画制作、ゲームプログラミング、音楽レコーディング、空間や展示物の作成等を意味する)を制作することを仮定としていますが、パイロット版やサンプル作品、模型などのプレゼンテーションを行うこともOKです。またジャンルも映像(アニメを含む)、ゲーム、WEBコンテンツ、サウンド、漫画、商品デザイン、ファッション・デザイン等自由ですし、それぞれの領域を超えたハイブリッドな領域でも結構です。
プロジェクト・テーマ テーマ
表現の目的 あなた自身は何をしている時が最も“幸福”と感じますか?また、それはなぜですか?観客または顧客はそれに共感する可能性はありますか?表現の目的として、何を(主張や感性)→どのように(表現手法)伝えたいのですか?→誰に(訴求対象)
コンセプト あなたが描きたい世界の“価値”はなんですか?そのテーマを裏付ける考え方や感性、依存している事実や資料はなんですか?それは現実の社会において受け入れられる哲学ですか?それとも現実には受け入れられないが、あくまで理想としてあなたが描き続ける夢のような世界なのですか?
表現ジャンル 全体的にはマルチメディア(デジタル・コンテンツ)ということですが‥‥もう少し具体的な表現のジャンルとして選択するなら何ですか?→アニメ(手描きアニメ、CG)、立体映像、映画、ゲーム、音楽(作詞・作曲、生演奏、レコーディング、音楽のジャンル、サウンド・デザイン)、WEBコンテンツ、漫画(ストーリー漫画、カートゥーン)、空間デザイン、キャラクター(Figure)、絵画、インスタレーション、ファッション・デザイン、シナリオ開発、出版、小説、イラスト、グラフィック・デザイン、アクセサリ・デザイン、写真、実験映像、インタラクティブ・アート
ストーリー ログライン(物語の要約)、または感情的・時間的なイメージはなんですか?
視覚的イメージ 映像や絵画など、視覚的なイメージとしてどのような世界を描くのか言葉による説明と同時に実際の視覚的な資料(コピーまたは引用)を添付しなさい。
表現技法 制作を仮定したときの表現技法について具体的に書きなさい。(映像であればDV標準カメラ、またはハイビジョン・カメラなど、アニメであればCGまたは手描き表現など)複合技法の場合もすべてを記述。
表現上の問題点 実際に表現する上で不明な点や困難な点があったら、問題を整理しておいて質問しなさい。
資料研究 企画するにあたって、コンセプトや素材についてそれぞれ必要な資料を調べていますか?資料の出典について分かっている範囲で記しなさい。また要望する資料があったら書いてください。
実施計画 タイムテーブルは、別紙で提示すること。 制作期間 一般公募展等への出品計画
プレゼン計画 ゼミナールで参加する外部展示会、テクニカル・フォーラムなど

 四つ目は、技術的にはCGに限ることなく、3Dコンテンツ、モバイル・コンテンツなど、ICTの全域に亘る実験的、予測的取り組みに範囲を広げることにしました。
 五つ目は、中間合評会と最終合評会では教員だけの価値観で進めるのではなく、コンテンツ制作系、ICTに関する企業、クリエイター等に実際にゼミナールの時間に来校いただき、アドバイスをもらうことにしました。そのときには学生達は緊張しますが、いつもより眼はずっと輝いています。そして、広く社会的な意見を受ける機会として公的な展示会にも出品し、“個人テーマ”の価値を学生自身が確認できる場としています。
 六つ目は、ICT環境では、本学における多角的な施設を授業で活用できるように、マルチメディアPCルーム、映像スタジオ、リハーサルルーム、サウンドスタジオなどをローテーション活用できる機会を多く設けました。

4.改善の結果と今後の課題

 これらの改善策により、学生の満足度はアンケートによっても確かな向上が見られた他、5段階評価中の最上位のカウント数も、以前に比較すると2倍以上増えています。
 今後は、最新の学生作品をより早くWeb上で紹介したいのですが、学生も指導側もより高い完成度にこだわるため時間がかかってしまう点は、特に改善課題として積極的に取り組まなければならないと思っています。


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