特集 多機能端末の試行的活用

入試広報におけるスマートフォン活用の可能性
〜東洋大学〜

加藤 建二(東洋大学入試部次長)

 2012年6月13日付日本経済新聞の「大学の魅力 アプリで訴え」という東洋大学の記事をご覧いただいた方も多いと思います。少子化で大学が受験生の募集に苦しむ中で、大学の魅力をアピールするツールとしてスマートフォンが注目されているという内容です。動画による学生インタビューや講義の配信などで興味を引く、というようなポイントが紹介されていました。本稿では、入試広報におけるスマートフォン活用について、その中身にもう少し踏み込んで紹介するとともに、実際に数カ月運用しての反響、さらに一歩進んだスマートフォン活用の可能性などにも触れてみたいと思います。

1.東洋大学が直面した、広報活動における三つの課題

 東洋大学がガイドブックのキャラクターにムーミンを起用したのは1997年、今から16年前のことです。その当時はケータイ電話が今ほど普及していませんでしたし、インターネットの人口普及率もわずか9.2%(総務省「通信利用動向調査」)でした。もちろん、スマートフォンは影もカタチもありませんでした。受験生にとって、その大学を知る手掛かりとしてガイドブックはまさに中心的な役割を担っており、本学もガイドブックを主軸にした広報活動を行っていました。しかしここ数年、この紙媒体を中心とした入試広報にいくつかの課題が生じていたのです。
 まず一つ目は、大学本来の魅力をどう伝えるかという問題です。東洋大学はお陰様でムーミンを起用してから、知名度やイメージが向上し、志願者数も順調に伸びていました。キャラクターの起用は大学を知ってもらう「きっかけ」としては大きな効果がありました。ただ、大学本来の良さを知ってもらうためには、さらにもう一歩踏み込んだ情報発信が必要ではないのか、というのがここ数年の課題になっていたのです。
 二つ目は、多くの大学に共通していることですが、ガイドブックが実際にどのくらい読まれているのか、という問題です。活字離れとよく言われますが、膨大な時間とコストをかけて制作したガイドブックが本当のところどれだけ読まれているのか、大学選択にどれくらい機能しているのか、未だに正確に掴むことができていないという現実です。
 三つ目はコストです。大学選びのポータルサイトの普及でインターネットからの資料請求が容易になり、請求数が飛躍的に伸びたことで、ガイドブックの印刷コスト、発送コストが増加しています。しかし、それに比例して志願者数が伸びたかというと、必ずしもそうではありません。印刷、発送コストの削減もまた大きな課題となっていました。

2.アプリ導入のきっかけは多彩な表現力

 このような課題解決への第一歩が、東洋大学が今年リリースしたスマートフォン・タブレットPC対応アプリです。最初に注目したのは、動画を中心とした多彩な表現力です。このアプリでは、まず学科ごとの学生インタビューを掲載しています。「各学科の魅力や学科選択の理由」といった、文章ではどうしてもキレイにまとまりすぎてしまう内容も、動画で表現することで、一人ひとりの学生の個性や生き生きした雰囲気などをリアルに伝えることができていると思います。また、サークル紹介も動画にしました。これまでは写真と簡単な実績程度の紹介でしたが、一生懸命練習に取り組む様子や、活気が伝わってきます。実際にアプリを見た高校生からは、「学生目線で学部・学科選びの理由や、その分野の魅力がリアルにわかるので、とても参考になる」、「もっと深くその学科について知りたいと思った」、「文章を読むより動画の方がわかりやすい」などの声をいただいています。動画コンテンツとしては、学長からのメッセージ、留学生やOB/OGのインタビュー、さらに東洋大学で行っている「学びライブ」という授業体験のイベントのダイジェストなども紹介しています。少し変わったところでは、学生インタビューの収録中のNG集もあります。今後は、大学にとってメイン商材とも言える授業の魅力を動画でいかに伝えていくかに取り組んでいこうと考えています。

写真1 学生インタビュー
写真2 サークル紹介
写真3 授業体験の
イベントのダイジェスト

3.ニュース配信などで飽きさせない工夫〜受験生との接触頻度を増やす

 これまでの紙のガイドブックは、印刷をした瞬間から情報が古くなるという問題がありました。東洋大学の場合は、前年度の3月にはガイドブックをリリースしますが、受験のときには1年前の情報になってしまっています。その点アプリは、更新が容易だという強みがあります。東洋大学のアプリも最初に画面を開くと、その時々の旬のネタがまず表示されます。例えば、オープンキャンパスなどのイベントの告知や当日の様子を紹介した動画、今年リニューアルした入試インフォメーションセンターのオープン告知などです。

 
 
写真4 イベントの告知や当日の様子
写真5 入試インフォーメーションセンターの
オープン告知

 これらは、受験生とのコミュニケーションの頻度を増やし、大学の動きを伝える意味で非常に大切なことだと思います。作りっぱなしで放っておいたのでは、アプリを作る意味は半減します。アプリを開く度に新しい情報が更新されていて、何度も見てくれるということが重要ではないでしょうか。

4.アイデア次第で無限の可能性〜デジタルならではの多彩な機能

 さらにアプリなら、ちょっとしたゲーム性のあるコンテンツを用意したり、インターネットのように関連するコンテンツにリンクをつけたり、グラフやチャートに動きをつけたりと、これまで紙のメディアでは難しかったことも容易に実現できます。既にリリースしているものとしては、「自分に合った学部が見つかるYES/NOテスト」があります。さらに、今年リリース予定の、自分に合った試験が検索できるシステムでは、受けたい学部学科や、入試方式、試験日などから、自分に合った試験方式の検索が可能です。また、過去問を1日1問配信するサービスも予定しています。受験生が気軽にできて、ちょっと役に立つコンテンツです。このように、動画以外にもスマートフォンならではの機能を駆使して、新しいコンテンツを様々企画しています。

 
写真6 自分に合った学部が見つかる
YES/NOテスト

5.コスト削減効果は3年スパンで

 課題の一つだったコスト削減についても、アプリの導入は効果的であると期待しています。単純な話ですがアプリはガイドブックと違い、印刷費、発送費がかかりません。サーバの管理費用などのコストはもちろん必要ですが、それ以外はコンテンツを作る費用だけです。アプリの普及でガイドブックの請求数が絞られれば、印刷コスト、発送コストが削減できます。ポイントは、ガイドブックの請求数とアプリのダウンロード数の比率なのですが、スマートフォンの普及が予想以上のスピードで進んでいることを考えると、3年ほどで初期費用は回収できるのではないかと試算しています。今年、東洋大学ではアプリの導入と同時に、より情報が効率的に届けられるようガイドブックを2分冊にするなど、量から質へと方針を転換しました。環境問題への配慮はもちろん、スマートフォンやパソコンからの情報収集がより進むことで、紙の比率は間違いなく下がってくるでしょう。

6.アプリ成功のカギは、データ分析にあり

 アプリが持つ本当の意味は、そこから高校生のニーズがこれまで以上に詳細に見えてくるということです。東洋大学にどのくらい興味を持ってくれているのか、どこに興味を持っているのか、受験までの1年、半年、3カ月、直前で興味関心がどう動いていくのかなど、今後分析をしていく予定です。これらのデータをもとに、高校生の志望理由や志望度に応じた情報を、高校生が欲しいタイミングで提供できるようにしていきたいと考えています。アプリのリリースから約4カ月、ダウンロード数も4,000件を超えてきたので(8月下旬現在)、次はデータの解析とそれに合わせた新しい情報の提供について考えるフェーズに来ています。

7.求められるデジタル・マーケティングのスキル

 一般企業の広告宣伝においては、広告のデジタル化が想像を超えたスピードで進んでいます。アプリの波も実は2年ほど前から始まっています。今回、初めてアプリの企画制作を経験して痛感したことは、進化するデジタル技術に関する知識がこれからのマーケティングには欠かせない、ということです。より進化したマーケティングもしくはブランディングを実現するには、デジタル技術は避けて通れない分野だと思います。また、デジタルに関しては、セキュリティの問題についても対応していかなければなりません。この問題は範囲が広く、奥も深いので外部の専門企業と相談しながら進めています。
 アプリは作って終わりではなく、そこからどう育てていくかがカギだと考えています。自分自身もそれに関わるスタッフも、これから楽しみながらアプリを発展させたいと考えていますので、ぜひ引き続き注目していただきたいと思います。


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