人材育成のための授業紹介:機械工学

エンジンの動作原理の学習における3DCG立体視コンテンツの活用

佐藤 智明(神奈川工科大学 工学部機械工学科准教授)

1.はじめに

 これまでの3DCG立体視システムは、大型娯楽施設のアトラクションや博物館の視聴覚施設など、大規模なものでは数千万円から数億円の予算が必要でした。近年になり、比較的小規模の数百万円程度で3DCG立体視が可能なものも普及してきていますが、3DCG立体視を実現させるための設備は未だ高価で誰でも気軽にコンテンツを作成して上映することは難しいのが現状です。教育の現場においても、大学などの大規模なシステムを導入可能な機関ではいくつか報告例[1]があります。しかしながら、小中高などの学校単位、あるいは大学の教室(講義)単位でシステムを導入するには、施設の面でも、またコンテンツ作成能力においてもまだ敷居が高いと言えるでしょう。
 その一方で、3DCG立体視システムは学習者に学習対象物の構造を認知させるためには効果的であると考えられるため、特に工学や物理学などにおける教育には非常に有効であると考えます。したがいまして、これまでより廉価な3DCG立体視システムが開発され、教員が比較的平易にコンテンツを作成できるようになれば、こうしたコンテンツによる教育効果の向上が期待できると考えます。このようなことから、ここでは、既製の視聴覚装置やPCアプリケーションを応用した廉価な3DCG立体視システムを考案し構築しました。
 今回は、このシステムを使って工学部機械工学科の授業で用いるエンジンの動作を表現した簡単な教育用3DCGコンテンツを開発し、授業に実践し、アンケートを行ってその効果を確認しましたので紹介します。

2.導入する授業科目

 今回導入した授業は、神奈川工科大学機械工学科1年生の実技・実験科目である機械工学プロジェクトの中の1テーマ「エンジンの分解組み立て実習」で実践しました。本授業は、1学年約160人が1グループ約11人からなる少人数の班に分かれ、1テーマ2週(1週2コマ180分×2週)を6テーマ、全12周に亘って行います。本テーマは、1週目にエンジンの原理を説明する際に用いました。今回は、実際にエンジンを分解する前に、CGでその構造を理解して、確認しておいてもらうことを目的としました。

3.立体視システムの概要

 本取り組みで考案した立体視映像システムを図1に示します。本立体視システムは、基本的には従来の同様なシステムにおいて、最も一般的に用いられてきた偏光メガネ方式を採用しています。これは、コンピュータで生成した左右から見た映像を、2台のプロジェクターへ別々に送り、それぞれ右目と左目の映像を別々に投影します。投影される光は、各プロジェクターのレンズの直前に設置された偏光フィルターを透してスクリーンへ投射されます。二つの偏光フィルターの偏光角度を90度ずらした状態で光を透過させることで、左右異なる偏光角度の光による映写が可能となります。映写するスクリーンには、偏光を偏光のまま反射することができるシルバースクリーンを用います。シルバースクリーン上には左右別々の映像を重ねて映写します。視聴者は偏光メガネをかけることで、右の目には右用の映像、左の目には左用の映像を見ることができます。これによって視聴者は映像を立体的に見ることができるようになっています。

図1 偏光メガネ立体視法概要図

 このシステムでは、プロジェクターは一般的な会議用のもの(1台数万円)を使い、偏光フィルターなどもプロジェクターにテープによって貼り付けているだけなので、シルバースクリーンを含めても20万円程度で構築可能です。
 また、コンテンツ制作システムは、3DCGアニメーションコンテンツの開発とコンテンツの上映を一種類のアプリケーションソフトウェアで行うことができます。ソフトウェアはAutoDesk社製Maya(教育機関用で10万円程度)を用いました[2]。このソフトウェアは3DCGのモデリング、レンダリングおよびアニメーションの作成を3DCGの知識がなくても比較的簡単に作成することができるようになっています。本ソフトの機能の中に、編集時の動作確認のために、複数の仮想カメラを作業空間上に配置し、それぞれのカメラが撮影した画像を二つの別々のウィンドウ上に再生する機能があります。ここでは、この機能を利用して、右目用と左目用の仮想カメラから移した映像をそれぞれ別々にコンピュータから出力し、前述のプロジェクターに送りコンテンツの立体視を実現します。

4.エンジンのメカニズムの理解を促進させる3DCGコンテンツの作成

 本システムを使用して、エンジンの動作原理を再現する3DCGアニメーションコンテンツを作成しました。エンジンの形式は、単気筒4ストロークサイクルガソリンエンジンです。シリンダー、ピストン、クランクシャフト、カムシャフトなど、大小22個の部品から構成されます。各部品は一つ一つMayaのモデリング機能を使って作成しました。図2にMaya編集画面中に全体を組み立てた状態の画面を示しました。図中にはそれぞれ正面図、平面図および側面図が表示されています。また、動作中のアニメーションを図3に示しました。本コンテンツのアニメーションの動作は、マウスによって操作が可能です。マウスの操作によって、エンジンを上下左右360度どの方向からでもアニメーションを観察でき、パンやドリーの操作も簡単に行えます。操作時に、左右2つの仮想カメラはお互いの相対座標を変えることなく移動するので、立体視の状態を保ったまますべての操作が可能です。

図2 Maya編集画面中の組み立て図
図3 カムを強調した状態でのアニメーションの実行

5.3DCG立体視コンテンツの実践

 完成したアニメーションコンテンツを前述の「エンジンの分解組立実習」において実践しました。分解組み立て実習を実施する前に、エンジンの動作する原理を説明しますが、このとき本コンテンツを実演し説明しました。授業終了後、学生に対して理解度に関するアンケート調査を行いました。写真1および写真2に本コンテンツ実践のときの様子を示します。

写真1 偏光メガネの装着による立体視観察
写真2 立体視実演の様子

5.アンケートの結果

 本コンテンツの実践後に行ったアンケート結果を図4に示します。問1の結果から、概ね立体視による実演は成功したと考えられますが、約10%の被験者がコンテンツを立体的に見ることができなかったという結果を得ました。このことから、立体視はその見え方に個人差があることが分かりました。また、問5の目の疲れを感じた被験者が約70%に達していますが、この理由として、今回開発したシステムでは、左右の画像を映写する二つのプロジェクターからの画像の大きさが微妙に異なっていました。そして、その調整機能を設けていなかったことが、被験者の目の疲れを誘発したと考えられます。さらに、問1の結果についても、この微妙なずれが、被験者に立体的に見えにくくさせた原因の一つと考えられます。しかしながら、これらの詳細な検討はまだ行っていないため、これらは今後の検討課題となります。いずれにしても左右のズレの微調整は必要で、今後は微調整の機能を加え、より見やすいシステムに改良する必要があると考えます。
 その他の項目は概ね評価が高く、特に問3のメカニズムを理解することに対しての評価は非常に高く、本コンテンツの目的であるエンジンのメカニズムの理解を促進させるという目的は概ね達成されたと考えます。

図4 アンケートの結果

7.おわりに

 今回は、エンジンの構造や動作原理を理解させるための立体視コンテンツを制作し、授業で実践した結果を紹介しました。本立体視システムは、様々なコンテンツの実演に対応できるので、今後はその他の機械構造物のコンテンツを作成して、授業や広く社会での技術啓蒙活動に役立てていく予定です。

参考文献
[1] 近藤智嗣: VR技術による空間表現手法の教育応用.
日本教育工学会研究報告集, No.2-4, pp.1-6, 2002.
[2] Dariush Derakhshan: 3DビギナーのためのMaya. エイリアスシステムズ(株), 2005.

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