人材育成のための授業紹介・経営学

「もし、あなたが社長なら・・・」
組織の一員になったつもりで組織論を学ぶ
〜モバイルクリッカーを活用した授業の紹介〜

寺澤 朝子(中部大学 経営情報学部教授)

1.はじめに

 「今日はキューモを使うので、携帯・スマホは机の上に置いてください。指示があるまで、触らないように。」これが、「Cumoc(キューモ)」を利用する授業の冒頭で、いつも学生に伝える注意事項です。筆者の「組織行動論」の授業では、授業中に携帯電話・スマートフォンを利用することが度々あります。その理由をここではご紹介したいと思います。
 「Cumoc」とは、中部大学が独自に開発したモバイルクリッカー(Chubu University Mobile Clicker)の愛称です。「Cumoc」は、2008年度から中部大学が提供している「授業改善アンケート」システムにおいて、2010年度から運用がスタートした受講生が携帯電話やスマートフォンを利用して回答するクリッカー機能のことを言います。クリッカー(Clicker)は、教員が作ったアンケートについて授業中に受講生からの回答をリアルタイムに集めて、その結果を教員と受講生が一緒に見ながら授業を進めていく、教員と受講生が一体となって双方向対話型の授業を構築していくためのツールです。

2.「Cumoc」の特徴

 クリッカー自体は、レスポンスアナライザー(集団反応分析装置)として市販の教育用ソフトや機器もあり、珍しいツールではありませんが、中部大学独自のクリッカー「Cumoc」では、回答する端末は学生自身が所有する携帯電話やスマートフォンであり、授業の受講登録と連動しているため、受講している学生のみが、担当教員が自由に作成した設問に答えることが可能になっています(図1)。

図1 Cumoc(受講生案内)

 中部大学では、ほぼすべての講義室でネットワーク環境とプロジェクタ等の映像装置が整備されています。教員はパソコンさえあれば、すべての授業で「Cumoc」を活用することができます。さらに、選択設問だけではなく自由記述欄があるため、学生からのコメントも回収することが可能です。ここが市販のクリッカーと最も異なる点だと思います。この「Cumoc」を利用した場合の教育効果を、中部大学大学教育研究センターでは、学生側のメリットと教員側のメリットに分けて次ページ表1の通り六つあげています。

表1 Cumoc利用による学生と教員のメリット

3.科目の位置づけと授業改善の内容

 筆者の担当する「組織行動論」は、経営情報学部経営学科の専門科目カリキュラムにおいて、1年次に開講されている必修科目であり、毎年の受講人数は、140人程度です。この科目は、経営学の基礎を学ぶ科目の一つに位置付けられ、組織とは何か、組織はどのように作られるのかを学ぶものです。筆者の専門分野である組織行動論に基づき、この授業では四つの具体的目標を掲げています。

表2 授業の具体的目標

 大学に入学したばかりの1年生にとっては、「組織」という言葉ひとつをとっても、具体的なイメージは涌きにくいようです。かつては3年次に開講されていた「組織行動論」が、5年前のカリキュラム改革で1年次開講に変更されたときに、授業内容と授業運営の仕方を大幅に見直したという経緯があります。
 主に見直した点として、紹介する理論の絞り込み、学生との双方向性コミュニケーション、知識定着確認のためのテスト回数やコメント提出回数の増加があげられます。組織の基礎的な用語や概念を習得しておかなければ、事例を活用した組織変革のプロセスの面白さはわかりません。自分では教えた、伝えたつもりと考えていたことが学生にうまく伝わっていない、理解できていないことのギャップをどのように埋めていくのか、試行錯誤を繰り返す日々でした。

4.「Cumoc」活用のポイント

 「Cumoc」をうまく活用すれば、学生の知識定着率を高め、授業理解度をあげられるのではないかと考え、4年前から全面的に取り入れた授業を実施しています。

写真1  授業風景

 「組織行動論」の授業では、主に三つの目的で「Cumoc」を活用します。一つ目は、「学期中に2度実施する小テスト前の知識定着の確認」と、「学生に復習することを促すための利用」です。小テストの直前の授業では、テストに出す用語も含めて、学生の理解度を確認するようにしています。正答率が70%を切るような問題に関しては、教員自身の意図が上手く伝わっていないことに気付く場合もあり、その場で簡単に復習し、学生にも復習をしておくようにアドバイスをしています。
 二つ目は、「ロールプレイ的な活用」です。部活動やアルバイトで、組織メンバーとなった経験や日常生活の経験から、自分ならどのように行動するだろうかと考えてもらうことによって、理論と体験を結び付けさせる工夫をしています。例えば、組織変革において当事者意識を持てないことを説明する“傍観者効果”を考えさせるときには、次の二つの質問を学生に投げかけています。
 「キャンパス内で、しゃがみこんで苦しそうにしている人がいます。周りには自分以外に人は見当たりません。あなたならどうしますか?」と「キャンパス内で、しゃがみこんで苦しそうにしている人がいます。周りは、自分以外に多くの学生が歩いています。あなたならどうしますか?」の両方の質問を投げかけると、前者ではかなりの学生が声をかけて助ける行動をとるのに対して、後者では声をかけて助ける学生の割合が明らかに減少します。学生に円グラフでその回答割合の差を見せると、とても驚きます(図2)。

図2 Cumocによるロールプレイの集計結果

 回答は匿名なので、学生は正直に自分の考えを伝えることができます。だからこそ、同じ状況であっても、自分が周りの様子を見て、行動を決めているという傍観者効果や日和見主義的な行動パターンが実感できるのです。こういったロールプレイを挙手で行うことは恥ずかしさもあって難しく、「Cumoc」ならではの活用の仕方と言えるでしょう。
 最後に、昨年度から始めた試みが、「自由記述欄を活用した意見表明」の機会の提供です。授業中にもできるだけ学生の意見を聴きながら、講義を進めていますが、授業の最後に、本日の授業内容に関する短い質問を投げかける機会を設けるようにしました。「Cumoc」の回答は、開始してから最大24時間まで回答を送信することが可能であるため、じっくり考えてから回答を送りたい学生は、自宅のパソコンから回答することもできます。「Cumoc」は匿名ですが、回答とともに学籍番号と氏名を書けば、加点対象にもしています。こうすることによって、紙のコメント用紙を使わずに、学生から授業へのコメントやアイデアを募ることも可能となりました。当然、ユニークなコメントに関しては、次の授業でフィードバックを行っています。

5.「Cumoc」の教育効果と課題

 「Cumoc」を活用することによって、筆者自身は、学生の知識定着率の向上、理解度が向上した手ごたえをテストの採点やレポート内容から感じています。また、学生の授業参加意欲に関しても、向上しているのではないかと思います。以前、受講生に簡単なアンケートを行った際には、半数以上の学生から、授業中の学習意欲が高まったという回答が得られました。また、受講生が積極的に参加する理由として、「他の人がどんな回答をしたのか、集計結果を見ることに興味があった」との回答が最も多かったことも興味深い結果でした。「Cumoc」に参加することで、学生は、授業に自ら進んで参加している実感が得られているようです。
 ただし、「Cumoc」の活用にも課題はあります。設問への回答は強制していない上、匿名であるため、多用し過ぎることによって飽きてしまうのか、徐々に参加率が下がっていくことがあります。筆者の授業でも、15週の冒頭での参加率は8割を超えていますが、15週の半ばを過ぎると6割程度に低下してしまうときがあります。学生の興味・関心を維持する設問を設けるなど、授業中の回答率をいかにあげていくかが授業担当者にとっての課題です。また、設問への回答以外には、携帯電話やスマートフォンを触らないようにという指示を出していますが、一度触ってしまうと回答が終わってもそのまま触り続けてしまう学生もいます。「Cumoc」を使うことが受講生にとって良い気分転換にはなりますが、その後再び講師の話に集中させるための工夫も必要かもしれません。
 毎年、「Cumoc」の活用の仕方も少しずつ改善を重ねていますが、その効果を検証するためにも今後は、学生への教育効果に関する調査等に取り組んでいきたいと考えています。

関連URL
[1] 『魅力ある授業づくり』のために−中部大学の取り組み−
http://www.chubu.ac.jp/fdp/
[2] 中部大学大学教育研究センター・ホームページ
http://www.chubu.ac.jp/fd/

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