人材育成のための授業紹介・被服学

産業界との情報交換を通じた実践的なブランド企画能力の育成

山口 惠子(神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科教授)

1.はじめに

 私達の衣生活は、衣服を選択、購入し、着用するという時代に入りました。すなわち、衣服は商品化され消費財になったのです。こういった時代では、快適で心地好い衣生活を営むために、私達の周りの衣環境を的確に把握する必要が生まれます。すなわち、商品として生産された衣服は、誰が、どこで、何を託されて、どのように生産されているか、理解することが必要です。言い換えれば、現在のアパレル産業の構造と生産のプロセスを把握し、社会との関連の中でアパレル製品の在り方を理解し、実際の社会でどのように商品化され、生産されているのかを知ることが重要となってきます。しかし、現状の教育においては、実際を見ることなく、知識の伝達に終始している場合がほとんどです。
 ここで紹介する授業は、産業界との情報交換と実体験を通した産学連携して授業を展開し、さらに自分自身の時代を読む感性を駆使して、自主的で実践的な商品企画能力の開発を目指しています。

2.ファッションデザイン教育におけるデジタル化の流れ

 ファッションデザインという領域では、衣服のデザインは、デザイン画で構想され発表されることが多いと言えます。それを、パターンナーに提出し、パターンが作製され、基本体型におけるサンプルが制作されていきます。それとともに、生地、付属品、その他の情報や縫製仕様書が添付され、一つの衣装が制作されていきます。それらに再現性や一般性を付加するために、デジタル化が進められています。本学でも、1)デザイン画作成、2)衣服のイメージ表現、3)パターン制作、4)仕様書作成、5)プレゼンテーションでICTを活用するため、1年次から情報教育に取り組んでいます。一般に使用しているソフトを表1で示します。

表1 デジタル化のために用いられているソフト
用途 使用ソフト
1)デザイン画 Illustrator
2)衣服のイメージ表現 Photoshop
3)パターン Illustrator
4)仕様書 Word, Excel
5)プレゼンテーション Power Point

 これらのデザインに関する情報教育を2年間で修得した後、専門教育に入っていきます。表1の1)デザイン画、2)衣服のイメージ表現をデジタルで表すことは、学生自身が意見を的確に伝えることや教員の指導において、ポイントを明確にできる点で非常に重要です。また、デザインにおける色の調整などにも有効です。これらは、実際の社会における現場でも利用できるということを前提に教育しています。
 現在の被服学の教育では、社会の現場のレベルを保ちながら、学生自身の創造性をデジタルで表せるようにすることが重要になっています。実際には、このようなデザインの授業だけでなく、2年次までのカリキュラムで、基礎的な被服材料、染色学、被服構成、人体の生理や心理などの知識を同時に修得していきます。さらに、マーケティング、商品企画の基礎知識を修得しておく必要がありますが、身についていない能力については、eラーニングで補完できる仕組みを構築しています。
 本稿で紹介する産業界とコラボレーションしたブランド企画は、3年次後半の総合プロジェクトとして組まれている授業です。そこでは、これまでの基礎知識を使って、産業界の要望を理解し、自分達の意見を組み立て、デザイン化し、発表する流れとなっています。

3.ファッション情報をデジタル化した授業

 この授業は小グループ制で行い、各グループが一つの企業と連携し、その企業から次シーズンの商品テーマを説明していただき、それに即した商品デザインを考えていくものです。授業の一例を紹介します。

(1)産業界との情報交換と実体験を通した産学連携

1)産業現場と連携して、フィールドワークを実施することで、現場の生産プロセスを把握・理解します(写真1)。

写真1 産業現場のフィールドワークの様子

2)産業データベースなどによる情報収集やマーケットリサーチを行い、コンセプトやデザインの傾向を理解します。

3)企業の次シーズンに向けた商品テーマを理解します。

図1 デザイン提案

4)テーマに沿って、デザイン考案します(図1)。

5)ブランド制作に適切なものを選出して、グループで議論し、コンセプトを明確にし、プロセスを共有化します(図2)。

例 ターゲット:50代のメンズ・エレガント・カジュアルウェア

コンセプト:旅行でのカジュアルウェアを想定し、

のウェアをデザインした。

イメージモデル:渡辺謙それぞれのシーンにふさわしい、カッコイイスタイルの提案

図2 コンセプト・ターゲットを共有化

6)デザインの修正を繰り返し、ブランドコンセプトを確定し最終デザインを確認します。

7)制作の過程を整理するために学修ポートフォリオの形でファイリングし、企画書を制作します(図3)。

図3 デザインのファイリング、企画書制作

8)学修成果として作成したブランドデザインをプレゼンテーションし、企業の評価を受けます(写真2)。

写真2 ブランドデザインをプレゼンテーション

9)各グループ間で相互評価を行うとともにネットを通じて学内外に公開します。

 ここに示したプロジェクトでは、衣服の特徴を出すために

 という制作方針を決めてデザインに取り掛かり、企業から評価を得て、商品として製造していただく結果を得られました。写真3が商品となった作品で、かなり凝った柄が採用されました。

写真3 商品化された作品

 このプロジェクトの中で、小グループで意見を交換するためには、デジタル化したデザイン画、仕様書、柄の作成におけるデジタル化などが大いに力を発揮し、そのデータを中心に盛んに意見が出され、シビアな内容へと高めていった過程がありました。

(2)商品企画の提案

 以上のような産業現場と連携した実体験授業を行った上に、さらに自由な発想でバーチャルカンパニーにおける商品企画の提案をします。

1)ある仮定を想定し、企業の分野(アパレルメーカー[レディース/メンズ]、バックメーカー、下着メーカーなど)を決定した上で、具体的な商品テーマを選定します。

2)事前にネット上で産地や企業をリサーチし、フィールドワークすべき内容を絞り込みます。

3)産地見学を行い、その結果をレポートにまとめ学修支援システム上に掲載し、情報共有します。

4)バーチャルカンパニーを設立させ、役割分担に従ってブランドプランニングをします。

5)グループの中でテーマに基づきコンセプト、ターゲットを決定します。

6)サンプル制作を行い、産地・企業に向けてブランド提案し、商品化を目指します。

7)プレゼンテーションし、評価を受けます。

8)学修過程を学修ポートフォリオに記録するとともに、評価結果をデータベース化し、発展的な授業改善につなげます。

4.おわりに

 この授業を通じて学生は、企業と接し、企業の現状や商品に対する考え方を知り、非常に驚き、自分達の行った意味と成果を目の当たりにして、これからの進むべき道を知ったと話しています。実践型の授業により、学生は一つ一つの学修内容の意味を理解しながら真摯に取り組み、新しいアイデアを出すようになりました。
 学びをプラットフォーム化することで、教員−学生−産地・企業との連携をリアルタイムで行うことができ、編集作業にも学生が積極的に参加するようになり、デジタル化の授業の意味を明確に示せるようになりました。
 今後はさらに、授業の中で社会参加の要素を取り入れる必要があると考えています。


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