人材育成のための授業紹介・被服学

顕微鏡をはじめとする分析装置の視覚化と
ICT活用による繊維材料系学生実験の活性化

鈴木ちひろ
(和洋女子大学家政学群服飾造形学類助手)
鬘谷  要
(和洋女子大学家政学群服飾造形学類教授)

1.はじめに

 「百聞は一見にしかず」とはよく言ったもので、自然科学の世界ではどんなに言葉を尽くして説明しても実物を見せる以上の教育効果は期待できません。我々は繊維材料を取り扱う化学系実験科目で、ICTの利用により、あらゆる事象を実際に見せることから学生の好奇心と学習意欲を活性化させる取り組みを行っています。

2.授業科目の位置づけ

 今回ご紹介する科目は「繊維鑑別実験」と「機器分析実験」で、本学家政学群服飾造形学類における専門教育科目で、衣料管理士一級必修科目となっています。対象学年は2年生以上で、人数は1クラス30名から最大48名とし、40名を越えた場合は時間割が許す限り追加開講しています。
 繊維鑑別実験は繊維材料の形態や化学構造の違いを利用して、繊維の鑑別を行うことを目的とし、光学顕微鏡観察、染色性、燃焼性、溶解性、比重などを調べる科目で、機器分析実験は電子顕微鏡、サーモカメラ、紫外・可視・赤外分光法、HPLC、質量分析やNMRといった、繊維材料の装置分析の原理を理解し測定操作を経験する科目です。

3.これまでの問題点

 本学服飾造形学類では、カリキュラム内容は「ものづくり系」と「服飾科学系」におよそ大別されていますが、実際在籍する学生の志向はほぼ完全に「ものづくり系」です。このような中で、服飾科学系の実験科目の履修の理由の第一は、資格(衣料管理士資格)に必修となっているためで、内容に興味があって履修する学生は残念ながら非常に少なくなっています。したがって、履修意欲や科目への興味が低く、多くの学生が受動的な態度で受講していることがかねてより問題となっていました。併せて、高等学校までで化学を履修してくるような理科系の学生は皆無で、衣料用繊維素材について科学的知識を修得させるための動機付けが難しくなっていました。
 また、大勢の学生を同時に受講させる学生実験では、全員にきめ細かな指導を行うことが難しく、実験操作や観察のポイントをいかに正確に全員に周知させるかも課題となっていました。

4.まずは顕微鏡の観察画像から

 衣料用素材に好奇心を芽生えさせること、興味を起こさせることを目標に、難しい理論から入る前に、まずは視覚に訴えることにしました。特に繊維素材はミクロの構造が機能発現と密接に関与していることから、顕微鏡下に広がる微細な世界の鮮明な画像をリアルタイムに見せることを第一段階の目標としました。続いて、各班の実験操作、実験経過および結果(取得画像)を教員がリアルタイムで把握できると同時に、すべての学生と同時に共有できる仕掛けを作りたいと考えました。ここでリアルタイムに拘ったのは臨場感こそが授業の命だという信念からです。まず常に画像が取得できるコンピュータ制御のデジタル顕微鏡、次に学生の全班にUSBカメラ付きパソコンを配布し、そのパソコン画面を実験室全体で常に共有できるシステムを構築することを計画しました。
 コンピュータ制御のデジタル光学顕微鏡(ニコン製、AZ100M)および表面分析用デジタルマイクロスコープ(ニコン製、ShuttlePix: P-400Rv)を指導機として教卓に導入し、顕微鏡観察のポイントを実際の観察画像を使って指導することにしました。全班に配置するパソコンは画面(デスクトップ)の共有が容易で操作が簡便なAppleのMacBookProとし、5GHz帯域の高速無線LANで繋ぎました。学生用パソコンにはUSBカメラを繋ぎ、光学顕微鏡の接眼レンズの観察像をはじめ、実験台で行われる様々な実験操作や、結果として得られる事象を簡単に撮影することができます。
 デジタル顕微鏡の画像は、当初XGA (1024 ×768)の液晶プロジェクターを介してスクリーンに投影したのですが、解像度、明るさとも満足できるものではなかったため、Full-HD(1920 ×1080)のプラズマディスプレイ2台を別途天吊りで設置し、顕微鏡観察画像用としました。学生とのPCの画面共有については、6〜8台のクライアント(学生)機であれば無線LAN経由であってもまったくストレスなく快適に動画を表示させることができました。

5.システムは単純明快に

 実験室全体の情報共有を実現する際に留意したことは、専用のハードウエアや大がかりな装置に依存するシステムは、導入の際の初期投資や運用に必要な専門知識が普及の妨げになると考えられたため、すべて汎用のパソコンのみとし、特別なハードウエアおよびソフトウエアは一切用いないこととしました。実験の際の班の台数+教員用1台のパソコン(MacBookPro)とAppleが安価に提供しているデスクトップ共有アプリケーションApple Remote Desktopを用いることで、無線LAN越しにタイムラグなく最大9台のパソコンを接続し、双方向でのリアルタイム画像やファイルの共有が可能となりました(写真1)。無線LANルーターもAirMac Extreme1台ですべてのクライアント機を余裕を持って賄えました。

写真1 教卓の機器
(左から)デジタル顕微鏡、教員用のパソコン、顕微鏡制御用のパソコン

 学生機の画面を並列表示できる教員機の画面をそのまま実験室の大型スクリーンに映すことで、すべての班で行われていることが生中継できるようになりました(写真2)。また、模範となる班の画像はいつでも単独で拡大表示できます。

写真2 実験室風景
六つの班のデスクトップがリアルタイムに同時にスクリーンに映写されている。

6.実際の授業で

 例えば顕微鏡観察において重要なことは、画像の中のどこをどう見るか、この観察像から何が分かるのかを把握して観察することであり、漫然と眺めて記録するだけでは目的は達成されません。デジタル顕微鏡はパソコンの画面で観察を行うことが可能ですので、学生と一緒に画像から何を読み取って欲しいのかをディスプレイを指し示しながら解説することで、学生の理解が飛躍的に高まりました。
 また、実験の原理や手順、データ整理の方法を画像とリンクをふんだんに取り入れたパワーポイントで行い、スクリーンでの説明後、パワーポイントのファイルを学生機に送ることで、学生は班毎のペースでパワーポイントの必要なページを確認しながら実験操作を行うことができるようになりました。Webに参照して欲しい情報があればパワーポイントにリンクを張っておけますし、計算が難しい実験では、データを整理するためのエクセルファイルをLANで配布することもできます(写真3)。同時に私は授業に際して「携帯でもスマホでも文明の利器は何でも自由に使って下さい。今あるものは何をどう使っても構いません。折角持っているのに使わないと損をします。」と最初に伝えることにしています。

写真3 実験風景
積極的にパソコンを利用して実験を進めている。

7.あらゆる画像を扱えるように

 ここまでの取り組みで大きな手応えがあったので、さらに実験室内のあらゆる画像をデジタル化し中継できるようにしました(写真4)。

写真4 Webカメラの画像
実験室の様子を中継で模範となる事例を全員に見せたり、別の部屋から実験室の安全が確認できる。

 まず、天井2カ所にWebカメラを設置し、教員の模範操作や手技、また学生の実験台で行われている他の模範となる興味深い事象について中継を可能にしました。このWebカメラの映像は学内であればどこからでも見ることができ、教員の居室からも実験室の状況が確認できます。
 さらに、紫外・可視・赤外分光装置、HPLC、サーモカメラなどの分析機器を順次パソコン制御の機種に更新し、その操作画面を直接スクリーンやプラズマディスプレイに映すことで、操作の説明や測定中の画面を中継することが可能となりました。全体の機器構成を図1に示します。

図1 全体の機器構成図

8.学生からの高い評価

 この実験室で10回受講させた後に、全員にアンケートを採ったところ実験室へのパソコンの導入に賛成と答えた学生は実に100%で、評価ポイントとして「画像の共有」「データの整理と共有」「何でも調べられる」などが多数を占めました。
 教材や資料または模範操作を、スクリーン等で見せることについても、極めて高い評価が得られ、自由記述欄に「百聞は一見にしかず」との記載があり、我々の目標が高い次元で実現されつつあることが示されました。
 また、情報機器(スマホ、携帯、デジカメなど)を自由に使用できるようにしていることについて尋ねたところ、正確で鮮明な画像を記録として残せることや、情報共有に対する高い評価で一致していました。特に、最新の携帯のカメラの高画質化と、即時にネットワーク上で画像を共有できる機能を評価する回答が目立ちました。
 さらに、現在本学が評価試用を行っているクラウド型教育支援システム”manaba folio”上での情報共有を学生が自発的に行うことで、班のメンバーで実験データが共有でき、自宅からのアクセスも可能なことからレポート課題作成等に効果的に活用されています。このことは、当初教員側が想定していなかった活用法ですが、学生が利用可能なICTインフラを有機的につなぎ合わせて活用することで、想定以上の成果を挙げられた良い例と言えます。想定外の効果としては、内向的な性格でグループに溶け込み難かった学生が、“パソコン担当”として居場所を見つけ積極的にグループに参加するようになったことも挙げられます。
 実際この仕掛けを導入してから、履修者の落伍が顕著に減少し、導入以前は10-20%の失格者がありましたが、本年度は0%(履修者全員単位修得)の見込みになっています。

9.今後に向けて

 初期の目的は十分に達成できたと考えられますが、さらにWebカメラやプラズマディスプレイの増設、プロジェクターの高解像度化などのハードの機能強化を行いたいと考えています。学生達も積極的に参加することで、パソコン接続のカメラの性能を上げて欲しいとか、manabaが使いにくいなど色々と改善の希望を出してくれます。
 学生にパソコンなどのICT機器を与える場合、その使い方は教員が規定しなくても学生が自発的に考えるため、教員が細かく使い方を決めることは好ましくないと改めて思います。我々教員は新しいツールだけを準備し、使い方は学生に考えさせることで、これからICT全盛の社会に漕ぎ出す学生にとっても貴重な経験になるはずです。何よりICTを使うときは、あれはダメ、これはダメと決して否定しないことが成功の秘訣です。

 今回の教育環境改善事業は平成20-22年度日本私立学校振興・共済事業団の私立大学等経常費補助金特別補助の交付を受け、また平成24年度からは和洋女子大学独自の教育振興支援経費を受けて実施しています。


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