事業活動報告 No.1

教育改革FD/ICT理事長・学長等会議 開催報告
「未来を切り拓く大学教育のイノベーションを考える」

 平成25年8月1日(火)午後1時、工学院大学新宿キャンパスを会場に78大学7短期大学より、149名の理事長、学長、学部長等関係者が参集して開催。
 大学教育のイノベーションを考察するため、プロブレム・ベースドラーニング(問題発見解決型学修)の課題を整理し、学生の自律的学びを深化させる学修ポートフォリオの活用など大学として行動すべき教学マネジメントを探求する場とした。
 開会に当たり向殿政男会長(明治大学)より、「教育の質的転換をどのようなところからはじめ、どのような方法で教育を変革していくことが望ましいのか、教学マネジメントの視座を探求する機会にしたい」との開催趣旨の挨拶があった。
 次いで、会場校を代表して学校法人工学院大学理事長高田 貢氏より、「グローバル化人材の育成や教育システムの変革がクローズアップされ、高等教育界で優勝劣敗の時代を迎えようとしている中で大学教育のイノベーションをテーマに会議を開催されることは大変有意義である」との挨拶があり、プログラムに入った。

講演

「主体性を育む学びのイノベーション−PBL(問題発見解決型学修)の導入と課題」

 

安西 祐一郎氏(中央教育審議会副会長[当時]、日本学術振興会理事長)より、概ね次のような考えが披露された。

1.教育関係者の意識変革が課題

 日本の大学教育は、教員が教壇で話し、学生が聞いてノートをとり、試験で覚えたことを吐き出して単位を取れば卒業できる。総論としてはそういう時代をてきたが、そうはいかなくなり質的な転換を図らなくてはいけない。ところが、日本の大学の方々がそのことについて本当に意識しているのかというと、そうではないのではないか。『タイタニック』という映画があったが、タイタニックに乗っている人達はまさか氷山がぶつかるとは思ってもいない。船長など関係者だけが氷山が近づいていることが分かっているわけで、恐らくここにおられる方々はそのことが分かっている方々に違いない。問題はそうではない大学の教員の方々が世界の変化を知って、危機感を持つことができるかどうかにかかっている。
 学生達が学んでいくということはどのようなことなのか、彼らを応援するとはどのようなことなのかを振り返る中で、主体的な学びを育んでいくのだと思っている。

2.世界の潮流の変化と人材育成

 今、世界中のコミュニケーションのスピードが速まっている。大学の教員を通してではなく、学生が自分でもって学ぶことができる。自分の目標を持って暮らしていけば、自分の人生が開かれていく。グローバル化で大変だと言うが、若い人達にとってチャレンンジングであって、自分の力を発揮していこうと思えば発揮できる時代が巡ってきた。

 それを実現していく要素は、主体性ということではないか。自分の目標を見つけて、それに向かって実践していく力が重要となる。人の気持ちがわかる、人と協調するチームワークの学びが非常に大きな柱になる。グループ学修とは、例えて言うと、知り合いの学生同士が一緒にコミュニケーションをとりながら勉強する。チームワーク学修は、知らない人達とコミュニケーションして目標を共有し合い、目標を達成するもので、主体性を育む学修環境が必要になる。
 日本の教育の現状をデータで見る。学力中間層、いわゆる普通高校における高校生の1日の平均学習時間が1990年から2006年までの15年間で、2時間から1時間に半減した。おそらく全員が入学できるようになり、大学入試の位置づけが多様になったからだろうと思われる。

 大学生の学修時間は、1週間の平均で大学の授業に出ている時間を除くと、10人のうち約7人の学生は5時間以下しか勉強していない。さらに、社会科学系の学生の約20%は0時間、大学に行っている時間以外はまったく勉強していないというデータがある。アメリカとはかけ離れている。それは、高校生や大学生が悪いのではない。勉強させればよいのかというと、それは間違い。勉強させるという問題ではなく、教育環境や学修環境自体がおかしくなっており、教育方法もおかしくなっているところに問題がある。
 教員の意識と大学生の意識調査のデータでは、チーム・ベースドラーニングの中心となるグループワーク、プレゼンテーション、ディスカッション等の機会を取り入れた授業が増えているが、学生はその授業をよいと思っているわけではない。興味がなくても単位を楽に取れる授業がよいと思っている傾向が増えている。また、保護者のアドバイスや意見に従う学生が増えており、何事も自分で決めることが少なくなってきている。高校であまり勉強しないまま、何となく入った大学でも勉強しないうちに就活で苦労する。それでも日本の教育が何とかここまで保ってきたのは、初等・中等教育が担保してくれたからである。
 ところが、世界の動向は人材育成がそれぞれの国・地域の戦略になってきている。そのような中で、大学生は自分自身で目標を持って勉強をする、自分の一生や自分の幸せに向けて経験を積んで受講していかなければならない。技術系の大学も授業の仕方をオープンにし、PBL(Problem Based Learning)型のディスカッションベースにしていかないと卒業生は力からを発揮できないと思う。それを大学関係者は応援できるかどうかが分岐点である。

3.主体性とPBL

 主体性を学生に身に付けてもらいたいと思うのであれば、まず教員自らが主体的にならないとできるわけがない。主体性とは、自分の目標を自分で見出して実践する力で、チームワークが大事である。そして、目標を達成するためには、協調していくことも大事である。一方、自分の目標を持っている人は、その目標が達成されやすいように、記憶、知覚など、何かを思い出すのにあらゆることが働く。主体性を涵養するPBLは、課題解決型の学修ではない。問題発見解決型の学修であって、答えのない問題を自分で見つけていくということが大事であるが、現在の教育は、答えのない問題に対して教員も一緒になってアタックするという学びになってないように思われる。
 PBLは教育のためのテクニックではない。PBL自体は一種の考え方であって、マニュアルを読んでそのとおりやればPBLができるという問題ではない。私の経験では教え込まないことも大事で我慢することだ。それから、ある学科等の中だけでPBLをやっていると言われても、結局学生から見れば情報も閉じている、問題も閉じている、教員も閉じている、考え方・知識も閉じている中で考えさせられているに過ぎないことが多い。

 答えのない問題にチャレンジする力がどこから生まれてくるのかは、上から指示することで生まれるものではない。学生の心から生まれてくる可能性の場を作ってあげることだ。本当に主体性を持てるかどうかは、学生の自己責任になってくると思う。そのくらい厳しい学びの場を作っていかない限り、学生が本当に主体性を持つようにはならない。
 情報通信技術は主体性の涵養に役立つか、と問われれば役立っている。ただし、情報通信技術を単に導入しても主体性は身に付くものではない。主体性が湧き出てくる学生達が情報通信技術を使えば、さらに伸びる。MOOC(Massive Open Online Courses:大規模公開オンライン講座)は、授業をほぼ無料で世界中にネットで配信している。特に発展途上国の若い人達が無料で勉強している。発展途上国の若い人達と日本の学生達との大きな違いは、主体性を持っているかどうかである。いずれにしても、これからの教育の市場がグローバルになっていくことは間違いない。その中で、日本の学生が社会に出て、他国の学生と対等にチームワークで仕事をしていけるようにするためには、主体性を身につけることが大事だ。MOOCも、主体性があって初めて成り立つことをぜひ申し上げておきたい。

4.主体性を引き出す教育の研究実践

 主体性が身に付くカリキュラムは在り得るかについて「Future Skills Project研究会」の例を紹介したい。
 社会で活躍できる人材を大学で育成するにはどうしたらよいか。課題の一つは何をしてあげられるかということ、二つは学生自身が主体的に学ぶ・成長する機会を大学に作ることができるかである。そのような学修の場を複数の企業・大学が一緒に協力し、大学の1年生から提供する取り組みを行った。3年前からFuture Skills Project研究会を設け、サントリーホールディングス株式会社、株式会社資生堂、日本オラクル株式会社、アステラス製薬株式会社、野村證券株式会社、ベネッセコーポレーションの6企業と青山学院大学、立教大学、明治大学、上智大学、東京理科大学の5大学で始めた。その後、東京薬科大学、芝浦工業大学などの大学や数社の企業も参加している。企業は、人事部長レベルの方、大学は学部長レベル、副総長レベルの方々がボランティアで関わっている。

 研究会では、主体性という学びのオペレーティング・システムを学生自身に持たせることを理念として、授業での実践を進めている。1年生の1学期までの間に二つの企業に授業に参加していただき、振り返りの学修も入れて1企業で概ね7週の授業を担当している。7、8人のグループに分かれ、企業から出された答えのない課題について、企業と学生が一緒に検討して答えを考え出していく。15週間における教室授業以外での学修時間は、学生個人の準備、少人数チームでのディスカッションなど全部合わせると75時間となる。このPBL授業1コマでもって、1週間当たり5時間の学修となる。日本の学生の学修時間は平均10人中7人が1週間に5時間以下という中で、このような授業が例えば1週間に5コマあれば、学生は5倍の学修をすることになる。それが世界の標準であって、グローバルな時代の中で、日本の学生が本当に幸せに生きていこうと思ったら、1週間にそれだけ学修することが必要と理論づけることが大事と思う。

5.大学の転換に向けた課題

 人は誰でも多くの秘めた能力を持って生まれてくる。若い人達がそれを自分で発見し、磨いて、他者に貢献することを通して喜びと仕事・糧をとれるようにするのが、我々の責任ではないか。
 大学教育は極めて受け身、高校教育も極めて受け身であった。受け身の教育の両側からすべて押し付けられてきたのが大学入学者選抜の問題である。これを打破するには高校教育、大学教育、大学入試の三つを同時並行で改革していかなければならない。大学入試で何か多様化路線、例えばパフォーマンス評価などをすれば、すべてが解決するのではないかという幻想があるが、これはありえない。特に経営が困難な大学では、入学者選抜でいくら形を整えたところで、どのような学生でも入ってしまう。経営困難な大学において大学教育の質の向上をどうやって測るのかということが極めて大きな課題である。これについての名案はなかなかない。

 大学進学率が5割を越えた状況において、社会に対して責任を果たすには、あらゆる大学が知識レベルということではなく、自分で目標を持ち、自分で自分の人生を切り拓いていけるような力を持った学生を育てるというレベルの教育をしなければならない。そのくらいの気持ちがなかったら日本の大学というのは沈んでいくであろう。
 個々の大学教員が世界の変化、世界の動向、自分の学生が本当に幸せになるというのがどのようなことか、という思いを持ってもらうというのが大事だ。最後にPBL等アクティブ・ラーニングを含めた学びの場の転換をできるだけ多くの大学、高校も早く実施してほしい。そうしないと今の若い人達が早く幸せになれないということになる。日々の営みの中で、今申し上げたことを少しでも手がけていただきたい。

【質疑応答】

[質問]マイケル・サンデルさんのような授業が 主体的な授業と言われているが、普通のプレゼンの場をもっと主体的な学びの場にするにはどうしたらよいのか。

[回答]皆さん専門家なので申し上げることもないが、何かがベストとか、それをやれば主体性が身に付くという問題ではない。それぞれが模索しながら蓄積していくのだと思う。一つあるのは、我慢するということが大事。教えすぎてしまうというのがかなりある。学生も黙って何考えているのかわからない。そのようなことをしていたら1年経ってしまうとよく言われる。そこを我慢して学生が少しでも自分からという気配を見据えてもらうということが大事。やれば皆ができるというわけではないので、工夫して考える必要があると思う。

[質問]学生達を幸せにしてあげたいという気持ちを持って教育をしていくつもりだが、どうも学生達が幸せになりたいと思ってくれないという感じが多い。大学に問題があるとされていたけれども、大学以外の社会の問題になってくると感じる。学びを通じて学生が幸せになりたい、気持ちよいというのを出せるところが非常に難しいと感じている。

[回答]Future Skill Project研究会のシンポジウムで必ず上がる質問は、「そんなことを言ってもそういう大学だからできるのかもしれない。自分の大学ではとてもできない。一体それをどう考えるのか」かなり多い。それに対する答えは、実際やってみればできる。ただ、今申し上げたような方法だけでできるということではない。大学全体の取り巻く環境として、学生達がここで学んでいけば幸せになれるのだ、ということを教職員が共有している必要がある。

[質問]印象的な言葉は、適応区分科目を教えるのではなくて、学生の中に主体的学びというオペレーティング・システムを作り上げるという話が感銘を受けたが、Future Skill Projectの中でそういうOSを新たに作り込むというようなことが、どの程度可能なのかという疑問があるのだが。

[回答]Future Skill Projectだけがよいということではなく、様々な工夫が行われている。このプロジェクトは激論を重ねて積み上げ、結果も出ているので参考になると思う。主体性というのは何か一つあって、それをただ外から与えられて頭に入れればよいというのものではない。

[質問]アメリカの大学では教科書などを全部読んできていることを前提に教員が意見を聞きながら確認している。日本では学生が事前に読んでこないし、「何か意見ありますか」というと誰も手をあげない。中学、高校の教育という問題があるのではないかと思うが。

[回答]まったくの主観だが、中学、高校、大学の受験の中で、自分はいくら頑張ってもという気持ちがあるのではないか。だからFuture Skill Projectの研究では、大学1年生に入った時期に、「そうではないのだよ、自分でできるのだ」という自信を付けさせてあげる。少人数のディスカッションクラスの中で、チームで勉強していくことは大事だということを分からせる。どのような大学でも必ずできるはずだと思う。そういう気持ちでやらないと、なかなか学生は変わらないという意味だとお考えいただきたい。

講演

「自律的な学修の深化と教育成果の質保証を点検する学修ポートフォリオの活用と課題」

 

岩井 洋氏(帝塚山大学学長)より、概ね次のような説明が合った。

1.学修ポートフォリオとは

 学修ポートフォリオは教育改善の万能薬になるということではない。ツールであっていかに使うかということが重要。その使い方によって効果が違ってくる。それを把握するにはIR(Institutional Research、大学機関調査)との関係に繋がってくる。自分の大学の状況を把握しておかないと、どの教育方法が効果的であるかが分からないことになる。そのようなことを大前提に話を進めたい。
 この学修ポートフォリオと呼ばれるものは一体何であるかというと、学生自身が学修成果を継続的に収集・蓄積したものをデジタル化したもので、eポートフォリオと呼んでいる。学生、教員、大学にとってどういう意味を持つのか、三つあげられる。一つは、学生にとっては目標設定の振り返りのツール。二つは、教員にとっては形成的評価のツール。1回のテストで評価するのではなく、授業の中で繰り返し様々な方法やプロセスで評価し、総括的な評価ツールとして非常に有効。三つは、大学にとって教育プログラムの評価ツールになる。教育プログラムがどの程度有効性を持っているかを測るツールにもなる。

2.学修ポートフォリオの形態は多様

 ポートフォリオは非常に多様でカルテ型、ブログ型、統合型の三つに分類できる。カルテ型は、学修カルテを想定して学生の学修行動の把握を重視し、その記録に使う。ブログ型は、学生自身が自己表現をしていく場合のツールとして活用する。統合型は、カルテ型とブログ型の両方とも兼ね備えている。これらの分類はあくまでも便宜的なもので、実際は活用目的に応じたシステムや仕掛け、運用体制が必要となる。その際、何のためにポートフォリオを大学で導入するのか、導入するための目的をまず明確にすることが重要となる。

3.学修ポートフォリオ活用の意義

 学修ポートフォリオを導入する意義は、五つに分類できる。
 一つは、学修成果の統合化ツールとして学生自身が蓄積した学修成果を経年的に見て、自分の成長を確認する。例えば、1年生のときに作成したレポートがポートフォリオに蓄積されていて、3年生のときに作成したポートと比較すると、その違いに気づかされ、自分の成長を実感できる。
 二つは、学生自身によるPDCAサイクルの確立に役立つ。例えば、目標設計をして実際に行ってみた学修成果を見て、今年はこれができなかった。だから来年はこれをしようというように、目標設定に対して振り返りのサイクルがずっと動いているということが大事。特に振り返りがポートフォリオを活用するとき非常に重要。よく勘違いされていることの一つに、学修成果を蓄積したらよいと思われているが、定期的に自分は何ができるようになったのかということを、学生に自分の言葉で書かせる。さらに、教員がコメントを付けてあげるという相互作用が非常に重要になってくる。
 三つは、学びと教育の「見える化」、可視化ができる。成績評価の数値データだけでは、学修で得られた具体的な成果が見えてこない。学修行動のプロセスを教員・学生が共有化できるようにすることで、学生一人ひとりの学びの状況を確認できるツールとして非常に重要である。
 四つは、形成的評価のツールとなる。学修成果の蓄積と教員からのコメント、フィードバックが非常に大事。ポートフォリオを使って学生一人ひとりに教員がコメントし、学修指導していくプロセスを踏まえた総括的評価が必要になる。どの程度にコメントすればよいのか、というテクニックはFDの課題として別途ある。
 五つは、教育プログラムの評価ツールとなる。IRの話と繋がってくるが、各教員の教育がどの程度効果をあげているのかという一つの指標となる。教育プログラムの有効性を測る手段となり、点検・評価を通じて大学としての教育課程の見直しなどに役立てることができる。

4.学修ポートフォリオの活用事例

 帝塚山大学では現実には少しシステムが変わっているが、蓄積があるという取り組みを紹介する。
 TIESという本学が開発したeラーニングシステムで、学生の時間割のポートフォリオというアイコンをクリックすると、eラーニングの授業の場合はビデオ、その後の課題、課題に対する答え、アンケートという形で時系列的に成果が並んでいる。例えば、前期・後期15回ずつの授業がどのように展開し、自分は何をやっているかということが分かるようになっており、学修の「見える化」が実践されている。さらに、講義の流れに沿った学修成果の蓄積、学生自身によるやるべきタスク・ToDoの設定、学修成果に対する評価もできるようになっている。例えば、経済学では「回帰分析を用いて私はこういうふうに分析しました」ということが学修成果物としてここに入っている。

 ポートフォリオを活用する背景としては、建学の精神、大学の教育理念、学士力との関連による各学部の教育目標・人材養成目標があって、そこから、本学では「e能力アセスメントの評価項目」といった共通項目が設定されている。その到達目標をそれぞれシラバスに書き込む。その際「何々ができる」という表現に統一するようにしている。「できる」と設定したからには何ができるのかということを、ポートフォリオの中に学修成果物として蓄積し、それを学生に自己評価させる。仮に3年次に「人間力」という科目の場合、到達目標にはコミュニケーション能力、協調性など六つの項目がある。半年経って学生が自己評価したとき、どの程度できたのかということをレーダーチャートにする。
 次に教員の評価を行い、その結果を学生の評価と重ねてみる。教員の評価と学生の評価にずれ、差分が出てくる。教員が十分に教育できたと思っているのに、学生の自己効力や自己評価が低いという項目については、教育の方法を考え直さなければいけない。逆に教員はできていないと思っているのに学生ができているというのは、何なのだろうかということを教員自身も振り返ることになる。

 ポートフォリオは数値では測れないことを評価するためのツールだが、この程度の数値化で様々なことが見えてくる。これを教育改善にどのように繋げていくかというと、ミッション・教育理念等を再認識し、教育目標を達成できる仕組みとして、カリキュラムを点検する。各学部学科の人材養成目的にあったカリキュラム構成になっているか、教育目標を達成できるような適正な教育方法になっているのかを検討する。そしてミッションの再認識ということに繋がっていく。
 アメリカでのeポートフォリオの例をいくつか紹介する。Bowling Green State Universityというオハイオ州にある州立大学では、eポートフォリオを効果的に活用している。ここでは、学生の音楽教育のポートフォリオを見ると、学生のポートフォリオのツールバーにいくつかの項目が設定されている。「Showcase」では、学生自身がどのような活動をしたのかを誇らしげに人に知らしめている。次に「matrix」、「Resume」、「Calendar」は学修到達目標に関係した項目である。「matrix」には、outcomeが掲載されている。学修到達目標に向け準備した成果は、1年〜4年までwriting、creative problem solving(創造的問題解決)や様々なファイルのアイコンの中に学修成果として埋め込まれている。例えばQuickTimeの動画で自分の活動について紹介している。外部評価団体の多くが推奨していることもあり、このような枠組みを使ったポートフォリオの作り方はアメリカではかなり普及しており、同様の仕掛けを作る大学が多い。
 次のIUPUI(Indiana University-Purdue University Indianapolis)も同じようにマトリックスで学修成果を掲載している。「PULS」にはCritical Thinkingなど学生に身につけて欲しい6項目が設定されており、導入編から中間編、上級編、体験編のカテゴリー別の枠に入っているファイルをクリックすると、学部学科の授業に応じて課題等に対する学修成果が閲覧できる。枠の中は色分けされており、信号と同じように青の部分は教員が評価してクリアしている。黄色の部分は保留など、教員の評価がそのままであることが色に反映されている。このような仕掛けをマトリックス思考と言い、学修到達目標に対してレベル分けし、それに対する成果物、評価をそこに埋め込んでいく方法がかなり普及している。

5.学修ポートフォリオの隠れた仕掛け

 ポートフォリオの見えざる隠れた仕掛けについて整理する。ポートフォリオ導入の目的を確認する際の重要事項として、まず、eポートフォリオを通した「集中・継続・反復」により、学生自身の自己管理能力が育成される。次に、目標設定→振り返り→目標設定のサイクルにより、振り返り能力、特に「メタ認知」が育成されることで、自分のことをもう一人の自分が見ているような感覚で見ることができるようになる。三つ目は、継続して記録することによって、自分のことを表現するという能力が育成される。四つ目は、学修到達目標を設定することでFD効果が高められる。五つ目は、IRのための質的データの収集ができる。

6.学びと「見える化」

 ポートフォリオという仕掛けを使うことによって、教育と学びのプロセスを可視化して学生・教員がそれを共有化し、教員の教育改善や学生が学びを深めていくのに役立てる。「教員は今何を教えているのか」、「学生がどれくらい身に付けているのか」など、自分の授業に対してどういうフィードバックをしてきたのかできるようになる。学修到達目標に向けて教員と学生が共に歩んでいくプロセスとして活用できる。
 今進んでいることを目に見える形にビジュアライズすることにより、自分も理解できるし、理解した上で相手に伝える。相手もそれを理解していくことになる。学修到達目標と学びと教育のプロセスが明確になれば、どのプロセスと結果に着目して、どういうデータを取れば評価が可能になるかということも明らかになり、IRに役立つ。

7.学修ポートフォリオ導入・活用の課題

 導入の課題は、三つある。一つは、コンセンサスの問題がある。ポートフォリオを導入する目的と必要性が大学の中で明確になっているか、学内でコンセンサスを得られるのかどうか。二つは、普及促進の問題がある。導入しても普及を促進する仕組みがあるのか、仕組みをどう確立するのか。そして何よりも重要なのは、カリキュラムや授業の中にポートフォリオをどのように組み込み、どのように学生を巻き込むのか、三つ目の人的・財政的資源との問題につながってくる。人的問題としては、普及促進のためにはキーパーソンが必要となる。トップダウンでは全学的に普及しない。そのキーパーソンを、例えば学部学科に一人ずつ見つけ、その人を中心に事を運んでいくというのが順当なやり方ではないかと思う。技術的な問題としては、eポートフォリオを継続的に運用するための技術者をどのように確保するか。財源の問題としては、オープンソースを活用するとしても継続的に運用するための財源が確保できているか、各大学の事情に合わせて考えていかねばならない。

8.まとめ

 ツールとしての学修ポートフォリオを学修到達目標と連動させることは、教育改善に多くの効果をもたらすが、ツールでしかないのでどう使うのかというところがポイント。
 教育改善には「見える化」することで、今、自分達はどこに向かっているのか、今どの辺にいるのかということが、教員、学生、大学にとっても非常に重要で、いかに有効に活用するかどうかは教員の努力次第。

【質疑応答】

[質問]「見える化」と振り返りが大切ということが非常に良く分かった。この懸案は就職活動に置くとよい影響があると思うので、就職活動での影響等について教えていただきたい。

[回答]本学ではキャリアポートフォリオという使い方をしている。今の学生は、自己PR、志望動機がなかなか書けない。書くこと自体慣れていないので、ポートフォリオを使い書かせることをしている。書いていたものが蓄積される と、自分の心が動いたこと、感動したこと、できるようになったことについて振り返りができるようになる。今度はそれに教員が様々なコメントを付けることによって、さらに就職支援、キャリア支援にも繋がっていくであろうと考えており、使い方によっては非常に有効な活用方法であると思う。

全体討議

「未来を切り拓く人材教育のイノベーションを考える」

 座長の向殿会長より、教学マネジメントで配慮すべき視点を確認しながら「未来を切り拓く人材教育のイノベーションを考える」ため話題提供に入る旨の説明があった。

【話題提供】

「学修課程の把握(IR)と教学改善への活用」

 最初に山田礼子氏(同志社大学高等教育・学生研究センター長)より、教学ガバナンスの改革行動を科学的に裏付ける教育成果のデータを可視化・体系化したIRと教学改善への活用について、概ね次のような説明があった。

1.中央教育審議会の動向

 中央教育審議会の答申で学士課程教育を質的転換してくための開発サイクルとして、学修成果の測定・把握のためのアセスメントテスト、学修時間などを問う学修行動調査、学修評価の基準を定めたルーブリックの活用があげられている。海外の例も参考にしながら我が国に適した評価手法について、大学間連携、学協会を含む大学団体等での研究・開発の推進が急がれており、教学マネジメントを支援するツールとして、教学IRの重要性が答申の中で指摘されている。

2.教学IRの進展

 高等教育のマネジメントとしてのIRとは、どのようなものか。IRとは、大学の教育活動の実態をデータとして収集・格納し、教育の実施状況を客観的に把握・分析して、大学としての教育問題の明確化と原因の探索、政策策定と意思決定を支援する情報提供のツールで、大学全体の資源配分のあり方や管理・評価などに活用していくことと捉えている。
 日本でのIR進展の状況は、2010年の同志社大学高等教育・学生研究センター研究員の調査によれば、全大学を対象に調査したところ、136大学から回答があった。その中でIR部門を設置しているところは21%であった。IR部門の名称は「IR」としての設置が10校、「企画」が48校、「評価」が13校、混合名称6校となっており、IRという用語もあまり浸透していない。
 教育の質保証に対する大学の取り組みは、段階的に三つのステージがある。第1ステージは、シラバス、GPA制度、CAP制、学生調査の導入で多くの大学が実施してきている。第2ステージは、IR機能の充実、IRを活用した評価、その評価結果を単位の実質化や学修時間の確保に結びつける教育環境の整備だが、まだ多くの大学は第2ステージに到達していない。第3ステージは、IRを通じて把握した客観的なデータの結果と評価を教育改善に活かし、教育効果をさらに高めていく段階で、教育への還元である。

 教育の質保証のステージを円滑化するには、第一に「データ主導の教育改革は研究と実践のインタラクションが前提」、第二に「IR実践者を育成するには、研究手法の向上と技能の修得が不可欠」で大学IRコンソーシアムでも大きな課題としている。第三に「大学の個別データは、実践に活かすことを前提」で研究に使うということではなく、実践に活かして体系化していく。第四に「個別データの活用にあたっては、研究者倫理の浸透が不可欠」。第五に、「実践的にIRを進めるためには、研究のフィードバックがなければ信頼性が低い」。第六に「調査票の項目の策定にも研究理論が基盤でなければ信頼性のある回答が得られない」。第七に「継続的な調査結果の把握によって安定性が確保される」ことだと思う。
 大学間連携によるIR研究の一つが、JCIRP(Japanese Cooperative Institutional Research Program)という私達の研究で、学生の成長を測定する学生調査をアメリカの大学と互換性を持つ調査として開発し、大学間の連携の中で応用し、実践へとつなげていく大学IRコンソーシアムである。コンソーシアムで得られた研究知見をどのように反映したかというと、標準調査項目の策定、現代学生像の把握、学生評価という間接評価では不十分で、テストやポートフォリオ、卒業論文など直接評価との組み合わせ、学生の成長を評価する学修成果指標の必要性を認識し、ベンチマーク指標の開発をしている。それを実践面で間接評価と直接評価を組み合わせることができるよう、システム化した。いわゆるIRシステムの構築である。もう一つは相互評価システムで、ベンチマークに通ずるものを構築し、どの大学でも指標として使える英語のルーブリック指標を適用した。標準化してどの大学でも使える項目、例えば学生の自己評価・価値観等、情緒性に関連した項目は、母集団が異なっても変化がない。短期的に安定した項目であるが、継続的に注視する必要がある。
 質保証の一環としてデータをどのように活用するかは、「何を教えるか」から「何ができるか」に発想を転換することが必要であり、学生の現状を客観的データから把握する。学生の高校時代にどのような学習・生活活動をしていたのか、主体的に動いていたのか関連付けて分析する。あるいはアウトカムとカリキュラム、授業等を関連付けて分析する。授業評価と学生データとを関連付けて分析することで、FDに学生データを活用し、カリキュラムの見直しや教授法の見直しへと繋がっていく。

 アウトカム・アセスメントに関する直接評価と間接評価の使用モデルは、大学全体・学部で行うマクロの場合、直接評価は標準テスト、資格試験、ルーブリックなどがある。間接評価では学生調査としての学修行動調査がある。教室内・授業でのミクロの場合、直接評価はルーブリック、ポートフォリオ、レポート、個別のテストなどがある。間接評価では授業評価を適宜行っているが、それに見合ってデータに結びつけることをあまり大学はしていない。

3.大学間連携による教学IRの活用

 間接評価だけでは教育改善に繋がらない。教育改善に繋げるためには、直接評価と間接評価を連結することが不可欠と判断し、学生調査結果を自動化する分析システムを開発した。昨年9月に大学IRコンソーシアムを発足した。北海道大学、大阪府立大学、甲南大学、同志社大学の4校でスタートし、現在15校加盟しており、学生調査と相互評価をベースにしたベンチマーキングを行い、大学間で連携しながら教育改善を行っていくことにした。
 IRシステムは、学生調査の集計を自動化するデータベースシステムで、学生調査と教務情報、大学情報を内部で連結・分析し、簡単操作で大学の現状を数値化・可視化するIR機能の一部を補助するツール。IR機能とは、データの収集・登録、データの集積・統合を通じて分析・集計し、その結果を数値化・可視化することで、点検・評価や意思決定に反映し、教学改善に繋げていくもの。イメージとしては、学修過程に関する間接評価としての学生調査データを基本に、学修成果に関する直接評価の成績情報(PBLなど単位取得状況など)をシステムに入れ統合し、教育アセスメントを行い、その結果を教育マネジメントの支援に繋げるというものである。
 IRに求められる主な機能としては、集計機能、ログイン機能、データベース機能があり、イメージは以下の通りである。

 IRシステムの活用例としては、「経年変化の比較を通じて学生の成長・変化のパターンを把握する」、「学生調査による間接評価(学修プロセス)と成績等の直接評価(学修結果)を結びつけて分析結果を表示する」、「教育プログラムの効果を測定する」、「大学同士での相互比較に際して公開・非公開の閲覧を設定する」などがある。
 IRによる教育活動の活用事例として、4大学の1年生の英語能力の自己評価を4月入学時と11月入学後で実施した。日本の学生の聞く力、読む力、会話力、書く力は、低いレベルから少し上のレベルまでは伸ばすことができるとしている。このことから、日本の英語教育はレベルの低い底上げに目を向けており、優れたスキルを持つ学生は伸長していないことがわかる。グローバルアクセス社会の中で自分の大学はどういうポジションにあるのか、ということも具体的な指標になるかと思う。そのような中でどういうPDCAサイクルを回し、教育改善に繋がっていくかが課題である。

【話題提供】

「ICTを活用した教育改善モデル(経済学分野)」

 本協会の経済学教育FD/ICT活用研究委員会の林 直嗣委員長(法政大学教授)から、本協会が昨年発表した「大学教育への提言:未知の時代を切り拓く教育ICT活用」の中で、5年先を目指したICTを活用した教育改善モデル(経済学分野)について、概ね次のような説明があった。

 経済学の使命は、有限で希少な資源を効率的に用い、必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動を科学的に研究することを通じて社会を豊かにすることである。市場経済の国際化・グローバル化により世界の人々が豊かになった一方で、地球規模の環境問題、不況の連鎖、格差の拡大など課題が山積している。これらの問題解決には、政治や政府の判断に必ずしも依存することなく、市民一人ひとりが経済活動に対して自らの問題として捉え、主体的に判断・行動する個の力が重要となる。
 そのような背景から経済学教育の目的は、持続可能な社会を形成するために、グローバルで学際的な観点から複眼的に問題を把握し、最善の解が求められる人材の育成とした。一方向的に教員が黒板に書いて説明して帰るというだけでは、学生の心を動かす、意欲をかき立てるような能動的な授業は到底できない。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の白熱教室のように、学生一人ひとりが惹きつけられていく学修を考え、「学生が自らの問題として授業を受け止め、主体的に学修する理想的な学びの仕組みを創り出す」ことを目指して教育改善モデルを構想した。改善モデルに先立ち、経済学教育における学士力を考察した。第一は「日常の経済現象や経済全体の基礎的な考え方や理論を理解できる」、第二は「経済の歴史や制度を理解し、資料を援用して経済情勢を分析することができる」、第三は「経済政策の基礎的な用語や考え方を理解し、経済政策の重要性を理解できる」、第四は「経済データの意味を理解し、必要なデータを収集・整理して、統計的な処理ができる。」第五は「経済学の知識を統合して、倫理と公共性と責任感を持ち、学際的でグローバルな観点から判断できる」とした。その五つの到達目標の内、五番目の複雑な経済問題を多様な視点で捉え、バランスのとれた判断ができるよう、広範囲の社会科学分野の教員による「統合型授業」を考察した。授業の仕組みは、学士力に掲げた4年間の学修を通じて、経済学以外の社会科学系領域の知見と現実的な問題解決方法を学ばせるために、各回の授業において学生が社会の現状と課題を関連付けて学べるように、例えば「東日本大震災後の日本の復興の問題」などをテーマに掲げ、学修支援システムを用いて学生の予習・復習、評価のサイクルを実質化する。その上で倫理や公共性について関心を抱かせるため、外部の有識者と学生との意見交換の機会をネット上に作る。さらに、多様な視点から問題を捉えられるよう、経営学・会計学など隣接領域の教員に加えて、社会学、心理学、法学、政治学などによる教員の協力を得て、ネット上で複合的な視点で議論できるフォーラム型の授業を行う。学生はビデオ・オンデマンド形式でワークショップ型授業を展開できるようにする。実施するには大変かと思うが、授業を創造的・刺激的かつ魅力のある学びの場とするために、5年先を見据えて改善の方向性を提案した。
 他方、経済学教員に期待される専門性、例えば社会の経済的豊かさに貢献する使命感、経済学の有用性を学生に理解させて興味・関心を抱かせるなどを整理した上で、改善モデル実現に求められる教員自身の教育力をについて考察し、FDへの対応、大学としての課題を明確にした。

【話題提供】

「大学教員に求められる教育力の考察」

 教育イノベーションの基底となるのが教員一人ひとりによる教育改善への意欲と指導力、それを束ねる教育ガバナンス関係者のリーダーシップが要請されることから、教員の教育力について以前から研究している本協会の井端正臣事務局長から、概ね次のような説明があった。

 大学は、中央教育審議会の答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(平成24年8月)で提示の学士課程教育で育む四つの能力要素、批判的・合理的な思考力などの認知的能力、論理的・社会的能力、創造力と構想力、教養・知識・経験を教育としていかに実現していくかが課題となっている。できなければ学士課程教育は実現できないことになる。
 この能力要素が授業とどのように関係づけられ、教育プログラムとしてシステム化しているかが重要。一人で授業を作るという時代から、担当領域だけでなく隣接科目の先生方とも連携しながら、最良の授業を大学で提供していく時代になってきた。
 本協会では平成18年の「大学教育への提言:ファカルティ・デベロップメント」において、学士力の質保証を進めていくには、教育力の枠組みを大学自らが設定し、FDを通じて最良の教員団による教育が担保できるようにしていく必要があるとした。
 大学設置基準では教員について「大学における教育を担当するに相応しい教育上の能力を有するもの」と規定しているが、能力の内容は触れておらず大学の自由裁量となっている。そこで教育力のイメージを人文・社会・医学系分野を通して考察した結果、「授業の設計・評価・改善力」、「動機付け・学修意欲を高める学生主体授業のマネジメント力」、「問題発見・解決および創造性を高める人間力向上の取り組み力」、「事前・事後学修の指導力」、「授業価値を振り返る授業の質保証力」、「知的好奇心の刺激などの教育態度力」、「教育改善の提案・啓発力」が必要と提示した。その後、中央教育審議会の答申「学士課程教育の構築に向けて」(平成20年12月)において、「高度な専門職である大学教員に求められる専門性やFDによって開発すべき教育力に関する枠組み等の策定の検討」が指摘され、「大学団体等が中心となって主体的な取り組みが進められるよう必要な支援を行う」とした。そのような経緯から、本協会として各分野で本格的に教育力の検討を始めた。
 そこで、教育力の判断指標を検討する手掛かりを提供するため、前述の教育力の要素を「学識、技能、態度、実践」の視点から整理・見直した。とりわけオリジナリティとインパクト性による発見の学識、専門の枠以外に学際領域に目配りできる統合の学識、問題を発見し現場から理論を検討する応用の学識、自分の領域だけでなく関連領域を理解した上で教育することを求める教育の学識を参考に、教員に期待される姿勢、高度な知識・経験を各分野で検討し、その上で分野に共通する教員の専門性を整理した。
 専門性の中で特に重視された「姿勢」では、公共的な役割・使命を自覚し、公正性など倫理観を有していることが強調された。「研究展開能力」では隣接諸科学の知識を統合し、複眼的・多面的に探究できる、社会のイノベーションに貢献できる、多くの方々と協働して研究を展開できる。「教育指導能力」では、学問の重要性を気づかせ、興味・関心を抱いて主体的に学修に取り組ませられる、参加・発信・実践型のアクティブ・ラーニングをマネジメントできることが大事とした。
 専門性を土台にして改善モデルに求められる教育力を考察した。一つはカリキュラム上の位置づけを理解して、教員相互で連携し授業を工夫改善する、二つは上級学年生による学修支援の仕組みを導入し、学生目線による学び合い・教え合いの環境を対面やネット上に作り、事前にネット上の教材等を閲覧・読解させ、対面を通じて問題意識の涵養と能動的な学修態度を身に付けさせる。PBL型授業を導入し、プロジェクト単位で問題発見から問題解決までの過程を体験させ、主体性・創造性を身に付けさせる。三つは学修ポートフォリオから不足している能力洗い出し、卒業までの間に指導する。四つはネット上で学修成果を発表させ、学内または学外からの意見を参考に授業を改善するなどの態度、知識、技能である。
 教育力を高めるFDとしては三つ程あるが、とりわけ学位授与を目的とした学士課程教育の能力要素に向けて、教員間の連帯意識を高めていく。例えば、自主的に社会に関与する意識・行動を育む「市民性の涵養」を目指した教育プログラムの開発に関われるよう理解の共有を図る必要がある。
 FD活性化に求められる大学の課題としては、質的転換に向けた教員職員の意識合わせ、教員のティーチングポートフォリオによる授業の振り返りを通じて、内部統制意識を高める教学ガバナンスの工夫を提案した。

【全体討議:主な意見交流】

 向殿政男会長を座長に、疋田康行副会長(立教大学)、岩井 洋学長(帝塚山大学)、山田礼子氏(同志社大学)、林 直嗣氏(法政大学)、井端正臣事務局長で質疑応答と意見交流を展開した。

[質問:座長]主体的な取り組みを客観的に評価することは難しい。当然、教員による評価が中心となるが、社会がどのように評価するかということも客観的な評価指標になると思われる。就職率で評価することはおかしいという議論もあるがいかがか。

[回答:岩井]主体性をどうやって測るのか、適切な答えは持っていないが、多角的な評価はできる。重要なのは、ストーリーをもってどのように育てていくのかというプランと質的データと量的データを組み合わせて評価していくことだと思う。

[質問1]教育の質的転換を図るには、教員や大学が仕組みを決めて対応していくべきだが、どこから手を付けたらこの問題は前進するか。

[回答:岩井]IRというのは非常に重要な部分で、それぞれのタイプの学生によって教育方法も細かく変えていかなければいけないので、まずは現実を知るということから始める。それが改善の一つだと思っている。

[回答:山田]学生の所属により結果が違ってくるので、データを見る受け止め方としては非常に厳しいものがある。受け入れてもらえるまでにも時間がかかる。今は学習支援・教育開発センターの分析専門調査員が学部で説明までするようになった。日本の大学は仕組みのすべてを取り入れようとしており、どれかが根付く前に次のものを取り入れたりするが、何か一つに執着するということも必要ではないかと思っている。

[回答:疋田]大学基準協会の大学評価の中にIRを入れたほうがよいという話があり、いずれ必須要件になってくると思っている。主要なファカルティだけでは全体が分からない。全学的なIRを導入して、成果が個々の学生だけでなくて、全体としてどうなっているのかを早く知る必要がある。

[回答:座長]基本データは大学としてIRで収集・分析し、その結果を第三者に公開していくところから始め、教育の質の向上に繋げる。

[質問2]本学の医療系の学科では国家資格を合格させるところに主眼を置いており、詰め込みと試験を繰り返して学生に猛勉強させている。毎日平均3時間、多い学生は5・6時間またはそれ以上となっている中で、アクティブ・ラーニングを何とか導入しようと考えているが、国家試験の合格率が下がるのではないかという反対意見もあり、不安がある。もう一つは、学修達成度の非常に低い学生をICTで引き上げるような例があれば教えていただきたい。

[回答:岩井]学力的についていけない学生については、ICTのツールを使って自己学習という形ができる可能性は残っていると思う。アクティブ・ラーニングは看護系ではかなり確立されている。医学系で普及しない理由は何なのか、内実はよく分からないので分析されるとよいの ではないかと思う。

[質問3]理事長、学長のガバナンスを強化することで、本当に教学改革できるのだろうか。国では具体的にどのようにしようとしているのか。

[回答:座長]教学は各学部同じ方向を向いて、大学で統一していこうという意見が執行部に多いが、その話を教員の現場に持ってくると否定される。しかし、教学ガバナンスの関係者がリーダーシップを発揮して、大学全体の質的転換を進めないことには、未来を切り拓く人材の育成ができないところにきているのではないか。

[回答:井端]教育再生実行会議としては、大学のガバナンス改革を進めるため、学長が全学的なリーダーシップを発揮できるよう体制の整備を進めるとして、法令改正を含めて教授会の役割を明確化するとのこと。大学として最良の学びを提供できるよう、教員が一致団結して教育成果を社会にアピールしていくことが望まれる。

【総括】

 向殿座長から、全体討議および講演、話題提供を踏まえて、「未来を切り拓く人材教育のイノベーション」で配慮すべき点が整理された。

 一つは、最良の教育を提供していく社会的責任を教職員が共有できるようにする。
 二つは、学生の主体性を育むために、知識伝達型授業から参加型授業への転換が図れるよう、ガバナンス関係者のリーダーシップの発揮が要請される。
 三つは、大学として学生の学修行動を科学的に把握し、学修成果の評価を通じて教学改革を強化する。
 四つは、学生目線での学修支援の体制づくりの検討が必要。
 五つは、教員の教育力の枠組みを大学自らが掲げ、FDを通じて教員の意識変革を促す必要がある。

【話題提供】

1.無料、双方向公開オンライン講座(MOOC)を利用した学びの革命

 朝日新聞2013年3月6日版の記事の通り、ネット上で米国の一流大学の教員による授業が無料で公開され、宿題や試験で基準に達すれば受講者は修了証を入手できるMOOCが世界中で急拡大している。その目的は「世界から優秀な人材を獲得する」、「自分の授業を必要としている世界の全ての人に提供することが生きがい」などとしており、意欲ある受講者にとっては「学びの革命」が始まったと大きな期待が寄せられている。
 朝日新聞2013年3月8日版でMOOCを大学の授業に活用した反転授業が紹介された。サンノゼ州立大学の「電子回路解析入門」の授業に入る前に、MITのオンライン動画を自宅で予習させ、教室では動画の内容に沿った練習問題を3人一組のグループで考えさせることで、4割の落第率が1割に減少し改善された。これまで教員は教室での講義を続けてきたが、オンライン講座と対面授業を組み合わせることで、大学教育をより効果的にできるので、ICTの新しい授業スタイルとして期待されている。
 他方、MOOCを使うことにより、優れた海外の大学にこれまで以上に学生が流出する可能性があり、従来の大学の存在価値を揺るがすインパクト性がある。また、既存の大学を卒業しなくても、質の高いオンライン講座で優秀な成績を収めれば、就職の際に評価される可能性があることから、高等教育を受けた人材の就業や転職に影響を与える可能性がある。
 これに対して日本側は本協会も協力して、日本のMOOC組織の設立に向けて準備を進めており、秋には記者発表ができる。

2.学士力に求められる情報活用教育の課題

 学士力の汎用技能として、ICTを駆使して様々な知識を組み合わせて課題発見・解決に取り組み、自分のビジョンを他者に発信していく情報活用能力を実践的に身につける「情報活用教育」を学位授与方針の中に位置づけ、全学的に取り組まれるよう配慮いただきたい。新たに情報教育の科目を設定するのではなく、様々な分野の既設授業の中で、情報活用の知識・技能・態度の活用体験を繰り返し実践する授業を、教員間の連携・調整・協働を通じてチームティーチングできるよう、教学のガバナンス関係者による理解と支援が必要となる。協働の中で情報から知恵を創り、それを活用して新たな価値創造に関与できる情報活用能力が要請されているが、斬新な発想、独創的な構想を創り出していくには、大学教育を出発点とする教育では限界がある。高校教育の段階で情報を科学的に捉える基礎を固めておく必要があるが、高校で情報と科学を教える教諭が極めて少ない。大学として高校教諭に支援の手を差し伸べる必要があるのではないか、本協会として委員会で検討している。

大学規模別 教育研究部門の情報投資額

(単位:万円)

3.平成24年度における教育への情報化投資の実態

 教育研究部門での大学全体の情報化投資額は、平成23年度に比べ11.6%の減、短期大学も10%の減となっている。規模別では、Aの大規模校8.5%の増、Dの入学定員2,000人未満で社会系複数学部では10.6%の増、Eの理科系単科大学9.2%の増、Fの社会系単科大学で27.8%の増、Gの人文系単科大学6.5%の増となっており、増加の大学が多くなっている。費用の内訳は、単純加算平均で見ると設備関係13.7%の減、ソフトウエア関係4%の減となっており、設備投資は一段落したことが分かる。経常費補助金の中にレンタル、リースの借入規模に応じて2分の1が補助されていたが、平成24年度からは学生数×学生経費の単価で配分され、物件費に使用できることから、必ずしもICTを優先しなくなってきた。次に、学生一人当たりで見ると、大規模大学、BとCの中規模大学、Fの社会系単科大学、Hの医学系単科大学、Iのその他系単科大学は前年度に比べ減少している。短期大学法人は前年度に比べ増加しているが、短期大学は減少している。


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