巻頭言

半世紀の変化―変わらないこと、変わったこと

宮城 光信(東北工業大学・学長)

 東北工業大学は「わが国、特に東北地方の産業界で指導的役割を担う高度の技術者を養成する」を建学の精神とし、1964(昭和39)年に1学部2学科からなる単科工業大学として仙台市に設立されました。現在は2学部8学科を擁する文理融合型の大学に発展しました。開設当時の1963(昭和38)年には日本初の原子力発電開始、翌1964(昭和39)年には東京オリンピックの開催ならびに東海道新幹線の開通と、社会の活発な動きがあった時代です。これらの背景には一つに敗戦からの立ち直り、二つに電子工学の勃興、三つに科学技術振興への高揚があります。本学が創設されたのは、1960(昭和35)年、池田内閣の国民所得倍増計画策定間もない頃であり、日本の高度経済成長期に向かう中で、それを牽引する技術が飛躍的に進展を遂げようとする、胸躍る時代でありました。日本全体が活気に満ち、一方向にベクトルをそろえていたときと思います。
 半世紀後の今、世界情勢、日本社会の状況は大きく変化してきました。しかし、不思議なことに、半世紀前と類似する姿を垣間見ることができます。戦後の経済復興、新幹線の開通、東京オリンピックに代表される国家事業などの人材確保のために、かつて東北の地から多くの人々が故郷を離れました。そして今、大震災からの復興、原子力発電の再開、2020東京オリンピック開催決定、北陸新幹線の開業もあり、半世紀前の状況を連想させる物事が起きています。そして、地方創生が叫ばれている状況は半世紀前、錦の御旗を掲げ発展を目指した日本の姿と重複しているように思われます。日本が持続可能な発展を維持できる社会を築くためには、全てが中央に集中している現状を変え、特に東日本大震災で大きな痛手を負った東北の地をはじめ、地方を活性化する必要があると痛感します。
 半世紀前と類似する状況が再現している一方、この半世紀には大きな変化もありました。ビックデータ、クラウドコンピューティングに代表される情報技術の著しい進歩です。村上洋一郎氏が學士會会報No.913(2015年7月号)で、「僅か半世紀の間に起こった、実用的な情報技術の驚異的な進歩は、人類の歴史のなかでも、ほとんど見当たらないような稀有の例ではないかと思う」と述べておられます。このように進歩した情報技術の社会の中で、大学教育、特に教育法はどうあるべきかが大きな課題です。短時間で急激な変化をとげた情報技術は、素早く社会に浸透し、生活に取り入れられています。教育手法では、その急激な発展を受け入れる体制が追いついていないのが現状です。
 課題解決方法を導き出すやり方には、発生する課題に対応するため基礎知識を蓄え、その知識を駆使し解決方法を導き出すやり方があります。大学の使命は、直面する課題を解決する即戦力を持つ学生を育てるよりは、そのような課題解決のために、将来発展する分野に対応できる学生を育てることであるとの考え方があります。大学教育における基礎知識教育を重視するものです。一方、現実の課題に接して学び、次の課題に対応しながら解決法を導き出すやり方もあります。On job trainingは正にその手法でしょう。個性ある人間を教育することには、王道はないと思いますが、人類の歴史上、他に類を見ない急激な変化を遂げた情報技術への教育の対応については、試行錯誤しながら良い方法を模索したいものです。
地方創生という現状社会の要請に対する対応策を模索するには、保有する知識と技術を駆使し、急激に進化を遂げた情報技術を教育の中に適切に取り入れる必要があります。そして、技術によって地域に貢献する人材を育成することが、今こそ大学が果たさなければならないことでしょう。


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