人材育成のための授業紹介

ICTを用いた能動的な対面学修と事前・事後学修

及川 義道
(東海大学 理学部准教授)

1.はじめに

 大学における学修でも、ICTが様々な状況で活用されるようになってきました。本稿では、予習、復習を含む、学修全体でLMS(Learning Management System:学修管理システム)を利用している授業の実践例を紹介します。
 LMSの主な機能には、学修者と教材の管理、および学修者の進捗状況の管理の二つの機能があります。また近年のLMSでは、掲示板やブログ、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などのコミュニティ機能も利用できるようになってきました。これらの機能を利用することで、授業内はもちろんのこと、授業以外でもさまざまな学修支援を行えるようになってきています。

2.講義科目について

(1)科目の位置付け

 本学理学部では、多角的な思考力の育成を目指し、専門以外の理学の分野の考え方を学修する科目として、「科学論A、B、C」および「e-科学A、B、C」という科目を開講しています。このうち、「e-科学A、B、C」は、リメディアル科目としての性質を持ち、通常授業での学修に不安を抱える学生を主な対象としています。本稿で紹介する講義科目は化学の内容を扱う「e-科学C」という講義科目です。この科目の特徴はその名称にも表れているように、積極的にICTを取り入れた授業設計となっています。「e-科学」の前身は、理・工系向けのリメディアル科目として開講されていたCAI科目と称するCAI(Computer-Assisted Instruction)を利用した科目で、これらの科目では、電子コンテンツの利用やICTを活用した実験を組み込むなど、学習者を授業に引き込む工夫を凝らしながら展開してきました。カリキュラム改定に伴い、CAI科目は姿を消しましたが、e-科学は授業設計のベースに、このCAI科目で培った方法論を応用しています。
 学生は通常、「科学論A、B、C」の中から自らの専攻以外の内容を扱う1科目以上を選択し、苦手意識を有するなど、リメディアル的要素を含む学修を必要とする学生には、e-科学を履修しても良いといった位置づけになっています。たとえば数学科の学生は、「科学論B(物理分野)」、「科学論C(化学分野)」の履修が推奨されており、必要であれば「e-科学B(物理分野)」、「e-科学C(化学分野)」を履修することもできます。

(2)授業概要

 「e-科学C」の授業概要を表1に示します。この科目は、2単位の選択科目で、複数の学科にまたがること考慮し、他の科目と重複する可能性の低い5時限目の開講となっています。また、リメディアル科目という性質上、履修者数は、春学期は20名前後、秋学期は10名前後と比較的少人数となっています。

表1 e-科学C授業概要

 授業で必要な教材は、すべてLMSから配信され、学生は貸与されたiPadを用いて、講義資料の閲覧、課題、クイズ、アンケート等への回答を行いながら授業に参加します。
 また、この授業は写真1のような教室を利用しています。この教室は、アクティブラーニングでの使用を意識した教室で、移動式の机や、複数台のプロジェクタなど、学生相互が知識や思考をシェアしながら授業に参加できることを目指した設計になっています。

写真1 授業実施教室

(3)授業設計

 当該授業がリメディアル科目として位置づけられていることから、1)学生の興味を引きつけて、なるべく参加しやすい雰囲気作りをする、2)内容を基本コンセプトの習得に特化し、各論の詳細に関しては、他の専門の科目に任せる、3)学生参加型の授業展開を行い、学生間の知識の共有等によって理解を手助けする、ことを基本として授業設計を試みています。たとえば、表2のような授業タイトルをLMSやシラバス内に提示しているのも、学生の授業に対する注意喚起を考慮した結果です。なお、これら授業タイトルを含む授業内容に関しては、授業設計の段階で理学部各学科に提示し、修正意見等を考慮して最終案が決定されています。

表2 タイトルと内容

(4)LMSについて

 本学では、商用のLMSが導入されており、教員誰もが利用できる環境を整えています。ただし、この授業では、独自に開発した機能を使いたいなど、商用のLMS利用では対応が困難な部分があり、著者が自前で用意した「moodle」というLMSを使用しています。「moodle」はコミュニティーベースによる開発が行われているLMSで、誰もが無償で利用することができます。また、教育手法に合わせて、機能を拡張することも可能です。

3.学修の流れ

 表3に当該授業の標準的な学修の流れを示しました。

表3 授業の流れ

(1)予習

 当該科目は、予習の段階から学修支援や、学生の授業への能動的な参加を促すため、LMS上に予習課題を用意しています。学生は、毎回の授業の前に、自分の空き時間を利用して、課題に取り組むことが求められます。予習の主な目的は、次の三つに設定しています。

1)授業への興味を掻き立てる。

2)現在の自分の持っている知識、考え方を再確認する。

3)授業に必要な基礎知識をあらかじめ学修する。

 例えば、一見すると授業との関連性が見出せないような映像を視聴させ、そこから気づいたことを書かせるような課題があります。授業が終了すると、その映像がどの知識と関連性を持っていたのかを理解することができ、この気づきが次回の予習課題とそれに連なる授業に対して、学生の興味を喚起させることができるのではないかと考えています。
 また、学生の興味に即した授業内容の提供は、学生のモチベーションを維持する上で重要な因子の一つですが、この授業のように、受講する学生が複数の学科にまたがる場合では、参加する学生の興味の方向が多様で、どこに焦点を合わせて授業を展開すべきか悩むところです。予習課題は、学生の興味の方向性をある程度狭める役目も担っています。
 さらにLMSの掲示版に書き込んだ内容は、学生同士が互いに閲覧することができるので、自分の記述内容と他人の記述内容を比較することで、物事の捉え方の多様性に気付かせることにも一役買っています。

(2)授業

 授業の内容に関心を向けさせるため、授業はまず学生が予習課題としてLMSの掲示板に書き込んだ内容等をレビューしながら、教員と学生、学生同士の一体感を形成するとともに意見を述べやすい雰囲気を作りあげて行きます。
 図1に、実際に用いているLMSの画面の一例を示します。学生は手元のiPadでLMSを操作しながら、授業に臨みます。なお、iPadは授業開始時に配布し、授業終了時に回収する方式をとっています。また、個人所有のタブレットやノートPCを持ち込んで使用しても良いことになっています。

図1 LMS画面の一例

 この授業での説明は、一般的な化学の授業に比べて教員の説明を短く設定しています。例えば、一般的な授業であれば、教員がある法則について説明した後、問題演習を行って知識の定着を図りますが、この授業では、法則を導くに必要な最低限の知識を提供し、学生自身に個人あるいはグループでの活動を通して法則を発見させる、あるいはグループの中で自分のアイデアを説明させることで、知識の獲得と活用の仕方を学べるようにしています。また、自分の考えは、LMS上の掲示板もしくはグループ討論の場で表明します。「教える」という行為は、学修上重要な活動で、他人に教えることが、学修の深化を促進すると言われています。この授業でも、掲示板に記載された内容について学生自身に説明させたり、グループで話し合った内容をクラス全体に向けて発表させたりしながら、知識とその知識の活用方法を学修して行きます。なお、グループは2〜4名一組で構成しています。これ以上グループのメンバーを多くすると、フリーライダーすなわち他人の活動にダダ乗りして、自分は何もしないといった学生が発生し、教育効果が低下する傾向が見られるようになります。
 化学の分野では、実際の現象を観察したり、自分で確かめてみたりすることも必要です。そこで、この授業では、簡単な実験を取り入れたり、実施が困難な実験テーマではシミュレーターを利用したりしています。簡単な実験のみの扱いとなりますが、肌で直接感じることの重要性は、ICTで置き換えることはできません。ICTをうまく活用することで教育効果を上げられるものの、効果が期待できない場面にはICTを使用しないという見極めも重要だと考えています。
 授業の最後には、まとめの問題に取り組みます。まとめの問題では、授業で獲得した知識に関連する現象を考察し、その結果をグループのメンバーに説明したり、LMSの掲示板に書き込んだりして、学修内容の定着を図っていきます。また、発表内容に対して肯定的なフィードバックを与えることで、学生の自己効力感を高め、自主的、能動的に学修する態度を引き出すようにしています。
 まとめの問題には、自分の成長を認識させる狙いもあります。授業によっては、予習の課題とまとめの問題が同一の問題で構成され、予習の課題で記述した素朴概念に基づく回答と、学修後の一定の知識を獲得した上で記述した回答とを比較させることで、授業を受けたことにより自分がどの程度成長したか(あるいはしなかったか)を確認させます。このような活動が、自分に対する自信や学修への満足感を高め、次の学修へのモチベーションの維持、向上につながると考えています。

(3)復習

 授業終了後1週間以内に、学修内容をまとめたレポートを復習課題としてLMS上に電子ファイルで提出させています。レポートは、授業で身についたこと、学修の結果生じた疑問点を列挙させ、疑問点については自ら調査を行い、その結果をレポートに記述させます。問題点の列挙と調査は、授業にただ漫然と参加するのではなく、問題意識を持って参加する態度を引き出すことを目的にしています。電子ファイルを用いた課題提出では、学生のコピー&ペーストがしばしば問題になりますが、この授業のまとめの課題は、正解のある問題を解くのではなく、学修内容の振り返り(リフレクション)のためのものなので、他人のレポートをコピー&ペーストして提出するといったケースは、今の所発生していません。

4.実践結果

 このような授業スタイルに対して、学生はどのように感じているのかアンケートにより調査を行いました。データは2014年度秋学期に実施したもので、履修者数19名のうち有効回答数は12件でした。なお、アンケートは無記名方式で、各設問は5件法での回答となっています。
 「予習課題はあなたの授業に対する興味、関心を高めたか」との問いに対しては、12名すべてが、このような予習課題が自分の興味、関心を高めたと回答していました。また、復習課題についても11名が役に立ったと回答しており、この授業で実施している予習、復習の方法が有効であることが示唆されました。
 「復習課題があなたの学修に対する満足度を高めましたか」という問いに対しては、10名の学生が肯定的に回答し、「復習課題があなたの学修に対する自信を高めましたか」という問いに対しても、12名全員が肯定的に回答しました。
 態度の変容に関する質問に対しては、授業を受けたことで、58%(7名)の学生が「化学関連のニュースに関心を持つようになった」、42%(5名)の学生が「化学が面白いと思うようになった」、50%(6名)の学生が「化学の知識を身近に感じるようになった」と回答しており、本稿で紹介した授業スタイルが、化学に対する興味を喚起する上で役立つことが示唆されました。
 本学では、学生による授業評価を実施しており、その結果は、学生の授業に対する満足度の一つの指標として捉えることができます。本授業の2012年度から2014年度の春学期、秋学期計6回行われた授業評価の総合評価の平均値は4.5(最大5)で、項目別に見ると、授業への動機付けに対する評価が高いということがわかりました。

5.今後の課題

 学生の取り組みを増やせば増やすほど、課題に対する学生間、グループ間の時間差が拡大し、授業が散漫になる傾向があります。また定性的な結果ですが、授業内における学生活動の時間の比率を大きくしすぎると、知識の定着度が悪くなるケースも見受けられました。この辺りは授業設計を見直すとともに、授業運営方法も再検討する必要があると考えています。また、コミュニケーションが苦手なことから、本稿で紹介したような学修スタイルに負担を感じている学生も見受けられました。
 中間評価で実施している試験の記述内容を見ると、内容を誤って理解している答案も見受けられ、知識が期待通りに形成されていない、学修内容に対するフィードバックが十分ではないなども問題点として浮かび上がってきています。また、グループによっては議論が高まらないなど、今までの授業運営とは異なる能力・技量が教員に問われるケースも散見され、改善に取り組みたいと考えています。

6.おわりに

 本稿では、学生の能動的な学修を引き出す試みとして実施している、ICTを利用した事前・事後学修を含む対面授業の展開について紹介しました。学生の主体的、能動的学修はますますその重要性を増すと考えられます。そのような学修をサポートするためには、教員に求められるコンピテンシーも高度かつ多様になるでしょう。教員個人の努力も必要ですが、アクティブラーニング等学生の主体的、能動的な学修をより活性化するには、組織的な支援も欠かせないと痛感しています。


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