特集 教学マネジメントの試み(2)

 国は、平成29年度までの「大学改革実行集中期間」に向けて、大学教育の質的転換とそれを教育政策として展開していく教学マネジメント体制の確立と充実・強化を呼びかけている。とりわけ、教育機能の充実・強化には、教員の一方向的な「知識伝達型教育」から、教員と学生、学生同士、学生と地域社会など双方向で学び合う「課題発見・解決型学修」へと、大学全体で教育の質的転換を進めていくことが求められている。
 そこで本特集では、前号に続き、アクティブ・ラーニングを普及・推進していくため、アクティブ・ラーニング科目の拡大と体系化、教員の教育力向上対策、学修支援の整備、シラバスによる相互点検、学修成果の可視化等を通じて教育の質保証を目指す全学的な教学マネジメントの取り組みについて文部科学省の競争的補助金「大学教育再生加速プログラム」(AP)の取り組み事例を通じて理解を深めることにした。

教学マネジメントと教・職・学の協働による
教育の質向上に向けた取り組み 〜横浜国立大学〜

曽根 健吾(横浜国立大学 大学教育総合センター特任教員)

梅澤   修(横浜国立大学 大学教育総合センター長・工学研究院教授)

1.教育の内部質保証への取り組み

 横浜国立大学(以下、本学)は、開港都市横浜に位置し4学部、5研究科・学府からなる総合大学です。全学部、全大学院が一つのキャンパスに集約された緑豊か環境の中で、約1万人の学部生、大学院生が学んでいます。
 本学では、比較的早期の段階で教育の内部質保証に向けた取り組みを進めてきました。教育方針の明確化として平成21年度にディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシーの3ポリシーに加えFD活動の推進方針を定めた「YNUイニシアティブ」を策定し、本学における学士力、学生に身につけてほしい力(図1参照)を定義しました。そして、教育課程の体系化に向けて、平成23年度に全学的にカリキュラムマップ[1]を、平成24年度にカリキュラムツリー[2]を作成しています。また、学修成果の可視化に向けて、平成25年度に学生ポートフォリオを、厳格な成績管理を図るため平成15年度にGPA制度およびCAP制度を導入しています。

図1 YNUイニシアティブにおける身につけてほしい四つの実践的「知」

 これら全学的な教育の質保証・向上を実行するために、平成15年度に全学教育研究施設である大学教育総合センター[3]が設置されました。センターには入学者選抜部、全学教育部、FD推進部、キャリア支援部の4部門が設けられています。平成28年度には高大接続・全学教育推進センターへの改組が予定されており、センターの機能強化を今後進めます。

2.大学教育再生加速プログラムに採択

 平成26年度に本学は文部科学省大学教育再生加速プログラム(テーマII:学修成果の可視化)に採択されました。本事業では、前述の内部質保証の実績をベースとして全学的な教学マネジメントを強化し、学士力、就業力の可視化によって授業内容・方法の改善を図り、学生が自らの学びを主体的にデザインできるようにすることを目的としています。図2に本学における本プログラムの概要を示します。副学長(教育担当)が議長を務めるYNU教学マネジメントチーム会議が推進しており、大学教育総合センター長、各学部の教務委員長、大学教育総合センター所属教員、学務・国際部長(職員)らにより構成されています。

図2 横浜国立大学における大学教育再生加速プログラムの概要

 本事業の採択を契機として、YNU教学マネジメントチーム会議が主体となり、全学の教育の質向上に向けて更なる取り組みを進めています。学士力の可視化については、学生による授業アンケート結果と学生の成績データのマッピング分析に着手し、大学IRコンソーシアム学生調査などの学生調査にも取り組み、結果についてデータ分析を行っています。就業力の可視化については、主として1年生、3年生を対象とする就業力アセスメントを実施し、海外に展開する企業を対象としてグローバル人材ニーズの調査を行いました。授業方法と成績評価の改善においては、全学的な「授業設計と成績評価ガイドライン」を策定するなどFD活動の充実を図りました。
 本稿では全学的な教学マネジメントと教員、職員、学生協働による教育の質向上の観点から、本学における現在の取り組みを紹介します。

3.「授業設計と成績評価ガイドライン」の策定

 大学教育再生加速プログラムにおける授業内容と成績評価改善の取り組みの一環として、平成27年度に全学的な「授業設計と成績評価ガイドライン」(以下、ガイドライン)を策定し、非常勤講師を含む全教員に周知をしています。
 本ガイドラインの要点は3点あります。1点目は、授業の質向上に向けたPDCAサイクルの確立です。本学ではPDCAサイクルのPを授業の設計、Dを授業の実施、Cを成績評価、Aを改善計画の策定による改善と定義しています。ガイドラインにおいては教員に対して、この授業改善のPDCAサイクルを念頭に置き、その中で特に成績評価において履修目標、到達目標に基づき厳格な評価を行うよう明記しました。なお、ガイドラインでは履修目標を授業で扱う内容(授業のねらい)を示す目標、到達目標は授業を履修した人が最低限身につける内容を示す目標と定義しました。
 2点目は、「成績評価の基準表」の導入です。本学の授業における成績グレードは、秀、優、良、可、不可の5段階ですが、評価の基準は教員によって異なる状況でした。そこで、教員間の成績グレードに対する認識を統一し、学生も成績グレードのレベルを認識できるようにすることを大きな目的として「成績評価の基準表」を導入しました。成績評価の基準表は、各授業の電子シラバスに掲載されているので、学生も常に確認することができます。成績評価の基準表では特に履修目標、到達目標と成績グレードの関係を明確にしており、学生がその関係を認識することによって主体的な学修を促すことを重視しています。
 3点目は、「授業別ルーブリック」の導入です。ガイドラインの策定と合わせて学務情報システム(電子シラバス)を改修し、教員が担当科目ごとに電子シラバス上で授業別ルーブリックを作成することとしました。これにより、学生が授業における評価基準と評価項目を把握できるようになり、学修の方向を明確にできます。教員に対しては、レポート等の採点にあいまいさをなくすことを目指して作成した授業別ルーブリックの活用を促します。授業別ルーブリックの作成においては、大学教育総合センターFD推進部が主体となって「授業別ルーブリック作成マニュアル」(図3参照)を作成し、教員に周知しています。また、ルーブリックの作成に活用できるよう授業形態を勘案したコモンルーブリックを用意しています。その他にも、教員を対象としてシラバスの書き方、授業別ルーブリックの作成をテーマとしたFDワークショップを開催するなど、教員ができるだけ負担感なく、学生にとってもわかりやすい授業別ルーブリックを作成できる環境を整備しています。

図3 授業別ルーブリック作成マニュアル表紙

 このガイドラインの策定を通して厳格な成績評価を確立させ、学生の学びの質向上に結びつけるべく、今後も教員の理解と認識向上に向けた取り組みを進めていきます。

4.教員・職員・学生の協働による教育の質向上に向けた取り組み

 大学教育総合センターFD推進部が各部局の教授会に出向くFDミニシンポジウム、全学の教員を主な対象としたFDシンポジウム、FD合宿研修会の開催、全学的な公開授業、学生による授業アンケートの実施など、FD活動の充実に取り組んできました。また、若手職員が運営する自主的なSD活動である「学びのひろば」、中堅以上の職員と一部の教員が運営する「大人のための学びのひろば」が全学的なSD活動を行うなど、近年、自主的なSD活動が積極的に行われています。
 学生との協働にも取り組んでおり、大学教育総合センターFD推進部の下部組織として教育改善学生スタッフ制度を平成22年度に設け、以降FD活動に参加する学生スタッフを毎年度公募しています。教育改善学生スタッフは学長から委嘱状を交付され、教職員との連携・支援のもとに本学の教育、学びをよりよいものにするための公式なスタッフとして活動しています。
 このような実績、経過を背景に、平成27年度からは主として教員を対象としていたFD合宿研修会から教職員を対象とした合同のFD・SD合宿研修会に改めました。合宿研修会では、教員と職員とが合同で学生の学修成果の向上に向けて何をすべきか考え合うセッションや、教員セッション、職員セッションを設けるなどプログラムを工夫しています。また、教員対象であったFDシンポジウムは「YNU教育フォーラム」に名称を変え、職員も参加しやすい内容構成としました。このように教員と職員とが共に輪になって考え合う場を積極的に設けています。
 これらプログラムでは、学びの主役である学生からの意見や提案を反映させようと、学生の参加も重視しています。平成27年度はFD・SD合宿研修会、YNU教育フォーラムに教育改善学生スタッフを中心として学生が参加し、大学における成績評価や学びの現状について、参加の教職員に対して意見表明を行いました。その後の教員・職員・学生によるグループディスカッションにおいても、教育改善学生スタッフを中心とする学生は積極的に発言をしています。研修会あるいはフォーラムに参加した教職員からは、学生と意見交換ができてよかったという肯定的な声が多数寄せられています。
 本学の教育改善学生スタッフは、教職員が主催する企画に参加するだけでなく、学生主体の活動を積極的に展開しています。その一つが学生発案型授業の企画です。学生が受けてみたいと思う授業を企画してシラバスをつくり、担当する教員とともに開講する取り組みです。これまでは「横浜学」、「大学生からの社会人基礎力」の2科目を教養教育科目として開講しました。平成28年度は学生企画授業委員会が設けられ、教育改善学生スタッフと担当教職員との協働により新たな学生企画授業が開講される予定です。その他にも、新入生向けに学生目線でよいと思う授業を紹介するシラバス(通称学バス)の発行と配布、学生を対象とした大学の授業についての意識調査、学生・教員・職員が参加し大学での教育、学び、学生生活をテーマに話し合うしゃべり場(写真1)の開催などの取り組みを行っています。これらの活動についても担当教職員が支援を行い、必要に応じて助言をしています。活動内容、活動によって得られた学生の声や意見は、積極的に教職員の議論の場でも取り上げるようにしています。

写真1 しゃべり場の様子

 その一方で、大学における教育改善に参加する学生のリクルートについては、どのように行うべきかを含めて長年の課題であり、学生スタッフとして継続した取り組みとなるよう担当教職員も知恵を絞っています。
 これまでFD活動は教員の活動、SD活動は職員の活動と区分されていましたが、教員と職員とがそれぞれの役割を果たしながら垣根を越えて考え合う場を設けることも必要であると考えており、教員と職員とが協働し一体となって考え合う場をさらに設けていきます。そして教職員のみならず、学生の参画・参加を得ながら、教員・職員・学生が協働し一体となって教育の質向上に向けて取り組む環境整備に今後も注力していきます。

5.学生の学修行動調査を中心とした学生・教学IRの取り組み

 本学は、全学的な教学IR活動の推進に向けて現在体制整備を検討している段階です。平成25年度に教学IRチームが立ち上がり、その後、大学教育再生加速プログラムの実施を通じてIR活動の体制整備に向けた動きが徐々に進んでいます。
 学内には直接評価データとして学生の成績、GPA、履修状況といった学務情報データが存在します。間接評価データとしては、大学IRコンソーシアムの共通調査票を用いて行う学生調査、4年生を対象とした卒業時アンケート、毎学期実施する学生による授業アンケート、教養教育アンケート、進路状況調査、就業力アセスメント、各部局が学生に対して行う調査などの結果があり、これらの調査結果がこれまで分析を待っている状況でした。教育の内部質保証においては、これらの直接評価データ、間接評価データを体系的に分析し、分析結果をもとにした提言を大学執行部や各部局への発信していくことが重要であると考えています。本学は、大学教育再生加速プログラムにおいて、学修成果の可視化を通して学生が自らの学びを主体的にデザインできるようにしていくことを目的として掲げていることから、学生の学修行動調査を重視するIR活動を指向し、IR活動の目的として学生の学びの質向上、教育の質保証に役立てることを挙げています。すなわち、IR活動に基づく全学教育改革、部局の教育改善を支援する教学マネジメントの確立、学生の学びとキャリア形成を支援する学修支援体制の確立です。
 具体例の一つは、平成26年度の学生調査の結果分析から、初年次教育における学生の学修支援体制に大きな問題点があることが示され、現在、附属図書館と情報基盤センターとの連携のもと、学修支援体制の充実に向けた取り組みが始まりました。
 今後は、学生の成績などの学務情報と学生調査の結果などをマッピングして分析するなどの多角化を試み、質の高い提言を発信していく必要があります。そして、得られた調査結果を一部の関係者のみならず、教学マネジメントの観点からより多くの教職員に周知していくことが必要であり、教職員を対象とした研修会などで積極的に取り上げていく予定です。一方で、扱うデータ量は膨大かつ一元化が求められる中、限られたスタッフ数による教学IR体制の拡充が課題です。
 また、就業力の可視化の視点からは、以下に述べるコンピテンシーに基づくカリキュラム編成への転換に導くべく、キャリア教育の再体系化に向けた学修支援体制の確立と教学データの反映が課題です。

6.教員中心のプログラムから学位プログラム中心の授業科目編成への転換

 学生にとって実りある学士課程教育を目指す上での大きな課題は、これまで教員が中心となって編成していた教育課程から学位プログラムが中心の授業科目編成へ転換することです。ここで言う学位プログラム中心とは、大学におけるアドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシーの3ポリシーを教育課程の編成に反映させることを意味します。本学では前述のように3ポリシーを大学全体と各学部において策定していますが、文部科学省中央教育審議会による3ポリシーガイドライン[4]の公表に合わせる形で、それらの改訂準備を進めています。その際、Competence(コンピテンス:獲得能力)とCompetency(コンピテンシー:社会人基礎力)に基づき、何をカリキュラムに反映させるか、結果として学位プログラム中心の教育課程に生かすというポリシーが当たり前になることを意図しなければならないと考えます。
 コンピテンシーの定義[5]については、議論あるところですが、ここでは周囲と影響し合いながら適切な行動を取る力(経験から身に付いた行動特性)の程度を表すとします。本学学生の場合、対課題基礎力の改善が必要とのデータを得ており、特に、計画立案力と実践力において学年進行による伸びが低い状況です。また、コンピテンシーの二極化傾向が進行しており、自分を理解・コントロールしつつ、他人と主体的に係わる力(統率力、協働力、自信創出力など)を育てる必要があります。下位層は自己認識が甘いためにスキルを改善できていないと推測します。そこで、自覚と課題認識を高めるために、集団作業への積極的な参画(協働)や主体的な貢献(統率)、成功体験の獲得などを意図するアクティブ・ラーニングの推進が有効性を発揮できると期待します。
 一方、本学における教学マネジメントは学位プログラム中心の授業科目編成への転換に向けた第1段階にあり、学生の学修行動調査などをもとにしたIR、科目ナンバリングの導入、全学教育システム改革などによる教育課程の再体系化を図っている最中にあります。しかしながら、これら学修成果の可視化、教育課程の体系化、組織的教育の確立などの全学的教学マネジメントの改善のみでは不十分であり、第2段階では、教員組織内において授業科目の可視化を図ることが重要であると考えています。それは、授業方法のみならず授業内容を教員組織内で教員が協働して調整・改善をするにあたって不可欠な要素であり、調整・改善の中で3ポリシーを反映することで、学位プログラム中心の授業科目編成に繋がると捉えています。授業科目の相互改善には、

1)Discipline(学問分野)からのアプローチである「分野別の質保証」
2)社会からの評価と問題点の明確化に基づく授業方法と授業内容の調整・改善(Tuning)
3)すべての教職員が参画する教学マネジメント体制

を指向することになります。
 特に、すべての教職員の参画に向けて、経験知と関心の拡大(底上げ)、学科・学部・課など所属組織を超えた関心と視野の拡大が求められます。すなわち、教員においては、担当授業と関連する授業とのつながりからカリキュラム編成、そして他分野との相違を意識することであり、職員においては、職務と経験・関連職務とのつながりや教員との関わりを深めることです。

7.おわりに

 本学における教学マネジメント、教員・職員・学生の協働はまだ第1段階というべき段階にあり、先駆的で斬新な取り組み、独自色強い教学マネジメントの捉え方があるということはありません。現在は教育課程の体系化、授業設計と成績評価の厳格化、学修成果の可視化、IRの推進体制確立、教員・職員・学生の協働など教学マネジメントの改善を進めていますが、単にシステム、形をつくるだけでは不十分であることは言うまでもありません。重要なことは教職員組織、教員個人の中でマネジメント意識が共有され、学生が教育の改善を実感できるようにすることであると考えています。そのために、現状の主として教学マネジメントに関わる教員および学務関係の職員を中心とした動きから、すべての教職員が参画する教学マネジメント体制へと変革を進め、変革の中で学びの主役である学生の声も積極的に取り入れていきます。それが、すべての学生が教育、学びの変化を実感し充実したものにしていく上で重要であると考えています。その結果、学生に向けた様々な学修成果の可視化のみならず、教職員組織内における授業科目の相互改善へとつながり、教員中心の授業科目編成から学位プログラム中心の授業科目編成への転換が実現できると考えます。

参考文献および関連URL
[1] http://www.ynu.ac.jp/education/plan/curriculum_map.html
[2] http://www.ynu.ac.jp/education/plan/curriculum_tree.html
[3] 横浜国立大学大学教育総合センターホームページ
http://www.yec.ynu.ac.jp/
[4] 文部科学省中央教育審議会大学分科会大学教育部会: 第40回配付資料, 2015.
[5] 加藤恭子: 第1章 日米におけるコンピテンシー概念の生成と混乱. 日本大学経済学部 産業経営プロジェクト報告書, 34-2号, 2011.
[6] 大学評価・学位授与機構: 高等教育に関する質保証関係用語集 3rd Edition. 2011.

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