特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(1)

 自分の目標を自分で見出して実践する主体性、多様な人々の考えを理解する多様性、チームを構成し協働する協働性を培う学びとして、アクティブ・ラーニングへの取り組みが展開されていますが、学修意欲を喚起する授業方略の一つとして、地域への貢献を学びと結び付けた課題探求・解決型のPBLが注目されています。そこで、本特集では、地域連携による実践・体験型PBL取り組みの一端を紹介する中で、大学と地域社会との連携協力体制、学生の失敗や成功体験を組み込んだ教育プログラムの創造、学修成果の効果及び評価方法などについて理解を深めることにしました。

〈地域〉と〈大学〉をつなぐ経験値教育プログラム
〜園田学園女子大学〜

大江 篤(園田学園女子大学 人間教育学部教授・地域連携推進機構副機構長)

1.取り組みの背景と目的

 本学は、兵庫県尼崎市に位置し、人間健康学部(総合健康学科・人間看護学科・食物栄養学科)、人間教育学部(児童教育学科)、短期大学部(生活文化学科・幼児教育学科)で構成される在籍数約2000人の女子大学です。本学の教育は、建学の精神「捨我精進」に基づき、「経験値教育により、他者と支えあう自立した女性の育成」を目指しています。この建学の精神は、昭和13年に本学の前身である園田高等女学校が設立されたときに掲げられました。創設者の園田村長・中村龍太郎は、当時、周辺地域の女学校が少ないという女子中等教育の現状を憂え、地域の女子教育振興を図りたいという熱い思いを抱き、私財を寄付して建学を成し遂げました。以来、この精神は本学の教育に脈々と受け継がれています。少子高齢化の進行や経済不況、地域コミュニティ機能の弱体化といった、日本社会が直面している難局において、この精神は今後さらに重要性を増すものと考えられます。
 本学では建学の精神により、1社会的、精神的、そして経済的に自立した女性の育成、2多様化する社会が直面する課題を発見し、解決できる実学の重視、3地域と共に歩み、地域の活性化と課題解決の地(知)の拠点となること、の三つを教育・研究・社会貢献の使命とし、看護師、助産師、保健師、管理栄養士、養護教諭、保健体育教諭、スポーツ指導者、小学校教諭、幼稚園教諭、保育士など専門職に従事する人材を育成しています。このような人材を育成するため、経験値教育を実践し、理論学習と社会での実体験(地域活動、インターンシップ、海外研修など)を相互に関連付ける教育によって、経験によって裏付けられた知恵の修得を目指しています。
 経験値教育推進のためには、体験の場としての地域社会との協力関係が不可欠ですが、大学の地域開放および生涯学習において先駆的な役割を果たしてきました。昭和54年に土曜公開講座およびテニスコートやグラウンド等施設の地域住民への開放を開始。現在、本学の公開講座は年間約185講座、受講者数約1400名の規模に発展しています。さらに、社会人の専門的継続的な学習ニーズに応えるため、平成14年度に開設した三年制のシニア専修コースは、全国的にも数少ない取り組みとして高い評価を受けています。
 以上のように「地域と共に歩む大学」という理想を掲げ、地域の教育・研究の拠点としての役割を果たしてきた実績を踏まえ、平成25年度文部科学省「地(知)の拠点整備事業」に申請し、採択を受けました。また、平成27年5月に、学園の3カ年(平成27年度から平成29年度)経営改善計画を策定し、将来展望を見据え、経験教育プログラムの実現を目指しているところです。ここでは、本学の経験値教育プログラム構築に向けての教育改革の一端を紹介していきたいと思います。

2.「地(知)の拠点整備事業」による教育改革

 尼崎市は、戦前から都市化が進み、少子高齢化をはじめとする成熟都市にみられる多くの課題を有しています。本学では、平成25年に策定された「尼崎市総合計画」に提示されている「ありたいまち」が実現できるよう、研究・教育のシーズによって地域課題を解決に導き、活性化に寄与できると考えています。「地(知)の拠点整備事業」は、学長のリーダーシップのもと、地域連携推進機構を設置し、学部・センター・研究所のそれぞれの取り組みを横断的に把握し、教育、研究、社会貢献を推進しています(図1)。

図1 地(知)の拠点整備事業

 地域連携推進機構は、事業部と事務局で構成されています。事業部は、本学の学部の研究領域に照らし、尼崎市の地域課題のなかの「健康づくり」「学校教育」「生涯学習」「子ども・子育て支援」の四つの部門からなり、部門長のもと教育・研究・社会貢献を進め、尼崎市企画財政局ひと咲きまち咲き推進部政策課、尼崎商工会議所、尼崎市社会福祉協議会との統括会議を毎月開催し、連携先との調整にあたるとともに、取り組みに関する評価を行っています。
 また、機構内に「まちの相談室」を設け、地域住民のまちづくりに関する相談を受け付けています。さらに、2か月に1回、研究会「まちづくり解剖学」を開催し、行政・地域住民と本学教員・学生のコミュニケーションの場とし、地域の拠点として機能することを目指しています。既存の「まちの保健室」に加え、「まちの相談室」を設けることによって、本学がこれまで尼崎市で培ってきた地域との〈つながり〉をより緊密なものとするとともに、コミュニティや市民団体の地域課題にも向き合い、地域と共に課題解決に向けて取り組むことができる体制を構築しています。
 本学は「実学的な女子教育」を志向し、国家資格の養成課程を中心に教育課程を編成しています。したがって、専門科目において、学内での実験・実習があり、学校園、病院、施設等での臨地実習があるものの、その教育内容は、科目担当者に委ねられていました。また、教育課程は学科の専門課程を中心に編成してきたために、専門分野を横断する教育課程の形成が十分ではありませんでした。しかしながら、地域社会の激しく多様な変化に対応できる人材を育成するためには、「深い教養」や「人間としての深み」が備わった人材の育成が重要だと考えます。そのためには、専門的な内容を身につけるだけではなく、主体的、能動的に学ぶ姿勢を養い、多面的、多角的に事象を捉えることが重要となります。
 そこで、本学が尼崎市と連携してきた基盤に立った上で、地域の課題解決を主眼とする科目を1、2年次に設定し、専門科目や実習前に、課題探求能力に主眼をおいたプロジェクト型演習科目を新設することとしました。本学が養成する国家資格は、複雑・多様化する社会において多職種間連携を図ることが求められています。したがって、学部学科の専門領域を越えた多分野協働の学びのコミュニティの中で学修する教育プログラムの構築を行いました。このプログラムが「経験値教育プログラム」の一つです(図2)。

図2 経験値教育プログラム

3.地域志向科目の新設

(1)「大学の社会貢献」

 本学では、アカデミックスキルおよび総合的な学びと幅広い教養を身につけることを目指して、全学共通科目を設定し、人文科学、社会科学、自然科学と初年次教育、リテラシー教育等で編成しています。なかでも、本学の建学の精神、教育理念に基づく基幹科目として、「大学の社会貢献」「女性と社会」(大学・短期大学部共通)、「生命を考える」(大学のみ)を設定しています。平成26年度から地域を志向した科目として「大学の社会貢献」(選択科目、半期、1単位)を尼崎市と共同で開講しています。
 この科目の到達目標は、「地域社会における大学の役割について考えることにより、学生自身が大学で学ぶことの意義と責任、自己の果たすべき社会的役割を自覚する契機とする。大学が立地する尼崎市の地域特性と課題を踏まえ、尼崎市における本学が果たすべき役割について自分の意見を形成する」ことにあります。この科目では、まず、尼崎市が直面している課題を教員、市職員の講義で学んだ後、市内の諸施設、住民の活動を見学し、地域の方々の声を聞くフィールドワークを実施します。次に、講義と見学を踏まえ、地域が直面する課題とその解決策についてグループワークで話し合い、その内容についてのプレゼンテーションをコンペ形式で行います。グループを2つ以上の学科で編成することによって、多様な価値観をもつ学生同士が協働し、企画、立案する経験を積むことを目指す授業です。
 各学期の最終授業で実施するコンペでは、教員だけではなく、市職員や連携先の方々にも審査していただきます。優秀チームには、尼崎市長からの表彰を受け、尼崎市をフィールドに「地(知)の拠点整備事業」を推進している兵庫県立大学と共に政策提言発表会を実施しています(写真1)。

写真1 地(知)の拠点大学による政策提言発表会
(2015年2月13日)

 これまで、出場したチームのタイトルは以下のとおりです。

「学ぶまち尼崎」(平成26年度)
「人でにぎわう公民館」(平成26年度)
「さんさんタウン活性化大作戦」(平成27年度)
「企業と学生がつながる尼崎産業の魅力発信 〜人との繋がり私たちの未来〜」(平成27年度)

(2)「つながりプロジェクト」

 1年次の「大学の社会貢献」での学修を踏まえて、プロジェクト活動を主体とした課題解決型演習科目「つながりプロジェクト」(2年次、必修科目、通年、2単位)を平成28年度に開設しました(写真2)。この科目は、尼崎市の地域課題に即したテーマを、行政やNPO、地域団体とともに取り組み、課題解決に向けての企画、提言を行うことを目指します。380名の学生が学部学科に関係なく、21のプロジェクトに所属し、地域課題の探求と解決に向けての提案を行います。
 専任教員が担当するプロジェクトは、「地(知)の拠点整備事業」の地域志向教育研究にもとづくものです。連携先の協力のもとで地域課題の解決に向けて、進めてきた研究をもとに、授業設計を行っています。

写真2 つながりプロジェクト

4.評価システムの内容

 経験値教育で目指す「経験値」は、教室で理論的なことを学んだ上で、地域での実践を通して、理論的なことが証明されたり、理性的に考え、納得できたりすることによって養われます。教室で学んだことが社会でどう活かされるかを実感することで理論と実践が結びつき、さらに次の学びへと発展していきます。つまり、経験値教育は循環型の教育といえます。この経験値教育で修得できる力が「経験値」です。
 「経験値」は「知識」と「知恵」、そして「知識を知恵に変える力」の三つで構成される値です。3つの力は、中央教育審議会の高大接続改革答申(平成26年12月22日)にある学力の3要素(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・ 多様性・協働性」)にも対応しています。そして、学生が「経験値」を高めたことが実感できるよう学修成果を可視化するための新しい評価システムを導入しました。学生が実感できる指標を策定している。経験値評価は、三つの評価で成り立ち、いずれの評価もPC及びスマートフォンで入力、閲覧できるようになっています。

(1)つながり評価

 「つながり評価」は、学生の正課、課外(ボランティアやサークル等)の地域活動の報告をデータベース化することを目的としています(図3)。学生は地域での活動ごとに、活動先の目的、学生自身の目標、活動内容、活動で工夫した点を報告します。また、連携先の地域の方々に学生の活動を5段階で評価していただき、コメントを記入していただきます。地域の方々は、学生のスマートフォンに表示されたQRコードを自身のスマートフォンで読み込むことによって評価コメントの入力が可能となります。この評価では、活動時間、つながりを持つことができた人の数、活動範囲(活動場所 Googleマップにポイントされます)に応じてポイントを集積することができます。活動内容を深めるとともに、地域での活動を定量的に示すことにより、学生の地域活動の活性化をねらいとしています。
図3 経験値評価システム(つながり評価)

(2)プロジェクト評価

 全学横断必修科目「つながりプロジェクト」における1年間の活動記録をデータベース化し、自己評価・連携先の評価をもとに教員が評価を行います。年度のはじめに目標を記入し、中間と振り返りが3者評価となります。評価指標は、次に述べるアセスメントの5項目です。また、この評価では、プロジェクトに係る地域活動、授業時間外のグループワークを記録することによって、授業外学修時間がカレンダーに表示されます。学生がプロジェクトを平成27年度に試行し、今年度から稼働しています。将来的には、他の地域志向科目やゼミにおけるポートフォリオとしての使用も検討しています。

(3)アセスメント

 1年に一度アンケート形式(自己評価)で実施しています。項目は124の質問からなり、主体性・コミュニケーション力・気づく力・協働する力・考えぬく力の5つの力を測ります。評価指標の策定にあたっては、一般に広く社会で求められるスキル、能力、考え方を網羅しながら、本学が要請する専門性の高い進路先で求められる項目を反映する点に留意しました。アセスメントの結果を蓄積し、分析することから、質問項目の内容や重点項目の配分等を検証していく予定です。

5.成果と課題

 「地(知)の拠点整備事業」に取り組み、4年目を迎えていますが、年々、地域の方々から大学や学生へ様々な投げかけが増加しています。しかし、事業開始直後は、本学は「地域に開かれた大学」づくりを進めてきたというものの、地域の方々にとって、大学でどのような研究が行なわれ、どのような学生が学んでいるのかわからないという声をたびたび聞きました。
 「大学の社会貢献」「つながりプロジェクト」で学生が地域で活発に活動することによって、地域の方々にとっても身近な存在となり、街ぐるみで学生を育てていただける仕組みができつつあることを実感しています。
 また、学生の地域活動も活発になり、「つながり評価」の記録は、平成26年度471件でしたが、平成27年度には877件となりました。地域での活動を可視化することにより、多彩な活動に取り組み、経験値を高めてほしいと願っています。
 今後は、「大学の社会貢献」「つながりプロジェクト」での成果を基盤に、各学科の専門科目や実習・実験、卒業研究に地域での学びがどのように結実していくのか、カリキュラムマップを作成することによって経験値教育プログラムを完成することが課題であると考えています。


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