特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(1)

全学部1年生へのPBL「まちづくり提言コンペ」の実践
−地域学修を目的とする全学的な
アクティブ・ラーニングへの第一歩として−

家本 博一(名古屋学院大学 経済学部教授・社会連携センター長)

1.はじめに

 名古屋学院大学(以下、本学)は、平成25年度に文部科学省補助事業の「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業−以下、COC事業)に採択され、「『地域の質』を高める『地』域連携・『知』識還元型まち育て事業」という事業名称で全学的に取り組んでいます。
 教育・研究・社会貢献の3分野において、「地域商業」「歴史観光」「減災福祉」という三つのまちづくりアプローチにより、地域課題を解決し、地域の活力を取り戻し、持続性の高い地域づくり(=「地域の質」の向上)を目指す事業や活動を実施しています。COC事業では、大学・地域(企業、団体、住民)・行政からなる地域三者連携体制(「地」の拠点)の下で、教育・研究・社会貢献をプロジェクトに継続集中させる三位一体型地域還元の手法(「知」の拠点)を用いています。そして、学生と教員の全員参加の教育イベントと現場重視の調査・分析・提案を行う課題解決型(PBL)授業とを組み合わせる段階発展型カリキュラムを導入し、地域目標の達成を目指しています(1)
 本学のCOC事業での教育プログラムに関しては、全学生に対して地域の課題への関心や理解を深めるために、4年間で地域に関する授業科目内容や教育プログラムを用意しています。その端緒として、入学後まもない1年生を対象に全学共通の必修科目である「基礎セミナー」(春学期、4月〜7月)の中で全学部・全学科の1年生による「まちづくり提言コンペ」(以下、「提言コンペ」)を実施しています(2)
 本稿では、全学的なアクティブ・ラーニング(以下、AL)の取り組みとして「提言コンペ」を取り上げます。その目的、実施要項、評価体制などの概要を紹介し、実施体験に基づく学生の成長などから意義について明らかにします。

2.「提言コンペ」の実施

(1)実施概要と支援体制

 本学では8学部11学科に6,000名弱(1学年定員:1,390名)の学生が、名古屋市熱田区(6学部)と瀬戸市(2学部)の2キャンパスに分かれて学んでいます。「提言コンペ」とは、入学まもない1年次生が、所属学部のあるそれぞれのキャンパスにおいて、「基礎セミナー」担当教員の指導と助言の下にキャンパス近くのまち歩きを行います。そして、地域が抱える課題と問題点(の多く、あるいは一部)を学び知りながら、学生自身のアイデアと構想によるまちづくりの課題解決案をパワーポイントのスライド1枚に提案書としてまとめます。学内・学外審査を経て優秀な提案が表彰される教育イベントです。つまり、「提言コンペ」は、地域課題への理解を深めるための糸口としての教育イベントであるとともに、4年間にわたって段階的に学修する段階発展型カリキュラムの第一段階として位置づけられています(図1)。この意味で「提言コンペ」は、地域の抱える課題を発見し、その解決策を学生自らが考えることを通じたALのひとつです。

図1 COC事業での人材育成目標と教育プログラム

 COC事業の中でPBLを組織的に推進するため、全学的な組織として「PBLタスクフォース」(座長:教務部長)を設置しました。これはCOC実務者委員会を母体とし、全学年・全学部へ地域学修でのALを実施・広げてゆくことを目的にしています。
 全1年生に向けてPBLの「提言コンペ」を組織的に運用するために、教養科目の「基礎セミナー」(1年必修)の授業で扱います。本学の「基礎セミナー」は約100名の専任教員が自分の所属学部生を担当します。できるだけ共通した指導内容とするために、基礎セミナー分科会が共通テキスト(3)および指導書を作成しています。また、「基礎セミナー」の標準的なシラバスを教務部長から担当者へ提示するなど、全学的な標準化に努めています。
 「基礎セミナー」をベースに全学で「提言コンペ」を開始する前には、基礎セミナー分科会でALでの教育の意義などを検討しました。全学実施に向けて組織的手続きや環境整備をして、苦心の末、実現に至りました。PBL型授業に慣れていない教員向けに多面的な支援をしました。まず、実施前には名古屋と瀬戸の両キャンパスにおいて、基礎セミナー担当教員を対象としたガイダンスや説明会を開催しました。また、共通テキストに「提言コンペ」に関する内容を追加しました。A2-3「本学ゆかりの地1:熱田区」、A2-4「本学ゆかりの地2:瀬戸市」、A2-5「熱田区と瀬戸市に共通する課題」を教室でも学べるようにしています。そして、これら(4)を学習した上で、B2d-2「まちづくり提言コンペティション」では、具体的なサンプルを提示していますので、学生に指導しやすいように編集しています。さらに、熱田区のまち歩き用の学内作成マップを必要な教員には提供するなど、入念な準備をしています。

(2)コンペ作品の応募・審査・表彰

 学生が共通テキストの該当箇所を読めば「提言コンペ」の内容をおおよそ理解できるように編集しています。「基礎セミナー」で担当教員が学生らをまちへ連れ出して、教室での学びから得られた知識や情報などと対照してもらえるように案内しています。若い学生の感性から面白い発見や斬新なアイデアが生まれ、それを基礎セミナーでより具体的で、現実的な内容にまとめる作業を進めます。その際、一部の基礎セミナーでは、授業において、学生のアイデアを具体的に示す提言プレゼンテーションを実施するケースも散見されます。本学では、以上のようなPBL授業を初年次より推奨しています。
 学生がまとめた提言案の応募については、1年生の個人ひとり1案を原則としています。授業期間(15週)の最終日までに実施担当部署の社会連携センターに提出するよう学内に案内しています。その後、実施担当部署は、速やかに基礎セミナーの担当教員全員に対して提出学生リストを示し、提出漏れや提出先間違いのないことを担当教員にチェックしてもらいます。その後、学内・学外審査へ向けた作業に着手します。
 審査基準に際しては、以下の五つの評価基準を設定しています。1課題解決能力(地域課題の明確化、テーマ設定や解決策の妥当性・実現性)、2独創性(学生らしい自由な発想)、3表現力(パワーポイントでの効果的な提案書の作成)、4論理的思考力(文献やデータによる分析、現地調査や先進事例との比較など)、5地域愛(名古屋市熱田区・瀬戸市に対する愛着や熱い想い)、です。各評価を点数表示にして、審査過程での偏りやバラツキを少しでも減らすように留意しています。
 学内審査は、各学部での審査と各キャンパスでの審査の2段階になります。まず、応募作品を学部ごとに仕分けて、その学部の教務委員会が中心になって選考します。次に、学部から推挙された優秀案について、PBLタスクフォースが学外審査の対象候補提案作品(各キャンパス最大10名)を選び、学長に推薦します。そして、学外審査は、名古屋市熱田区長と瀬戸市長に学長の推薦作品を提示し、キャンパスごとに最優秀賞1名、優秀賞の若干名を最終決定してもらいます(図2)。後日、優秀者は区役所・市役所に招かれ、区長・市長ならびに学長から表彰されます。学生にとっては極めて栄誉な機会になります。

図2 優秀作品
(大学至近の中央卸売市場へヒアリングした作品)

 以上のように多くのプロセスで実施される「提言コンペ」は、全学一律の教育イベントとしなければなりません。そこで同一原則・同一基準の実施を可能な限り確保しています 。また、組織的には、教務部門の責任者が直接管掌し、実施の責任を負う体制を整備しており、実施には社会連携センターが深く関わっています。担当部署が連携できていることで、以上のような全学的な取り組みを可能としています。

(3)初年度の実績

 平成27年度の提言コンペは表1のような実績になりました。学部により参加学生数にバラツキは見られますが、全1年生・担当教員に対して実施したことが窺える数字であると考えます。

表1 コンペの参加学生数/参加率

【名古屋】 キャンパス計 727名 (58.1%)
  経済学部 182名 (56.5%)
  現代社会学部 103名 (85.1%)
  商学部 175名 (51.1%)
  法学部 117名 (68.4%)
  外国語学部 120名 (75.5%)
  国際文化学部 30名 (22.1%)
【瀬戸】 キャンパス計 225名 (90.7%)
  スポーツ健康学部 160名 (98.2%)
  リハビリテーション学部 65名 (76.5%)
【全学】 計 952名 (63.4%)

3.おわりに:「提言コンペ」の実施意義

 COC事業として4年目に当たる本年度も、昨年度と同様、1年の春学期(4月〜7月)に「提言コンペ」を開催しています。以下では昨年度の実施状況および実施結果を踏まえて、「提言コンペ」を実施する意義について若干の検討を加えます。
 「提言コンペ」は、入学して間もない新入生に所属学部のあるキャンパス周辺の地域に関心を持ってもらうことを狙いとしています。卒業までの4年間を過ごし、大学生活と何からの関わりを持つであろう地元に興味を抱き、学部でのこれからの学修内容が地域とどのように係わるかを学び知るきっかけを提供する教育イベントです。各学部の専任教員が担当する1年次の必修科目で、全学共通テキストを用いながらPBLを実施しています。つまり、「提言コンペ」は、導入教育の中核をなす基礎セミナーで行われるPBL教育への誘いを意図する教育活動というように位置づけられます。
 「提言コンペ」の意義は2点あると考えます。1大学教育への導入部分において、地域の現状と課題という身近な題材を用いてALという学びの姿勢の重要性を課題解決策の作成・提言という実体験を通じて新入生へ直接伝える、2地域に係わる身近な題材の中に、様々な側面を有する課題や題点が存在すること(5)、そして、これらの課題や問題点を改善し、解決する際には広い視点や視角が必要であることを学ぶことによって、今後始まる専門科目での学修の中で常に地域との係わりを意識して進めるようになる、という二つです。これらの意義は、「提言コンペ」を年々繰り返し実施することで学内に深めようと考えています。こうした大がかなり試みを継続していけば、大学での学修過程におけるALと座学との連動を学生と教員の双方が体験し共有できるようになることが期待できます。
 そして、ALおよびPBLという新たな教育方法を学内に普及させるためには、学生と担当教員の取り組み姿勢だけでなく、「提言コンペ」を支える担当事務部署の職員の取り組み姿勢とそのあり方が極めて重要な要素となります。また、学修内容の理解度がどのように深まったかを学生自らが実感できる学修内容の評価体制の確立が不可欠です。その一つとして、大学としてルーブリックの研究・普及に努めています。
 地域を題材として1年生に対して様々な視点や視角の必要性を教え伝えるとともに、(初歩的なレベルではあっても)ALとPBLの実体験を与えることについて、担当教員と担当事務部署の職員が共に支援し続けていかなければなりません。学生自身が、初年度の「提言コンペ」を契機として大学で学修課程における自らのサクセス・ストーリーのイメージをおぼろげながらもつかむことは極めて重要です。学生の成長という目標こそが(実施前には、学内に様々な困難が存在していたものの)地域を題材として「提言コンペ」を実施している所以であると考えています。

(1) 3年間(平成25年度〜平成27年度)にわたる本学のCOC事業の概要に関しては、名古屋学院大学社会連携センター編『名古屋学院大学COC事業 中間総括フォーラム・学生活動報告会』(2016年3月20日発行)を参照されたい。
(2) 「提言コンペ」は、全学部を対象とした全面・本格実施の試験的運用も兼ねて、平成26年度春学期に経済学部の1年次生(約450名)に試行した。この際、「提言コンペ」の実施手順・要項そして評価体制などが当初の想定通り実施可能かを検討した。この結果、全面・本格実施にとって参考となる幾つかの知見を得ることができた。具体例として、著作権、肖像権の侵害、剽窃などの不正が行われていないかという点である。また、後述する評価基準に関しても、その客観性、明瞭性、理解可能性といった点がどの程度まで各学部、各キャンパスの審査過程において担保されるか課題が浮かび上がった。
(3) 全学共通テキストは名古屋学院大学基礎セミナー分科会編『2016スタンダード基礎セミナー』(全103ページ)で、内容は毎年更新されている。
(4) A2-3とA2-4の記述は、それぞれ名古屋市熱田区役所と瀬戸市役所の監修を受けている。
(5) 実施初年度の体験について2年次学生(の一部)から直接聴取した。所属学部での学修内容の違いはあるものの、専門科目で扱う地域と関係する学習内容について広がりや意味がより明確に理解できるようになった、という意見が聞かれた。

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