大学の組織的な取り組みの工夫

学びの振り返りと教員連携を目指した
臨床実習eポートフォリオ

石川 和信(福島県立医科大学 医療人育成・支援センター准教授)

1.はじめに

 卒前臨床実習の問題点として、医学生・教員が臨床実習全体の学習目標を把握できていないこと、教員が担当する診療科以外の学習状況を相互確認していないこと、医学生の臨床能力の評価・把握が困難であること、臨床実習に利用可能な教育リソースが活用されていないこと、医学生・教員からの臨床実習改善へのフィードバックが組織化されていないこと等があげられます。これらの問題解決のため、進歩するITデバイスやソフトウエアをいかに導入し活用するかについて教育実践を踏まえて述べたいと思います。

2.臨床実習eポートフォリオの開発と導入

 筆者らはこれらの改善を目指して、平成23年度から、医学部5年生全員が約1年間をかけて、26診療科全てをローテーションする臨床実習プライマリーコースで(図1)、自らの学習状況を振り返ることができるように、タブレットPCで動作する臨床実習ソフトウエアを開発し、ポートフォリオ学習に取り組んでいます。

図1 医学部臨床実習における全診療科ローテーション

 この取り組みは、医学部全体の取り組みとして文科省GP事業として開始し、筆者らの医療人育成・支援センターが中心となって、ソフトウエアの開発、運用、データの管理を担当してきています。臨床実習eポートフォリオの開発では、実習を担当する全診療科の教員と連携し、まず、臨床実習の学習目標と学習項目の見直しを行いました。同時に、臨床技能教育に役立つオリジナル動画コンテンツの作成、確認テストを作成しました。この間、ソフトウエアを外部業者と約1年をかけて、自施設の環境に合わせて、設計・開発しました。
 その後、教員向け、学生向けの説明会を何回か開き、タブレットPC(iPad)を無償貸与しました。学生には、臨床実習の支援ツールとして、学習目標の事前確認、動画コンテンツやテストの活用、自己評価による振り返り学習の趣旨を説明しました。一方、教員には、学生評価を依頼し、全診療科の臨床学習状況の把握が可能となること、フィードバックコメントが入力できることを伝えました(図2)。

図2 タブレットPCに対応した臨床実習eポートフォリオ

 臨床実習を支援するオリジナル学習コンテンツは、全診療科で、動画39、pdf版資料45、確認テスト26の計110種類が完成し、このeポートフォリオ・システムと連動して利用できるようにしました。
 筆者が担当している医療人育成支援センターの臨床実習を例にとって、eポートフォリオ・システムを説明します(図3)。センターでは、スキルスラボ(シミュレーション医学教育トレーニング施設)で、採血と医療面接のシミュレーション学習を行うone-dayプログラムを実施しています。図3(a)が、タブレットPCに示されるeポートフォリオ・システム(電子臨床実習手帳)のトップページで、医学生への連絡事項とGIO(一般目標)が示されています。中段のタブを切り替えると、SBO(行動目標)、学習コンテンツ、確認テスト、自己評価が表示されます。学生と教員は、臨床実習後、速やかに行動目標(SBO)のそれぞれについて評価します(図3(b))。診療科ごとに、10〜15項目のSBOがリストアップされています。

(a)
(b)
図3 臨床実習 eポートフォリオの例

 各科ローテーション後の評価は、行動目標ごとに臨床実習で経験した場合は5段階で(5:よくできるから、1:ほとんどできない)、経験しななかった場合には0を入力するように設計しました(図4)。

図4 診療科ローテーション後の
評価スケール

 なお、この評価に関して、学生に自己評価の目的が成績評価でないことを周知することが大切だと感じています。自己評価には、成績に反映されるのではないかという学生の意識が働くと、実際にはできなくとも自己を過大評価する、経験していなくとも経験したことにするという正しくない自己判断が働く影響が懸念されます。評価目的が自分自身の振り返り学習(自己省察)のため、また、多くの診療科の教員が連携して臨床実習をサポートするためであることを学生に何度も説明しました。
 図5に、臨床実習でローテーションする診療科の行動目標全体の総合評価の一覧表示を示します。

図5 診療科ローテーション後の学生と教員の評価の一覧

 実習が終った診療科では、学生の自己評価が上段(オレンジ色)に、教員の評価が下段(黄色)に表示されます。この画面で学生と教員はお互いの評価を知り、実習を振り返ることが可能になります。また、ローテーションを終了した全学生の平均値がスリットで表示されるように設計し、自分の到達度を知ることができるようになっています。

3.医学教育モデル・コア・カリキュラムに沿った臨床実習の進捗状況の電子ツールによる把握

 サイエンスとテクノロジーが進歩し、医学生が学ばなければならない知識量が膨大に増える状況で、卒業時までに修得すべき基本的臨床能力は、技能・態度も含めて、医学教育モデル・コア・カリキュラムとして明示されるようになっています[1]
 筆者らの臨床実習eポートフォリオ・システムでは、コア・カリキュラムで定められた臨床実習の学習項目15領域68項目を自己評価できるように設計しました。図6に、臨床実習開始12週後、24週後、34週後(プライマリーコース終了時)の自己評価を示します(図5)。自己評価の評定尺度は6段階とし、よくできる(緑色系)、どちらともいえない(黄色)、できない(赤色系)、やっていない(黒)で表示しています。

図6 医学教育コア・カリキュラムに沿った自己評価
(上段から臨床実習開始12週、24週、34週後)

 平成23年度の臨床実習の状況ですので、その後の臨床教育の改革がなされていますが、この時期には、1〜2週間の臨床実習を積み重ねても、多くの領域で、どちらともいえない、もしくはできない、やっていない、という学生が半数以上を占めている項目が少なくないことが分かりました。現在、医学教育の国際認証に対応するため、臨床教育の改善が求められていますが、実習期間の長期化のみでなく、このように客観的に教育実践をモニタリングしたエビデンスに基づく医学教育の改革が重要と考えています、
 この臨床実習eポートフォリオ・システムへの完全入力ができた学生は、実習開始24週後の中間解析時に35.8%、実習終了時の34週後に82.7%でした。一方、約10%の学生は、半分以下の入力で、このツールを十分活用できませんでした。一方、教員の入力達成度は、中間解析の段階から比較的良好で、中間解析時に64.3%、最終的に82.1%が完全入力を行いました。しかしながら、やはり、約1割の教員は、半分以下の入力で、この取り組みを理解できなかったようです。

4.医学教育へのITツール導入の利点と留意点

 この臨床実習支援ツールに関する意見をアンケートやモニター学生から聴取したところ、学生からは臨床実習で何をすればよいのかが理解できたこと、動画コンテンツの有用性が多数指摘されました。一方、教員からは、一人ひとりの学生の学習状況が客観的に把握できること、他の診療科の状況が理解できることが評価されました(図7)。
 同時に、このツールの運用により、学習目標どおりには実際の臨床実習が行われていない事実が客観的なデータとして明らかになり、各診療科の担当教員へデータを添えてフィードバックすることが可能になりました[2]

図7 臨床実習eポートフォリオ・システムの意義

 運用面では、病院内で携帯するツールとして、タブレットPC(アップル社製iPadを使用)が大きすぎること、医療機器が使用する電波の周波数との干渉を考慮して無線LAN環境を整備する必要があることが明らかになりました。
 医学教育へのITツール導入の利点について考えると、電子ツールが持つ拡張性により学習の標準化が容易になると思います。大学や教育研修病院の枠を超えて、同一コンテンツで学習できることは、教育の有用性や教育環境の妥当性の検証において、有益だと考えています。また、教員、学習者ともに学習結果を共有できること、情報発信が迅速であることは、職員負担を軽減できる可能性があります。また、IT環境では、学習支援ツールを多人数で同時に利用できます。さらには、ユーザーの利用権限の設定が可能(入力、閲覧、改変)で、学習者や教員が創造的にツールを進化させうる点が長所と考えています。
 一方、医学教育へのITツール導入で考慮すべき点は、医学生が一部を除いて意外とアナログで、使いこなしていく学生と最小限しか使わない学生とに分かれることです。また、患者の視点に立つと、病院へのPC持ち込みの配慮が必要です。学生は、ITツールを使ってよい時間・さし控えるべき時間をあまりわかっていません。感染対策も必要です。タブレットPCの携帯性の考慮は大切で、両手があかないと仕事にならない、白衣のポケットに収まるかも大切です。サーバー、無線LAN 環境整備の予算、ソフトウエア維持・更新費も必要です。絶えず進化するITツールに追随する必要度の判断、情報セキュリティー、情報倫理教育を担当する専門家が求められます。
 医師養成はもとより医療人養成には、IT化・自動化すべき部分、人と人とがface to faceでコミュニケーションによって確認し合う部分を考慮して、教育研修を考える必要があります。専門職教育の高度化の一方、態度領域の教育は時代を超えて重要です。患者の多様性や医療現場に求められるニーズに応じて、ITツール・コンテンツを開発していく考え方が重要だと考えています。

 この臨床実習eポートフォリオの開発・導入・運用に関係して下さった皆様に深謝申し上げます。

参考文献および関連URL
[1] 医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成22年度改訂版)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/033-1/toushin/1304433.htm
[2] Ishikawa K, Kobayashi G, Sugawara A, Moroi Y, Suzutani T, Fukushima T.
A tablet PC-web based e-portfolio system for clinical rotation to support reflective learning and alliance among teachers. The 16th Ottawa Conference, Ottawa, Canada, 2014.

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