大学の組織的な取り組みの工夫

グローバル理工学人材育成のための
総合的ポートフォリオの構築

井上  雅裕(芝浦工業大学 学長補佐 システム理工学部教授)
祖父江一郎(芝浦工業大学 情報システム部 次長)

1.はじめに

 グローバル人材育成のための教育プログラムの一環として、学修ポートフォリオに、キャリア・ポートフォリオ、語学ポートフォリオを加え、学修成果と振り返りを体系化した「SITポートフォリオ」を構築しました。理工学の知識、スキルに加え、グローバル人材に必要な対課題基礎力、対自己基礎力、対人基礎力などのコンピテンシーと、語学力の客観および自己評価を含めた学修成果を蓄積し、これにより学生の省察を促し、能力向上につなげることを目標にしています。ポートフォリオの目的、構成、運用に関し報告します。

2.芝浦工業大学のグローバル人材育成

 芝浦工業大学は,2006年5月に東南アジアの工科系大学とコンソーシアムSEATUC(South East Asian Technical University Consortium)を設立し、修士のダブルデグリープログラムを開始するなど、アジア各国の工科系大学との連携によりグローバル人材育成を実施してきています。平成24年度の文科省グローバル人材育成事業に採択され(図1)、さらに、平成26年度には、文科省のスーパーグローバル大学創成支援に採択され、大学全体での教育改革を進めています。

図1 芝浦工業大学のグローバル理工学人材育成

 芝浦工業大学では、国際社会の多様性を理解し、協調性を持ってその発展に寄与できる人材を育成するために、以下の四つの能力を重点的に強化しています。

(1)グローバル人間力:積極性・チャレンジ精神、協調、使命感を持ち、長期的展望にたって国際協調を実現する能力

(2)コミュニケーション能力:工学基盤の上に立ち、語学とモノやサービス等を介して相互に理解できる能力と語学力

(3)問題解決能力:課題発見能力と倫理観に裏打ちされた解決能力を持ち、技術的経済活動への社会的影響を判断できる能力

(4)異文化理解力:文化の多様性を認める能力と、自国のアイデンティティーを持ち、それを行動によって発信できる能力

3.eポートフォリオの定義・目的

 ポートフォリオ[1]の定義と目的は以下です。

(1)定義:学生の学修活動、キャリア開発の履歴と成果を電子的に蓄積したものです。

(2)目的:学生の振り返りにより、主体的な学修活動を促す、また、学生の成果物を発信し,学生同士、教員、社会との交流を深める。

 本学では教育目的である「世界に学び、世界に貢献するグローバル理工学人材の育成」のため、教育と学修の質保証の基盤としてポートフォリオを構築しています。

4.eポートフォリオの要求分析・設計

(1)要求分析

 教育の質保証を行うためには、教育プログラムに対し、明確な学修・教育目標を設定し、成果を定量的に測定し、PDCAサイクルを回す必要があります。グローバル人材育成の目標とその施策、関係するステークホルダーの視点で、eポートフォリオの要求を分析しました。ステークホルダーは、学生、教職員、海外インターンシップや海外留学の受け入れ先の海外大学や国内外の企業です。学生からは、就職などのキャリア支援などに役立つこと、スマートフォンなどでどこにいても入力できることなどの要望があります。

(2)設計

 要求分析に基づき、大きく三つのカテゴリーに分けeポートフォリオの設計を行いました(図2)。

図2 SITポートフォリオの構成[2]

 第一のカテゴリーが、学修ポートフォリオです。 学修・教育目標の達成度を測定するための評価水準表であるルーブリックを主体として構成しています[3]
 ルーブリックは,教育プログラム全体と各科目に対して設けています。教育プログラムに対するルーブリックは、学年の初めに学生が教育プログラムの学修・教育目標に基づいて各自の目標を設定し、年度末に自己評価し、振り返るために設けています。科目単位のルーブリックは、卒業研究やPBL(Project Based Learning)に対してまず導入しました。学生が学修・教育目標を理解し、達成度を自己評価する仕組みとして設けています(表1)。

表1 科目の達成度の自己評価の例

 また、交換留学や海外インターンシップための学修ポートフォリオを設けました。交換留学の実施では、学生が願書作成,航空券の手配、渡航、留学先での履修計画などを自主的に実施することで多様な経験を積むことができます。一方で、留年を防ぐためには、生活面、学業面で発生する問題を大学として迅速に認識し、必要な対応をすることが必要です。これを目的に、学生の定期報告としてのポートフォリオを導入しました[4]
 交換留学生は、表2に示したポートフォリオを毎週日本にいる交換留学担当の教員に提出します。

表2 交換留学の週報の設定例

 ポートフォリオの運用は図3に示した手順で行います。まず、教員が表2に示した週報のひな形を作成し、LMS(Learning Management System)にアップロードします。学生はこのひな形をダウンロードし、各週の学修成果と課題、生活面の課題と対応を入力し、LMSの自分のエリアにアップロードします。学生がアップロードしたことは、教職員に電子メールで自動通知され、交換留学の指導担当の教員が確認し、学生にフィードバックを行います。国際部や学生課の職員からも学修、生活を含めた多面的なアドバイスが可能です。これにより、学生は留学生活を振り返り計画的な留学が促され、教職員は、課題に早期に把握できます。

図3 留学のポートフォリオの提出機能

 第二のカテゴリーが,キャリア・ポートフォリオです。ジェネリックスキルのアセスメントの手段としてPROG(Progress Report On Generic skills)[5]を採用しています。PROGは、知識から得られるジェネリックスキルである「リテラシー」と経験から得られるジェネリックスキルである「コンピテンシー」を測定しています。本学では、PROG評価を1年生(入学時)、就職や進学などの進路検討の時期の3年次後期、及び大学院修士1年次、国際PBLの後に実施しています。
 PROGの受験後は、その結果を学生にフィードバックし、自己の特徴、強みと弱みを振り返るための解説会を実施しています。キャリア・ポートフォリオではその結果の概要を示し、時系列的な推移をビジュアルに示しています。

図4 PROG結果の確認画面

 第三のカテゴリーが、語学ポートフォリオです。語学ポートフォリオは、The Council of Europeによる英語能力のルーブリックであるCEFR[6](Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment)に準拠した工学におけるグローバル・コミュニケーションCan Do Listです。これに、TOEIC/TOEFL等のスコア、英語のeラーニングの学修成果を加えたものが全体です。

図5 工学英語力のeポートフォリオ

 図5にCEFRを工学英語向けに拡張したCan Do List [7]の一部を示しました。学生は、これを用いて工学におけるグローバル・コミュニケーション能力の目標を確認し、いつでも自己評価することができます。交換留学の前後、海外インターンシップの前後、国際PBLの期間にも、このCan Do Listを用いた自己評価を実施しています。
 以上述べた学修ポートフォリオ、キャリア・ポートフォリオ、語学ポートフォリオを含むSITポートフォリオの総合画面として、次ページ図6に示すダッシュボードを設けています。ダッシュボードは、各ポートフォリオへの入り口であり、また、各ポートフォリオの概要をビジュアルに示しています。次ページ図7には、SITポートフォリオの実装例を示しました。SITポートフォリオは固定したものではなく、オープンは情報技術を活用して改良を進めています。

図6 SITポートフォリオのダッシュボード
図7 SITポートフォリオの実装

5.教職学協働による継続的改善

 教員と職員そして学生が連携して、SITポートフォリオの構築と改善を実施しています。ポートフォリオは、学生が学修履歴を振り返り、教職員がこれを共有することにより活用されます。そのなかでも学生がポートフォリオを主体的に活用できるかどうかが最も重要です。本学では、教職学協働での教育改革を進めており、ポートフォリオの要求分析段階、設計段階、運用段階で、教員・職員・学生が参加するワークショップを繰り返し実施し、必要な機能の抽出や使いやすさの評価を実施してきました。
 ワークショップの結果からは、入力時の認証の容易化、操作性の統一、スマートフォンでの入出力、学生の就職に役立つ機能の充実などの必要性が明らかになり、継続的改善に活かしてきています。

6.まとめ

 グローバル理工学人材育成のための教育プログラムの一環として,体系的なeポートフォリオを構築し、運用、改善のPDCAサイクルを回しています。本学の学生のグローバル化だけではなく,海外の留学生の受け入れや,国際協働プログラムの質保証のためのeポートフォリオの必要性が高まっています。PROGや国際PBLのルーブリックの表記は,既に国際協働プログラム実施のため多言語化(英語、タイ語化)を実施しました。今後、 eポートフォリオの国際連携を検討していきます。

参考文献
[1] 小川賀代、小村道昭、大学力を高めるeポートフォリオ エビデンスに基づく教育の質保証をめざして、東京電機大学出版局、2012.
[2] Masahiro Inoue, Ichiro Sofue, Hiroshi Hasegawa, Atsuko Yamazaki, and Anak Khantachawana, E-portfolio for Global Human Resource Development Program, Proceedings of International Conference on Engineering Education, ICEE 2015, July 22, 2015.
[3] 井上雅裕、長谷川浩志、陳新開、分野横断教育の体系的 カリキュラム構築とその学習成果のアセスメント, 工学教育 (J. of JSEE), Vol.61, No.2, pp.55-61, Mar. 2013.
[4] 井上 雅裕、三好 匠、Fuminori KOBAYASHI, Anak KHANTACHAWANA, 杉山 修, 橘 雅彦, 卒業要件単位の取得を可能とする交換留学のプロジェクトマネジメント、平成27年度工学教育研究講演会、September 4, 2015.
[5] リアセック、Progress Report On Generic skills, http://www.riasec.co.jp/prog_hp/,参照日:2016-6-26.
[6] The Council of Europe, Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment (CEFR), 参照日:2016-6-26.
[7] 山崎敦子、村上嘉代子、井上雅裕、長谷川浩志、田丸 敦之、松村直樹、工学における外国語コミュニケーション力測定のためのCandoリスト試作と評価、平成26年度工学教育研究講演会、August 29, 2014.

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