特集 知識の創造を目指したICT活用教育モデルの研究

市民性の涵養を目指した
法政策フォーラム型授業の提案

加賀山 茂(名古屋大学名誉教授 本協会法律学教育FD/ICT活用研究委員会委員長)

1.はじめに

 現在、大学における授業のあり方が根本的に変わろうとしています。その契機となったのは、2012年中教審答申(質的転換答申)です。そこでは、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」というタイトルの下に、以下のような趣旨の革新的な提言がなされています。
 「大学がわが国にとって必要な人材を養成するためには、従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要であります。」
 この考え方こそが、従来の知識伝達型の教育から、学生と教員とが共に学び合うという教育方法への転換をもたらしつつあるのです。
 この考え方の背景には、第1に、少子化が進む中で、個々の大学が生き残るためには、従来の教員本位の教育から、学生本位の教育へと転換していく必要があることが自覚されるようになったこと、第2に、知識伝達型の日本の大学教育は、教育先進国から大きく差をつけられており、このままでは、世界で活躍できる人材を養成するという社会の要請に応えることができないという危機意識が社会全体に広がっていることがあげられます。このような社会的要請に応えるには、どのような教育改革が必要なのでしょうか。
 この目的を達成するためには、まず、教育の目標と目的とを明確にすることが大切です。
 第1に、今後の教育目標は、学生全体の知的レベルの向上ではなく、個々の学生の知的レベルを向上させることに設定されなければなりません。
 この点、従来の大学教育目標は、専門知識の伝達を通じた、学生一般の知的レベルの向上に設定されていました。つまり、この目標の対象は、平均的な学生の知識レベルの向上に向けられており、個々のすべての学生の知的レベルの向上は、とかく無視されがちでした。100人以上の学生を相手に大教室での一方的な知識伝達型の講義が行われてきたのも、個々の学生を無視してきたことの現れです。
 しかし、これからは、個々の学生の知的レベルの向上を実現するために、ゼミばかりでなく、講義においても、少人数教育(やむを得ず大人数教育をする場合にも、グループ学修などの工夫)を実現する必要があります。
 第2に、教育目標の内容を、従来の専門知識の伝達から、事例に専門知識を適用できる能力を養成するという方法に変更する必要があります。すなわち、従来の教育方法は、ルールの意味から始めて、ルールが適用される典型例を学修するというようにトップダウンの推論を行ってきました。しかし、このような方法では、現実の問題にルールを適用するという能力は身につきません。今後は、ルールの意味から具体例を学ぶというトップダウンの学修は、ビデオ教材等の予習教材によってあらかじめ予習させておき、授業では、生の事例を提示し、その事例にどのルールを適用すべきかを考えさせ、選ばれたルールを適用した結果を吟味し、もっと適切なルールを探索したり、新たなルールを創造するというボトムアップ式の学修方法(最近注目を集めているフォレンジックな方法論)を採用する必要があるのです。(図1参照)

図1 トップダウン式推論とボトムアップ式の推論

2.方法論

 次に、学修目標が明確となれば、それを実現する方法論を開発しなければなりません。

 しかし、ボトムアップ式の推論能力、すなわち、生の事例に適合するルールを探索し、適用する能力を養成するという目標を達成する方法は容易ではありません。なぜなら、生の事例は、一つの専門知識で解決できることはまれであり、分野横断的な専門知識が要求されます。したがって、それを教えようとすれば、一人の教員が、いくつもの専門分野の生きた知識を身につけていることが要求されることになり、実現は不可能と考えられてきました。
 しかし、問題解決の糸口は、発想を逆転することによって見つけることができたのです。その方法は、教員が学生に教えることをやめることでした。教えようと思うから、教員に無理を要求することになるのです。教育を教えることから、学生とともに学び、教員は、学生の学修過程をよく観察し、アドバイスをするにとどめる、すなわち、一人ひとりの学生のコーチを行うことにすればよいことが明らかとなったのです。
 オリンピック等の競技において、メダルを獲得した選手には、すべて優れたコーチがついています。つまり、大学教育において、一人ひとりの学生が学修目標を達成するために必要なのが、教員というコーチだったのです。
 この考え方に到達できれば、以下のことが明確となります。

1.大学教員は、学生を教えるのではなく、学生の学修状況・発表を聞いて、適切なコーチングをすることに専念すべきです。教員の給料は、教えることではなく、個々の学生に対して、いかに適切なコーチングをしたかで判断されるべきです。

2.コーチングを効率的に進めるには、対象人数は、少数でなければならなりません。大人数の場合には、グループに分けて、グループ学修を行い、アシスタント・コーチをつけることが重要です。

3.教員は、コーチングに先立って、ルールの意味、ルールが適用される具体的な典型例を解説した予習教材を作成し、1週間以上前に学生に提示することが必要です。

4.学生の成績評価は、生の事例にどのルールを適用すべきかについてどの程度の能力が養成されているかを基準に判断されるべきです。

3.法政策フォーラム型授業の提案

 このような新しい教育方法を実現する場として、図2のような、「法政策フォーラム型授業」を提案します。
 従来の授業では、教員が教えることができるという条件の下に、すでに裁判所によって解決された過去の事例とか、一つの専門知識で解決可能なように、単純化された事例とか、現在進行中の生の事実に接することが困難でした。
 しかし、この授業形態であれば、教員も、また、学生たちも、法律相談の形で上がってくる生の事実に接することができますし、その相談を解決するには、どのようなルールを適用すると、当事者も、専門家もともに納得する解決案を作成することができるのかについて、議論を重ねることができます。
 以下に、法政策フォーラム型授業のモデルを例示します。

(1)目的

① 学生の法政策的な問題意識、発想力、論点分析力、価値判断力および論証・説得力を育成するため、サイバー空間における専門家や市民との分野横断型フォーラムを通じて意見交流を図ることで分野横断的な問題を解決する能力を培う。

② 分野を横断した発想・構想の体験を通じて、学生に国民主権の担い手である市民としての法への参加意識を高めるとともに法政策案をとりまとめ、提示することで、国あるいは地方公共団体、社会に実際に貢献する。

(2)教育の体制・方法

① 大学の教員と学生からなる「法政策フォーラム委員会」が主体となり、フォーラムを実施する。

② 複数の参加大学の教員と学生が連携してフォーラムを組織することも考えられる。

③ 教員の指導の下に学生は、「法政策フォーラム」にスカイプ等を用いてネット上で参加する。

④ インターネット(テレビ会議、電子会議室および電子メール)を活用して複数の大学の教員と学生が参加できるようにする。

⑤ フォーラムには専門家や市民の参加を歓迎する。

(3)教育スケジュール

例えば、以下の7つの局面が考えられる。

① 問題提起と論点整理

② 議論

③ 法政策案作成・発表

④ 法政策案について議論

⑤ 法政策案確定

⑥ 発表・提出

 法政策案をインターネットなどを通じて、以下のような各方面に提出する。

⑦ 実施期間

 上記の①から⑥を1サイクルとし、その期間例えば4ヶ月程度とすることが考えられる。

(4)フォーラムで議論する分野横断的なテーマ(例)

① 成人年齢を18歳に引き下げるべきか

② 死刑は廃止すべきか

③ 国民の司法参加のあり方は現状で良いか

④ 戦争責任

⑤ 安楽死、尊厳死

⑤ 自動車運転車両の欠陥と運転ミスが競合して交通事故が生じた場合の責任のあり方

4.おわりに

 このような授業形態が普及するようになると、先に述べた高度な教育目標を達成するための学生同士、教員同士の切磋琢磨が可能となり、教育効果は飛躍的に向上すると思われます。

図2 生の事実の下で生きたルールを学び合うフォーラム型授業

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