特集 モバイル等を活用したアクティブ・ラーニング

 本協会の「私立大学教員による授業改善白書(平成28年版)」によれば、アクティブ・ラーニングは大学で5割、短期大学で6割の教員が実施しており、その授業形態は9割近くが比較的取り組み易い講義との組み合わせとなっている。教育効果では、「主体的に説明できる学生が増えた」、「考察型学修の学生が増えた」、「問題発見など実践力を身に付けた学生が増えた」としており、主体的に考え行動するコンピテンシーの向上が明らかになった。
 本特集では、能動的学修を教室の内外で定着・普及させていくことが先ず重要と考え、学生が日常使用しているモバイル端末を通じて教員が如何に能動的学修に活用できるかに着目し、大人数講義におけるアクティブ・ラーニングや学外での実践体験に必要な環境作りの可能性について理解を深めることにした。

受講者100人超の大人数講義における
双方向性向上の取り組み

佐野 光彦(神戸学院大学 総合リハビリテーション学部)

植村  仁(神戸学院大学 共通教育センター)

中川 万喜子(神戸学院大学 共通教育センター)

中西 久雄(神戸学院大学 共通教育センター)

1.はじめに

 バブル経済崩壊後、日本は新たな成長戦略を見いだせないまま、グローバル化の進展、地方衰退や少子高齢化などの様々な問題を抱えています。このような社会情勢に変革をもたらす人材の育成が、我が国の大学に求められている喫緊の課題となっています。文部科学省は、このような国際社会の急激な変化に対応しつつ、地域の様々な問題解決の糸口を探ることができる人材の育成のために、各大学に対して、従来の一方通行的な講義形式の授業形態ではなく、学生たちが現代社会の課題を自ら考えることができるようになるアクティブ・ラーニングの推進を求めています。
 平成24年の文部科学省中央教育審議会の「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申)」によれば、アクティブ・ラーニングとは、以下のように説明されています。それには、「①教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学修法の総称、②学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る、③発見学修、問題解決学修、体験学修、調査、学修等」が含まれますが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法です。学生達が能動的に授業に参加しやすいこれらの学修方式などは、アクティブ・ラーニングの実践方法としては効果的であります。しかし、そのような双方向性の授業を大人数講義において展開しようとすると、その事前準備と事後の教員の作業量は増加します。具体的には、事前準備であれば板書計画だけではなく、グループ分け、新たなプリント作成など追加の業務が加わります。さらに事後において、コメントペーパ−だけでも数百枚〜1千枚以上を読むのには、相当の労力が必要になってきます。学生達にアンケートを取った場合には、その集計に相当の時間が要するようになります。
 本チームは、大人数講義においても双方向性を維持すると同時に、教員の負担軽減を実現させる難題に取り組むことにチャレンジしています。そこで用いたのが、近年、教育現場においても趨勢の感がある情報端末を利用したICT教育の方法論を利用する、具体的には学生達の疑問点を集約するスマートフォンを使用した独自アプリの開発であります。

2.本取り組みの目的:簡素な教具としてのICTシステムによる双方向性の確保

 本チームは2014年度から神戸学院大学教育改革助成金を受け、継続して教育改革活動に取り組んでいます。それらの改革の内容は、次の3点(3つの段階)です:

①[コメント集計システム]による受講生が100人を超える講義での双方向性の確保(2014年度)

 Web上でのコメント集計システムを構築・運用しました。階段教室で行うような大人数講義では、教員と受講生のコミュニケーションや、受講生全体の傾向の把握も難しいという問題があるため、講義を一方通行のものにしないようにICTの長所の1つである集計能力を利用したシステムを構築しました。これにより、講義で難しいと感じた用語や、講義中の教員の発問に対する短文による自由記述での回答を集計することを可能にしました。

②[選択問題投稿システム]受講生が選択式問題を作ることによる能動的学修(2015年度)

 Web上で受講生が自ら問題を作成し投稿することのできるシステムを用いました。練習問題等は普段は教員が問題を与え、受講生が解答します。この改革で試みた学修法は、講義中の注意点を元に、練習問題を受講生自らが作成するというものです。単に能動的学修を促進するのみならず、投稿される問題から受講生の理解の動向を知ることができ、双方向性の向上に寄与します。

③[講義内容要約と見出し作成]による能動的学修方式の確立(2017年度)

 現在取り組んでいる改革活動です。本稿では主に①②を取り上げます。
 一連の教育改革活動には共通した課題があります。改革対象となっている講義は、主に全学共通の時事・現代用語科目です。しばしば100人超の大人数の講義となります。受講生が20〜40人程度の講義や、少人数で行うゼミナールとは異なり、受講生の考えや動向の把握が難しくなります。もちろん、教員から受講生への一方通行的な講義であっても、複数年時に亘り講義を行っていると、受講生がどのようなポイントで躓くか、どのような誤解をするかということを、次第に把握することができるようになります。しかし、時事・現代用語科目は時事を扱うため、幅広い講義内容がさらに毎年変化するので、教員の長年の経験による受講生の動向等の把握が、通常の講義科目と比べて難しくなるという問題点があります。
 受講生の動向を探るため、紙媒体のコメント欄付き出席カードで意見等を回収することはできます。しかしながら、担当者ごとに全講義合せて毎週数百〜1千枚レベルのカードに目を通し続けるのは大変な負担となり、毎週集計を行うのは、ほぼ不可能な状況に陥ります。
 本チームのすべての教員は、時事・現代用語科目を担当、もしくは過去に担当していましたが、講義の準備・運営は他の科目よりも格段に負担が大きいものと実感しています。そのため導入負担が大きい教育方法を新規に取り入れることは難しく、新方式は必然的に、簡素でありながら明確な効果を持つものでなければなりませんでした。
 同時に、開発する新方式が他講義にも応用できないかとの考えからも、本チームのICTシステムは「徹底的に簡素で道具的であること」という設計思想に基いています。

3.各システム概要

(1)コメント集計システムの概要

 代表的な機能は、1つは受講者による疑問点の入力、疑問点の集計結果に基づいたランキングの表示、2つは受講者による自由記述欄への投稿と教員による一括閲覧です。
 データの入力は、講座選択、講義週選択を除けば、疑問点、自由記述欄、学籍番号等のIDの3点のみで簡素なものになっています。Web上のシステムであるため、受講者・教員とも、時間と場所を選ぶことなく使用できます。
 「難しかった用語」の欄に入力されたフレーズについては、どのフレーズが多く投稿されたかの傾向を読み取ることができます。図1の入力画面では10文字までとありますが、何文字でも入力することはできます。また表記の揺れに対処しているため、例えば「都市問題」「都市計画問題」「都市」というフレーズが大量に投稿されても、ある程度適切にランキング表示を行うことができます(図2)。

図1 入力画面
図2 疑問点集計結果

 疑問点投稿、自由記述の投稿の双方とも、実は汎用的性が高く、使い易い機能となっています。文章を投稿させる、投稿されたフレーズの集計を取るためであれば、どのような目的でも使用できます。本来は、講義で分からなかった用語などを集計によって把握するための機能ですが、講義中に事前準備なしの発問と応答に利用した教員もいました。さらに閲覧・集計において紙媒体の出席カードの利便性を上回り、長年に亘ってデータを蓄積・利用することも容易です。
 本来は、この疑問点と自由記述欄は分ける必要はないのですが、単に「入力欄」と書かれた、あまりにも汎用的な入力欄を設けても、用途が分からず利用者が混乱すると予測したため、このように2つの入力欄を設けています。

(2)予習促進・選択問題投稿システムの概要

 本チームはその後、受講生の疑問収集のための既存のシステムを発展させ、予習促進システム・選択問題収集システムを構築しました。
 具体的には、復習面では受講内容の一文での要約、受講内容についての三択問題を受講者自らの手で作成することでの注意点の洗い出し、予習面では次回講義の要点とキーワードの予測となります(図3)。

図3 復習結果入力画面

 また、本システムは、受講者の解答から教員の望む部分だけを柔軟に取り出せる仕組みを持っています。例えば、受講者の投稿した選択問題の正答部分だけをリストアップする等です。また、次回講義の要点となるキーワードのランキング順リストの作成の機能などもあります。

4.双方向性向上の実践例

 最初に、コメント集計システムを用いた双方向性向上の例を取り上げます。1つは、講義冒頭での復習の様子です。図4の左側が集計機能を用いて取り出した、受講生が難しいと思った用語等のリストです。右側はその疑問に教員が付けた解説です。

図4 集計された疑問点への教員の回答

 道路交通システムについての内容ですが、難しい専門用語のみならず、教員には一般的であると思われる、「デモ」「ICT」「産官学」といった用語の理解が抜け落ちている可能性が見て取れます。
 この講義では復習用に自らの疑問点を整理する意味を込め、疑問点の投稿を義務付けていました。この資料作成に要した時間は5分程度でした。抽出された単語のリストの解説を書くだけですから、それほど時間を消費しません。
 2つは、単に自由記述欄に小レポートを提出させ、抽選で毎週3〜6本の添削をし、前回の講義の復習の糧とした例です(図5)。

図5 小レポートの添削

 紙媒体でも同様の添削・復習をすることもありますが、労力的に数をこなすことができず、様々な間違いのパターンを提示することが難しくなります。この例は、1段落に1内容を含めることと、ツリー状の文章構造(パラグラフライティング)についての指摘とをしています。
 次の例は、予習促進システム・選択問題収集システムを用いた結果です。最初に、受講者が予習し、重要であると考えた3つのポイントを収集した結果の例をあげます。その週の講義内容は、日本の電力の安定供給についてでした。概ね1次エネルギーの安定供給、非在来型オイル・ガス、原子力発電停止と電力コストの問題、クリーンエネルギー、電力自由化の問題に注目しているのが見て取れます。しかし、国内での電力調整に関するキーワードが見られません。また、解答によっては、電力だけに注目し1次エネルギーに関するキーワードが見られないなど、要点把握のバランスを失っている解答もあることが分かります。このような予習結果のサマリーは、受講者の受講開始時の状況の把握を補助するものともなります。

学生A:
日本のエネルギー、電力自由化、小売電力
学生B:
原子力発電、化石燃料、新エネルギー
学生C:
東京電力、原子力発電、天然ガス
学生D:
天然ガス、中東、海上輸送
学生E:
電力コスト、エネルギー自給率、エネルギー消費
学生F:
地力発電、原子力発電、新電力
学生G:
発送電力分離、水力発電機、風量発電機
学生H:
原子力発電、天然ガス、石油
学生 I:
シェールガス、化石燃料、地政学リスク
学生J:
石油、持続可能なエネルギー、原発事故
学生K:
原子力、ソーラーパネル、電力
学生L:
原子力発電、エネルギー自給率、海外輸入
学生M:
シェールガス、電力小売完全自由化、安定供給

 最後の例は、受講者による選択式問題の作成例です。新たな形態の能動的学修として、受講生による三選択式問題の作成を試み、その問題に対する解答例を取り上げました。正しい文章1つと、誤った文章2つを投稿する形をとりました。珍しい学修法のため、受講者が慣れるまでに比較的長い時間を要しました。当初は、講義中の注意点を集約した問題が投稿されることが多かった模様です。その後の試験運用にて、2016年10月20日の時点で772問の選択問題を収集しました。
 以下の例は、日本の安全保障をトピックとした講義でのものです:

A(正答):伝統的な安全保障の定義は「国家が、自国の領土、独立、および国民の生命、財産を、外敵による軍事的侵略から、軍事力によって、守る」である。

B(誤答):中国大陸、沖縄本島、台湾の中で魚釣島に最も近いのは中国大陸である。

C(誤答):第一列島線はグアムを通っている。

A(正答):「2+2」会合とは、日露両国の軍事・外交の大臣からなる、状況精通者同士の会合の事である。

B(誤答):アメリカは軍事力などの配備を最適化し、フットプリントを少なくしようとしている。これは、外国の土地に被害を残さないようにするため、地上兵の増強、兵器の削減を目指すという事である。

C(誤答):安全保障とは国に対する安全確保であるため、自然の暴威から自国を守ることは、広義の安全保障であっても内容に含まれない。

 これら2解答の「正答」からも見られるように、講義中で述べた要点が正答として多く投稿されました。しかし、興味深いことに、正答として投稿されながらも誤っているものもあり、受講者の誤解の洗い出しにも貢献することとなりました。また、多くの受講者が、どのような問題を見逃しているのかということを知る助けにもなりました。収集された問題は復習問題として使用し、さらに問題自体の講評をすることで要点の確認に活用しました。

5.システム利用者の反応

 このシステムの利用者アンケート結果の一部を紹介します。

図6 システム利用者アンケート結果

 概ねポジティブな意見が得られています。以下その内容となります。

<学生の自由記述欄より>

<システム利用者感想より>

6.おわりに

 この取り組みでは、様々な手段で双方向性向上を試みました。疑問点の集計から翌週講義での復習内容の作成、予習復習結果からの誤解・盲点の発見等を行いました。そして、明確な成果がありました。それは確保された双方向性から、今まで見落としていた受講者の疑問点や誤解の一部分が即座に把握でき、省力化によりこの双方向性の確保が恒常化したことです。2年に亘る2つのシステムの利用状況を振り返ると、2.の②の[選択問題投稿システム]は複雑で利用者拡大が難しいもので、簡素な2.の①の[コメント集計システム]ですらさらなる簡略化を求められることがありました。「教具としてのICT」として広く実用に供するものとするために、さらなる簡素化を計画しています。
 本取り組みは、双方向性の確保を中心としてスタートしましたが、構築されたシステムを拡張して事前・事後の学修の拡充を模索しました。しかし運用の結果として、この手法は波及力に乏しいものでした。その原因は、教育のICT化自体にハードルが存在し、さらに学修方法そのものにもハードルが存在するためであると推察しています。
 現在は、2.の③の[講義内容の要約と見出し作成]による能動的学修法を開発しています。教員も受講者も学修中に絶え間なく行う要約行動はどの学修活動にも必須であり、かつ、慣れ親しんだものであるからです。現段階では紙媒体でこの方法をプレテスト中で、多くの受講者は、能動的に資料を隅々まで見る傾向が見られます。この手法のICT化により高速・簡易的な評価を導入し、より多くの受講者が能動的に資料を読み取る仕組みを作り上げる予定です。

謝辞

 本稿は、神戸学院大学:教育改革助成金「受講生の質問集計システム構築へ向けて」(2014年度)、「授業における学生の能動的学習をサポートするシステムと方法論の開発」(2015年度)、「高等教育における講義内容の二段階要約学習による能動的学習」(2017年度)(代表者:佐野光彦)の支援を受けたものです。


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