大学の組織的な取り組みの工夫

重層的PDCAサイクルにおける教学IRの意義
〜大阪府立大学の事例〜

畑野   快(大阪府立大学 高等教育開発センター 准教授)

星野 聡孝(大阪府立大学 高等教育開発センター長)

1.PDCAサイクルの重層性

 大学進学率が上昇し、学士課程教育の質を保証するためにPDCAサイクルに基づく内部質保証システムを構築することは、各大学における喫緊の課題と言えます。ただし、内部質保証システムと言っても、“何の質を保証するか”、によってそのシステムのあり方は大きく異なります。佐藤(2015)[6]は、大学のプログラム(マクロ)・カリキュラム(ミドル)・授業(ミクロ)に着目し、それぞれのレベルにおけるFDが重層的に関連しているとしています。また、森・紺田(2017)[5]は、内部質保証システムは、大学のプログラムレベル、カリキュラムレベル、授業レベルでそれぞれ構築される必要があるとしています(図1)。したがって、内部質保証システムは、マクロ、ミドル、ミクロという重層性を考慮した上で構築されなければなりません。

図1 内部質保証システムの重層化
(出典 森朋子・紺田広明「関西大学の内部質保証システムにおける教学IRのデザイン」)

 内部質保証システムの議論は、大学組織あるいは教員の視点から議論されることが多いですが、学生の学びを見落としてはなりません。特に、学生が主体的に学ぶ力を獲得しているかどうか、という点は、大学教育における重要な課題です。ここでの主体的に学ぶ力とは、自ら問題を発見し、解決し、振り返りを通して次の課題解決に向かうことができる力です[4]。すなわち、この力は、学生が学習目標を立て(P)、行動し(D)、確認し(C)、次への課題へと向かう(A)というPDCAサイクルを推進する力と言い換えることができます。さらに、このような力も、“学生がどのような目標を立てるか”によってそのあり方は異なります。学生は、4年間(マクロ)、半期〜1年間(ミドル)、個別の授業(ミクロ)を通じて、PDCAを実践しています。そう考えると、学生の学びに関するPDCAも重層的な構造を持っています。
 これらのことを考慮すると、内部質保証システムを構築する上で、大学組織・教員と学生それぞれの重層的なPDCAサイクルを支援する仕組みが重要でしょう。その上で、学修成果の可視化はC、教学IR(1)はCをAにつなげる上で特に重要な役割を果たすと考えられます。
 これまで、本学では、高等教育開発センターを中心として、大学組織・教員と学生のPDCAサイクルを支援するために2つのツールを導入してきました。1つは、大学での学修経験や生活時間を質問紙形式で測定する学生調査であり、もう1つは、学習履歴を残すeポートフォリオです[7]。学生調査は、学生生活に関わる内容全般も含めて可視化する一方で、eポートフォリオは、学生の学びに焦点を当て、可視化します。また、学生調査は、教員のPDCAサイクルを支援すること、eポートフォリオは、学生のPDCAサイクルを支援することをそれぞれ主眼においたツールです。本稿では、本学におけるこれらのツールの概要と活用について概観した後、教学IRの課題について述べます。

2.学生調査の活用とその課題

 年度によって実施するものは異なりますが、本学では、学士課程を通じて複数の学生調査を実施しています。それぞれは、一年生調査(1年次10-11月実施)、上級生調査(3年次10-11月実施)、卒業予定者アンケート(4年次2-3月実施)です。特に一年生調査、上級生調査は、大学IRコンソーシアム(http://www.irnw.jp/)の共通調査を使用しているため、本学の学生の特徴と全国の大学生の特徴を比較することが可能です。また、一年生調査、上級生調査は、同じ質問紙を使用しており、縦断的に実施しています。そうすることで、大学の経験が学生に及ぼす影響を横断調査よりも精緻に明らかにすることが可能です[1]
 これまで、本学では、学生調査の項目の中で、能力の伸びに関する項目を学修成果の一部とみなし、マクロ・ミドルレベルのFD活動に活用してきました。学生調査のマクロレベルの取り組みとしては、全学必修科目であるAcademic Englishの導入があげられます。学生調査を導入する以前は、本学の学生が学士課程教育を通してどのような能力が伸びているのか、またどのような能力が伸びていないのか明らかになっていませんでした。そこで、2009年度(一年生調査)と2011年度(上級生調査)に学生調査を縦断的に実施し、学生の能力の伸びを確認しました(図2)。その結果、本学の学生は、大学に入学して以降、専門分野の知識について特に能力の向上を実感している一方で、英語の運用能力に関しては、それほど伸びを実感していない傾向にあることが明らかになりました。

図2 能力の伸びの変化

 英語の運用能力は、本学のディプロマ・ポリシーにも大きく関わる重要な能力です。そこで、この結果を受け、2012年度から、学生の英語の運用能力を向上させるための科目としてAcademic Englishを開講しました。Academic Englishでは、3年次以降の専門科目において必要となる英語の運用能力の涵養を目的とし、ネイティブスピーカーを活用した少人数制授業であること、1年次は4つの基礎技能(読む・書く・話す・聞く)を身につけ、2年次には、それらの基礎能力を活用した発展的なプレゼンテーションなどを行う点がその特徴であると言えます。全国的に見て、少人数制の外国語の授業の導入は、それほど珍しいことではないと思いますが、学生調査の結果というエビデンスを基に、授業を導入した点が本学の特徴であると言えます。
 次に、ミドルレベルでの取り組みとして、学類(2)との教育目標と能力の項目との対応関係を明確にしたことがあげられます。本学では2005年度から学生調査を実施してきましたが、学生調査が学類における教育目標を確認するツールとして十分に機能していたわけではありませんでした。そこで、2014年度から大学教育再生加速プログラム(AP事業)を契機とし、カリキュラムレベルでの教学IRを開始しました。それは、学類ごとの教育目標を学生調査の項目で確認し、その達成の程度から学類ごとのFD活動を支援しようという試みです。まず、各学類に、学生調査の能力に関する項目から、教育目標の達成を確認する上で特に重要であると考える項目をKey Performance Indicator(KPI)として選定してもらいました。次に、これまで蓄積してきた学生調査のデータをもとに、教育目標の達成の程度や授業経験との関連等を分析し、その結果を各学類にフィードバックしました。これらの分析を通して、各学類における教育的課題の検討と、その課題についての議論を行ってきました。
 マクロ・ミドルレベルにおける学生調査の意義は、教育目標の達成程度を確認するツールとして機能することにありますが、それだけでなく、そのデータをもとに、大学全体、そして各学類が抱える教育的課題を確認し、それを改善する方策について議論する機会を提供することにもあります。本学では、データのフィードバックを開始して以降、学類のニーズに合わせたFDイベントの提供等を積極的に推進しており、高等教育開発センターと学類の連携が以前よりも緊密になりました。
 このように、本学では、マクロレベル、ミドルレベルでのPDCAにおいて学生調査を積極的に活用してきましたが、ミクロレベルにおいては、その活用が難しいというのが現状です。なぜなら、ミクロレベルでの達成目標は、教員が担当する科目に沿った具体的な内容になることに対して、学生調査で確認する能力は、非常に抽象的なものだからです。その点において、個々の担当科目の目標のPと学生調査のCを明確に対応させることは難しいでしょう。そのため、学生調査は、マクロ、ミドルレベルにおいては、機能しますが、ミクロレベルにおいては、その活用は難しいという課題があります。

3.eポートフォリオの活用と課題

 本学におけるeポートフォリオは、(1)学生が、学びの履歴の蓄積とその振り返りを通して、主体的な学修者となること、(2)教員が学生からのフィードバックを通して、授業デザインを再考し、主体的に授業改善活動を推進できるようになることを支援するために開発されました(図3)[2]

図3 eポートフォリオの機能とコンセプト

 (1)に関して、学生は、半期に一度、本学の学士課程における学修成果目標に対する達成度を記入します。また、学期の始めに、自分の学修目標を立て、学期が終わった後にその振り返りを行います。これらは、それぞれマクロ(学士課程)、ミドルレベル(半期)の学生のPDCAサイクルを支援する仕組みです。さらに、eポートフォリオは、授業における学びの履歴をデータとして蓄積することができます。学生は、個々の授業科目について、到達目標の達成の程度、受講態度、満足感等を振り返って自己評価します(図4)。この履歴は、授業に対するCであり、学生のミクロのレベルでのPDCA支援する機能と言えます。

図4 eポートフォリオの結果の一部

 (2)に関して、本学のeポートフォリオは、学生のためだけではなく、教員の授業デザインも支援します。学生は、教員に向けて、授業の感想等をコメントすることが可能であり、教員も、それに対してコメントをする機能が実装されています。すなわち、教員は、学生が入力した学びのデータ(図4)および彼らからのコメントを契機とした授業の振り返りを通して、主体的に授業改善を推進することができるようになっています。このように、本学のeポートフォリオは、学生が自ら目標を立て、学習し、振り返りを通して次の授業へとつなげていくことで彼らが主体的に学ぶ力を獲得する手助けをするだけでなく、教員自身も、学生からのフィードバックを経て、主体的に授業改善していく力を獲得していく仕組みとなっています。学生調査では、教員のミクロレベルのPDCAを支援することが難しいという課題がありましたが、eポートフォリオを活用することで、その点を補足しています。
 eポートフォリオの課題は、それを活用する意義が学生に伝わりにくいということです。学生の視点からすると、eポートフォリオは、そこに履歴が蓄積されること、すなわち、振り返る内容があって初めて意味を持ちます。そのため、一度、入力を止めてしまうと、続ける動機が低下します。eポートフォリオは2012年度から導入されましたが、その入力率はそれほど高くはありませでした。そこで、AP事業を契機とし、入力率の向上に向けて、システムの改善やアクセスする環境を充実させる等の方策をとってきました。2017年度には一定の改善が見られ、さらなる充実に努めています。

4.内部質保証システムの実質化に向けて

 これまで述べてきたように、本学では、教員、学生の重層的なPDCAサイクルを支援するツールとして学生調査、eポートフォリオを導入し、教学IRを進めてきました。その結果、学生調査、eポートフォリオを用いて、学修成果を可視化し、またそれらの結果をフィードバックする体制が整ってきたと言えます。
 これらの取り組みを進めてきた上で、筆者らはPDCAサイクルにおける教学IRの意義、すなわち、CをAへとつなげることの意義をあらためて強く感じています。教学IRの議論では、ツール(i.e., PDCAのC)に注目されがちですが、ツールはあくまでツールです。また、どれほど精緻なツールを開発しようとも、PとCの対応関係が教員間で共有されていなければ、Cによって得られた結果は意味をもたず、Aにつながらないでしょう。学生も、“何のためのCなのか”ということを理解しなければ、Cを活用しません。Pに対するCの意義が教員間、さらには学生にも共有されて、Cは初めてAにつながると思います。
 CをAへとつなげる上で、重要な点が2つあります。1つは、使用しているツールの限界を認識することです。近年、学修成果の可視化についての議論は盛んに行われていますが、そもそも、能力は全て可視化することが可能でしょうか。達成目標によるとは思いますが、ミクロレベルでの可視化は可能かもしれません。しかし、マクロ・ミドルレベルのように、達成目標が抽象的な能力であれば、直接評価であれ間接評価であれ、それらを余すことなく可視化することは、ほぼ不可能に近いと思われます。そうであるならば、その結果を100%の論拠として改善を進めるのではなく、限界性を認識した上で、そのデータを契機とし、マクロ・ミドルレベルでのPDCAサイクルを再考することが大切だと思います。自大学における実行可能性を考慮し、可能な範囲でFD活動を進めていくことが重要でしょう。
 2つは、調査の意義を教員間で共有した上で調査を実施することです。近年の可視化の議論では、学修成果を可視化するためには、直接評価、間接評価の両指標を用いる必要がある、との声をよく聞きます。その点について、異議はありません。しかし、盲目的に調査を実施するのでは、意味がないでしょう。また、自大学において精緻な測定手法を開発したとしても、第3の評価者(例えば企業の人事担当等)が、その指標に価値を見出さなければ、学生にその意義は伝わりにくいでしょう。自大学の達成目標を評価する上でなぜそれらの指標が必要なのか、そのことを明確にした上で、評価は行われる必要があります。
 内部質保証システムは、教員、学生の共通の認識のもと、構築されるべきです。その実質化には多くの課題があり、その実現には長い時間がかかります。また、そのあり方は大学によって異なります。大学の多様性、Cの限界を踏まえた上で、内部質保証のあり方を絶えず考えていくことでその実質化が近づくでしょう。

(1) ここでの教学IRとは教育と学修を改善するためのデータ収集・分析・報告の実践あるいは研究を意味する(松田・渡辺,2017)。
(2) 本学では学部・学科制にかえて、2012年度より学域・学類制を導入している。
参考文献
[1] 畑野快,上垣友香理,高橋哲也;アクティブラーニングの経験は学修成果と関連するのか:3年間の学士課程教育における両者の変化に着目して.大学教育学会論文誌,37(1),pp. 86−94 (2015)
[2] 星野聡孝;大阪府立大学におけるeポートフォリオを活用した学習・教育支援の取り組み. 大学教育と情報, 4, pp. 6−9 (2013)
[3] 松田岳士,渡辺雄貴;教学IR,ラーニング・アナリティクス,教育工学.教育工学会論文誌,41(3),pp. 199−208. (2017)
[4] 中央教育審議会;予測困難な時代において生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ.(2012) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/siryo/1324511.htm(参照日2018.2.10)
[5] 森朋子・紺田広明;関西大学の内部質保証システムにおける教学IRのデザイン.AP合同フォーラム発表資料 (2017)
[6] 佐藤浩章;FDの実践的課題解決のための重層的アプローチ.大学教育学会課題研究報告書 (2015)
[7] 高橋哲也, 星野聡孝, 溝上慎一;学生調査とeポートフォリオならびに成績情報の分析について:大阪府立大学の教学IR実践から. 京都大学高等教育研究,20, pp. 1−15 (2014)

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