特集 対面と遠隔(オンライン)を組み合せたハイブリッド型授業の進展と教育改革

ポストコロナを見据えた大学授業のデジタル変革

森田 裕介(早稲田大学人間科学学術院教授 大学総合研究センター副所長)

1.はじめに

 デジタルトランスフォーメーション(以下、デジタル変革)は、産業界だけでなく、教育界全体のパラダイムシフトを加速させる一つのキーワードとなっています。COVID-19の感染拡大を契機に、大学授業のオンライン化や、学籍管理、シラバス、成績管理、学生支援、健康管理などを含めた教学システムの刷新がすすんでいます。
 大学授業のデジタル変革は、2020年に始まったわけではありません。本学では、2013年からWaseda Vision 150を指針とし、オンライン授業を積極的に取り入れてきました[1]。2019年度の時点で、オンライン授業として提供された科目は1,600科目、オンライン授業を受講した学生の総延人数は87,568名でした。2020年度は、すべての授業がオンライン化されることとなり、これまでに蓄積したノウハウや知見をもとに、情報システムを拡充したり、オンライン授業の方法を共有したりして対応を行いました[2]。また、大学総合研究センターは、2020年度の授業のオンライン化に関するアンケートを実施し、授業改善を検討するための提案を示しています[3]
 本稿では、本学におけるハイブリッド授業の推進や学修環境整備の事例をもとに、ポストコロナを見据えた大学授業のデジタル変革について考察しました。

2.大学授業のオンライン化

(1)春学期のオンライン授業

 春学期オンライン授業アンケートは、2020年8月に実施され、学生15,093名から回答を得ました。結果から、オンライン授業に対する肯定的な回答が多いことが明らかになりました。
 まず、オンライン授業の適切な割合についての回答から、感染症リスク下におけるオンライン授業と対面授業の適切な実施割合は7対3、感染症のリスクがなくなった後(ポストコロナ)では、オンライン授業3割に対して対面授業7割という結果が得られました。
 次に、学生の92.2%が「有益なオンライン授業」があったと回答していたことも明らかになりました。オンライン授業の良い点として、自分のペースで学習できる(70.3%)や、復習が何度でもできる(48.4%)などの回答が多く寄せられました。有益とされた授業からは、課題に対するフィードバックがある、授業の進め方に学生の意見が反映されるといった特徴があげられました。一方で、オンライン授業の改善点として、課題が多い(63.0%)、身体的な疲れをより感じる(61.8%)、孤立感を感じる(58.1%)があげられました(表1)。

表1 オンライン授業の良かった点と改善点
(上位4項目)
表1 オンライン授業の良かった点と改善点(上位4項目)
注)%は回答母数に対する割合

 これらの結果を受けて、2020年度秋学期以降の授業カテゴリを修正しました。また、すべての大学教員に対して次の「オンライン授業・ハイブリッド授業の検討および運営に関する6箇条」を示し、秋学期の授業に向けた改善を促しました。

表2 オンライン授業の方法(2020年度秋学期以降)
方法 利点 欠点 教員の工夫の事例
オンデマンド
配信授業
  • 学生は動画再生速度を変更したり、複数回視聴したりすることが可能
  • 学生は指定された期間内であれば好きな時間に視聴可能
  • 知識伝達を目標とする授業に効果的
  • 学生の疑問や学修活動に対する即時フィードバックは不可
  • 教員は動画収録に相応の準備時間が必要
  • 5分〜10分程度に動画分割
  • 教場で説明できない式の詳細な展開過程なども配信可能
  • 学生が質問や議論できるような場(Waseda Moodleのフォーラム等)を用意し双方向性を確保することが必須
リアルタイム
配信授業
  • 双方向性と臨場感
  • グループ活動など学生同士のディスカッションが可能
  • 講義中に投票機能を使用可能
  • ネットワーク混雑、コンピュータ端末の不調によるトラブルの可能性
  • 学生が日本以外にいる場合、時差に配慮する必要
  • 録画することで欠席した学生やネットワーク不調の学生が後で参照可能
  • 音声だけでなくチャット(テキスト)での意見交換も可能
ハイブリッド
授業
  • ① ブレンド型授業:オンデマンド配信授業と、リアルタイム配信授業を組み合わせた授業が可能
  • ② ハイフレックス型授業:留学生など入国できない学生に対して対面授業の様子をリアルタイムで配信可能
  • ① ブレンド型授業:オンデマンド授業を用いる場合、その撮影の手間がかかる。
  • ② ハイフレックス型授業:ハウリング等の音響トラブルへの対応が必要
  •  対面とオンライン両方に配慮するため教員の負荷が増大
  • ① ブレンド型授業:オンデマンド配信授業とリアルタイム配信授業の利点を組み合わせた授業デザインが可能
  • ② ハイフレックス型授業:対面とオンラインの比率や学生人数によって授業のやり方を変えるなどの工夫が必要

(2)秋学期のオンライン授業

 秋学期オンライン授業アンケートは、2021年2月に実施され、学生9,684名から回答を得ました。春学期と秋学期の調査結果を比較した結果、オンライン授業への満足度は、31.8%から52.1%に向上していたことが明らかになりました(図1)。

図1 満足度の春秋比較
図1 満足度の春秋比較

 有益とされた授業は、春学期と同様に、課題に対するフィードバックがある、授業の進め方に学生の意見が反映される、といった点があげられており、教員と学生の対話だけでなく学生同士の議論や学び合いが重要であることが示唆されました。また、改善点としてあげられていた身体的な疲れを感じることや、友達と一緒に学べず孤立感を感じることなどは、いずれも春学期より減少していたことも明らかになりました。

3.ハイブリッド授業の推進

(1)ハイブリッド授業

 2021年度春学期からは、全面的に対面授業を再開することとなりました。その結果、対面授業とオンライン授業を組み合わせたハイブリッド授業の実施ニーズが高まりました。ハイブリッド授業とは、ブレンド型授業とハイフレックス型授業をまとめた呼び方です[4]
 ブレンド型授業は、オンデマンド配信授業、リアルタイム配信授業、対面授業を組合せた授業で、2013年に策定されたWaseda Vision 150策定時から普及を促してきた授業形態です。ブレンド型授業のひとつの形態である反転授業は、その有用性から多くの教員に知られるようになってきました。
 ハイフレックス型授業は、教室で実施している対面授業を、対面でもオンラインでも受講できるようにした授業形態です。感染症のリスクがあって教室に来ることができない学生、出国手続きができなかった留学生など、様々な理由で対面授業に参加できない学生に対し、学ぶ機会を提供することができます。留意すべき点は、教員がいる教室を中心に授業を進める場合、教室側での音響トラブルが発生したり、自宅から参加する生徒が孤立したりすることです。また、教員の負担が増加するため、配信する教室の環境整備が必要になります。
 大学総合研究センターでは、2021年3月からハイブリッド授業に関するセミナーを開催してきました。ハイブリッド授業に対する教員の関心は高く、一度に400名近い教員が参加したセミナーもありました。特に、ハイフレックス型授業の実施に関する問合せが多かったため、ハイフレックス型授業を実演したり、各学部や学科などの要望に応じたセミナーを実施したりすることで、新たな授業形態に不安を抱く教員に対応しています。

(2)情報集約サイトの拡充

 2020年4月に、教員向けのTeach Anywhereと学生向けのLearn Anywhereを開設しました[2]。また、それに加えてSupport Anywhereを新設しました(図2)。

図2 新設されたSupport Anywhere
図2 新設されたSupport Anywhere

 教員向けのTeach Anywhereには、「オンライン授業『最初の一歩』」にて「効果的なオンライン授業の心得(6箇条)」を掲載したり、「トラブル事例集」にて小テスト、動画視聴などの設定時の注意点を掲載したりしております。各期末に役立つ「試験・成績関連情報」にて小テスト・課題コンテンツの設定、実施後の成績評価処理時の注意点なども掲載し、教員のオンラインでの対応を支援するための情報を提供してきました。また、大学総合研究センターのHP上「Good Practices」にて、コロナ禍における教員の取組みを紹介したり、「各セミナー情報」にてセミナー情報を掲載したりしました。
 学生向けのLearn Anywhereには、「重要なお知らせ」にてキャンパス内でのオンライン授業受講教室を案内したり、キャンパス内でのオンライン授業受講の際のサポート情報を掲載したりしてきました。また、学生生活課発行の「キャンパスハンドブック」は紙媒体での配付を廃止し、これまで「学生生活に役立つ情報」として掲載していた情報の多くをSupport Anywhereに移行しました。現在、掲載されているのは、授業(科目登録、試験・レポート、成績)、各種申請/変更手続き(証明書、休学、退学、再入学)、学費・奨学金、留学/在留資格、教員免許状/各種資格、施設利用、学生生活、IT支援、ピアサポート、卒業(修了)予定者向け情報、入学者向け情報といった内容です。

(3)教室環境の整備

 2020年度秋学期の対面授業一部再開に伴い、大学総合研究センターCTLTのTechカウンターや早稲田ポータルオフィス、情報企画部が協力し、ハイブリッド授業のための教室環境整備が進められました(表3)。
 ハイフレックス型授業に対応するためには、各教室にリアルタイム配信を行うための情報端末(タブレットPC)とWebカメラ、ハウリングの対策を施した音響機器が必要となります。また、授業で使用するすべての教室において、1人当たり1時間に30立方メートルの換気ができるよう、7億5千万円をかけて空調設備が整備されました。2021年度春学期は、緊急事態宣言が出されたこともあり、大教室での授業はすべてオンライン授業となり、実験やゼミなど対面授業が最も効果的であると考えられる科目を中心に、安全に配慮しながら教室収容定員の半分以下で対面授業を実施しています。

表3 ハイフレックス型授業に対応した教室整備
キャンパス 教室数 整備済
早稲田 389(179) 160(115)
戸山 67(30) 50(13)
西早稲田 76(58) 42(40)
所沢 59(33) 41(15)
東伏見 18(10) 11(10)
合計 609(310) 304(193)
カッコ内は定員50名以上の教室(内数)
(2021年6月15日現在)

4.大学授業のデジタル変革

(1)テクノロジーによる変革

 大学のオンライン化は、感染症拡大の影響を受けて加速し、デジタル変革と呼ばれる様相を呈してきました。テクノロジーによるデジタル変革を考えるためのモデルの一つとして、SAMRモデルがあげられます[5]。SAMRモデルでは、テクノロジーによる変革を、「置換」(Substitution)、「拡張」(Augmentation)、「改良」(Modification)、「再定義」(Redefinition)の4段階で示しています。「置換」と「拡張」はテクノロジーによる強化(Enhancement)、「改良」と「再定義」は、変革(Transformation)と示されています。大学授業におけるデジタル変革の事例をSAMRモデルに当て当てはめてみると次のようになります。
 「置換」は、例えば、板書や授業の様子をそのままライブ配信することです。実際に行われている活動をテクノロジーで置き換えることは、これまでオンライン授業を実施したことがなかった教員は、まずこのレベルを試行していたようです。従来からあるチョークで板書といった授業スタイルに慣れている学生にとっても違和感なく取組めます。
 「拡張」は、例えば、授業で板書していた内容をスライドにして、アニメーションや動画などと組み合わせて配信することです。オンライン授業の経験を有する教員は、テクノロジーを用いて効果的な情報提示を行っています。また、再視聴が可能なオンデマンド授業にすることで、いつでもどこでも授業を視聴できるようになります。
 「改良」は、例えば、対面授業にオンデマンド授業を組み合わせたブレンド型授業(反転授業を含む)をデザインすることです。効果的な情報提示、再視聴可能なオンデマンドコンテンツ、理解度を確認する小テスト、非同期での議論を行うためのBBS(電子掲示板)などを組み合わせて、対面授業では実現できなかった効果を実現しています。また、学修履歴データを用いた個別最適化された学びにおいては、教員が学生の学修進捗に合わせて適切に指導をすることが可能になります。eポートフォリオやオンライン授業によって得られた大規模な学修履歴データを分析し、機械学習を活用することによって、教員は学修支援のための指針を得られるようになるでしょう。
 「再定義」は、授業そのものの考え方を転換するような提案です。大学設置基準では、オンライン授業は60単位を上限とすることが明記されています。この制限は、時間と空間を共有していることを前提とした従来型の授業(履修主義)の定義です。もし、学修履歴を収集したり個別最適化された学びを実現したりして、学修者の到達度を明確に示すことができるようになれば(修得主義)、オンライン授業に関わる制限は不要になるかもしれません。また、学修環境そのものを仮想化したバーチャル空間での教育が行われるようになれば、学修環境の在り方も再定義されることになるでしょう。
 SAMRモデルは、あくまでデジタル変革を考える一つの観点でデータや研究結果などの根拠はありません。しかし、ポストコロナを見据えた大学授業のデジタル変革として多くの示唆を与えてくれます。これからの授業のあり方を考える上で、有意義な議論を導いてくれるでしょう。

(2)テクノロジー・教育・コンテンツの知識

 これからの大学授業を担う教員は、テクノロジーに関する知識だけでなく、授業を効果的にデザインする教育に関する知識や教授内容(コンテンツ)に関する知識を修得している必要があります。これらは、TPACK(Technological Pedagogical Content Knowledge)と呼ばれています。
 教育に関する知識の一つに、インストラクショナルデザイン(Instructional Design:ID)があります。IDは、教員が効果的に授業をデザインするための知見を集約した学問領域で、ARCSモデルなどがよく知られています。ARCSとは、「注意」(Attention)「関連性」(Relevance)「自信」(Confidence)「満足」(Satisfaction)の4つの要素を示したものです。この理論は、対面授業だけでなく、オンライン授業にも当てはめることが可能ですので、デジタル変革期の授業改善に役に立つでしょう。
 教授内容(コンテンツ)に関する知識は、大学教員であれば、専門領域に関する知識を十分に有していますので、特に学ぶ必要はないでしょう。しかし、オンライン学修コンテンツを開発する負担を考えますと、ネットワーク上に多数存在するリソースを使うことは検討に値します。例えば、2012年に大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Courses:MOOCs)のプラットフォームとしてハーバード大学とマサチューセッツ工科大学がedXを設立しました。日本からは、東京大、京都大、大阪大、東工大、本学が順次参画し、現在もグローバルMOOCとして、世界中に特色あるオンライン授業を配信しています。また、日本語で配信されるローカルMOOCとして、JMOOCが設立されました。MOOCは、ガートナー社のハイプサイクルが示すように、2012年をピークとして幻滅期、啓発期を経て、安定期に移行していましたが、2020年には感染症の影響で再度注目が集まりました。日本語で配信されているJMOOCは、教員が主体となって教材として活用すれば、単位化することが可能です。感染症だけでなく、地震や台風、洪水といった災害時にも学びを止めないための方策として、MOOCは有用なコンテンツとなることでしょう。

5.おわりに

 本稿では、ポストコロナを見据えた大学授業のデジタル変革について考察を試みました。2020年以降、ハイブリッド授業に移行することを明言している大学が増加しました。鈴木(2020)は、サイモンソンの同価値理論に基づき、オンライン授業について「同じ形ではなく同じ価値を追求する」ことが重要であると述べています[6]。ポストコロナにおいては、オンライン授業の特徴を十分に理解し、対面授業とオンライン授業を融合させた効果的なハイブリッド授業をデザインすることが求められます。
 デジタル変革において重要となるのは、情報システムや教室環境の整備だけではありません。新しいテクノロジーを活用した授業方法を開発していく教員の資質・能力の育成も求められます。今後は、テクノロジーに関する知識やスキルの修得だけでなく、授業の効果的なデザインやオンラインコンテンツの活用についても学んでいく必要があります。教員が互いに改善をしていくための知見を共有し、大学授業全体のデジタル変革が進んでいくと期待しています。

参考文献及び関連URL
[1] 森田裕介(2017)ブレンディッドラーニングによる学修時間の増大,大学時報, No.376, pp.54-59.
[2] 森田裕介・向後千春(2020)早稲田大学のオンライン授業の取組みと課題,大学教育と情報, 170, pp.17-22.
[3] 早稲田大学大学総合研究センター(2021)2020年度オンライン授業アンケート報告書,(早稲田大学リポジトリ掲載予定).
[4] 京都大学高等教育研究開発推進センター(2020)ハイブリッド型授業とは,https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/teachingonline/hybrid.php .(2021/6/15参照)
[5] Puentedura, R.R. (2013) SAMR and TPCK: An introduction.http://www.hippasus.com/rrpweblog/archives/2013/03/28/SAMRandTPCK_AnIntroduction.pdf(2021/6/15参照)
[6] 鈴木克明(2020)「実践的遠隔授業法」,IDE:現代の高等教育,623,27-31.

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