大学の組織的な取組み

福岡工業大学における
ニューノーマル社会を見据えた組織的な
デジタルトランスフォーメーションへの取組み

利光 和彦(福岡工業大学 情報基盤センター長・情報工学部教授)

中島 良二(福岡工業大学 学術支援機構・機構長付部長)

藤原 昭二(福岡工業大学 情報基盤センター・情報企画課課長)

1.はじめに

 本学は、福岡市に位置し、キャンパス(校地総面積約180,000m2・写真1)は博多駅からJR快速で約15分の福工大前駅に直結しています。工学部、情報工学部、社会環境学部の3学部9学科、9大学院修士、2大学院博士専攻、短期大学部1学科からなり、短期大学部生を含む在学生総数約4,700名の中規模大学です。

写真1 福岡工業大学
写真1 福岡工業大学

 1954年に創設された福岡高等無線電信学校を起源とし、1963年に開設された福岡電波学園電子工業大学工学部を1966年に名称変更して福岡工業大学となりました。
 本学では、経営理念である「For all the students」のもと、「教職協働」を合言葉に、教員と職員が積極的に協力して運営に当たっています。
 育成すべき人材像として「社会に貢献する実践型人材」を掲げ、3年ごとに決定される中期経営計画(マスタープランと呼ばれ、現在は第8期)およびそれを具現化する年間行動計画(アクションプログラム)により、大学全体で組織的な改革を継続的に行っています。直近では、2014年〜2019年に、文部科学省「大学教育再生加速プログラム事業(AP:テーマ1)」に選定された教職協働によるアクティブ・ラーニング(AL)型授業推進プログラムにより、FD推進機構および教務部を中心に全学的にAL型授業を展開した教育改革を行い、事後評価では最高の「S」評価を受けました。
 このように、AL型授業に代表される対面教育を重視する本学ですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、全国の大学と同様に、2020年度は大きくその運営形態を変えざるをえない事態に直面しました。本学は、これを、世界が「ニューノーマル社会」へ変容しつつあると認識し、ピンチはチャンスと捉え、さらなる改革を目指しています。その一環として、学生の皆さんの成長をより一層サポートするため、学園全体で培った「教育・研究・働き方」のさらなる高度化のため、FIT-DX(Fukuoka Institute of Technology -DX)と名付けたデジタルトランスフォーメーション(DX)を全学で推進しています。

 以下に、本学のDXに係る主な取組みを紹介します。

2.情報組織の改革

 大学の情報環境の統括・推進・運営は、情報基盤センターにより行われます。2017年度からは、学校法人全体で統制した情報化が極めて重要とし、大学、短大、附属高校の各設置校を統括して運営する組織に発展しました。5年ごとのPC室(7教室,PC約530台)リニューアル、学内LAN環境、図書館などの各種情報基盤施設を定期的に更新するなど全学的な情報環境を整備し、その利活用を推進しています。

3.教育の情報化

 本学の教育におけるICTプラットフォームは、主にmyFITと称する(1)Web型学修支援システム(日本システム技術(株)Universal Passport RX)に(2)FIT Moodle(e-Learningシステム)、(3)FIT-AIM(学習ポートフォリオ)を組み合わせたシステムで構成されます。これに、myFIT学生用スマートフォンアプリ、授業動画配信システム(Microsoft Stream)、各種ソフトウェア(大学契約ライセンス)、オンラインライブ講義・会議システム(Microsoft Teams)などによる補強を行い、利便性を高め、あらゆる授業形態に対応しています。

(1)myFIT(Web型学修支援システム)

 全ての学生に供するmyFIT(図1)は、授業資料ダウンロード、課題・レポート提出、オンラインテスト、履修登録、シラバス照会、時間割表示、成績・出欠照会、学生生活の諸手続き、学生課外活動評価管理(FITポイント)、授業および大学からの掲示情報等の機能を有し、数多くの授業で活用され、スマートフォン利用にも対応しています。さらに、在学生の学修状況が確認できる「保護者向け機能」も提供しています。

図1 myFITのLMS機能
図1 myFITのLMS機能

(2)FIT Moodle(e-Learningシステム)

 教育機関で世界的に普及しているMoodle(ムードル)によるe-Learningシステムです(図2)。本学では、myFITを補完する学修管理システムとして運用しています。数式が直接扱えることが特徴的で、主に数学、物理、電子回路、プログラミング等の授業で利用されています。

図2 FIT Moodleの学修コンテンツ例
図2 FIT Moodleの学修コンテンツ例

(3)FIT-AIM(学習ポートフォリオ)

 学生の学習ポートフォリオです。学生自身が、各授業回の振り返り、授業外学修の計画・実績、入学時の目標、卒業後の将来像、学期の目標・計画・振り返りを記録するものです。教員によるフィードバックコメントや、ディプロマポリシー(学位授与方針)の各指標と履修授業の成績による学修成果がレーダーチャートで確認できます(図3)。本学では、前述したようにAL型授業を全学展開し、学生の自律的学修を促進するため、この学習ポートフォリオを活用した双方向型の教育を実践しています。

図3 FIT-AIMの学修成果の可視化例
図3 FIT-AIMの学修成果の可視化例

(4)myFIT学生用スマートフォンアプリ

 本アプリは、myFIT上の授業に関する掲示情報、休講・補講・教室変更情報、事務局からの各種お知らせ、時間割、出欠状況、シラバス照会等の重要な情報がスマホから確認できる専用アプリです。iPhoneやAndroidスマートフォンに対応し、プッシュ通知とバッジ(アプリアイコンに未読数を表示)で通知され、学生は必要情報を見逃すことなく迅速に確認できます(図4、5)。

図4 myFITアプリ通知
図4 myFITアプリ通知
 
図5 myFITアプリ画面例
図5 myFITアプリ画面例

(5)授業動画配信システム

 授業資料動画や講義収録動画の配信システムとして、大規模配信に対応するMicrosoft Stream(動画配信システム)を運用しています(図6)。特に、本学の特徴を生かして、反転授業(授業資料動画による事前学修+AL型対面授業)による新しい教育手法に利用しています。コロナ禍の遠隔授業では、オンデマンド型授業動画およびライブ型授業録画動画(Microsoft Teams活用)の公開・配信に大いに役立てられています。今後は、遠隔授業と対面授業を組み合わせたハイブリッド型授業や新たな教育手法の実践に活用していきます。

図6 Microsoft Stream動画視聴画面例
図6 Microsoft Stream動画視聴画面例

4.高度情報化ソフトウェアの利活用

 教育・研究活動・事務において、学園全体で幅広く活用され、AI・データサイエンスをはじめ、各分野に対応する様々なソフトウェア(Microsoft 365 A5、Adobe ETLAライセンスプログラム、MATLAB Campus-Wide License、Mathematica Unlimited Licenseなど)を大学全体でライセンス契約し、学生・教職員の効率性や利便性の向上を図っています。さらに、コロナ禍の遠隔授業に対応するため、学生所有パソコンでも利用できるようライセンス範囲を拡張しました。

5.データ利活用による教育改善

 本大学は、図7に示すように「丁寧な教育」、「面倒見の良い大学」などで高い評価を受けており、これに資するエンロールメント・マネジメント(入学から卒業まで一貫したサポート)に取組んでいます。

図7 福岡工業大学の外部評価(ランキング)
図7 福岡工業大学の外部評価(ランキング)

 これらの実現をサポートするのが、EM+IR活動(Enrollment Management and Institutional Research, 図8)で、データの利活用による教育改革として、デジタル化の次のステップに位置づけられます。入試・学修・就職・進学など入学から卒業までの各種データを管理し、その可視化・分析による教育改善を行います。具体的には、成績分布や授業アンケート結果のデータをもとに授業毎にPDCAサイクルによって授業改善を行うこと、退学防止のため学修データから問題を予見し学生指導に活かすこと、基礎科目の成績等から初年次教育を見直すこと、学生アンケート結果から施設・設備整備の成果確認と課題把握による改善などがあげられます。また、情報開示の一環として、各種データから教育・研究活動報告書を作成・公開も行っています。

図8 EM+IR活動の概念
図8 EM+IR活動の概念

6.図書館のデジタル化とラーニング・コモンズ化

 本学図書館は、33万冊を所蔵し、「デジタル化されたラーニング・コモンズ」×「知の拠点」の機能性を意識した形態で運営しています。そのため、図書館内部は、学生の多様な学修スタイルに対応するコンセプトで、3階:「発話可能でグループ学修など多様な学修を促すActive Floor」、4階:「読書・個人学修に適した静音なQuiet Floor」、5階:「学修・調査・研究活動に適した静寂なSilent Floor」で構成されます。それぞれのフロアはコンセプトに応じた、能動的な学修や研究に適した設備(机・チェア・壁面ホワイトボード)やICT機器(プロジェクター、外部ディスプレイ、PC、TV会議システム等)、個室学習ブースなどを備えています(写真2、3)。また、全館に無線LANを配備し、ネットを活用した、図書・施設予約、蔵書や学術情報の検索、学術データベース、オンラインジャーナル、電子書籍(850点)など、学修・研究および利用手続きを学内外からオンラインで行うことができます。

写真2 プレゼンテーションコート 写真3 個室学習ブース
写真2
プレゼンテーションコート
写真3
個室学習ブース

7.学内ネットワーク

 キャンパス全域を網羅する学内ネットワークとして、学内総合情報ネットワークシステム−FITNeS(Fukuoka Institute of Technology Network System)があります。学内基幹およびインターネット回線に10 Gigabit-Ethernet以上を採用することで、大規模な動画・音声などのマルチメディア情報の配信、将来の広帯域を要するネットワークアプリケーションにも充分に耐え得る性能を有しています。本ネットワークは、約5,000台のPCやサーバーの接続があり、本学のICTを活用した教育・研究活動の促進と高度化に欠かせないインフラとなっています。

8.情報セキュリティ対策

 本学では、学園全体の情報セキュリティポリシー(対策方針)とSNS利用の留意事項を含む関係ガイドラインを制定しています。DXの推進と共に、学生・教職員の情報セキュリティ教育や各システムの脆弱性対策など、組織全体で情報セキュリティ向上に努めています。現状、学内ネットワークとインターネット接続には、高性能ファイアウォールを設置し、コンピュータ・ウイルスの侵入防止や駆除、世界各国からのサイバー攻撃のブロックなど、1日当たり数万件もの攻撃を防御しています。現在、Microsoft 365をはじめとするクラウドサービスの効果的な活用も拡大しており、これまで重度のセキュリティインシデントの発生は抑止できています。今後も、学園全体で時代に即応した対策に取組んでいきます。

9.BYOD推進と強固なサポート体制

 2021年度より全学生実質BYOD(Bring Your Own Device)となりました。このため、授業・授業外学修および課外活動において、学生の皆さんの所持するノートPCを最大限に活用頂くため、学内ヘルプデスク(情報基盤センター)、学生チュータ・スタッフによる対面・オンラインによる授業理解や情報リテラシーに関する強固な学修支援(FIT-in サポート)などを行っています。

10.おわりに

 「YOASOBI」というグループの「夜に駆ける」という歌が幅広い世代でヒットしています。この歌は、筆者のようなアナログ世代が聞いても不思議な魅力があります。楽曲は、ボーカロイド用に作曲されたもので、人が歌うには息継ぎなどがかなり難しいのだそうです。それを人が歌いこなし、デジタル的な要素とアナログ的な要素が融合した結果、新しい魅力の楽曲になったものと思われます。このことは、大学DXにおいて、大切にすることを示唆しているように感じます。私立大学は、各大学で教育理念、方針、特徴、学生レベルなどが異なり、大学で蓄積した教育実績や知見(アナログ要素)があります。DXによるICT(デジタル)だけでなく、それに個々の大学のアナログ要素を最大限生かした融合を行うことにより、独自かつ新味な教育の創造が可能になると考えられます。
 さらに、DX成功の鍵は、部分的な最適化やインフラ先行ではなく、内外の環境を見定めて、組織全体の経営方針と財政計画に落とし込み、計画的に進めることにあると考えられます。本学は、中期経営計画(マスタープラン)においてDXの全体像を描き、先だって取組んできました。このことが、コロナ禍の非常時においても、遠隔授業などの教育・研究活動を円滑に執り行えた要因だと捉えています。次期マスタープランでは、冒頭の「ピンチはチャンス」を念頭に、大学改革に資するDXとして、さらなる展開を目指しています。
 最後に、私立大学情報教育協会ご関係者各位に対しまして,本記事執筆の機会を頂きましたことに感謝申し上げます。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】