特集 社会人の学び直しDX化〜大学でのリカレント教育の積極化とオンライン化〜

ポストコロナの大学とオンライン教育

白井 克彦(日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)理事長 早稲田大学名誉顧問)

1.まえがき

 コロナの流行は、世界の教育界に多大な影響をもたらしました。大学の授業、さらには研究指導を含めた研究室の活動の方法は、大きく様変わりしたと言えます。
 2020年の春に起こったことは、ほとんどの大学でキャンパスを閉鎖せざるを得なくなり、対面授業が長期にわたり不可能になったことでした。このような事態は、すでに2020年の年初から予測されたことでしたが、大学の教育、研究活動を何とかして継続できるようにしなければなりません。日本の多くの大学では、まだ日常的にオンラインの教育、研究システムを使用していない状態でありました。JMOOC(日本オープン教育推進協議会)としては、2014年からインターネットによる大学の授業の配信を広く一般に行っており、オンライン教育に関する経験も積んできていたので、このパンデミックのピンチにオンライン教育になれていない大学が短時間に何とか対処できるようにするには、どうすれば良いかという問題に、急遽、私情協を含め国公私立の団体と協力して取組みを行いました。オンライン教育を実行するには、いくつかのやり方がありますが、できるだけシステムの導入が容易で、不なれな教員が短時間で使えることが必要でした。
 JMOOCは、2020年4月から半年間に集中的にワークショップを開き、主に先行している大学からの報告、JMOOC会員企業からオンライン教育のシステムに関する紹介、留学生に対する対応方法の3つにフォーカスして、多くの大学の教員とそれをサポートする職員の方々に有効な情報交換の場所を提供することができました。また、海外の大学からも事例報告を受け、各国共、同様な取組みをしていることが理解されました。
 この1年でオンライン授業は、大部分の大学で不可避となり、速やかに導入される結果になりました。今年になって、多くの大学で学生のアンケートを含めて評価が行われていますが、大方の大学において、学生達からは肯定的に受け止められています。従来の対面授業に比べて、教員が丁寧に教材をまとめて、提示しているので、学生からは理解しやすく、オフライン型であれば、自由な時間に学べるなどが評価されています。他方、端末に一人で向う勉強には、孤立感があり、大学で友人達と学ぶことの意義があらためて指摘されています。ただし、全体的には、オンライン授業は、授業方法および内容の両面から受け入れられており、コロナ終息後にも、3割位は、オンラインが利用されることが適切であるとされています。
 また、各大学はLMSなどオンライン授業のためのシステムの整備を急速に図ると同時に、これまで、このような授業を行ってこなかった、かなり多数の教員が短時間に、様々な道具を使い授業コンテンツを準備して、オンライン授業を進められる状態を作りました。これらを全学的に支援した教職員の努力は、各大学で大変なものであったと察せられます。このように、コロナの流行のために不可抗力的にオンライン授業が大学で用いられることになりましたが、およそ一年間で進展した、オンライン教育の状況を見るのと同時に、世界のオンライン教育の状況、今後のオンライン教育の進展の方向性を見てみたいと思います。また、広く生涯学習の観点から考えてオンライン教育の持つ大きな可能性を考えてみたいと思います。

2.コロナ下におけるオンライン教育の進展

(1)オンライン教育の方法

 イリノイ大学で1959年にコンピュータ学習支援システム(PLATO)がはじめられています。そこでは、今日一般的に実現されている多くの機能が盛られていました。現在多く使われているオンライン教育の方法の要素をあげてみると、

① 講師と学習者がリアルタイムで接続されている方式(双方向、同期型)。従来の対面授業の延長。

② 学習者が蓄積されている学習用コンテンツに任意の時間にアクセスして学ぶ(非同期型)。これには、メール、ディスカッションボード、シミュレーション、ゲームなども組みあわせることができます。

③ 上記の方法に教室における対面授業を組合せる。ハイブリッド、ブレンデッド、ハイフレックス(①と教室の混合授業)、反転授業(②で予習しておき教室で対話型授業)などがあります。

 各大学では「オンライン教育センタ」の教職員が、コンテンツの作り方や授業のやり方を熱心に説明し、未経験な教員も多くは短期間で授業を進められるようになったことは、大学の対応力の高さを示しています。

(2)世界のオンライン教育

 2002年にユネスコで途上国における教育格差を減らすためにOER(Open Educational Resources)の必要性が指摘されました。
 MITは2002年にOCW(Open Course Ware)を開始しました。今はMITの2500以上の授業に関するコンテンツが公開されて世界中で利用されています。また、日本でもJOCWが組織され多くの大学が授業公開を行っています。OCWは基本的には授業の公開で、質問を受けるなどの教育サービスをするものではありません。無料のオンライン教育としては、MOOC(Massive Open Online Courses)が2008年に開始されました。今や世界中の国々でMOOCが開設されて、正確に数えられないですが、数億人の人々が学習しています。そのMOOCにコロナの影響は大変著しいものがありました。

@ 新規登録者の急増

 コロナの流行の中でおそらく自宅で過ごす時間が増したことが影響して、世界のMOOCでは新規登録者が急増しました。例えば、米国のCourseraでは2019年の8M(百万)から2020年は3倍以上31Mの新規登録者を得て、合計で76Mの学習登録者数になっています。edXでも2019年5M、2020年10M、合計35M。イギリスのFuture Learnは2019年1.3M、2020年5M、合計15Mの学習者を得ています。学習科目は、コロナのパンデミック前はIT系、ビジネス系などが中心でしたが、パンデミックからはアート系、人文科学系なども上位に上がってくる変化が起こっています。

A 代表的MOOCの動向

 当初、MOOCはedXやCourseraのように、大学の秀れた講義を無料で世界中の学習者が自由に学べるオンライン授業を公開することから始まりました。edXはハーバード大とMITが同額を負担し、その後は参加する大学の負担金や利用課金などを中心に維持されています。Courseraは多くの大学のコンテンツを集めて無料提供しますが、企業向け人材育成コース、大学認定の学位プログラムなどを有料で提供し、営利事業です。Udacityは、多くの企業と連携して、「ナノ学位」と呼ぶ有料の資格プログラムを提供しています。一部は、就職サポートのサービスとも結びついた内容を持ちます。
 このように、多くのMOOCでは、専門分野の科目をグループ化したり、企業に認められた資格と連動させたりして、色々なコースを提供しています。これらは、Microcredentialと総称され、学生は自分の関心や必要に応じた内容のプログラムを学習できます。
 他方、大学と協力して質の高いオンラインの学位プログラムを提供する企業があります。2U社は、米国のトップ大学と提携して、主として修士・学位プログラムを対象としますが、コースワークの設計、サーバーの管理、学生確保のための宣伝など総合サポートします。2U社の特徴は、オンキャンパスの学位プログラムに比べても質の高いオンライン学位プログラムを目指しており、講義設計などに力を入れると同時に、各講義は10〜15人の少人数で、対話型授業が行われています。また、2U社は学習内容によってはオンライン教育だけでなく、臨床研修など現場の実習を組合せた高度な教育機会を設けています。2U社は、大学や企業向けにも様々なプログラムを提供していますが、最近、edXを買収することを発表して話題を呼んでいます。

B 大学の動き

 このように、代表的MOOCは営利化して発展しつつありますが、大学自体の独自の試みも拡大しています。MITはOCW(Open Course Ware)で、すでに全授業の公開を行っており、世界中で教員を含めて広く利用されていますが、質の高いオンラインプログラムも有料で提供しています。上質な高等教育を廉価で受けられるオンライン大学も設立されています。ウェスタンガパナーズ大学(WGU)は、1997年に米国19州の知事がユタ州に設立した非営利のオンライン大学で、教育、看護、IT、ビジネスの4分野で学士、修士を出しています。特徴は、これまでの学習時間に基づく単位制度ではなく、各学生のスキル、知識などの学習目標、コンピテンシーを評価して単位を与える方法(CBE、Competency Based Education)をとっています。学位取得には、決められた審査にすべて合格する必要がありますが、他で得た既得の能力も審査に合格すれば認められます。授業料は6ヵ月単位の定額制で、一年後の継続率も高く、就職率も良いなどの実績をあげています。
 また、アリゾナ大学(ASU)は、1年の科目をオンライン学習可能にしており、誰でもいつでもコース登録でき、授業料は後払い。修得単位はASUその他の協定大学に入学すれば、学位取得に有効となります。

3.日本オープンオンライン教育推進協議会

(1)歴史

 2013年11月に日本においても、世界のMOOCの動きを考えて、各大学の持つ秀れた教育コンテンツをオンライン教育プログラムとして、誰もが無料で学べる機会を作る目的で2014年4月から配信が開始されました。広く社会人が学べることと大学間で授業を交換できる仕組が作られたわけです。JMOOCの運営は、大学および企業会員の会費によって賄われていますが、これまでに提供してきた科目は460以上、累計の受講者は130万人を越えました。

(2)JMOOCの受講者

 図1はJMOOCの受講者の内訳です。コロナの影響はJMOOCの場合もかなり大きく、2020年中に30万人程の新規受講登録がありました。

図1 JMOOC登録者プロフィール

(3)JMOOCの講座

 JMOOCの講座は、会員大学が提供する科目とJMOOCが独自に企画して制作した企画講座からなっています。すべての科目は、提案内容を講座選定委員会で適切性を判断します。企画講座としては、希望者の多いIT系の科目群、工学系の基礎科目群、これは、社会人の学び直しのために企業からも要望が多いものです。また、この春からは経済産業省の「未来の教室」事業の支援により制作した「AI人材育成講座」をMOOC用にまとめて配信しています。この講座は、AI技術をビジネス現場や社会で活用できる人材育成を目指すもので、AIの広範囲の応用例を学べる総合講座となっています。この講座は大学をはじめ企業にも広く活用していただけるように作りました。多くの大学で、このコンテンツが何らかの形で利用されることを期待しています。

図2 AI人材育成講座

4.これからの人材育成

(1)生涯学習の必要性

 人口減少と高齢化が避けられないということは、皆、できるだけ健康で長く働かなくてはならないということです。しかし、世の中は変化が速く、不確実性が増す社会であり、その中で意欲を失って行く人も多いように見えます。調査によれば、日本は社会の一員としての自覚や夢を持ち、社会を変えられると考えている人材が他国に比べて育っていません。その原因として科学技術の進展の速さや格差社会の進行、グローバル化などがあるでしょう。従来の学校教育だけでなく、常に学び直して自分をリフレッシュして、生きがいを感じ社会変化を考えるために、生涯学習は自分のためだけでなく社会に対する義務であると言えます。

(2)デジタル・トランスフォーメーション

 日本は残念ながら、社会全般でDX化は遅れています。DXは世界の社会構造、産業構造、労働環境など全てに大きな変革をもたらしつつありますが、情報技術の基本やセキュリティなど社会全体でレベルを上げると同時に、個人としても対処できるのに十分な能力を持つ必要があります。

(3)男女共同参画、多様な働き方の実現

 女性の活躍は徐々に進行していますが、根本は人口問題にも関連して、子育ての社会システムが欠如していることです。育児期間仕事をはなれている間については、男の役割も重要ですが、子育て期間にこそ、女性でも男性でも子育てと合わせて、自分たちの成長を図ることのできる学習の機会が社会的に十分に与えられるよう早急に検討すべきです。

(4)日本の人材育成の問題

 図3、図4は日本の社会人の学習状況の大きな問題点を示しています。自分自身の知識や能力の向上と共に、人間性豊かな社会を維持発展して、地球社会にも貢献するという基本的な目標を持てるようにするためには、今、生涯にわたる豊かな教育学習のシステムが重要になっていることがわかります。

図3 社会人の学習や自己啓発活動への取組状況
 
図4 社会のニーズに対するリカレント教育の対応状況

5.ポストコロナの教育プラットフォーム

(1)オンライン授業の普及と様々な形

 オンライン教育を可能としているLMSは多種類存在して、操作上の違いはあるとしても、2節に示したような様々な授業の方法を可能にしており、各大学で教員毎に授業の運用上、多くの工夫がなされてきています。JMOOCとしては、これらの状況を報告し、意見交換するワークショップを多く開催してきました。

表1 オンライン授業の普及と様々な形態

(2)オンライン教育の課題

 オンライン教育は、初めの段階ではにわかに導入されたことによる混乱があって、特に教員、学生への様々なサポートの方法とその実施体制の問題とLMSをはじめ、どのようなシステムを導入してどう使うか、必要な技術はどうやって獲得するかなどの実行体制の問題がありました。そして、実際に授業が進行すると、授業を効果的にすることや学生の学習意欲を持続すること、成績評価の方法など多くの問題が急速に顕在化して、JMOOCのワークショップなどでも多くの経験や実験的な試みなどが報告されました。
 残るところでは、本質的な課題として、教員と学生あるいは学生同士の様々なレベルのコミュニケーションがあります。学生達は大学教育というものに総合的、人間的なものを多く期待しているからです。また、実験、実習の困難は指摘されますが、これは映像、シミュレーター、VR応用などの導入がかなり役立つことになるでしょう。

(3)これからの教育システムへの要求

 オンライン学習システムは、個の知識量だけでなく、知識の運用能力を高めることに役立つことで、その能力を客観的に評価して示すこともできます。これまでコミュニケーション能力を高めるには教師が必要でしたが、今後、システムが1:1あるいは1:nの形で訓練に加わり、学習進行を分析することによって、個別あるいは集団の効果的な学習を支援できるでしょう。
 秀れた個が育成されると同時に、良いコミュニティがいかにすれば形成されるのか、いずれにせよ、複数の人間のコミュニケーションであり行動です。情報交換過程と行動分析はコミュニティの判断基準や規範を生み出すのにも役立つでしょう。

表2 これからの教育システムへの要求

(4)高等教育の多様性

 現在の大学の、学部、学科、学位という枠組の拘束性は、学位の国際的な流通性などの観点からは一定の重要性があるものの、少なくともその履修の方法については自由度が高くてもよいと言えないだろうか。カレッジ制度やリベラルアーツを中心とする少人数教育などは、エリート教育として意味があるが、それすら閉じた存在である必然性はありません。大衆化した高等教育の中心は、多様な学習者が各人の主体性に基づいて学習する形式が、多様なプログラムや教員によって可能となりつつあります。

表3 各大学組織の教育力と学習者の主体性

 学習内容、学習方法が学習者の期待する教育プログラムによって実現されます。このような学習者が主体的に必要な学習プログラムを決めて学習を進める学習方法は、現在の時間制に基づく単位を基準としたカリキュラムによる学位とは異なり、学習効果の評価は、教員による評価、自身による達成度評価、社会的評価(資格)などによって行われるでしょう。個人あるいはグループによる実践活動による学習の場の形成は、現在のゼミの一層の発展版として構成されるべき授業形態です。このような多様な教育プログラムは従来の一大学の枠で十分に設置できるとは限らないでしょう。まず、現行の大学を基本とするならば、複数の大学間の有効な協力によって可能になるものが多い。
 JMOOCの重要な目標の一つは、そのような大学間の垣根を低くする様々な交流によって、高等教育の多様性を格段に増やすことでしたが、今その可能性が実際に動くことになります。例えば、筑波大学のCiCのようなプログラムは、多くの国、地域で起こりつつあるのです。
 また、豊かなアイディアが盛られた教育プログラムを大学間や教員間で容易に可能とするには、オンライン教育のエコシステムが世界中で共通化されていくことが重要です。例えば、iMSのような標準化団体の活動も重要な因子となります。

表4 高等教育の多様性

 さらには、米国のオンライン教育で増大している、マイクロクレデンシャルのようなものを設置して行くことも有力な方向性と予測されます。学習者は必要に応じた教育を自由に選択して受けることができるし、主体的に広い人間関係を構築できる可能性があります。個々の学習結果は、デジタル・バッジのように世界共通の形式でその内容が表示、保証されるので、バッジを積み重ねることで個人の学習履歴を示すことができます。

(5)教育プログラムと学習過程の分析評価

 まず、教育プログラム自体が学習目標に対して、適切か、効果的かという分析評価が可能となりつつあります。学習ログの蓄積によって、個々の、あるいは集団の学習過程を分析して、学習者に対するより適切な対応が可能となります。
 また、職業に必要な知識、スキルと効果的な教育プログラムとの関係なども、これまで以上に分析評価が進められるでしょう。大規模データの分析とAI技術の応用はこの方向を加速しています。

6.あとがき

 日本が高等教育、すなわち大学および生涯学習にかけている公的な支出は、他国に比べて、著しく少ない状況にあります。大学については、私学進学者の授業料や国立大生についても塾などの事前の教育費用などがあり、親の負担が大きくなっています。大学の教育を充実させるためには、大学の努力がさらに要求されるとしても、改善のための費用増は、現状では奨学金あるいはローンの借入に頼ることになります。これを緩和するのに、オンライン教育の有効利用は大変役立つことはまちがいありません。つまり、まず学習者が必要とする効果的な教育プログラムのコストを下げることができるからです。
 つぎに、教育プログラムに、企業や地域が組み込まれることで、社会全体で教育コストを負担できるようにするべきです。以前は企業内教育が盛んでしたが、今は社外に多様に設置されるようになりました。さらに、学習者は、18才入学にこだわらず、仕事をしながら可能な時に望む教育プログラムに参加し学習履歴を積み重ねることができます。とりわけ、子育て期間中の学習訓練は、女性に限ることではありませんが、オンライン教育を適切に用いたシステムとすることで、女性の社会進出に対する意欲を高めて、人口減を下げることにもつながります。
 第4次教育再生会議レポート、総合科学技術・イノベーション会議レポートをはじめ、私立大学連盟のレポートなど大学の制度改革についての議論も多く見られます。ポストコロナには、最近のオンライン教育の経験は大きな影響を与えることでしょう。


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