特集 社会人の学び直しDX化〜大学でのリカレント教育の積極化とオンライン化〜

多様な教育プログラムを社会人に提供する『WASEDA NEO』

守口  剛(早稲田大学商学学術院教授 社会人教育事業室長)

1.はじめに

 WASEDA NEOは、本学社会人教育事業室が社会人を対象として展開している教育・研修事業の名称です。日本橋キャンパス(コレド日本橋5階)を拠点として、幅広い社会人を対象とした教育プログラムを提供しています。
 本学は創立当初から社会人教育に力を注いできました。創立4年目の1886年には「早稲田講義録」を用いた通信教育を開始し、学校に通うことができない多くの人々に学びの機会を提供しました。受講者の中には、本学第四代総長田中穂積、歴史学者津田左右吉、政治家田中角栄らがいたということです。
 その後も、本学は社会人教育への積極的な取組みを続け、教員が全国各地へ赴いて講義を行う「巡回講話」を1893年に開始した他、戦後から近年までに、夜間学部、オープンカレッジ講座、eラーニングによる通信教育課程(e-school)、専門職大学院設置などを行ってきました。WASEDA NEOは、上記のような社会人教育への積極的な取組みの一環として、日本橋キャンパスを拠点として、2017年にスタートしました。

2.WASEDA NEOの教育プログラム

 WASEDA NEOでは、様々な教育プログラムを社会人に提供していますが、その中で最も履修期間が長いのが、履修証明プログラムと呼ばれるものです。これは文部科学省の制度を利用したもので、修了者には学長名(本学の場合には総長名)による履修証明書を大学から授与することができます。その一つとして、WASEDA NEOでは「21世紀のリーダーシップ開発」という履修証明プログラムを2018年から実施しています。このプログラムは全体で120時間に及ぶカリキュラムで構成され、「権限によらないリーダーシップ」を自らが身に付けるとともに、他者がリーダーシップを身に付けるための指導力を養成します。これまでに、企業、自治体、学校関係者など多くの方々に参加いただいています。
 履修証明プログラムとは逆に、その都度、希望者が参加する形式のセミナーも多く開催しています。例えば、パイオニアセミナーと名付けているシリーズセミナーでは、経営者や学者など、様々な領域におけるパイオニアを招いて、平日夜に2時間のセミナーを毎月開催しています。これまでに、柳井正氏(ファーストリテイリング会長兼社長)、高田明氏(ジャパネットたかた社長:当時)、北川正恭氏(本学名誉教授、元三重県知事)などにご登壇いただきました。

3.オンライン教育の利点

 WASEDA NEOでは、上述したものを含めた様々なプログラムを、地下鉄日本橋駅間近という地の利を活かし、平日早朝を含めた多様な時間帯に教室で実施してきました。新型コロナの影響が大きくなった2020年4月以降は、オンライン、ハイフレックス(教室とオンラインの同時開催)およびオンデマンドで講座を提供しています。このように、コロナ下における教室での開講の代替措置としてはじまったオンライン教育ですが、経験を積むにつれてオンライン独自のメリットも多くあることが分かってきました。
 よく言われるように、地理的な壁がなくなることは、オンライン教育の大きな利点の一つだと考えられます。日本橋キャンパスに来ることができるのは、基本的には居住地と勤務先が首都圏である方々に限られます。一方で、オンライン講座を始めてからは、首都圏以外の多くの地域の方々が実際に参加しています。ビジネスパーソンを対象とした講座や研修が東京、大阪などの大都市に偏っていることは以前から指摘されてきました。このような大都市への偏在を是正するという観点から、オンライン講座の意義は大きいと考えます。
 もう一つの利点は、オンラインならではの様々なツールが活用できることです。例えば、チャット機能を使うことで、講師が話をしている途中でも、受講者からの質問やコメントを受け付けることができます。Zoomのブレイクアウトセッションのようなグループ化機能を使うことで、ほぼ瞬時に任意のグループ数に参加者を分けることができます。グループワークでは、オンラインホワイトボードや電子付箋ツールなどの、発想や議論を促進するツールを使うことも可能です。これらのオンラインツールを利用することで、教室で実施する以上にインタラクティブな講座が可能になると実感しています。
 WASEDA NEOではオンラインホワイトボードを活用してグループワークを行うワークショップ型のオンライン講座を実施しているほか、代表的なツールである「miro」を使いこなすための入門講座や実践講座も提供しています。それらの講座を通じて、ツールの機能や有効性を多くの方々に実感していただいているのではないかと思います。
 オンライン講座の利点を筆者自身が実感した例として、斎藤幸平先生(大阪市立大学准教授)にご登壇いただいたセミナーの例を紹介します。このセミナーは、2021年6月に、「著者が語り、著者と議論する」というシリーズセミナーの一つとして開催されました。ベストセラーとなっている『人新世の「資本論」』の著者である斎藤先生にご登壇いただき、書籍に書かれている内容を整理して説明いただいた上で、それを土台とした議論を行うというセミナーです。話題の書籍を取上げたということもあり多くの方に参加いただいたのですが、参加者からチャットを通じて次々と質問やコメントをいただき、議論が大変盛り上がりました。
 このときは筆者自身がファシリテーターを務めており、チャットに書きこまれた質問やコメントを整理して斎藤先生に伝え、それに答えていただくという形で議論がすすみました。上述したように、チャット機能を利用すると、講師が他の受講者の質問に答えている最中であっても、質問やコメントを書き込むことができます。このため、質疑応答と議論が途切れなく続くことになり、インタラクティブ性が非常に高い講座になったと実感しました。
 教室で大人数の参加者を得て講座を実施する場合には、そもそも質問が出にくい場合も多く、出たとしても質問者にマイクを回す際にタイムラグが発生します。このため、途切れなく議論が続くという感じにはなりにくいと思います。これらのことを考えると、特に多数の参加者によるインタラクティブな講座を実現しようとする場合には、上記したようなツールを利用したオンライン講座の利点が発揮されやすいと思います。
 WASEDA NEOでは現在、オンデマンド講座も提供しています。オンデマンド講座の場合、教室やオンラインのような臨場感には乏しく、インラクティブ性もありません。一方で、いつでもどこでも視聴可能であることや、繰り返し視聴が可能で再生速度を変えられるなどの利点があります。これらの機能が効果的でオンデマンド講座に向いているコンテンツも多くあると思います。

4.むすび

 コロナ下での経験を通じて、多くの教育機関がオンライン教育の利点と可能性を実感したのではないかと思います。もちろん、教室において対面で実施するメリットが多くあることも事実であり、今後はオンライン、オンデマンド、対面のそれぞれの良さを勘案しながら、効果的に組み合わせる教育方法を採用することが重要になると考えています。
 オンデマンドで学習した内容を教室で議論するという反転授業の方式の他にも、オンラインでのグループワークによる成果を教室で全員の前で発表するなど、多くの組み合わせが考えられます。
 WASEDA NEOでは、ウィズコロナ、アフターコロナ時代における効果的な教育、研修の方法についても検証を重ねていきたいと考えています。


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