特集 社会人の学び直しDX化〜大学でのリカレント教育の積極化とオンライン化〜

enPiT-everi:地域産業の競争力強化を図る
大学連携による情報技術のリカレント教育の
状況と展望

中武 繁寿(北九州市立大学国際環境工学部 情報システム工学科教授)

1.はじめに

 enPiT(エンピット)とは、Education Network for Practical Information Technologiesの略で、2012年度から開始した文部科学省支援の教育プロジェクトの呼称です。enPiTは、大学院向け(2012年度〜)、学部向け(2016年度〜)、社会人向け(2017年度〜)の3段階で実施がはじまり、「実践的な」情報技術の教育プログラムを全国の大学に展開する活動を行っています。その中でも、社会人向けはenPiT-Proと呼ばれ、全国で5拠点の大学ネットワークが採択され、本学を代表校とするenPiT-everi(連携校:九州工業大学、熊本大学、宮崎大学、広島市立大学)は唯一地方より採択を受けることができました。
 everi(エブリ)とは、Evolving and Empowering Regional Industriesの略であり、AIやロボット、IoT技術に関する実践的なリカレント教育により、地域の基幹産業の競争力強化を図り、地域産業を発展させることをミッションとしています。

2.九州・中国地域産業の背景

 九州・中国地域は、製造業、自動車産業、農林畜産業、観光業が中心であり、長年、新しい産業への展開を模索してきました。様々な会議等でも“製造業におけるサプライチェーンの次世代化”、“IoT・ビッグデータ・AI・ロボットによる攻めの農林水産業”、“アジアに近い立地を生かした観光立国の実現”、“ロボット等の活用による介護現場の生産性向上”など、今後の地域産業のあり方について多くの示唆を与えています。
 AIやロボット技術など、新しい情報技術が急速に進化と普及を繰り返す状況のなかで、新しい産業のうねりを地域産業の変革の実現につなげていくためには、すでに社会で働く多様な人に対して、技術の社会実装まで踏み込んだ高度人材育成が必要です。そこで我々は、産学官のネットワーク(図1)を活用し、九州・中国地域の産業構造を分析しながら、AIやロボット技術を、IoTという応用体系のなかで社会実装することを目的とし、教育プログラムを開発・実施してきました。

図1 九州・中国地域の産学官ネットワーク
図1 九州・中国地域の産学官ネットワーク

3.enPiT-everiの特色とコース設計

 enPiT-everiでは、製造業、自動車産業、介護産業、農林畜産業、観光業に対する5つのコ―スを設置し、各地域ですべてのコースが受講できるようにしています。教育プログラムは、①フューチャーセッションによる課題解決のためのチームづくり支援、②実践的IoT活用の事例講義、③シームレスで質の高いVOD/オンライン演習、④協働型の実践的ラボ演習の4段階構成となっています(図2)。特に、②、③ではVOD/オンライン演習を中心とし、その教育コンテンツは体系的で幅広い分野をカバーし、本学、九州工業大学、熊本大学、宮崎大学、広島市立大学の5大学で補完し合うことで開発してきました(図3)。また、他のenPiTの取組みと比較して、すべての地域が同じプログラムを実施するのは本取組みの特徴と言えます。

図2 教育プログラムの概要
図2 教育プログラムの概要
図3 体系的で幅広い教育コンテンツ
図3 体系的で幅広い教育コンテンツ

 受講料は、半年コース履修で148,000円としていますが、科目別にも履修ができ、その場合には1コマあたり1,850円としています。また、受講期間も基本は半年としていますが、社会人の様々な事情を考慮できるように、追加費用なしに12ヶ月まで履修延長ができるように配慮しています。
 体系的な履修については、履修120時間を基本とする「IoTアーキテクト」、「IoTエンジニア」、60時間の「準IoTアーキテクト」、「準IoTエンジニア」の4つの修了認定制度を導入しています。この修了認定においても社会人の事情に配慮し、半年間に限定せず、累積の修了科目数で修了認定を行うこととしています。
 また、履修科目の選択に不慣れな人のために、科目群の体系をわかりやすく整理し、各コースにカリキュラムツリーを設定しています。詳しくは文末のURL[1]を参照してください。

4.運営体制と教材・コンテンツの共有の仕組み

 enPiT-everiでは、5大学の学長をメンバーとする運営委員会を組織し、各々の学長名で共同実施協定書を締結しています。この運営委員会で円滑に方針決定を行うとともに、運営費の管理も可能な限り一元化しています(図4)。
 また、我々のスタート時期は、著作権法改正の授業目的公衆送信補償金制度の導入前であったので、VODや教育コンテンツの扱いについても丁寧に取組みました。具体的には、enPiT-everi運営委員会と著作者(教員個人、大学、企業等)で、事業期間内において、enPiT-everiとすべての著作者ですべての著作物を共有する契約を結んでいます。契約対象者(著作者)が企業、大学、個人と多岐に亘ったために、契約作業は大変でしたが、所属によらずほとんどの著作者が協力的であったことが大変助けになりました。

図4 運営委員会と運営費の管理
図4 運営委員会と運営費の管理

5.実施状況と課題

(1)オンライン環境:現在では、ウィズコロナで遠隔学習が浸透していますが、enPiT-everiは、広域実施の教育プログラムであるため、当初よりLMSやWeb会議システム、ビジネスチャット等のオンライン環境を中心として運営しています(図5)。しかし一方で、オンライン環境では、履修者の顔が見えづらい欠点を補うため、履修マネジメントには、特に力をいれた運営を行っています。例えば、本学内にenPiT-everi事業推進室を設置し、履修申請時に、専任のコーディネータ・スタッフによる履修相談を行っています。受講生の目的に合わせた履修科目の組み合わせや受講負担とのバランスなど、社会人の個別事情に配慮して、可能な限り丁寧な説明と履修科目のコーディネートを心掛けています。実際の科目の様子については、enPiT-everiホームページの「活動紹介」で紹介していますので、ぜひ閲覧してみてください[2]

図5 オンライン環境
図5 オンライン環境

(2)特徴ある講義例:オンラインに特徴がある講義として、「オンラインフューチャーセッション」があります。ここでは、Zoomミーティングを利用して、日本全国及び海外からも参加できます。最大規模で実施したときは、総勢118名が参加し、6つのテーマごとの分科会では、オンライン上で様々な意見交換を行いました。また、enPiT-everiでは大学院レベルの科目設計を基本としていますが、その導入的な位置付けとして、「Pythonプログラミング演習」を配置しています。ここでは、オブジェクト指向プログラミングを基礎から学びますが、やはりオンライン方式を採用し、受講者はパソコン・インターネット越しで授業に参加できます。

(3)受講者分析:enPiT-everiでは、地域産業の本質的な活性化あるいは変革のために、中小企業への情報技術の浸透に取組んできました。しかし、図6に見られるように、受講者の4割は大企業に所属し、中小企業は3割程度に留まっています。これは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)への意識がまだ中小企業には浸透していないと分析しています。図7に示すように、企業の事業を「IT分野(A群)」、「ユーザ分野(B群)」、「ITとユーザの両方に関わる分野(C群)」に分類したとき、中小企業でもC群の企業は積極的に我々のプログラムを活用しています。enPiT-everiでは、地域の産官学連携機関と連携して、C群企業をリーディング・カンパニーとして、DXの成功事例をつくる活動も行っています。

図6 受講者の所属する企業規模の割合
図6 受講者の所属する企業規模の割合
図7 企業の事業分野とリカレント受講の関係
図7 企業の事業分野とリカレント受講の関係

6.おわりに

 DXやウィズコロナの影響を受け、リカレント教育が乱立しつつある現在、enPiT-everiは、地域産業を本質的に活性化するために、AI・ロボット・IoTの体系的なリカレント教育を提供する唯一無二の存在と自負しています。しかし一方で、想定よりも受講者の修学が進まない課題もあります。企業経営者にリカレント教育への理解を促す機会を設け、受講状況を経営者へフィードバックし、双方でフォローしていく体制の強化が一つの方策と思えます。また、講師の魅力を、研究内容を見える化し、伝えていく仕組みも有効だという声もあります。今回は記載しませんでしたが財的な自立にも大きな課題があります。しかし、地域に立脚した人材育成の優先順位は「中小企業が納得できる教育プログラムの実現」にあると思えます。

関連URL
[1] https://www.enpit-everi.jp/wp-content/uploads/2021/07/enpit_tree2021-2.pdf
[2] enPiT-everiホームページ「活動紹介」
https://www.enpit-everi.jp/activity/

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