特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)

地方小規模大学のDX活用モデルの構築をめざして

村山 賢哉(共愛学園前橋国際大学 国際社会学部長・教授)

1.はじめに

 今日、DX(デジタルトランスフォーメーション)はあらゆる業界において重要なキーワードの一つとなっています。こうした状況の中で、高等教育機関には「DX人材の育成」と「教育のDX推進」の両面が求められており、文部科学省によって「MDASH」(Approved Program for Mathematics, Data science and AI Smart Higher Education)や「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」(以下、大学DX事業)といった支援プログラムが展開されています。
 本稿では、本学が大学DX事業の採択を受けた「KYOAI Career Gate×AIによる個別最適学修の実現〜地方小規模大学DXモデルの構築〜」の取組みを紹介します。

2.本学のDX推進計画と取組みの概要

 本学は2010年度に、大学全域にWi-fi環境を整備したUbiquitous Campusを構築し、教務システム連動型のデジタル出席確認システムやLMS(本学ではMoodleを使用)、Kyoai Career Gateと称する本学独自のeポートフォリオシステム(以下KCG)の導入、完全ペーパーレス会議やグループウェアの活用等のデジタル化を推進してきました。
 これらの取組みを基盤として、本学のDXの取組みは設計されました。大学DX事業の内容を含む本学全体のDXの取組みは「教育領域のDX」と「大学運営領域のDX」に大別されます。
 教育領域のDX(図1)は、地方小規模大学の地域におけるリアルな学び、少人数教育を中心とする顔の見える教育といった強みを補強しながら、リソース不足等の弱みを克服するための外部デジタルコンテンツ活用等のさらなるDXを推進するものです。特に、LMSやKCGに蓄積された教育データを有効活用するためにAIを導入し、学生個々に最適化された学修プログラムの設計を可能とする学修支援スキームを構築することによって、学修者本位の学びを実現するとともに、外部デジタルコンテンツの活用による学修補完プログラムを構築します。

図1 本学の教育領域のDXイメージ(計画当時)

 大学運営領域のDXでは、会議の完全ペーパーレス化等の実績を大学業務全体に波及させ、Full Paper-Less Campusを実現するとともに、RPA(Robotic Process Automation)の全学展開による業務自動化・効率化を推進します。

3.教育領域のDX

 本学では、学生の授業や学内外での種々の学びの振り返りをKCGに記録しており、その記録をエビデンスとして、年度毎に学修成果指標「共愛12の力」の伸長を、共愛コモンルーブリックを用いて自己評価し、その評価理由を文章で記述するという学修成果可視化に取り組んできました。さらに、学修成果を基に学生自身が次年度の学修目標・計画を立てるとともに、教員と面談を行い(リフレクション)、学生個々の評価や計画の精緻化を支援しています。
 一方、KCG、教務システム、LMSに蓄積された教育データ、学修行動調査や外部アセスメントテストの結果等、膨大なデータを分析しながら、適切な学修アドバイスを行うことは、担当教員やアドバイザーのみの努力では限界があります。
 そこで、それらのデータをインプットとしたAI解析をすることで、学生個々の学修状況等に照らした学修プログラムがリコメンドされ、教員やカリキュラムアドバイザーとの面談の中で、AIリコメンドを相対化しつつ、学生が自身も最適な学修計画を構築していく「ヒト中心のAI活用による共愛12の力の達成に向けた個別最適学修デザイン支援」を最終目標としてシステムの構築を行っています。

図2 本学におけるAI活用の最終目標

 現在は、この目標に向かう第一歩として、KCGや成績などのデータに基づき、外部デジタルコンテンツ(UdemyやYoutube)の中から、学生個々の学修を補完するのに適切な動画を、AIによってリコメンドする仕組みを開発しています。これにより、地方小規模大学で、かつ文系1学部のみで構成される本学の学びを強化するとともに、最終目標に向けて、個別最適学修立案へのリコメンドの実現とデータ活用の検証を進めています。
 本システムの導入により、自己評価のエビデンスとしての振り返り(リフレクション)に、リコメンドというリアクションを得ることで、記述のインセンティブを醸成し、より精緻な表現を志向する態度が養成されることも期待され、自律的学修者育成の高度化にも寄与しうると考えています。
 本システムの構築にあたっては、既存の学内リソースのみでは不可能であること、さらには、「1.はじめに」で述べた「DX人材の育成」も高等教育機関として同時に推進すべきことから、大手民間企業でデータ分析を担当してきた研究者をAI・データサイエンス担当実務家教員として新たに採用し、取組みの内製化と持続化を担保しています。なお、システムの技術的な構築の部分に関しては、AIソリューション開発実績を持つ外部有識者・ベンダーと連携して推進しています。

4.大学運営領域のDX

 現在、本学では教授会を含むすべての会議をペーパーレスにて実施していますが、添付書類を要する業務はまだ残されています。さらに、小規模大学であるがゆえに、授業アンケートや様々なデータの加工は職員による手作業によって行われています。
 そこで、経理部門で活用しているRPAを他部門へも展開することにより、業務上のペーパーレス化、手作業の自動化を進め、Full Paper-Less Campusへの移行を推進しています。
 また、大学運営業務に限らず、大学全体のDXを推進するためには、教職員の情報共有と理解、そしてDXに関する知識と技術の習得が欠かせません。そこで、定期的にDX推進に係る教職員研修を実施するとともに、ヘルプデスクを設置し、全学的にDXを加速化できるような支援体制を整備しています。

5.取組みの目標と目指す成果

 本学におけるDXの目標の第一は教育の高度化です。膨大なデータをAI活用によって有効化していく取組みは、現在の教育が志向する個別最適化となるだけでなく、学生個々の学修成果を向上させるものと確信しています。
 そして第二に、業務効率化と個別双方向教育環境の構築による学生支援、学生指導の充実です。これまでも展開してきた小規模大学の特性を生かした個々に寄り添う教育の深化を期待しています。
 第三に、DXによる地方小規模大学の教育の高度化が実現すれば、地域における地方大学の存在意義を高めてくれるものと考えています。地方には多様な専門分野の人材が不足しており、地方小規模大学には多様な教育を用意しづらいという課題があります。また、地域の求める人材は多様かつ小規模のために、地域の人材ニーズに対応するすべての学位プログラムを設置することは現実的ではなく、常に更新されるニーズや知見を補完する教育を用意することも困難です。こうした地方小規模大学の弱みをDXで補強し、大学の価値を向上させていきたいと考えています。


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