特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その2)

東海国立大学機構が進める
「教育DX」と「デジタルユニバーシティ構想」

青木 学聡(東海国立大学機構 名古屋大学 情報戦略室教授)

1.概要

 2020年4月、岐阜大学と名古屋大学が法人統合し、国立大学法人東海国立大学機構(以後単純に「機構」と称する場合もある)が発足した。同機構は発足当初より、「東海国立大学機構デジタルユニバーシティ構想を掲げ、「デジタル技術を活用した大学機能の拡大」を進めようとしている。デジタルユニバーシティ構想への取組みを進めようとする中で、令和2年度第3次補正予算「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)」に採択され、デジタルユニバーシティ構想は教育分野のDXを契機に大きく動き出すこととなった。本稿では、機構のPlus-DXへの取組と機構が目指すデジタルユニバーシティ構想の概要を解説する。

2.東海国立大学機構発足と「デジタルユニバーシティ構想」

 2020年4月に発足した機構は、総合国立大学間同士という前例のない規模での法人統合であり、折しも新型コロナウイルス(COVID-19)が流行し、大学での教育・研究の在り方が根底から揺らぐ中での出発であった。他の大学と同様、両大学は既存の情報資産、人的資産を最大限導入し、その可能な範囲で、オンライン授業、オンデマンド授業の環境を整備した。このように、COVID-19の影響は、否応なくサイバー空間を介したコミュニケーションや、デジタル化の進め方に大きな影響を与えた。
 COVID-19の流行と同じくし、DXの掛け声も盛んになり、より一層のデジタル技術の活用の検討が求められるようになった。機構における検討では、DXは単なる情報システムの導入による効率化にとどまらず、「デジタル技術を活用した大学機能の一層の拡大」と位置づけられた。これは、2大学の統合に伴うシステム統合を超え、既存・新規の情報システム・サービスを有機的に連携することで、多様な研究・教育コンテンツの利用者を機構の範囲を超え100万人以上のステークホルダにまで拡大する、というものである(図1)。大学には、数万という機構内の学生・教職員に加え、学外研究者、市民教育、高大連携、地域医療、地域産業等、外部に多様なステークホルダが多数存在する。このようなステークホルダをデジタル技術により大学の準構成員として取り込み、大学のみならず地域全体のトランスフォーマティブイノベーションを生み出す100万人規模の「デジタルユニバーシティ」構想(DU構想)は、地域に対する大学の在り方について大きな示唆を与えるものと確信し、その推進に取り組もうとしている[1]

図1 「東海国立大学機構デジタルユニバーシティ構想」の概念

3.Plus-DX事業申請草案と採択

 令和2年度(2020年度)第3次補正予算にて提示された「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)」事業では、「取組①:学修者本位の教育の実現」、「取組②:学びの質の向上」をテーマとした教育DXの事業提案が公募された[2]。Plus-DX事業への申請にあたっては、DU構想を前提として教育DXの進め方について検討がおこなわれた。DU構想では、「大学間のシステム統合」から「システム・サービス間、連携強化(融合)」、そして「機構外への知のプラットフォーム開放(集合)」といったマイルストーンが設定されている。機構の教育DXにおいてもDU構想に合わせる形で中長期的な取組み目標を設定した。例えば、COVID-19の流行により、オンライン授業、オンデマンド授業の実施が常態化した。その結果、動画やスライドといった多種多様の「教育コンテンツ」がデジタルで生成され、これらは学修管理システム(Learning Management System, LMS)を通じて参照されるようになった。このような教育コンテンツの利用価値を高めるべく、「教育コンテンツの相互利用」から「機構統合LMSの構築とコンテンツ集約」、そして「教育コンテンツの機構外展開」というシナリオを設定した。このように教育DXで取り組むべき主要なテーマとして、下記の3つを掲げた。

 これらのテーマに従い、それぞれ取組①「デジタル教育コンテンツの統合利用とデータ解析に基づくデジタルユニバーシティ教育の実現」、取組②「デジタルユニバーシティ構想実現に向けたサイバーフィジカル教育の推進」という題目でPlus-DX事業に申請、採択となった[3]
 なお、Plus-DX事業の実施期間は、両大学統合に向けた情報システム・サービスの立ち上げフェーズに相当する。したがって、Plus-DXの採択はデジタルユニバーシティ構想実現に向けた非常に重要なきっかけとなった。

4.Plus-DX事業の概要

 取組①「デジタル教育コンテンツの統合利用とデータ解析に基づくデジタルユニバーシティ教育の実現」では、これまで岐阜大学・名古屋大学が個別に蓄積してきた教育コンテンツの相互利用やデータ活用を促進する観点から、将来的な教育DX拡張の基盤となる仕組みの構築に着手した(図2)。

図2 取組①「デジタル教育コンテンツの統合利用と
データ解析に基づくデジタルユニバーシティ教育の実現」の概要

 「取組②:デジタルユニバーシティ構想実現に向けたサイバーフィジカル教育の推進」では、ではデジタルを活用した「学びの質の向上」について、①身体性を伴う学び、②体験・経験の繰り返しによる学び、③個人に応じた多様な学び、の3つの観点を掲げ、これらを拡大する教育DXを「サイバーフィジカル(CP)教育」として、環境整備を進めた(図3)。

図3 取組②「デジタルユニバーシティ構想実現に向けた
サイバーフィジカル教育の推進」の概要

5.Plus-DXを契機とした「デジタルユニバーシティ構想」実現へのステップ

 Plus-DXの遂行に際し、岐阜大学・名古屋大学双方の教員を中心とした、「教育DX推進WG」を約20名で組織した。WGメンバーはそれぞれの専門性を生かし、「取組①」、「取組②」の各プロジェクトにおいてシステム設計、構築、導入を進めている。
 「取組①」では、岐阜大学・名古屋大学共通のLMS、講義コンテンツ検索システムやe-ポートフォリオ等、「教育コンテンツの効果的な利用と流通」と「学びの記録の分析」を担う情報基盤のプロトタイプ構築を行った。これらの教育情報基盤の整備により、学修者は以下のような拡大された学びの支援を受けることができるようになる。

 「取組②」では、アバターを用いたVR講義収録システム、xR工学演習・医学実習システム、ハイフレックス講義システム等、最新の情報技術に即した多様なデジタル教育環境の整備を進めている。これらシステムにより生成、利用されるデジタル教育コンテンツは、時間や空間の制約を緩和し、かつリアリティの高いデジタル体験を与える。既に本事業の成果を用い、VR講義コンテンツの作成やxR演習・実習での試験的利用も始められている。いずれの取組みにおいても、従来方式との組み合わせにより、高い教育・学習効果を得られるものと受講者、教育者双方より多くの期待を集めている。
 xR技術を活用する新しい教育・学習形態は、現在も新しい技術が出現し続けており、日々アップデートが必要である。また、その教育への効果は未知数であり、実際に教育を提供する教員、利用する学生の声を聴きながら、コンテンツの充実、カリキュラムへの反映を進める必要がある。今回のxR講義システムは、大学発ベンチャーとの協業や、TAの協力により、新しい機能の導入と検証が進められている。さらに、本事業推進にあたり設置した教育DX推進WGは、大学・学科横断的ネットワークとして機構内における新しい教育手法に関する議論とノウハウ蓄積の場としても機能した。このようなxR技術の活用・展開を今後も拡大するために、ソフトウェア開発者、コンテンツ開発者、カリキュラム開発者間の機動的な連携を維持できるよう、機構内外協力体制の整備を進めることが必要である。
 現在草案中の「デジタルユニバーシティ構想基本計画」では、4つの重点支援分野の一つとして「教育・学生支援」をあげている。そこでは、統合LMS、e-ポートフォリオ、VRを含む教育コンテンツ等、Plus-DX事業で導入したシステム、サービスを起点とし、「教学マネジメント」と「デジタル教育コンテンツ」の整備を進める計画である。これらの教育・学生支援環境整備は、機構教育基盤統括本部(アカデミック・セントラル)[4]が中心となり進めることとなる。その一方、複数情報システム間のデータ連携による教育データ、教育コンテンツ流通エコシステムの構築には、情報システム設計・構築・運用に関する高度な技術支援が必要である。この部分については機構情報連携統括本部や機構デジタルユニバーシティ室が機構内外の情報技術支援者と情報システムベンダとのリエゾンを支援する体制を計画している。
 2020年4月に発足したばかりの東海国立大学機構であるが、Plus-DX事業採択を契機として、デジタル技術を駆使した新しい形態の大学への一歩を踏み出すこととなった。「デジタルユニバーシティ構想」は、教育以外にも「研究」「社会連携」「バックオフィス」等の重点領域を設定している。Plus-DXを含む教育DXの事例を先駆けとし、今後さらに各領域へのDX事業も迅速に展開することで、特色ある優れた大学共同体を早期に確立できるよう活動を進めたい。

関連URL
[1] 東海国立大学機構デジタルユニバーシティ構想、
https://www.du.thers.ac.jp/(2022年3月1日アクセス)
[2] 文部科学省、「令和2年度予算、補正予算(第3号)」、
https://www.mext.go.jp/a_menu/yosan/r01/1420672.htm
(2022年3月1日アクセス)。
[3] 文部科学省、「「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」実施機関の取組概要について」、
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/sankangaku/1413155_00010.htm
(2022年3月1日アクセス)
[4] 東海国立大学機構アカデミック・セントラル、https://ac.thers.ac.jp/
(2022年3月1日アクセス)

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