数理・データサイエンス・AI教育の紹介

久留米工業大学における
「地域課題解決型AI教育プログラム」

小田まり子(久留米工業大学 AI応用研究所副所長・工学部教授)

河野  央(久留米工業大学 学長補佐・工学部教授)

千田 陽介(久留米工業大学 AI応用研究所所長・工学部教授)

1.はじめに

 本学は、福岡県久留米市にある工学部5学科(機械システム工学科、交通機械工学科、建築・設備工学科、情報ネットワーク工学科、教育創造工学科)、大学院工学研究科修士課程3専攻(エネルギーシステム工学専攻、自動車システム工学専攻、電子情報システム工学専攻)で構成される、学生数1,459名の小規模工学系大学です。1966年の建学以来「人間味豊かな産業人の育成」を建学の精神としており、「知・情・意」の調和のとれた実践的教育を行うことを教育理念としています。本学が立地する久留米市は、ものづくりの伝統があり、福岡県南部の工業地域の工学系大学として企業と連携し、地域社会に貢献することを重要なミッションと位置付けています。
 令和2年4月には、AI人材の育成とAI技術による地域課題の解決を目的とし、AI応用研究所を設立しました。同研究所にはAI教育支援部門を設けており、所属学科を問わず全学生が体系的にAI・数理・データサイエンス教育を学べる体制づくりを行っています。令和2年度後期からは全1年生を対象に「AI概論」を、令和3年度前期からは全2年生を対象に「AI活用演習」を、全学必修共通教育科目として開講しました。そして令和5年度には、この「AI概論」と「AI活用演習」をコア科目としたAI・数理・データサイエンス教育プログラムを全学生が履修することになります。本教育プログラムの特徴は、AI・数理・データサイエンスに関する知識や技術を学修するだけでなく、そこで学んだ知識・技術を活用して、人々の暮らしや社会の諸課題をどう解決し、より良いものへとしていくかについて他者との協働を通して考える地域課題解決型の教育であることです。そして、この「地域課題解決型AI教育プログラム(リテラシー)」が先導的で独自の工夫・特色があるとして、令和3年度のMDASH Literacy+に選定されました。
 本稿では、「地域課題解決型AI教育プログラム」[1]の概要や地域課題解決型PBLの取組みについて、紹介します。
 本プログラムでは、学生がディプロマポリシーに基づく「知識・技能・思考力・判断力・表現力・発信力」を身に付け、自らの成長を実感することができるAI・数理・データサイエンス教育の実現を目指しています。

2.地域課題解決型AI教育プログラム

 「地域課題解決型AI教育プログラム」[1]のカリキュラムフローを図1に示します。本教育プログラムの講義・演習は正規の教育課程において、学生の所属学科を問わず、全学生が履修可能な科目群として設置しています。リテラシー科目「AI概論」(1年後期2単位)と応用基礎科目「AI活用演習」(2年前期2単位)はともに全学必修の共通教育科目です。1年前期開講の「コンピュータリテラシー」や「数学・統計学基礎」はAI・数理・データサイエンス教育の前の導入教育として、学生の学修履歴に合わせた学科混成習熟度別クラス編成で、丁寧な教育を行っています。

図1 「地域課題解決型AI教育プログラム」カリキュラムフロー

 工学系大学であるので、リテラシー科目「AI概論」でも、知識の獲得を目指した講義のみとせず、工学系学生に必要な教育として、Pythonを用いた演習を重視しています。「AI概論」の最後には、機械学習(教師あり学習:近未来予測、画像分類)の一連の流れまでをプログラミングで体験します。
 「AI概論」に続く、2年前期開講の「AI活用演習」でも同様にプログラミングによる実装を重視し、AI・数理・データサイエンスの応用基礎力を修得します。
 本学のAI・数理・データサイエンス教育に関する先導性は地域連携課題解決型教育にあり、リテラシー科目「AI概論」を受講後に、全学共通教育科目「地域連携Ⅰ・Ⅱ」や「インターンシップ」などの産学連携のプロジェクトにつながる仕組みを用意しています。したがって、入学後の早い段階でAI・数理・データサイエンスの知識・技術を活かし、地域をフィールドに実践力を高めることができます。特に、「AI活用演習(選抜クラス)」では、地域企業や自治体の社会人とともにPBL(Project-Based Learning)形式でAI技術を利用した地域課題解決に取組み、知識・技能・思考力・判断力・表現力・発信力を身に付けます。さらに、高学年の「ものづくり実践プロジェクト」や「就業力育成セミナー」、4年の「卒業研究Ⅰ・Ⅱ」において、地域の課題解決を目的とした「ものづくり」や「社会実装」に取組み、段階的にステップアップしながらAIの応用技術を学び続けることができるカリキュラムとなっています。

3.リテラシー科目「AI概論」

(1)カリキュラム

 リテラシーレベルのコア科目である「AI概論」は、1年後期開講の必修科目です。対象となる受講者は5学科の1年生全員であり、ICTスキルもモチベーションも大きく異なる学生400人に対し、一様にAI教育を施す必要があります。「AI概論」のシラバスは、数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムが定める数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム[2]に準拠した構成としました。しかしながら、本学の場合、モデルプログラム[2]ではメインに割り当てられている【導入】【基礎】【心得】からなる必須項目は押さえつつも、15回の講義の半分程度は【オプション】に含まれる工学系学生にとって重要と考えられる実践的プログラミングやAI・数理・データサイエンス教育を重視しました(図2)。また、モデルカリキュラムでは「Excelに用意されている統計的データ分析を行うためのツールや関数の使い方について学び、1年生の早い段階からデータ分析を行っておくこと」などが例にあげられていますが、Excelでのデータ操作は「コンピュータリテラシー」で教育し、「AI概論」ではデータ解析、統計量の算出、データの可視化についても、全てプログラミングの演習形式で学びます。

図2 リテラシー科目「AI 概論」のカリキュラム

(2)リテラシー教育の方針と教育方法

 「AI概論」はリテラシー教育科目であるとともに全学共通の一般教育科目・初年次教育であることを鑑み、以下の教育方針を掲げ、実践することにしました。

1)必携PCを用いた全学的プログラミング教育

 「AI概論」では、学生必携のPCを用いて、プログラミングを重視した教育を実践しています。同科目は1コマ開講であるため十分な演習時間の確保が難しく、課題演習の不足を自己学習で補う必要があります。そこで、自宅でいつでもプログラミングやAI(機械学習)の勉強ができるように、学生各々のパソコン(必携PC)にPythonプログラミングの実行環境(Anaconda)をインストールするところから始めます。隔週1コマの演習でプログラミングスキルは身に付かないため、LMS(Moodle)から教材をダウンロードして、図3のような講義動画を視聴しながら、自宅でもプログラミングの予習・復習ができる環境を整え、学生の自律的な学びを支援しました。また、久留米・筑後地域の社会人の方にご協力いただき、地元企業におけるAI・数理・データサイエンス技術の応用について紹介する内容の動画教材も制作しました(図3)。この教材もLMSから視聴でき、学生がAI技術を身近に感じ、AI学習へのモチベーションを高めることに役立てています。

手書き解説動画例 パワーポイント解説動画例
プログラミング解説動画例 地域企業におけるAI導入
図3 講義動画例(Moodleからダウンロード視聴)

2)実践力の育成・機械学習の実装

 基礎的な知識だけでなく高学年次の専門教育段階での学びに活かせるAI・数理・データサイエンスの技能を修得してほしいと考えています。そのため、「AI概論」でも、プログラミングによる「データ活用実践」や「機械学習の実装」に取組みます。「AI概論」の最後には、機械学習(教師あり学習:画像分類・近未来予測)のプログラミング実装を通して、AIを体感してもらい、2年前期の「AI活用演習」に繋げます。

3)成績上位学生に合わせた教育

 工業高校、特に情報技術系からの入学者は、高校時代に既にプログラミングを経験しています。また、情報ネットワーク工学科(全員)や交通機械工学科(一部)の学生は、大学1年次にプログラミングの講義を既に受講しています。そこで、プログラミング経験者やICTスキルの高い学生のモチベーション低下を招かないように、対面講義における演習内容はスキルの高い学生に合わせ、難易度、授業スピードは下げない方針で教育しました。

4)SA・TAによる演習の支援

 一方、高校までの学習履歴により、PCスキル、数学の基礎力が不十分な学生も存在します。そこで、令和2年度は「AI概論」の学習内容を学ぶ研修を受けた情報ネットワーク工学科の学生(AIに興味がありGPAが高い学生)7名が、SA(スチューデント・アシスタント)として教室を巡回し、講義・演習を支援しました(図4)。令和3年度以降は、AI教育を受講した優秀な先輩学生(基本情報技術者資格やG検定合格者)が演習を支援しています。また、講義時間外はAI応用研究所とPCサポートセンターが連携して学生の質問に対応しています。

SAの教室巡回 プログラミング個別支援
図4 SA・TAによる演習支援

5)AI教育用チャットボットによる支援

 プログラミングやパソコン操作を苦手とする受講生の中には、毎回、課題プログラムの作成に苦労し、プログラムのエラーが発生するたびに自分で解決できず、AI応用研究所やPCサポートセンターを訪問するリピーター学生がいます。そこで、いつでも、すぐに、気軽に、「AI概論」の講義・演習に関する問い合わせができるチャットボットを導入しました。本チャットボットは、多くの受講生が日頃慣れ親しんでいるLINE上に組み込んでいます。図5に「AI概論」用LINEチャットボットの例を示します。
 本LINEチャットボットにはAIの学習機能を設け、問い合わせと回答のデータを蓄積すれば、回答の精度が上がるようにしています。学生がAIの応用例であるチャットボットを実際に体験することにより、「AI概論」の講義内容の理解を深め、AIを身近に感じるという効果も期待しています。

図5 「AI概論」用LINEチャットボットの例

4.応用基礎科目「AI活用演習」

(1)カリキュラム

 令和3年度前期から全学2年生を対象に開始した「AI活用演習」は、本学における応用基礎レベルに対応した講義・演習科目(必修2単位)です。表1に、全学共通教育「AI活用演習」の内容を示します。1年前期の「AI概論」と2年前期の「AI活用演習」の、コアとなる2科目の内容を合わせると、リテラシーレベルと応用基礎レベルの必須項目[3]を全て網羅します。
 表1のように、「AI活用演習」もプログラミングを重視しており、15回の講義の半分を実践的プログラミング教育(演習・実技)としています。

表1 全学共通教育「AI活用演習」のカリキュラム

 「AI活用演習」ではコロナ禍での対応として、全ての講義・演習を教室での対面講義かZoomでの遠隔講義かを選択できるハイブリッド型で実施しました。Zoomでの遠隔講義動画は記録し、本学LMS(Moodle)からリンクを貼り、復習として何度も確認できるようにしました(図6)。また、毎講義後、理解度確認小テストをMoodle上にアップし、復習課題としました(図7)。基礎統計・検定などの数理・データサイエンス分野と、CNNなどのAI分野を学び、両分野ともPythonで実装し、座学で学んだ内容の理解を深めます。

図6 Zoomによる同時遠隔配信(座学講義)
図7 理解度確認小テストの例(Moodle)

(2)選抜クラスでの地域課題解決PBLの取組み

 「AI活用演習(選抜クラス)」では、AIを用いた地域課題解決をテーマとしたPBL方式のグループワークを実施しています。同PBLでは、地域産業界との協働により、学生がAIの実践的な応用技術を身につけるとともに、自主的学習能力の向上、社会人基礎力の養成を目的としています。
 表2に同PBLで取り組んだ地域課題解決PBLの内容を示します。学生がチームを組んで取り組む各課題は、地域産業界からAI応用研究所に寄せられた技術相談の中から6テーマを選びました。各々の課題は画像認識、感情認識、骨格認識およびチャットボットなどのAI技術を利用して課題解決に取り組みます。プロジェクトの参加者は2年生31名が主なメンバーであり、教員7名と先輩学生(Student Assistant(SA)・Teaching Assistant(TA))6名がファシリテータ―としてグループワークを支援します。グループメンバーの振り分けは、学生の希望と、男女比、所属学科のバランスを考慮して決定しました。また、地域社会人の皆様にもPBLに参加・協力していただきました。

表2 AIによる課題解決PBLで取り込む地域課題の内容

 令和3年9月14日に開催されたAI応用研究所の開所式では、3チームの学生やSAが成果報告を行いました(図8)。成果報告会の様子はZoomでも配信し、他大学の方にも聴講いただきました。地域課題解決PBLに取り組んだ学生各々が研究成果報告書をまとめるとともに、図9に示すポスターをグループごとに制作しました。

図8 成果報告会の様子
(a)障碍児の教育支援 (b)きゅうりの病気診断 (c)久留米絣の模様ずれ予測
図9 地域課題解決プロジェクトのポスター例

5.おわりに

 本教育プログラムは今年で3年目に入りました。AI応用研究所運営委員会は、令和2年度から外部評価委員や地域産業界の社会人に対してアンケートを実施し、本教育プログラムの教育内容・教育手法、地域AI・データサイエンス人材輩出への期待・要望について意見を聴取しています(図10)。産業界からは「当カリキュラムを学んだ学生を積極的に採用したい」「実習も含んだ十分な教育内容」といった肯定的意見をいただきました。また、外部評価委員からも、プログラム実装までの過程を体感する教育内容、演習手法を高く評価していただいています。学期末には学生への評価アンケートも実施し、AIコア科目だけでなく「数学・統計学基礎」や「コンピュータリテラシー」に対しても教育内容の改善を図ってきました。

図10 教育プログラムの運営と自己点検評価の体制

 「AI決用演習(選抜クラス)」受講者を対象にした自己評価アンケートでは、課題解決PBLの前後で「価値判断力・考える力」「課題発見力・解決力」「創造力」「チームワーク・働きかけ力」「実行力」が有意に向上していることを確認できました(t検定(両側検定,p<0.05))[4]。今後も、教育内容や実施方法などについて、受講者や地域産業界へのヒアリングを行い、教育内容の見直しを行う等、本学のAI・数理・データサイエンス教育プログラムの開発・実施・改善・深化を継続し、地域の新たなニーズに応えられるAI人材の育成に努めてまいります。

参考文献及び関連URL
[1] 久留米工業大学AI応用研究所, 地域課題解決型 AI教育プログラム (2022)
http://aail.kurume-it.ac.jp/education/
[2] 数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル) モデルカリキュラム 〜データ思考の涵養〜 (2020)
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/pdf/model_literacy.pdf
[3] 数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム,数理・データサイエンス・AI(応用基礎)モデルカリキュラム 〜 AI×データ活用の実践〜 (2021)
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/model_ouyoukiso.html
[4] 小田, 他,地域と連携した課題解決型AI教育プログラム -「AI活用演習」選抜クラスでのPBLの実践的取組-久留米工業大学研究報告,no.44 , pp.145-154 (2021)

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