特集 授業改善とラーニングアナリティクス

 学修者本位の教育の実現、学びの質向上に向けて教育へのDXの導入が推進されています。その目指すところは、学修者一人ひとりに最適な学びを提供し、他者や社会の問題に関心を寄せ、自ら主体的に考え行動がとれるようになることが大切とされております。
 それには、対面と遠隔を組み合わせたハイブリッド型授業環境の整備、複数のLMS(学修支援システム)による高度化、教育・学修のビッグデータを統合するシステムの整備、教育・学修ビッグデータの分析と可視化、分析結果に基づく個別最適化された学修指導などが一体的に行われる授業改善・学修改善が望まれます。
 これまでの授業は、教員の経験知や教育技術などにより、理解が追いつかない学生への対応が十分ではありませんでした。しかし、学生の学修履歴や小テストの解答状況、授業での発話回数、グループ活動での発言内容及び相互評価などを教育のビッグデータとして分析・活用することにより、「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」の実現が、「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」(文部科学省2019年)に提言されています。
 そのような観点から、教育のビッグデータ分析、学修のビッグデータ分析ともいわれるラーニングアナリティクスの重要性、活用で期待される可能性・効果、普及のための課題などについて、探求することにしました。

ラーニングアナリティクスとは

緒方 広明(京都大学 学術情報メディアセンター教授)

1.はじめに

 教育・学習をより良くしていくためには、それぞれの学校や授業でPDCAサイクルを回し、改善をしていくことが不可欠です。そのためには、教育・学習プロセスのデータ(教育データ)が役立ちます。つまり、授業中や自宅などの授業外で学習者一人一台の情報端末やインターネットを用いて教育や学習を行うことで、そのプロセスが自然とデータとして記録されます。このようなデータはこれまでは、あまり活用されていませんでしたが、教育・学習を改善するために、これを解析するのがラーニングアナリティクス(Learning Analytics、LA)と呼ばれる研究です。本原稿では、国全体でLAを行うためのクラウド情報基盤システムLEAF(Learning and Evidence Analytics Framework)(Ogata, et al., 2022a, 2022b)について概観し、今後の課題について述べます。

2.LEAFシステムの概要

 ラーニングアナリティクス(LA)とは、情報技術を用いて、教員や学習者からどのような種類の情報を獲得し、どのように分析・フィードバックすれば、どのように学習・教育が促進されるかを研究していく分野です。デジタルトランスフォーメーションの中心的な存在です。LAの研究目的は、教育・学習効果を最大化させることと、それから教員の負担を最小化させること、そしてログを分析することによって教材コンテンツと教育のシステムの最適化・個別化をすることであります。
 具体的には、授業内外で、タブレットやスマートフォン等で教育・学習活動のプロセスを記録し、教育ビッグデータを分析して、教育・学習の支援のためにフィードバックします。そのため成績だけではなく、教育・学習のプロセス、成績までに至るどのような学び方をしたかを記録し、さらに、どういった問題を解いて、どこで分からなくなって、どういう風に分かるようになったかということが細かく蓄積されていきます。それを分析して教員や学習者自身にフィードバックをします。
 我々は、ラーニングアナリティクスとエビデンスに基づく教育を支援するために、LEAFシステムを開発しています(図1)。この中心にあるのが、学習管理システムLMS(Learning management system)です。BookRoll は、LMSからSSO(Single Sign On)で連携して教材を配信するシステムです。教員はこれにデジタル教科書や教員が作った問題集や説明資料を登録します。学習者はWebブラウザを用いてBookRollの教材を閲覧すれば、その閲覧履歴がxAPI(Experience API)形式でLRS(Learning Record Store)に蓄積されます。LEAFではLRSに蓄積されたデータを分析・可視化するツールとして、ログパレット(ログパレ)というダッシュボードを開発しています。なお、BookRollは2015年から、LEAFは2017年から開発を開始し、国内外の大学や初等中等教育の学校を中心に約120校以上に導入しています(図2)。

図1 LEAFのシステム構成
図2 LEAFシステムの概要

(1)教育データの例

 LEAFシステムが扱う教育・学習データの例を表1に示します。1〜6のデータは既に学校に蓄積されているデータです。また7の学習プロセスデータは、情報端末と学習支援システムを用いて教育・学習活動を行うことで、自然と蓄積されるデータであり、これまでは、あまり利用されていませんでした。しかしながら、この詳細なデータを、1〜6のデータと統合して分析することで教育・学習のプロセスの改善に役立てることができます。

表1 LEAFシステムで用いる教育データの例

(2)教育データの利用例

 教育データの利用例を表2に示します。対象が個人である場合、学習者にとっては、過去の教育データの利用による成績の予測と、個人に適した教材や問題の推薦による学習効果の向上に役立てることができます。教員にとっては、クラス全体の学習者のつまずき箇所の発見などによる教材や授業設計の改善や、自動採点など、教育データの利用による負荷の軽減といったメリットがあります。また、保護者は自分の子どもの学習状況、学習意欲などを把握することができます。

表2 教育データの利活用の例

 対象が教育機関である場合、組織の管理者にとってのメリットは、学校全体でデータを共有することによって、教育データに基づくカリキュラムを最適化し、教員の最適な配置を行うことができます。
 それから国全体として、政策立案者はエビデンスに基づく教育政策の立案と評価が可能になります。我々のような研究者は、大規模な縦断的・横断的データを用いた学習者の成長過程を研究することができます。そして教育に関する諸問題を、匿名化したデータを用いて社会全体で共有・議論を行うことができます。
 データを使うことによって、様々な分析をして新たな知見を見出し、これまでの学習方法よりも効果的な学習方法や教育方法を見つけることができます。

3.LEAFシステムを用いた研究

 BookRollは、Web ブラウザで資料を閲覧するシステムです。教員が教材をPDF形式に変換して登録すれば、学習者が授業中や予習復習時に教材をWebブラウザで閲覧できる仕組みになっています(図3)。学習者は元のPDFをダウンロードできないので、内容が拡散しないという特徴もあります。それからBookRoll上での学習者の行動は学習ログとして記録されます。つまり誰がどこまで読んだかというのが全てわかります。こういった学習ログが分析されて、学習・教育効果を向上させるためのエビデンスとして利用できます。このシステムはパソコンだけではなく、タブレットやスマートフォンでも利用することができます。図3はBookRollでピーターラビットの絵本を表示しているインタフェースです。

図3 デジタル教材配信システム BookRollのインタフェース

 ログを分析するツール、ログパレット(ログパレ)は、教員が教材としてスライドを登録して、そのスライドの上に学習者のマーカーを重ねて表示することができます(図4)。赤色のマーカーは学習者が重要と思ったところに引き、黄色は学習者が理解するのが難しかったところに引きます。クラスの学習者のマーカーを重ねることにより、学習者がどこを重要であると思っているか、難しいと思っているかがマーカーの色と濃さで分かります(図5)。また、マーカーを引いていない等、あまり予習・復習していない学習者に介入メッセージを送信することもできます。

図4 教育データ分析システムログパレット
図5 英語教材へのマーカーの可視化の例

 LEAFを用いて、どのように主体的で対話的で深い学びを支援するか? 以下に述べます。

(1)主体的な学びの支援:LEAFでは授業外でも主体的にどれだけ積極的に学んだかという指標として、BookRollを用いた読書時間やマーカー数等をダッシュボードに表示します。また学習者の理解度に合わせて問題を推薦したり、GOALシステムを用いて、計画立てて学ぶ力も育成します。

(2)対話的な学びの支援:LEAFでは学習ログを用いてその場でグループ編成を自動で行い、その後のグループ活動のログ分析、ピア評価をそれぞれ支援するツールで提供します。

(3)深い学びの支援:各単元ごとの理解度の可視化、能動的読解戦略(Active Reading Strategy)、つまづき個所の分析などによって支援します。

4.今後の展望

 教育データの利活用に関しては、以下の議論が必要と思われます。

(1)全国で統一した、教育データ収集・管理方法

(2)教育データの標準化の策定

(3)民間企業による教育データの囲い込みや不正なデータの扱いの禁止

(4)各学校のLRSに教育データを集約する方法

(5)各学校のLRSに蓄積されたデータを匿名加工して二次利用する方法

 近い将来、社会全体で教育データの蓄積や利活用が進んでくると、様々な分野の研究者が、日常的に学校に蓄積される教育データ等を扱って研究をすることが当たり前になると思われます。しかし、これまでの単発的な授業実践や観察とは違って、そのような研究をするには、これまで以上に研究倫理への高い意識に加えて、社会的な責任が生じます。そして、このような研究手法の変革は、社会全体の理解を得つつ進めていく必要があります。

5.おわりに

 教育データの利活用は、学校だけでなく、研究者や民間企業、行政などが産官学の協働で実施する必要があります。筆者はそのために、一般社団法人 エビデンス駆動型教育研究協議会(https://www.ederc.jp)を設立しました。ここでは、LEAFシステムの学校への導入やデータ解析コンテスト、研究会などを開催しています。是非、活動に参加して頂ければ幸いです。

参考文献
Ogata H., Majumdar R., Flanagan B., Kuromiya H. (2022a) Learning Analytics and Evidence-based K12 Education in Japan: Usage of Data-driven Services and Mobile Learning Across Two Years. IJMLO.
Ogata H., Majumdar R., Yang, S., and Warriem, J., (2022b). LEAF (Learning & Evidence Analytics Framework): Research and Practice in International Collaboration, Information and Technology in Education and Learning.

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