特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題

反転授業でのクラウドファイル利用グループワーク
による授業改善の効果と課題・展望

木本 圭一(関西学院大学 国際学部教授)

1.はじめに

 筆者は、ずいぶん以前から簿記会計の修得困難性の要因についての論究[1]を行い、そのための方法論としてeラーニングの有効性について論究し[2]、簿記学会での研究成果を通じてそれを検証してきました[3]。それらは簿記が必修である商学系学部における教育として論じたものでした。
 2010年4月より国際学部国際学科に移籍し、簿記が必ずしも必修ではない学部において、どのように会計科目を指導していくかという問題に直面しました。初学者には用語の暗記をすることが精一杯で、分析演習を実践し、それを修得する時間確保が非常に難しいということです。問題の所在としては、教室外学修時間が有効に活用できないことがありました。
 5年目の2014年度春学期から、新たな授業方法として反転授業を取り入れました。それから2022年度春学期まで9年間反転授業を実施しつつ、私情協でICT活用事例報告などを行い、そこでの示唆を踏まえ改善してきました。
 本報告は、2022年度、本科目の全受講生が対面出席となったことを受けて、コロナ禍下でのオンライン授業運営を含むこれまでの工夫を取り入れ、有効な反転授業方法とは何かについて検討するものです。特にオンデマンド授業時に取り入れ、オンライン同時双方向でも活用したクラウドファイルであるGoogle Document(以下、GD)の活用によるグループワーク(以下、GW)が2022度の大きな改善点です。
 以下、これまで行ってきた反転授業と、今年度行った反転授業について比較分析し、その効果と課題・展望について示します。

2.授業概要と反転授業の内容

(1)授業概要

 当該科目の学習到達目標は、会計学の初学者が財務諸表を読み、簡単な分析が行えるようにすることです。配当学年は1年生、単位数は半期2単位です。これまで、履修者は最も少ない年で8名、最も多い年で121名と幅がありましたが、2022年度の最終授業中試験受験者は27名となりました。学修成果の評価方法は、毎回の教室外学修内容の確認テスト評価、授業中演習の成果、最終授業中試験成果(または最終レポート)です。

(2)反転授業の内容

<2014年度から2021年度の内容>

 反転授業の導入以降、勘定科目、会計ルール、財務諸表の構造、分析手法については、受講生に予習で修得してきてもらい、授業開始時に確認テストを行い、教室ではそれらの知識を用いた演習を行いました。
 改善の工夫として、予習動画に受講生(ゼミ生)に入ってもらい質疑応答のシーンを織り込むことやWeb学習ソフト(単語カードの暗記と自習確認テスト問題)としてQUIZLETの導入などを行ってきました。

<2022年度の内容>

 2022年度は、本科目の全受講生が対面出席となりました。各単元の解説動画配信と事前の教室外学修、授業開始時の確認テスト、QUIZLETによる教室外学修、は前年度同様に実施しました。
 対面となったことの課題は、GWを行う時、財務諸表分析を行うための対象企業についての経営戦略・ビジネスモデルについて下調べを行ってくるという教室外学修です。2020年度はほぼ全授業がオンラインとなり、また行動制限もかかっていたために、学生は十分な教室外学修を行えていました。2021年度のGWではその時間が少なくなり、上記の下調べについては質・量ともに低下していました。それらを踏まえ、全面対面となった2022年度はどのように向上させていくかが課題となりました。
 2022年度に行った改善点は、対面GWメンバーでGDを共有してもらい、授業までに上記の下調べを各メンバーが記名で当該ファイルに書き込んでいき、それに対する意見を書き込んだうえで、対面授業ではそれらをもとにGWを行うという方法を導入した点です。
 この方法を取ったことにより、各自の下調べと意見が可視化され、記名式であるため担当教員による評価対象となるという意識が生じ、より質の高いものを書き込むようになりました。

3.授業改善の効果

 反転授業の導入前の2013年度、導入後の2014年度から2022年度は、ほぼ同じレベルに設定した期末単位修得試験結果によって教育効果を測定しました(2020年度のみ試験を実施しませんでした)。
 反転授業を行うようになってからの6年間、ほぼ毎年成果が前年度より向上していました。2020年度は最終試験を実施しなかったために、比較は難しいですが、2020年度のGW成果としてのGDの内容と、最終レポートを見る限り、例年以上に成果は上がっていると判断できます。ハイブリッド授業となった2021年度は、最終試験を実施し、2019年度よりは少し下がるものの一定の成果を得ました。
 2022年度の最終試験は予想に反して低くなりました。これは当年度、基礎知識の修得よりも、企業分析の前提となる当該企業の戦略分析・ビジネスモデル分析とその成果としての財務諸表分析数値との関連をかなり重視して授業を進めてきたことと、最終試験の扱いを平常評価とし、最終レポートを重視することとしたためです。最終試験の項目のうち、分析の対象となる財務諸表分析数値関連の正答率は例年以上でしたが、会計学の範疇である制度の問題、ルールの問題などについての正答率が低かったです。分析能力の判定としてみれば、最終レポートの内容を見る限り、前年度以上の成果が上がっていました。
 授業アンケートをみてみると、2022年度は前年度に比べ、教室外学修時間は平均的に伸びました。GWにおいて、対面だけでなく、それへの準備としてGDへの書き込みを行うという演習形態をとったことが要因として大きいです。
 満足度は、受講生が非常に少なく特別に高かった2018年度を除き、この10年間で最も高い数字となっています。不満の学生はいません。制度や分析数値の記憶を確認することより、経営戦略と分析数値の関係を考えさせる時間をかなり多くとったため、受講生が財務諸表分析を行う意味について、しっかり理解できたと実感をもったためです。
 積極性についても、それに連動して前年度よりも高くなっています。戦略と数値の関係を自分で考え、グループで意見を出し合って検討する、という方法を取った時、積極的にならざるを得ないためです。
 2021年度はオンライン演習でしたが、GW時のいわゆるフリーライダーについてのクレームが自由記述に散見されました。2022年度はそのクレームは見当たりませんでした。GDへの書き込みを記名式としたことによって、各人の努力成果は正当に評価されているという実感があったためです。

4.課題

 2022年度の最も大きな問題点は、GDを活用したGWを重視するあまり、分析数値の実践的活用および戦略との関係についての検討について時間を割き、その重要性について強調したために、財務諸表分析数値以外の会計学の基礎知識の修得が疎かになった点にあります。
 また、GDの活用方法の課題として、非同期であるため、各自の書き込みがリアルタイムに近い形で他の受講生に伝わるようにしないと、GDの更新がうまくなされないということもあげられます。GWグループのうち、GDの質が高まっていったグループはLINEチャットなどで、書き込みを互いに知らせあってGD更新を頻繁に行っていたのに対し、そうでないグループはなかなか更新されていませんでした。

5.展望

 反転授業の工夫として、GD活用によるGWで、どのような効果があり、また課題があるかについて述べてきました。
 通常、反転授業はインプットを教室外学修(予習)で行い、アウトプットを教室内で行うという形態であるといわれます。それに対して、本報告のGD活用によるGWは、アウトプットも教室外学修で行っている点が特徴的です。
 これは、反転授業の新たな展開を生む可能性を示唆しています。教室外学修GWにおいて、ZoomやLINE電話などの同期型ツールを併用すれば、さらにその可能性を高めるでしょう。

参考文献
[1] 木本圭一(1994)「簿記会計教育におけるマルチメディア利用の可能性」『日本簿記学会年報』(日本簿記学会)第9号、1994年3月、118頁-123頁。
[2] 木本圭一(2002)「簿記教育上の認識ギャップ--測定ツールとしてのE-Learningの可能性」『商学論究』(関西学院大学)第50巻第1・2合併号、2002年12月、185頁-200頁。
[3] 木本圭一(2004)「簿記教育におけるeラーニングの有用性」『商学論究』(関西学院大学)第52巻第1号、2004年6月、109頁-120頁。

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