特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題

グローバル人材育成:予習活動の定着を目指した
反転授業の効果と課題・展望

関口 幸代(明治学院大学 文学部教授)

1.はじめに

 反転授業では、学習者は通常授業内で行われる講義部分を事前に学習し、授業内では他の学習者と共に発展的な課題に取組み、能動的な学習が促されます[1]。特に、アクティブラーニング型授業としての反転授業は、授業内でより主体的な学習を促進するアプローチとして注目を集めてきました[2]。反転授業への関心が高まるにつれ、多くの分野で反転授業の様々な側面も指摘されるようになりました。よりよい学習効果を生み出すことを示す研究がある一方、学生の自律学習力に依存する予習活動への対応に関する難しさも散見されるようになりました。反転授業は、学習者が適切に事前学習を行うことが前提となるため、授業前の学習状況がブラックボックス化することなく、学習行動を可視化するための方略を整備することが適切な反転授業実施に必要だと考えられます。
 本稿では、筆者がアクティブラーニング型反転授業を実施するために行った予習活動の定着を促すための学習環境の構築とその効果について報告します。また、今後の反転授業のためにトラッキング機能を持つ学習管理システム(LMS)利用について提案します。

2.事前学習促進のためのICT活用

 筆者は2015年度から2018年度に学部横断型科目であるグローバル人材育成[3]を目的とした授業(科目名:Current Affairs A/B 以下CAA/CAB)を実施しました。グローバル人材として必要な知見とともに、問題発見・解決力、チームワーク・リーダーシップスキル、発信力などを中心とした21世紀型スキル[4]の習得を促すため、反転授業の実施を試みました。事前に学んだ内容を授業で演習し、知識の定着を目指す完全習得学習型の反転授業ではなく、授業前に学習した知識を活用し、21世紀型スキルの習得を促すプロジェクト型協働学習を中心としたタスクに取り組む、高次能力学習型の反転授業を計画しました。
 反転授業を実施する利点は、授業時間の多くをアクティブラーニングに割り当てることができる点です。しかしながら、学習者の事前学習が未了であると、事前学習の内容を発展させた形のタスクと連動させた授業を計画通りに進めることができません。そのため、履修者が事前に学習し、授業に臨むことのできる自律学習を促す学習環境の整備をすることが必須だと考えました。実施したCAA/CABの授業では、教材はデジタル化され、講義は動画ファイル、講義資料・参考文献などの文書はPDF形式、課題はファイル形式、またはオンラインフォームで提出できる形態としました。また、学習者が日常的に使用するデバイスであるスマートフォンやタブレットからアクセスが容易にできるように、教材は全てアプリ(Handbook)上で配布されました。タブレットも貸与し、いつでもどこでもアクセスできるユビキタスな学習環境を整え、自律学習をサポートする学習環境を整えました。アプリは、教員が配信する科目に関する連絡を受信する場としても使用されました。学習の中心の場となるHubとしての役割を持ち、授業前に履修者が使い慣れたデバイスからアプリを経由し、すべての事前学習を終了することが容易な学習環境を構築しました。  のべ7科目開講しましたが、すべての科目で、履修者の授業主要教材への授業前のアクセス率は95%以上で、ほぼ全員の授業前の全教材へのアクセスが確認されました。事前学習が授業内の学習活動と直結しており、教材へのアクセスは必須条件となることから、高いアクセス率は想定通りでしたが、円滑な学習活動を促す学習環境はアプリで科目に関する情報周知、教材・課題提出等を集約することで実現できたと考えています。

3.事前学習活動可視化のためのICT活用

 アプリは、学習者の教材へのアクセスを簡略化し、教室外での学習を促進する目的で導入されました。同時に、学習履歴をトラッキングする機能は、実施が困難であった学習過程・プロセスの可視化、分析を可能にしました。アクティブラーンニング型反転授業では、対面授業で学習者の学習意欲を引き出し、積極的に学習活動に参加させるために、事前学習内容と連携した授業デザインが求められます。担当教員がデータとして事前学習の完了度合いを授業前に把握することで、授業計画との整合性を確認し、内容の調整をすることもできます。また、授業前に、教材へのアクセスログから履修者の学習状況を把握し、事前オンラインクイズの結果から履修者の理解度を確認することで、学習進捗度別に授業内の活動グループ編成ができ、グループ活動の最適化を図ることができるようになりました。トラッキングデータを活用することで学習行動が可視化され、授業前に学生の学習状況を把握することができるため、データを授業デザインに有効活用することができました。
 教育効果については、学期末の授業に対するオンラインアンケートの一部として、この科目を通して向上したスキルについて自由記述させる形式の設問を用い、21世紀型スキルに関する学生の学びを検証しました。2017年度の調査結果を例にあげると、学生の回答は3つの項目に集中し、思考力・表現力の向上について言及するものが、全体の回答数の42%を占め、チームワーク・リーダーシップに関するものが30%、課題発見・解決能力に関する回答が11%を占めました。授業は英語で行われ、多様性の理解に関する講義内容でしたが、学生がスキルアップしたと実感できた項目と、習得を目指していたグローバル人材として必要なスキルが重なり、設計した授業計画が成果に反映された結果となりました。

4.今後の展望

 トラッキング機能をはじめとするICTの積極的な導入は、これまで困難であった事前学習状況の可視化を実現し、学習プロセスの分析を可能にしました。当時は教材や課題提出などを集約するアプリをツールとして導入するハードルは高かったですが、2020年度以降、コロナ禍で遠隔授業の実施が避けられなくなり、LMSは加速度的に普及しました。例えば、Google classroomの利用者は2020年3月では世界中で5,000万人でしたが、行動制限が常態化した同月末には1億人に達し、2021年には、約1億5,000万人となり、2019年からほぼ100%増加となりました。国内の大学でもLMSの利用率はコロナ前後で比較すると大幅に増加しました[5]。遠隔授業の実施を余儀なくされたことで、オンラインでの教材配信・課題を送受信する体制が整い、教材をファイル化し格納できるLMSの利用が定着しました。多くのLMSには利用者の単純なアクセスログ記録機能が標準装備されています。今後は、いつ、どこで、どんなコンテンツを、どれくらいの時間をかけて、という細かな行動履歴の学習ログを記録する上位機能が搭載されたLMSの普及が期待されます。学習行動・スタディログを使い、学習プロセスを分析し、反転授業実施の課題である事前学習をリアルタイムで可視化できるLMSの開発及び有効活用は今後の反転授業の課題と言えるでしょう。
 なお、本稿は自著「グローバル人材育成科目開発・アクティブラーニング型授業としての反転授業の実施」(2018年)で報告したプロジェクトのデータを一部利用しています。

参考文献および関連URL
[1] Bergmann, J. & Sam, A. Flip your classroom: Reach every student in every class every day. Eugene, Oregon/Washington, DC: International Society for Technology in Education 2012
[2] 森朋子 溝上慎一:アクティブラーニング型授業としての反転授業【理論編】. ナカニシヤ出版 2017
[3] Griffin, Patrick, Care, Esther (Eds.), Assessment and Teaching of 21st Century Skills, Springer 2015
[4] 文部科学省:産学官によるグローバル人材の育成のための戦略2011
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/06/01/1301460_1.pdf(2022年12月1日参照)
[5] 国立情報研究所: NII Today 第94号2022
https://www.nii.ac.jp/today/94/4.html(2022年12月1日参照)

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